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大根と王妃②  作者: 大雪
43/46

第43話

――ああ、こんな所に居たのですね


首筋でゆるく結んだ艶やかな白髮がさらりと自分の目の前を覆う。

ポンっと抱き締められたと気付いたけれど、何もする気は起きなかった。



――泣いているのですか?



そう、泣いていた



泣いてばかり居て、酷くはれぼったい目をしていただろう


でも、彼はそんな自分をちっとも笑う事なく優しく髪をすいてくれた。

彼のような、多くの女性達が嫉妬するようなさらさらの髪でもなく、美姫と名高い女性達のような艶やかな髪でもない。

ごわごわの痛んだ髪。

ただ長いだけしかないその髪を、白魚のような美しい指ですいていく。



あまりの気持ちよさにいつしか涙は止まった



うつらうつらしている自分に彼は言った。



――私は決して忘れません



ぼんやりと彼を見ると、そこには強い意志が宿っていた。



――だから約束します



その言葉をまるでオウム返しのように復唱した――音は出なかったが



――その瞳からもう涙がこぼれないように、もう二度と貴方が悲しむことのないように



そう――



――二度と戦の起らない場所を、穏やかな時間の流れる平和な私達の新たな故郷を造る事を





誰もが希望と未来を失っていた




誰もが、それでも夢見ていた



何時の日か戦のない平和で穏やかな世界を夢見て




そして彼はそれを成し遂げた




現天帝夫妻を始め十二王家の方達に仕え、見事にその夢を実現したのだ




そうして凪国という新たな故郷を造ってくれた




誰もが無理だと思っていたのに



それを成し遂げた彼





その妻である自分だって同じ事が出来る筈


という事で



「死んでたまるかぁぁぁっ!」



果竪は蛍花の手を引っ張りドタバタと廊下を走り続ける。

その後ろからは、果竪達を追いかけるようにして床が消滅していった。


その速さは時間が経つ事にどんどん増していく。



でも果竪は負けない。



「おりゃぁぁぁぁぁっ!」



目の前に底の見えない大穴が見えてもなんのその。果竪は蛍花をしっかりと抱き抱えると火事場の馬鹿力の如き身体能力を発揮してそのまま見事な大ジャンプを行った。




凄い、凄すぎる



きっとこの場に審査員達が居たら全員が滂沱の涙を流しながら満点を出している事だろう。



「ぶぎゃっ!」



でも着地は失敗したからマイナス点はしっかりと喰らうだろうが。

しかしそこらの男よりもよほど男気溢れる紳士な果竪は決して蛍花を下敷きにするような事はせず、むしろ自分が下敷きになった。


それだけで蛍花の心をしっかりと鷲づかみにする。



果竪が男の子だったら良いのに



またここで一人の純粋な少女を虜にした罪深い果竪だった。


「か、果竪……だ、大丈夫?」

「大丈夫~~………鼻がへっこんだけど」


ペシペシと歪んだ鼻を矯正する。

もはやそこに女の子なのに傷だらけ――なんていう可愛らしいところは全くなく、むしろ男らしさが漂っていた。


もしここに蓮璋がいれば「王妃様なのに……」と口を手で覆い涙を流していたに違いない。

が、実際に蓮璋はここにいないし、果竪達にとってはそれどころではなかった。


ドンっという音とともに壁が崩壊し天井が崩れる。

床が消える寸前に後ろに飛び退き、果竪達は難を逃れた。


「け、蛍花走るわよっ!」

「は、はいっ」


芸蛾が造ってくれた元の世界に帰る扉はもはやない。

しかし、新たに元の世界に帰る方法を探す余裕もなければ、ましてや考える暇すらなかった。

果竪達に出来るのはただ逃げ回るのみだった。






見知らぬ少女に導かれた場所。

そこは、何も無い部屋だった。

いや、部屋の内装をみれば、それこそ領主に準ずる者が使用するかのように豪華な部屋だった。

しかし主ない部屋はどことなく物寂しい。


その部屋に入ってからどれだけ時間がたっただろうか?



