第44話
果竪と蓮璋は互いの無事を喜び合った。
蓮璋はもう二度と離さないと言うように抱き締め、果竪も蓮璋にしがみつく。
「良かった……もう二度と会えないかと思った……」
「それはオレの台詞です。本当に大変な目に遭われて……」
「うん、大変だった。色々とあって」
「領主にも会われたとか」
「そう、領主にも……え?」
離れていた間の事はまだ何も伝えていない。
なのに、蓮璋は知っている。
驚きに動きを止めた果竪に蓮璋は微笑した。
「事情は全て聞きましたから」
「……聞いた?」
「ええ、彼女から――あれ?」
視線をずらした蓮璋はキョトンとした様子で辺りを見回す。
「どうしたの?」
「いえ、居ないと思って……」
「誰が?」
「オレをここまで導き、果竪の事を教えてくれた少女です」
ついさっきまでそこに居たのだが……。
もしかしたら、また気紛れを起こして居なくなってしまったのだろうか?
「それって、どんな感じの人なの?」
すると、蓮璋は少女の容貌を伝える。
果竪と蛍花の表情がみるみるうちに変わり、逆に蓮璋はたじろいだ。
「あ、あの」
「蛍花……」
「はい、果竪……それは」
二人は顔を見合わせ、同じ名を告げた。
芸蛾――と
「芸蛾……もう逝っちゃったと思ったのに……」
蛍花が涙ぐむ。
「面倒見の良さそうな子だったから……きっと心配だったんだね」
最後まで自分達を心配し、助けようとしてくれた。
そうして自分達は助かった。
最後の最後で蓮璋が自分達を呼んでくれたことで。
空間転移の術が発動した時、その時空の流れの激しさに危うく流されかけた。
それを止めて導いてくれたのが蓮璋の声。
そうするように導いてくれたのが芸蛾だ。
その芸蛾はもういない。
果竪と蛍花は思った。
きっともう二度と芸蛾は現れないだろう――と
心残りを全てはらした彼女が行く先は
次の生を待つ冥府である
だから待とう
他の生け贄となった少女や殺されてしまった人達と同じく
次に転生してくるその時を
「ありがとうございました」
果竪は最後に少女が居たという場所に向かって頭を下げた。
蛍花も涙を流しながら頭を下げる。
そんな二人を見ながら、蓮璋も静かに頭を下げた。
それぞれが少女――芸蛾に敬意を払う。
そうしてようやく頭を上げた果竪達の顔は晴れやかだった。
「そういえば、蓮璋はどうしてたの?」
果竪の言葉に、蓮璋は果竪と離れていた間の事を告げた。
果竪を探しているうちに、領主の部屋に辿り着いた事。
そこの隠し部屋から大量の不正の証拠と鉱山に関する記録を手に入れた事。
また、生け贄に関する事や領主の死体も見つけた事。
「一部だけ持ち出したけど、他の物についてはたぶん調査が入れば全て持ち運べる」
「そっか……でも、それで十分だよ」
「いや……十分じゃないんだ」
「え?」
「鉱石が………」
蓮璋は鉱石を入手出来なかった事を説明する。
「やはり実物がなければ……それらは全て作り事と押し切られる可能性だって捨てきれない」
それにと蓮璋は続ける。
どうやら、領主には協力者が居た事。その相手が誰かは分からず、その生死さえも不明だ。
「けれど、もしその相手が今もどこかで生き延びていて、邪魔をしてきたら」
「そうね……でも、どうして鉱石がなかったのかしら」
「その相手が運び出したっていう可能性もある」
「全く残ってなかったの?」
果竪の質問に蓮璋は辛そうに顔を歪めながら頷いた。
「そっか……」
大きく溜息をつき、大きく項垂れた時だった。
懐からポロリとそれは転がり落ちた。
「あ――」
コロコロと転がるそれは蓮璋の足下まで転がっていく。
それを、蓮璋は拾い上げた。
果竪にとっと大切なものかと思った。
だから返すために――そんな思いからだった。
しかし――
「え?」
蓮璋は果竪へと差し出す手を引っ込め、しっかりとそれを見る。
「蓮璋?」
「果竪……これをどこで」
「ふぇ?」
蓮璋は果竪が拾った石を見ながら鋭く質問した。
どこでって……
「えっと、領主が消えた後に残ってたの」
それを拾っただけと告げる果竪に蓮璋は告げた。
「これは……鉱石ですよ」
「へ?」
「はは……ははは!まさか、こんなっ」
「蓮璋?どうしたの?」
「果竪!貴方は最高です!」
そう言うと、蓮璋は果竪を抱き締める。
そのままクルクルと回り出した。
「え、な、ちょっと何がどうなってるの?!」
「果竪、貴方はもって来てくれたんですよ!証拠の鉱石を――」
その言葉に、果竪が目を丸くする。
「はい?!」
「これです、これこそがオレ達が命を狙われる原因となった鉱石なんです!」
そう言うと、蓮璋は果竪を抱えたまま鉱石を見せる。
果竪が拾ったそれは、キラキラと輝いていた。
「そ、そうなの?」
「はい!これで全て上手く行くっ」
蓮璋の嬉しそうな笑顔に果竪も嬉しくなり顔を綻ばせた。
そんな二人を、蛍花がキョトンとしながら見ていた。
「鉱石?」
「あ、蛍花は知らなかったわよね」
「あ、はい……すいません詳しくなくて……父なら鉱山で働いていたから詳しかったんですけど」
そう言うと、蛍花は蓮璋を見つめた。
「蛍花?」
「あ、す、すいませんっ!」
「どうしたの?」
「いえ……なんか……見た事があるような……」
そう言うと、蛍花はう~~んと考え出す。
「蓮璋は知ってる?」
「え?……いや、オレも初めて出会う子で」
