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大根と王妃②  作者: 大雪
42/46

第42話


助けられなかった



逃げてしまった



だからせめて最後ぐらい一緒に居ようと……いや、居たいと思った




芸蛾の為に




でも本当は私が寂しくて仕方なかったのだ




もう帰る場所も待っていてくれる人も誰もいない私にとって




芸蛾だけしか残されていなかったから







――けれど運命は残酷だった







「…………最後まで、私って運に見放されてるなぁ……」




蛍花は座り込んだまま壁により掛かる。

視線を右足へとずらせば、その足には大きな裂傷が出来ていた。

ここに来る前に瓦礫でつくった怪我だ。


今になって血が流れ出し、酷い痛みが襲ってくる。

動かすのは無理だろう。



だが、その他にこれ以上動けない理由があった。



蛍花は自分が進むはずだった場所へと視線を向けた。



蛍花から少し離れた場所




そこから先に道はない




何も無い空間が広がっていた



これでは、この先には行けない




自分は芸蛾と一緒に逝くことさえ許されないらしい





「………本当に……私ってどこまで運に見放されてるんだろう……」



果竪と別れ、芸蛾と最後を共に出来ず自分はこうして一人でいる。



そして独りぼっちで死んでいくのだ



自分で選んだ事とはいえ、この現実にもはや笑うしかなかった。

そうしてひとしきり笑った蛍花はいつの間にか自分が泣いていた事に気付いた。



「ふっ……く…………」



両手で口を押え涙を堪えようとする。

しかし、次から次へと零れる涙と込み上げる嗚咽がそれを許さない。

堰を切ったように涙が溢れ出てくる。



気付けば悲鳴のようにその言葉を紡いでいた。




生きたかった――と




そして……果竪と共に行きたかった――と




一緒に、外に



一緒に生きて戻りたかった





でも――




「今更一人生き残ってどうするって言うの?」



そう……もう向こうの世界には誰もいない



蛍花の帰りを待ってくれる人も



蛍花にとって大切な人達も場所も何も無いのだ



全て領主に奪われた



果竪と共に帰ったところで自分は向こうの世界では独りぼっちだ




ならばと




ならばせめて、芸蛾と共にこの場所で果てようと思った




けれど、蛍花の中に相反する思いがせめぎ合う



死にたいと思う気持ちと生きたいと思う気持ち



此処に残りたいと思う気持ちと果竪と共に行きたかったと思う気持ち



後悔なんてしないと決めたのに



どうしてこんなに悲しいのだろう



そんなの簡単だ



自分は




「生きたかった……一緒に行きたかった」




馬鹿だと思う



誰もいないのに



向こうの世界にはもう誰もいないのに



それでも




「行きたかった………果竪と一緒に」



自分は馬鹿だ。

もうどうしようもないのに、この状況に陥ってから自分の気持ちに気付くなんて……。


本当に――なんて馬鹿なのだろう



「果竪……ごめんね」



そればかりか、果竪に大きな傷を残してしまった



今頃どうしているだろう



「泣いてないといいけどな」

「泣かないよ――怒ってるけど」


しっかりと聞いていなければ思わず聞き逃してしまいそうなほど自然だった。

けれど、蛍花は思わず聞き返していた。


「へ?」


そして声のした方を振り向く。



まさか、そんな……だって居るはずがない




既に元の世界に戻った筈なのだから




「ようやく見つけたわよ」



蛍花は信じられない思いでその人物を見つめた。



「うそ………」



それしか言えなかった。

どうして此処に居るの?何故此処に居るの?



元の世界に戻った筈じゃなかったの?



聞きたい事は沢山あった。

けれど、それを聞く事は出来なかった。



突如足場が崩れる。

床が消滅したのだ。



視線が一気に下がり、体が落下する。

しかし、次の瞬間強い力で腕を掴まれた。


ぶらぶらと揺れる足へと視線を向けると、奈落の闇が広がっていた。



その闇を見つめていると、今にも大口をあけて自分を飲み込むかのように見え、蛍花はぶるりと震えた。

そんな蛍花に厳しい声が掛けられる。



「早く、もう片方の手をっ」



見れば、自分の手を掴む果竪が必死に自分を引き上げようとしている。



「蛍花、早く」

「…………………」

「早くしなさいっ!」



果竪の怒鳴り声に蛍花はハッと我に返りもう片方の手を差し出した。

その手が力強く掴まれる。気付けば自分は安全な場所へと引き摺り上げられていた。



「はぁ………はぁ………」



全身から汗を流し、荒い呼吸を繰り返す果竪を蛍花は呆然と見つめた。


思いはただ一つ



どうしてここまでしてくれるんだろう



「果竪……」

「はぁ……はぁ……全く……あと少し来るのが遅かったら……危なかったじゃない」


そう言うと、果竪は蛍花の両肩をガッと掴んだ。


「ふっ!もう逃がさないからっ――って、怪我してるじゃない!」


果竪は蛍花の足の裂傷に気付くと、すぐに蛍花の力を借りてその傷を癒す。

あれほど深かった傷はあっと言う間に傷口すら分からなくなってしまった。

その結果に満足する果竪に蛍花はポツリと言った。


「………どうして……」

「ん?」

「どうして……居るの?」


どうして果竪が此処に居るのか?


元の世界に居るはずの果竪がどうして――っ!