気付けば自分を導いた少女の姿はなく、蓮璋一人が部屋に残された。

それどころか、まるでこの部屋から外には出さないというように扉が開かなくなってしまっていた。

少女に悪いものは感じなかったし、果竪の手がかりを掴めるならばと半ばやけくそ気味で部屋に留まっていたが、こうも何もないと怒りを通りこし疲れが沸いてくる。

というか、そもそも自分には時間がないというのに。


これ以上無駄な時間は使えない。

しかし、だからといって唯一果竪の手がかりになりそうな現在の状況から脱出する事も出来ない。

こうなれば少女を見つけるしかないと言っても、部屋には少女が隠れそうな場所はなく、かといって自分の隙を突いて外に出たような形跡もない。



一体相手は何がしたいのか?



全く持って分からなかった



「オレに何を求めているでしょうね……」



その時だった。


突然、ガッと肩を後ろから掴まれる。

反射的にそれを振り払い蓮璋は背後に居た存在を床に引き倒す。

その上に馬乗りになり、抵抗出来ないようにする。


しかし、顔を確かめようと覗き込んだ瞬間、蓮璋は驚きに声を上げた。


「あ、貴方は――」


そこに居たのは、なんと自分をこの部屋に導いた少女だった。


「い、一体どこに」

「大変ですわ!」

「へ?」


確かにこの状況は大変だろう。

年頃の少女が大人の男に馬乗りにされている。

端から見ればか弱い女性を暴行しようとしている変質者にしか見えない。


とはいえ、蓮璋も少女もどちらも美男美女だから変質者よりは戯れあっている恋人同士といった感じだろう。

しかし、蓮璋は良い意味でも悪い意味でも自分の美貌に無頓着だった。

というか容姿で苦労したことはあれど良いことは一度もない。

自分によく似ていた叔父だって、その美貌のせいで平凡な容姿だった自分の妻に求婚した際



『貴方の事は大好きよ。でも容姿端麗、文武両道、更には貴族の末息子の正妻よりも私は愛妾の方がいいわ』



と言って、危うくフラレかけた経緯を持つ。

幼い頃は苛められてばかりの叔父をいつも助けていた王子様的だった叔父の妻。

成長し、文武両道となり、さあこれで好きな人に相応しいと思った矢先のその台詞。

勿論叔父の妻にだって色々と考えた末のことだった。

身分も地位もない自分が貴族の末の息子とはいえ、叔父のような好青年と結婚すればいらぬ苦労をする。

それどころか、女性達から嫉妬の嵐にあう。

それよりは妾にでもなって遊んで暮らしたいという事だった。

叔父は軽くを通り越して完全に引きこもった。


幼子心にあまりにも不憫で慰めに行った思いでは今でも鮮明に覚えている。


しかし、何があったか知らないが結局叔父は初恋の君と結婚した。


あれか?あの子犬のような目にほだされたか?


いつか聞いてみようと思う。


末の叔父一家だけは遠方にて生き延びているのだから


「ちょっと聞いてますかっ!」

「は?」


蓮璋は我に返った。どうやら結構な距離と時間をトリップしていたらしい。

疲れたように自分を見上げる少女の眼差しに蓮璋はあわてて飛びのいた。


「す、すまない」

「いえ――それよりも大変です」

「何が?」


首を傾げる蓮璋に少女は慌てたようにそれを告げた。


「果竪達の事です!このままでは死んでしまう!ああ、あの子もなんて馬鹿な事を」

「っ?!」


飛び退いた時よりも素早く蓮璋は少女の肩を掴むと、何が起きているのかを問質した。

すると、少女は手早くかつ手短に説明した。


果竪が蓮璋と離れた後の事から始まり、蛍花という少女と出会った事、ともに別世界に引き込まれた事、そして舘で起きた惨劇をまじえ、狂った世界を創り出した死霊達によって生け贄にされかけた事。


