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大根と王妃②  作者: 大雪
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第41話


まるで地面が波打っているような揺れが立て続けに何度も襲った。

周囲の壁に次々とひびが入り、大きな割れ目をいくつも作る。


ミシミシという音が上から聞こえてきた。


「きゃっ!」


反射的に天井を見上げた果竪はすぐさま蛍花を連れて後ろに飛び退いた。

それに間髪いれずに豪奢な装飾電灯が落下してきた。


床へと激突した装飾電灯が粉々に砕け散っていく。

まるで、この舘そのものを表わしているようだった。

繁栄と栄華を誇りながらも、崩れ時は一瞬。

凄まじい破壊音が鳴り響く中、果竪はその栄枯盛衰を垣間見たような気がした。


――大丈夫?!


芸蛾がすぐ目の前に現れる。


「大丈夫だよ。それより、芸蛾、世界が閉じかけているってどういう事?」


果竪の質問に、芸蛾は心得たようにすぐに説明した。


元々、この世界は自分が創り出したが、ここまで長く維持できたのは他の生け贄となった少女達の力もあったからだと。

それに加え、憎悪や怨嗟などの極限まで増幅された負の力がこの世界の維持に大きく関わっていたという。


しかし、負の感情は浄化されそれに伴い負の力は失われ、更には他の少女達は領主と共にこの世界から消えた。


すなわち、この世界の維持に必要な力の大部分が失われてしまったという事であり、当然それが失われればあっというまに均衡は崩れてしまうと告げる。


この急激な変化はその結果だと芸蛾は告げた。


――でも、問題はそれだけじゃないの


芸蛾は説明する。

このままでは、果竪達がこの世界の崩壊に巻き込まれて消滅してしまうと。


「な、なんですって?!」


――これがもっと高位の神族ならそうでもないんだけど、私にはそこまでの力はないの


それこそ、世界が崩れればそこに居た者達は全員それに巻き込まれてしまう。

世界が閉じると自動的に元の世界に戻してあげるほどの力は自分にはない。


自分に出来るのは


――この世界を少しでも長く維持することだけ


崩壊までの時間を遅らせることだけだ


「で、でも崩壊を遅らせたところで元の世界に戻る方法が見つからなきゃ」


そこで空間転移はと考えるが、すぐに諦めた。

空間の崩壊が始まり、最初の頃よりも歪みが酷すぎる。こんな状態ではそもそも術の発動自体が無理だ。


だが、他に方法はあるだろうか?


――方法はあるわ


「え?」


驚く果竪達に芸蛾は言った。


実は、この空間は完全に現実世界から切り離されているわけではなく、現実世界と半分ほど重なっているのだという。その中でも、特に一番重なっている部分があり、そこからであれば自分にも帰りの道を開けるかもしれないと。


――但し、チャンスは一度だけ。しかも、私の力では長くは開けてられない。


それを逃せば元の世界に戻る機会は永遠に失われ、崩壊に巻き込まれてしまうと芸蛾は告げた。


「方法があるなら大丈夫よ」


――そうね


「それで、どこにいけばいいの?」


――行き先は私が教えるわ


舘内にある照明の灯りを目的地へと向けて一つずつ灯していくという。


――果竪達はここの造りには疎いでしょう?


いくら現実世界の舘と同じ造りだとはいえ、来たばかりの果竪はもとよりずっと閉じ込められていた蛍花も詳しい造りは知らないので二人は素直に頷いた。


「あ、でもちょっと待って」


――何?


