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大根と王妃②  作者: 大雪
40/46

第40話

結構ホラー的要素が入っているのでご注意下さい!!

あり得ない。あり得ない。あり得ない。



喉がからからに渇くのとは反対に、冷や汗が流れ落ちる。

体の芯から凍り付くような恐怖が込み上げてくる。



血走った目で領主は鏡を睨付けた。


こんな事は嘘だ!


こんな事はあり得ない!



真実の姿を映し出す力を持つ鏡。

人間界のものとは違い、天界の鏡には大なり小なりその力を宿している。

特に、この舘のものともなればその力は更に強いわけで――。


いや、ここは自分の舘ではない。


「そう……そうだ、そうさ!ここはお前らが作った世界だっ!お前等程度が作った欠陥品の世界だから鏡だって同じく欠陥品だ!」


領主は叫んだ。


そう、この狂った世界と同じくこの鏡も欠陥品。

だから自分を映さない。

真実を映し出す力がないのだから、自分を映せないのだ。

真実を映し出したからこそ自分が映らないのではない。


「そうだ……そうだっ!俺がおかしいんじゃない、この世界がおかしいんだっ」


荒い息をつきながらそう自分を納得させる。

しかし、勝ち誇ったように蛍花達を見た瞬間、それはあっけなく崩れ去った。


「……なんだよその目は」


恐れの中に、同情するような眼差しがあった。


この俺に同情?


あんな下等な奴らに同情されるのか?!


いや、何故同情などされなければならない!


「見るなよ」


自然と声が固くなる。


「何だよその目!生意気なんだよっ」


領主が一歩ずつ歩み寄ってくる。

逃げなくてはならないのに蛍花は動けなかった。

ただ恐怖に凍り付く。


「見るなって言ってるだろうが!聞こえないのかっ!」


そしてとうとう蛍花を捕らえる。

その髪を掴み強引に顔を向けさせる。


「この目が……こんなもの無くなってしまえばいいっ!」


そう叫ぶと、領主は蛍花の顔に手をかける。指が目をえぐり取ろうと伸ばされる。


「あ、あ――いやぁ!」


しっかりと顔を固定され動かせない。

蛍花の瞳が抉ろうとする相手をしっかりと映し出す。


「そんな目で見るなぁぁぁぁっ!」


そう叫び、力を入れようとした時だった。


ドンっ!と後ろから何かがぶつかってくる。

驚き振り向けば、自分の体にしがみつく果竪の姿があった。


「なっ?!」


苦しそうな呼吸。いまだ顔は青白いが、その瞳はしっかりと自分を睨付けていた。


「蛍花を……はな…して」

「果竪……」


ボロボロと泣きながら果竪の名を呼ぶ。

こんな風になってまで自分を助けようとしてくれるなんて……。


「蛍花を……はなせ……」

「この――死に損ないがっ!」



『死に損ないがっ!』



――え?