どれも蓮璋には驚きの事実だった。


しかも、死霊達を救った後、そこに領主が現れたという下りには流石の蓮璋も言葉を無くした。

その領主も死霊達によって地獄に落とされ、全てが終ったかに見えたが、今度は世界が崩壊し始め、それに巻き込まれようとしているという。

一度は元の世界に帰る方法を手に入れたが、それも今は失い逃げ回っているという。


嘘だと思いたかった。

けれど、少女の真摯な眼差しはどこまでも澄み切っており、嘘だなんて言えなかった。

全て真実だ。

そう思った瞬間、蓮璋は即座に空間転移を試みた。


その狂った世界へと飛び込み果竪達を救う為に――



けれど、術は発動しなかった



「くそっ!」



何度か試したが全く発動出来ない。


少女は悲しそうに言った。

貴方でも駄目なのかと。

そして説明する。

向こうの空間は既にボロボロに歪み壊れ、あとは消滅を待つのみとなっている。

空間転移は一番、空間の状態に左右される術であり、特に移動する側の空間が大きく歪んでいれば発動はほぼ不可能となる。

この状態で発動出来る術者は、それこそ天界広しといえど一握りもいないだろう。


「このまま……このままだったら……果竪達は」


気付けば蓮璋はもっとも聞きたくない答えを知るための質問をしていた。

その苦しげな表情を悲しそうに見ながら、少女は答える。



「世界と共に……消滅してしまうわ」









死霊達によって造られた世界。

その世界は死霊達が去った事によってその殆どが崩壊していた。

いまや安全な場所は数少なく、その安全な場所でさえいつ崩壊を始めるか分からない。


果竪と蛍花を安全な場所を求めて走り回り、ようやく辿り着くもすぐに崩壊を始めるその場所から逃げなければならなかった。



走って走って走って


逃げて逃げて逃げて



畑仕事を趣味とする果竪でさえ、息も絶え絶えなのだから、果竪よりも体力のない蛍花にとっては、それこそ心臓が破裂しそうなほどの疲労が襲いかかっていた。

足はだるさから痛みへと代わり、これ以上もう走れないという域にまで来ていた。



どうしてこんなに苦しいのだろう



そう考え、すぐに蛍花は自嘲した。



全ては自分のせいなのだ



自分が馬鹿な事をしたからこんな状態になっているのだ



あの時、果竪とともに素直に行けばこんな事にはならなかった



いや、果竪がこんな大変な目にあう事はなかったのだ



自分さえ、あんな事をしなければ



「果竪……ごめん……私さえ」

「それ以上はなしよ」


果竪が強い口調で制止する。


「私は自分の意思で選んだの。元の世界に戻る扉を諦めてでも蛍花を連れ戻すって。元の世界には絶対に蛍


花と一緒に帰るんだって」



だから、自分は後悔なんてしてないし、辛いとも思わない



果竪の笑みに蛍花の瞳に涙が込み上げる



辛いだなんて嘘だ



そんなに荒い呼吸で、大量に汗も掻いて、足だってとても痛そうだ



辛いはずだ



辛いはずなのに、どうしてそんな風に笑えるのだろう



果竪と共に帰ると決めた



一緒に行くと決めた



でも、私がやらかした馬鹿な事が果竪を苦しめる



こんな私が一緒に居てもいいのだろうか




すると、そんな蛍花の思いが伝わったかのように果竪が蛍花の手を強く握りしめる。




「絶対に一緒に帰るんだから」



果竪はそう言ってくれる。

それが何よりも嬉しくて、何よりも悲しい。



だって



「でも……もう元の世界に戻る方法は」




ないんだよ――




芸蛾の造ってくれた扉はなく、新たな道を開く力は自分達にはない。

いや、道を開くというよりも別の場所に移動する術はあるが、こんなにも歪みの激しい状況では空間転移など行えるはずがない。


他の方法を探そうにも、状況が待ってくれない。

自分達に出来るのはただ逃げ回るだけ。



ごめんなさい――



蛍花が涙声で呟いた。

その声に、果竪は胸が締め付けられた。


自分がしっかりしてないから


自分にもっと力があれば蛍花を泣かせなかったのに



蛍花が扉の前で自分から離れたときもそうだ



蛍花が大切だ、必要なのだともっときちんと伝えなきゃならなかったのだ



言葉にしなきゃ伝わらないこともある



全てを行動から推測しろという方が無理なのだ



でも一番自分に腹が立つのは、自分のせいで帰る方法をムダにしたと蛍花を泣かせてしまう事だ



蛍花のせいではない



自分が選んだ道なのだ



たとえそれで万が一消滅しても自分は誰も恨まない