「あぁ!」
蛍花が突然叫び出す。
「ど、どうしたの?!」
「思い出しました!もしかして、貴方様はあの蓮璋様っ」
「蛍花?」
「嘘っ?!だ、だって亡くなったって……」
「オレの事を知ってるんですか?」
「それは勿論!お父君は前領主様の側近中の側近。この領地では上位の貴族様のご子息ですものっ!」
「いや、それは昔の事で……今はもう普通の一般人ですから」
どうやら、蓮璋は結構有名だったらしい。
そんな事を思っていると、蓮璋もハッと目を見開く。
「もしや……蛍花って……あの、蛍花?」
「はい?」
蛍花が首を傾げる。
「という事はあいつの……」
あいつに執着された子か……と言う小さな呟きは果竪にだけしか聞こえなかった。
「それで、蛍花は生け贄として連れて来られたけど生き残った子だっけ」
「は、はい」
蛍花はとりあえず自分の素性を説明する。
「そっか……」
「もう……どこにも帰る所はなくなっちゃいました……」
そう告げる蛍花は悲しそうに笑った。
「本当に……これからだったのに……父も新しい鉱山に就職出来て……」
と、そこで蓮璋が思い出したように口を開いた。
「新しい鉱山……それはもしかして」
蓮璋は鉱山の名前を告げる。
「あ、はい。そこで働いてました」
「そうか……」
「蓮璋、どうしたの?」
戸惑うような果竪に蓮璋は口早に説明する。
実は、十年前に新しい鉱山が見つかっており、そこでも鉱石の採掘は続けられていたこと。
そして、近々そこも掘り尽くされる予定で、二十年前の蓮璋達に対して行ったのと同じく、採掘に関わっていた者達及びその血縁者達を全員鉱山に閉じ込めて抹殺する予定である事。
そしてその日が今日であることを
「んな?!」
「だからすぐに行かないとっ」
「ってそれを早く言ってよ!ああもうっ!こんなチンタラしてる暇なんてないじゃない!すぐに行かなきゃ!!蛍花、蓮璋、行くよっ!」
「か、果竪待って!」
一人事態を飲み込み切れていない蛍花は、文字通り引き摺られるようにして引っ張られていったのだった。
甘い匂いが鼻につく。
常に焚きしめられた香は媚薬の成分を含んでいるのだろう。
体が熱くなり、頭がぼぅとする。
少し気を抜けばあっと言う間に意識を持って行かれる。
頭を垂れた明燐に、香よりも甘く艶めいた声がかけられる。
「それで――決まりましたか?」
王はいつものように、愛妾をその腕に抱いていた。
大切な宝物のように。
美しく清楚可憐な愛妾。
目にした者全ての心を激しく揺さぶり庇護欲をかきたてる不思議な魅力を持っている。
その華奢ながらも豊満な肢体と麗しい美貌は、満開に咲き誇った華の如く。
誰もが手折り手中にしたいと望むだろう。
本来であれば王を惑わした妖婦と罵るべき相手。
しかし、その穢れ無き清楚で清純な雰囲気と容姿の前には、誰もが守りたいと思ってしまう。
そう、明燐でさえも――
明燐はゆっくりと頭を上げた。
そして思わず吸い寄せられるような濡れた紅い口唇がその答えを紡ぐ。
「侍女長明燐――これより、王の寵姫たる玉瑛様の為に全てを捧げましょう」
明燐は優雅に家臣としての礼を取った。
「玉瑛様がこれから心健やかに生活される事を第一にお仕えいたします」
「そうですか――」
王の笑みに、明燐は頭を垂れて宣言した。
「この時より、私が仕えるべき相手、私の主君は玉瑛様にございます」
その場はまるで竜巻が襲撃したかのように大騒ぎとなった。
突如現れた領主の兵士達。驚く暇も無く引っ立てられ、更には家族達も連れて来られた。
そして何の説明もないままに自分達が掘り進められていた鉱山の奥へと押し込められた。
そこで初めて自分達が使い捨ての駒にされていた事を知った。
せめて女子供だけはと頼んでも、特例はないと言って兵士達は笑った。
このまま殺されるのか
自分達の生きた証も全てなかった事にされるのか
全ての罪を隠匿し、自分達を殺した相手はこの先も同じ事をしていく
どうせ殺されるならばと、死を覚悟して抵抗しようとした時だった。
突然現れた三人組。
少女二人と青年一人。
しかも、少女二人は十人並みなのに、青年の方は類い希な美青年。
一体何の組み合わせかと呆然とする自分達に少女の一人が大きな声で叫んだ。
――その人達を解放すればよし。しなければぶっ飛ばす!!
彼女達が自分達を助けに来たとようやく理解した時には全てが終っていた。
兵士達は全員捕縛され、自分達は一人残らず鉱山の外に助け出されていた。
この悪事を証言して欲しいと頼まれた時もただ人形のように頷いていた。
ああ、神様っているんだ。
自分達が神族なのにそんな事を思ってしまった。
後に、それは永きに渡って笑い話となる――
え~~、昨日に引き続き連続更新出来ました♪
という事で、あと残り一話です。
残りも今日中に書き上げられると思うので、もう少しだけお待ち下さい。
そして今回も色々と雲行きが妖しくなってきた王宮側。
でも大丈夫。果竪には蓮璋と蛍花がいるさ!!
という事で、今後も主人公の応援をよろしくお願いしますvv
そして次のシリーズとなる(王宮編)では、今度は王宮側の人達が大量に出て来ると思います。そちらも一緒に読んで頂ければ嬉しく思います。
皆様、いつも貴重な時間を割いてこの「大根と王妃」を読んで頂きありがとうございます!!