「他の人達も見つけなきゃ」


果竪が引き込まれた時よりもずっと前に、他にもこの世界に引き込まれた者達がいる。

その人達を見つけなければと果竪は言う。

だが、芸蛾は悲しげに首を横に振った。


――いないわ


「え?」


――この世界で生き残っているのは、蛍花と果竪の二人だけ


それ以外は全員死んでしまったと告げる。


「……………そっか……」


――償いはするわ……必ず


そう言うと、芸蛾は果竪達に強い眼差しを向ける。


――さあ、早く行って


「う、うん」


慌てて頷くと、果竪は蛍花を連れて走りだそうとした。

しかし、蛍花は動かない。


「蛍花?」


どうしたの?と言おうとする果竪を制するように蛍花が口を開いた。

しっかりと芸蛾を見据えて。


「芸蛾はどうするの?」


その言葉に、果竪はハッとした。


――蛍花


「芸蛾は一緒には行かないの?」


縋るような眼差しに芸蛾は悲しげに笑った。


――私は行けないわ……ここで蛍花達が脱出するまで世界を維持しなければ……それに


蛍花の目に涙が浮かぶ。


――……一緒に行っても、向こうの世界では一緒にはいられないわ


だってもう私は死んでいるんですもの……


「芸蛾……」


――最後に会えて本当に嬉しかった……貴方を手にかけなくて本当に良かった


芸蛾は涙を流しながら笑う。


――どうかみんなの分まで幸せになって……もう二度とこんな事が起きないように


「芸蛾……芸蛾……」


――大好きよ、蛍花。出来るなら、ずっと一緒に居たかった……


結婚しても、ずっと仲の良い友達で居たかった


そんな幸せな夢を今でも見てしまう


「芸蛾……私……」


――ありがとう、蛍花。貴方と友達になれて良かった……だから……


もし許されるなら


――生まれ変われたら、また友達になってね


「―――――っ」


芸蛾は果竪の方を向く。


――蛍花をよろしくお願いします……


「うん……」


――容姿で人を差別する人もいるけど……この子は本当に優しい子だから……


だから


――とりあえず、某男から全力で守って下さい


某男に気をつけて下さい


「――はい?」


――必要があれば潰して良いですから


グッと親指をたてる芸蛾はどこか悟りきったような顔をしていた。

ってか、最後の別れだというのにこの表情ってなんだろう?


「その某男って一体」


とりあえず疑問は問質そうとした時だった。

一際大きな揺れが果竪達を襲う。


もう時間がなかった


――行って下さい!!


芸蛾の叫ぶような声に果竪は蛍花の手を掴み走り出す。

そして扉から外に出る直前で振り返って叫んだ。


「助けてくれてありがとう!絶対に忘れないからっ!」


――っ?!