いや――消滅などさせない




果竪は蛍花の手を強く握りしめる。

その手から感じられる温かさに目を瞑る。




せめて





せめて一瞬でも歪みが治まってくれれば




嵐の海のように激しく波打つ歪み。

その上、凄まじい砂嵐が巻き起こっているかのように、この世界は周囲から遮断されている。

分厚い砂嵐のヴェールが他の全てからこの世界だけを切り離している。



それに包まれ崩れ落ちていく世界




果竪は願う




どうか




どうか一瞬でもいいから歪みが治まってくれることを





それが叶わぬ願いだと分かっていても






お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い――





誰でもいい




一瞬でいいのだ。

一瞬でも歪みがおさまれば、空間転移が行える。

死霊達によって張られた結界が消えた今、後の問題は歪みだけだ。




お願い――




果竪が強く願った――その時だった





突如、耳に凄まじいノイズが聞こえてくる。



思わず倒れ込む。

蛍花が驚き縋り付くが果竪は苦しさに泣き声をあげた。

それほどに強烈な音だった。


不協和音なんて生やさしいものではない。

完全な悪音。破壊音を超えた究極の雑音だ。

その音が聞こえているだけで頭が割れそうなほど痛み、吐き気がこみあげる。

聞いていられない、聞くに堪えない。

今すぐ耳を引きちぎりたくなるようなノイズ。


果竪は子供のように泣きじゃくりその音を拒絶した。

けれどどれほど耳を塞いでもその音は聞こえてくる。


「果竪?!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」


頭を激しくふり果竪は絶叫した。

自分の悲鳴がそのノイズをかき消すことを祈るかのように叫び続ける。



助けて


誰か助けてっ!




心の中で助けを求める。

誰も助けてくれない事が分かっていても果竪は叫び続けた。




私を襲うこの音から助けて




そう願った時だった。





ノイズの中に、それは聞こえてきた





……………て………



……たは………すれば……




――誰?!



果竪はかすかに聞こえてくるその声に問いかけた。

すると、先程よりもしっかりとした声が聞こえてくる。


それは酷く優しく、慈愛に満ちた声だった




……泣かないで……大丈夫……



すると、少しだけノイズが弱まった気がした。

果竪は必死にその声に耳を傾けた。



――お願い、助けて、苦しいの、辛いの、この音は嫌い



酷く歪んでいて、聞くに堪えない音



すると、声は言った。



……では……どうすればいい?


――え?


……どうすれば……その音は心地よい音に変わる?


――どうすれば………そんなの分から


分かるわ――



声は言った。



……貴方なら分かる……貴方なら出来る……ねぇ、よく耳を澄ませて……そうすれば分かるから



――耳を澄ませる?あのノイズに?!



……酷すぎる音、聞くに堪えない音……その音をどうすればいいのか……



声は優しく果竪を諭した。



……貴方なら分る筈だから……



――無理、無理よ!出来ないっ!



果竪は絶叫した。

そんな果竪に声が言う。



……ならば一緒に考えましょう……ねぇ……あのノイズをどうすればいい?どうして貴方はノイズが嫌なの?



――そんなの、足りないから



え?――と果竪は目を見開いた。


今、自分はなんて言ったのだろう?


自然とその言葉が口からするりと出てきた。


足りない……自分でも意味の分からない言葉だというのに。

戸惑う果竪に声は優しく言った。



……足りない……ならば、足りないものをどうすればいい?


――足りない物………補う?


すると、声が嬉しそうに言った。


……そうね。その通りよ。ほら、もう分かったじゃない……



――分かった?



……足りない物を補えばいい……だって貴方は………ねを……つぎし………




段々と声が小さくなっていく。

ギョッとして果竪は慌てて声に呼掛けるが、遅かった。

待ってと叫ぶが、とうとう声は聞こえなくなってしまう。

代わりに、先程少しだけ弱まったノイズが再び強さを増す。



果竪は絶叫した。

しかし、すぐに叫ぶのをやめる。



声は言っていた。



貴方なら出来ると



このノイズをどうにか出来ると



その為にはどうしろと声は言っていただろうか?