カッと蛍花がその恐ろしい事実に気付きかけ目を見開く。


「そ……そうよ!果竪が此処に居るって……と、扉は?!」


あの時、扉は今にも閉まりそうだった。

というか、その時を選んで自分は果竪から離れたのだ。

自分を追いかけられないように、扉を潜り抜ける方を選択するしかないように。


けれど果竪は此処に居る。

つまり扉を潜らなかったのだ。



では、扉はどうなった?!



「ああ、もう閉まっちゃった」


果竪はあっけらかんと言い切った。


「閉まっちゃった………って、閉まったぁ?!」

「うん。閉まったよ」

「け、けど果竪はここに」

「居るよ。当たり前じゃん。扉を潜らなかったんだし」

「く、潜らなかったって!!」

「蛍花を追いかけるのに扉を潜る馬鹿はいないわ」

「馬鹿って、果竪の方が馬鹿じゃない!あの扉を潜るのが唯一ここから戻れる方法だったのに!」


その機会を自ら放棄した果竪に蛍花は目眩がした。


「どうしてそんな馬鹿な事をしたんですか……」

「だから、馬鹿は蛍花の方じゃない」

「え?」

「蛍花がここに残るなんて言い出すから」

「そ、それは」

「けど蛍花の思いどおりになんてさせないから」

「へ?」

「一緒に帰る。そう決めたんだから」


果竪はそう言うと、にっこりと微笑んだ。



「蛍花にだって、邪魔させないから」



果竪の言葉に蛍花は胸が熱くなった。

けれど、同時に冷たいものが忍び寄る。



それが、蛍花の口からあふれ出すのには時間はかからなかった。



「果竪は残酷な事を言うのね」


蛍花は笑った。



「私にはもう何も残されてないというのに……向こうの世界で待つ人がいる果竪とは違うのにっ!」


蛍花は叫ぶように言う。



「もう私には何も無いの!家族も友達も住む場所も何も無い!向こうの世界に戻ったって何もないのよ!」



そんな世界に戻ったって一体どうなると言うのか



絶望しかないではないか



何も無いという事を思い知らされるだけじゃないか



「私は果竪とは違う……もう……何も無いの」



もう、誰もいない。誰も自分を待つ者はいない。


此処で万が一死んでしまっても、誰一人としてそれで悲しんでくれる者は



「私が悲しむよ」

「……………」

「私、きっとわんわん泣くよ。蛍花が脱出出来なかったらきっと思いきり泣く」

「そんな……こと……」

「そんな事あるよっ!だって、私は蛍花に生きて欲しいもの!一緒に助かりたいものっ!」


果竪は強い眼差しを向ける。


「蛍花が失った人達の代わりにはなれなくても、その人達と同じぐらい蛍花死んでほしくないの」

「か……じゅ……」

「もっと……もっと早くに言えば良かったね」


気付かぬうちに蛍花の悲しみの深さを軽視していたのかもしれない。

だから、言うのが遅れた。だからこそ、今言う。

果竪は蛍花の頬をしっかりと両手ではさんで目をあわせた。


「失った人達の代わりになりたいなんて驕った事は思わないし、なれるとも思わない。でも、ここで縁があって蛍花と知り合う事が出来て……まだ一緒にいる時間は短いけれど、でも短い時間であっても、私は蛍花と一緒に帰りたいの。待っていてくれる人にはなれないけど、一緒に外に出る事は出来るし、蛍花と一緒じゃないと出たくもない」


果竪の強い眼差し、そして心のこもった言葉はどこまでも蛍花の心に染みた。


「外で無事に帰ってくるのを待つ家族にはなれない。けれど、側に居るから」


これからはずっと一緒に側に居る


「蛍花がもう一人で大丈夫。私なんか居なくても大丈夫、別の人がいるから大丈夫、そう言う日が来るまでずっと一緒にいるよ」



泣きたくなったら胸を貸す



一人が寂しいなら一緒に居る



悲しくなくなるまで



寂しくなくなるまで



「だから……一緒に帰ろう」



決して自分は失った者の代わりにはなれないけれど



この先ずっと一緒に居る事は出来る



共に未来を歩むことは出来る



果竪の言葉に、蛍花は自分が何度も頷いていた。

ボロボロと涙をこぼし、再び嗚咽がもれる。


けれど、その言葉だけはしっかりと伝えた。




ありがとう――と




もう待ってくれる人はいない



けれど、側に一緒に居てくれる人はいる



沢山のものを失ってしまったが、その代わりに蛍花は果竪という存在を手に入れた



家族の代わりにはなれないけど、それとは別に大切な存在として心に刻まれる



「ありがとう……果竪」

「絶対に一緒に帰ろうね」



そう言って花が綻ぶような笑みを見せる果竪に蛍花は頬を赤く染めた。

その笑みの美しさに思わず溜息がもれたのは言うまでもない。

繋がれた手の温かさを蛍花は一生忘れないだろう。



「さあ、行こう――」



果竪の言葉に、蛍花は笑顔で頷いたのだった。


はい、活動報告で予告していたとおり、連続更新のまず第一弾です♪

後ほど、もう一話更新したいと思います。


今回で第42話まで行きました。

帰郷編は全45話しの予定ですので、あと残り三話まで来ましたね……長かった!!


さて、果竪と蛍花の運命はどうなるのか?


そして無事に王宮に帰れるのか?



どうか皆様の目でお確かめ下さいませ♪


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