驚きに目を見開く芸蛾は、果竪達の姿が見えなくなった後もしばし扉を呆然と見つめていた。


――……ありがとう


忘れないで居てくれる。

その言葉は芸蛾の心に染みた。


あの少女は忘れないと言ってくれた。


忘れない――


もう死んでしまった自分


けれど忘れないでいてくれれば、せめて心の中だけでも生き続けられる


私達が生きたという証は決して消えない





次々と廊下の照明が灯っていく。

芸蛾の力だろう。

果竪達を目的地に誘う灯りの道標はどんなに揺れ崩れてもその光を失わなかった。


だが、反対に道は酷く壊れており、通り抜けるのに酷く苦労した。


時には壁が、時には天井が崩れ落ちて果竪達を襲った。

もしこれで化け物もいれば更に時間を大幅にロスしただろう。


しかし、芸蛾達の憎しみが消えた事により化け物達も消えてしまったらしく、果竪達はただ崩壊する館内にだけ意識を集中する事が出来た。


「きゃあっ!」


蛍花がつまずき転ぶ。


「蛍花っ!」


その上に瓦礫が落下してくる。

すぐに蛍花を助け起こし横にとび何とか難を逃れる。


「蛍花、大丈夫?!」

「か、果竪……」

「もう少しだから頑張って!」


そう言って果竪は蛍花を励ます。

そして再び手を握りしめると、瓦礫の合間を潜り抜けて果竪達は走り出した。







現実世界――


領主の死体を検分し終えた後、蓮璋は再び領主の部屋に戻っていた。


「……果竪は一体どこに行ってしまったんだ?」


どれほど探しても果竪は見つからない。


蓮璋の中でどうしようもない焦燥が込み上げる。


それだけではない。

領主の部屋に戻ってきた後、蓮璋はそこで驚愕の真実を知ってしまった。


蓮璋は自分が握りしめる紙を開いた。

力一杯握りしめていた為しわくちゃになってしまっていたが、中を見ることには問題はない。


そこに書かれている事実に、蓮璋は二十年前の悪夢が蘇る。


「くそっ……あいつは何も変わっていない」


あの馬鹿領主は何も変わっていない。

それは、日記を見て分かった。


しかし、まさかその実行日が今日の夜だなんて。


もうあまり時間がない。


だが――


「果竪……」


それを止める為には此処からすぐに出なければならない。

でもそれをすれば果竪は?


行方の知れない果竪を一人残して行くなど出来る筈がない。


「くそ……」


蓮璋は壁を殴りつけた。

八方塞がり。どうしようもない現実が辛い。


「果竪……どこにいるんですか……」


問いかけ、すぐに自嘲した。

答えてくれる者などいないというのに。


そう、いない筈なのに



「大丈夫ですか?」



心配そうな声が聞こえてくる。

ハッと我に返り警戒の目を向ければ、すぐ近くに一人の少女が居た。


美しい少女だった。

長く艶やかな青髪。

けぶるような睫毛に縁取られた青瞳が印象の白百合のような少女。

しかし、蓮璋は心動かされる前に警戒心を強める。


この部屋には自分しか居なかったはず。

もし誰かが入って来たならば気配で分かる。

なのに全く気配がしなかった。


「君は……」

「ついてきて――果竪に会いたいなら」

「え?」


果竪という言葉に蓮璋がハッとした時、目の前に少女の姿はなかった。

一体どこにいったのかと辺りを見渡せば、先程まできちんと閉められていた廊下への扉が開けられている。


慌てて外に出れば、廊下の奥に少女の後ろ姿が見えた。


一体どういう事だろうか?


あの少女は誰なのか?


何故果竪を知っているのか?


疑問だらけだったが、蓮璋の中で何かが警告する。


このままあの少女の姿を見失えば、二度と果竪に出会えないような気がしてならない


「……虎穴に入らずんば、虎子を得ず――か」


蓮璋はす覚悟を決めて少女を追いかけた。






果竪にはそれは希望の光に見えた。

照明の灯りに導かれてやってきた部屋は何も無い部屋だった。


ただ一つ、その中央に光の渦があるのを除いては。


宙に浮かぶように大きな光の渦が見える。

それは、正しく芸蛾が開いてくれた現実世界へと戻る為の扉だった。


「ま、間に合った……」


果竪はホッとして息を吐いた。


だが、そんな果竪達を大きな揺れが襲った。


「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」


天井が崩れ瓦礫が降ってくる。


「くっ!」


瓦礫が光の渦までの道を覆う。


「こんな時にっ」


足をのせれば不安定にゆれる瓦礫の山。

果竪は蛍花を待たせると、瓦礫を一人必死に取り除く。


もう少しなのだ


もう少しでこの世界から脱出出来る


芸蛾が命がけで開いてくれている扉を見上げ、果竪は瓦礫を撤去していく。


少し、光の渦ぎ薄くなっているような気がする


「時間がないわ……」


そうしてようやく道を開いた果竪は部屋の入り口近くにいる蛍花を振り返った。


「蛍花、早くっ」


瓦礫の撤去に時間をかけすぎた事で、既に光りの渦はかなり薄くなっている。

もう、あと何分ももたないだろう。



なのに



蛍花は動こうとしなかった。



「蛍花?」


訝しげに名を呼び、果竪は駆寄ろうとした。

しかし、その前に再び瓦礫が降ってくる。

それを避けるべく仕方なく後ろに飛ぶ。

余計に蛍花と距離が離れてしまった。


「蛍花、早くこっちに!」


まだ瓦礫が降ってきている。

危険を承知で果竪は蛍花を呼んだ。


しかし蛍花は首を横に振るだけだった。


「蛍花?一体どうしたの?」


もしかして瓦礫が恐いのだろうか?