――足りないものがあれば補えばいい――




足りないものがあると言った自分に、声は分かったでしょうと告げた。

それはつまり、足りないものがあるのならば補えと言う事だ。



けど、補うってどうすればいいのか



果竪はノイズに苦しみながら考えた。



ノイズに足りない物



足りない音



そうだ、音を入れてみよう



ノイズも音だ



何か音を入れてみたら



そして気付けば果竪は音を紡いでいた。



「果竪?」



小さく音色を口ずさむ果竪に蛍花を眉を顰めた。

いつもは強い意志の宿る果竪の瞳がどこか遠くを見ている。

心配げに見つめていると、手を握りしめられた。

果竪がゆっくりと立ち上がるのにつられるように蛍花も立ち上がった。




ノイズが少しずつ治まっていく




ああ、足りないものが補われてきたのだ



果竪は嬉しくなってどんどん音を紡いでいく。

すると、それに応じるようにノイズが変化し始めた。



美しい、誰もが聞き惚れるような旋律へと



そして完全に聞き難い音が消えた時だった




「あれ………」



蛍花もその異変に気がついた。




そして果竪も――





世界の歪みがおさまった




崩壊が止まった





それは果竪が願い続けた絶好の機会





果竪はすぐさま叫んだ。




「蛍花っ!」



その叫びに蛍花は果竪の手を握り返す。

すると、自分の中から膨大な力が果竪へと流れ込んでいくのが感じた。




機会は生まれ必要な力は集まった




果竪は自分の中へと流し込んだ力を使い術を発動させる




それはあっと言う間



ほんの一瞬のことだった



二人の姿が世界から消えた







それは現実世界の蓮璋達にも感じられた。

少女がすぐさま叫ぶ。


「果竪達を呼んでっ!」


何故少女がそのように叫んだのか問質す暇はなかった。

けれど、蓮璋は直感的にその理由が分かった。


今ここで呼ばなければ果竪達は時空の狭間へと流される――


未熟な空間転移は発動こそされたものの、その術はあまりにも不安定であり二人を元の世界まで誘う力はなかった



このままでは行き先を見失い、時空の狭間を行き来する流れ人となってしまう




だから呼べといったのだ



呼んで、二人が此処に戻って来れるように呼べと



二人を呼ぶことで、元の世界までの道を繋ぐのだと



発動した空間転移の持つ力と不安定な半分重なった世界。

そこに、二人を元の世界へと誘う大きな穴を開けるのだ。



二人が戻ってくるために、二人がどこに戻ればいいのかを知らせるために




蓮璋は叫んだ。



「ここに帰ってきて下さい!」



どうか、果竪を返してくれ



蓮璋の願いは一つの奇跡を生む






「あ」

「あ」

「あ」





三人の声が揃ったのは、蓮璋が叫んですぐの事だった。


突然、自分の頭の上に現れた果竪達。

蓮璋は目を丸くし、果竪達も驚きに目を見開く。



それだけだった。


次の瞬間、果竪と蛍花は蓮璋の上へと落っこちた。

ドォォォンと凄まじい衝撃音が辺りに木霊した。



絶対痛かっただろう


絶対重かっただろう



「……ごめん」

「すいません」


果竪と蛍花はペコリと頭を下げて謝った。


そして、三十秒ほど経過した頃だった。

ハッと弾かれたように辺りを見回した。



「ここ」

「ここは」



そして二人で顔を見合わせる。



「「私達」」



その顔が笑顔に変わる。

と、ポンっと頭が優しく叩かれた。


下をみれば、蓮璋が優しい笑みを浮かべていた。



「――お帰り」

「蓮璋……」



その笑みに、果竪は嬉しそうな笑い声をあげた。



「私達、元の世界に……戻って来れたんだね――」















頭の先から爪の先まで



体中に走り抜ける歓喜の叫び



たとえ全てが支配され行く中でも自分はの魂は覚えて居る



たとえ自分は知らなくても長きに渡って生きてきた魂は決して忘れない



その力の発動を喜ぶものが確かに自分の中に居た



と同時に、自分の中のそれが告げる








アレハワタシノモノダ








そうだろう?






その言葉にコクリと頷く。






そう、あれは私の物






私だけの枷なのだから
















クスクスと笑い声が響く




闇の中、その闇さえも叶わぬ光り輝く美しき美貌の主達がそれぞれに笑っていた。



この世の物とは思えない造形美。

美形が多いとされる神族ですら遠く及ばない、どの世界の者達にも通用する美貌。

正しく完璧な美しさ、一点の曇りも欠片もないその美貌はどれも笑みを浮かべていた。



闇の暗さにも負けぬその笑みが表わしもの――それは興味と好奇心



一人が言う



「発動したわ」



他の者も言う



「そうだな……発動した」



そして次々に彼らは口々に言った。



「凄いなぁ~~、しかも僕達が目を点けていなかった相手だよ」

「誰なの?」

「オレ達が本来目を点けていた奴らの一人――その身内……それも従姉妹にあたる奴らしい」

「新たな能力者という事か」

「そうね……とっても貴重な存在だわ」

「でも私の姫様に比べればどうって事ないわ」

「当たり前よ!姫姉様が一番だものっ」


比べる方がおかしいと頬を膨らませるこの中で最も年下の少女に他の者達は優しい眼差しを向けた。



「分かっている。一番の能力者はあいつだけだ」

「でも、今回発動した子もなかなかのものね」

「そうだな……そもそも、発動させられる者は殆どいなかったからな」

「ああ、とは言え目を点けていた奴らは別だが」

「無意識でも何かしら発動させていたから――微弱ではあるけれど」

「今回の子も無意識。けれど、その力はとっても凄い」

「そうですわ――だってその子は見事に調律させてしまいましたもの」




歪みを――




「いくらその力の欠片をその身に宿していたとしても、普通なら力の発動はしない」

「それでも力を発動させるのは、一握りすらもいない」

「もともとその素養をある程度持っていた者達だけが、ほんのたま~に発動する」

「本来なら眠ったままだった力を、欠片によって触発される事によって」


それでも、その者達も、本来であれば一生その素質は日の目を見る事がなかった筈だ。

遥か昔、その力を生まれつき発動させられた者達が今も普通に生きていれば、きっと見逃されその素質は隠されたままになっていただろう。


しかし、その力の欠片をその身に宿した事でたまに出て来るのだ。

眠ったままで終るはずの力が突然ポンっと出て来る者が。



クスリと誰かが笑った。



「けれど、そのなかでも此処までした者はいない」




あの者達の生まれ変わりでもない今回力を発動させた少女



これは何を意味しているのか



「力を発動させた子、その子はこれからどうなるのかしら?」


「さあな……」


「発動したという事は眠ったままだったけれど、欠片によって触発されるものがあった珍しい子」

「つまり、その子は誰かの枷になる運命を産まれながらにして持っていた」

「誰の枷になるのかしら」


「たぶん、あいつのだろうなぁ」


「ん?」

「知ってるの?」

「教えてよ」


「何を言ってるんだ。教えたら面白くないだろう――ああ、けど一つだけ教えてやる」


そう言うと、楽しそうに告げた。



「今回発動させた奴が枷となるべき相手は………それは素晴らしい化け物だという事だ」



その言葉に、しばし皆が黙りこくる。

だが、少し経つとまた皆クスクスと笑い出した。



化け物――その言葉がおかしくてならない。

確かに化け物には枷が必要だ。


それに、自分達だって化け物だ。


異常としか言いようのない存在。

そんな自分達の枷になってくれたのが



「姫姉様だけ」



それと同じ能力を持つ者。

力の程度は比べものにならないが、それでも今回の調律を見れば……それなりの力の持ち主になると思われる。




彼らはゾクゾクと高揚する気持ちを抑えられなかった。




現れたのだ




大戦前に滅んでしまった者と同じ力を発動させた者が




そしてその者はいとも簡単に歪みを調律してしまった




「本当に楽しみだ」





その失われし力を持つ者達



彼らはその力からこう呼ばれていた









調律師――と











はい、予告通り二話目を更新しました♪



何とかかんとか戻って来られた果竪達。

そして果竪の特殊能力が再び発動しました。


ラストには、何かをしっている者達も出てきて……。

一応、この話は私がHPの方で少しだけ連載している話の更に前――こちらはまだ書き始めていないのですが――その話の未来編になるお話です。んで、HPで連載している話の過去偏というか……。



因みに大切なキーワードは今回の一番最後で出てきた『調律師』という言葉と『枷』という言葉。この単語が出て来るまでが長かった……。



さて、残す所順調に行けば、あと二話ほどで(帰郷編)も終ります。

今まで応援して下さった皆様、本当にありがとうございました!!


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