確かに、こんなものが次々と降ってくれば誰だって恐い。

やはり自分が蛍花を連れて来なければと思った時だった。


「果竪、私此処に残るね」


穏やかな口調だった。

穏やかすぎて、何を言われているのか分からないくらいに。


「蛍……花……?」


蛍花は果竪へと笑いかける。


「ありがとう、果竪。私、凄く楽しかった。果竪と出会えて凄く嬉しかった」

「何を……」

「こんな地獄みたいな場所に閉じ込められて恐くて仕方なかったけど、果竪と出会えて、一緒にいられたから私はずっと頑張って来れたの。果竪が居てくれたから、私は此処まで来れた」


そして


「芸蛾を憎しみから解放してあげられた」

「蛍花……」

「ありがとう……果竪のおかげだよ。芸蛾達を助ける事が出来て……領主も倒せた」


だから


「もう、思い残すことはないわ」

「蛍花――っ」

「果竪……私、やっぱり芸蛾を一人残しておけない」


この世界を維持するために一人残った芸蛾。

もう他の生け贄となった少女達はおらず、本当に独りぼっちとなってしまった。


一人きりで、一人この世界に残されて最後まで頑張る芸蛾を――


「一人に出来ないの」


蛍花は泣きそうな笑みを浮かべた。


「だ、だからって残るだなんて!そんな事を知ったら芸蛾が怒る……ううん、芸蛾は私達を外に出すために今も頑張ってくれてるんだよっ!その頑張りをムダにする気?!」

「そうですね……」

「なら、何が何でも外に出なきゃ!外に出て」

「うん、果竪は何が何でも外に出なきゃね」

「蛍……花?」

「果竪は……果竪だけは何が何でも外に出なきゃならないの」


だって


「私と違って果竪には待っている人がいるんですもの」


穏やかな口調。

けれど、どこか血の吐くような叫びに果竪は感じられた。


「蛍花……何を言うの?そんな……」

「別におかしな事じゃないですよ。だって、真実ですもの」


果竪には待っている人がいる。

もう向こうの世界には何も残されていない自分とは違う。


「だから……ここでさよならですね」

「蛍花、待って――」



その時、ぐにゃりと光の渦が歪む。


駄目だ、もう時間がない!!


果竪は蛍花を引っ張ってでも外に連れだそうと決めた。

しかし、そんな果竪を阻むように大きな瓦礫が降ってくる。

それに気を取られている隙に、蛍花は廊下へと出る扉へと走り出す。



「蛍花っ!」



「さよなら、果竪――」



貴方と出会えて良かった



最後に一度、果竪を振り返り笑顔で叫ぶと、今度こそ部屋の外へと姿を消した。



瓦礫に阻まれながら、果竪は蛍花の名を叫び続けた。



その後ろで、渦が大きく歪み始める。

もはやその歪みは酷く限界を訴えているかのようだった。

果竪は光の渦を見つめ――覚悟を決めた。




この機会を逃せばもう二度と帰れなくなる



蛍花の言うとおり、自分には待つ者達が居る



『村人達の命が惜しいのなら絶対に戻って来なさい!』



茨戯の声が脳裏に蘇る。



自分が戻らなければ……証拠を持って戻らなければ集落の人達の命は保証出来ないと言っていた。




そう、自分は戻らなければならない




気付けば足を踏み出していた




一歩ずつ




ゆっくりと、しっかりと歩いて行く




そして………





扉が閉まる




え~~、帰郷編も残すところ……3,4話となってきました。

次回の更新はちょっと未定です。が、なるべく早く更新したいと思います。


とっても気になるところで終ってしまったし……って、私だけか、それ。


今回は一緒に脱出編と見せかけ、蛍花が一人で残ると宣言し戻ってしまいました。蛍花の運命は?果竪と蓮璋は無事に会えるのか?


次回もよろしくお願いします♪



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