自分の言葉に被るようにそれは聞こえてきた。

脳裏に、直接。



「今のは……」



『恨むなら裏切った自分を恨むのだな』



再び聞こえてきた声。それと共に焦りがうまれる。



だめだ、これ以上聞いては



自分の中の何かが警告する。

激しく鳴り響く警告音。


しかし、一度聞こえ始めたそれは止まらなかった。



そして――



「あ――」



鏡の中に領主は見た




そして記憶は蘇る








あれは、今から1ヶ月以上前の事だ。

鉱石の数をごまかし自分の中に入れる分を増やした事で向こうが文句をつけてきた。

取り決めを破るのかと怒鳴る相手に、何者かが自分の所から鉱石を盗んだのだと説明したが向こうは聞かなかった。

それどころか、取り決めを破ったのだからもっと多くの鉱石を寄越せといってきた。


当然そんな事は受け入れられなかった。


激しい言い合いが繰り広げられた。

その中で、驚愕の事実が分かった。

鉱石を盗んだのは取引相手だったと。

それが分かった瞬間、相手は掌を返すように開き直った。


そればかりか、刀を突きつけ全ての鉱石を寄越せと要求してきた。

そうしてとっくみあいの末に自分は殺された。

お前が悪いのだと相手は言って笑った。

相手の部下達によって運び出されていく鉱石。


薄れていく意識の中で自分は鉱石を守ろうとした。

それが余計に相手の気に障り、四肢の骨を砕かれた。


そんな自分の前に転がり落ちた赤ん坊の握り拳程の大きさの鉱石。


全てを取られてなるものか



そんな思いのまま、自分はそれを飲み込んだ




領主の中に憎悪が積もっていく



まだ死んだ事が知られてはまずいからとまだ生きていたのに壁に塗り込められた。

最後まで相手を睨付けていた。その顔を絶対に忘れないように。



許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない



あいつらの思いどおりになってなるものか



絶対に絶対に死ぬものか




そして自分が死んだ事を忘れた


生きることを望み執着した結果、魂だけが留まり続けた


魂だけの存在となったのにそれに気付かなかった


それほどに、自分は自分の死を隠してしまったのだ



「はは……はははははははっ!」


領主は狂ったように笑い出した。


「そうだ……ああ、そうさ……俺はもう死んでる」


死んだのに、死んでいるのに生きているように振舞っている滑稽な道化。

それが自分だ。その真実に気付いた時、領主の中で何かが壊れた。


「死んでいるのに生きていると思い込んだ」


その妄執は凄まじく、誰が見ても領主が死んでいるとは思わなかった。

それほど普通だったのだ。


「死んでいるくせに自分の身を守ろうと生け贄を捧げ続けた」


生け贄を捧げる前に既に自分は殺されていたというのに


ああ、酷くおかしい


おかしすぎて涙が出て来る


「本当に笑えるよな?」


蛍花達は何も言えなかった。


既に死んでいる領主によって生け贄という残酷な儀式が行われていたなんて……。


「くっ……はは……あははははははっ!そう、俺は死んでる!死んでるんだっ!」


領主は笑い続けた。狂人のようにずっと笑っていた。


それからどれだけたっただろうか?


ようやく笑うのをやめた領主は蛍花と果竪を交互に見てニタリと笑った。


「俺は死んだのに……お前等は生きている。選ばれた存在である俺が死んだのに、どうでもいい存在であるお前等は生きている………そんなの、不公平じゃないか?」


「「?!」」



「そうだ。領主の俺が死んでいるなら」



領主は叫んだ。



「お前等も死ぬべきだ」




領主が力を解放した。




ぼんやりと意識が戻ってくる。

それに応じて、耳がその音をとらえた。


力と力がぶつかり合う音。


ハッと目を開ければ、自分を守るように抱き抱える果竪が領主から自分と芸蛾を守るように結界を張っていた。


芸蛾も果竪の結界を強化するべく力を注いでいるが、劣勢なのは火を見るよりも明らかだった。


「ぐっ……」

「果竪っ」

「――気がついたの?良かったぁ」


結界を張りながら、目を覚ました自分に果竪は微笑んでくれた。

しかしすぐにその笑みは消えた。


「ごめん、せめて蛍花だけでも逃がしたかったんだけど……」


領主が力を解放した瞬間、その衝撃に蛍花は意識を失った。

それを守ろうと芸蛾と果竪がすぐさま結界を張ったおかげで無事だったが、その猛攻撃に逃げ出す隙を完全に絶たれてしまったという。


「ごめんなさい……」

「蛍花のせいじゃないよ。寧ろ無事で良かった」


そう言って果竪は微笑むが、その疲労の色は濃かった。

その上、先程首を絞められたダメージが抜けきっていない。


何とか力を貸したいが、力の供給をする以外はどうにも出来なかった。

果竪と違い、能力を使うための知識は何も持っていない。

無力な自分が口惜しくて仕方なかった。


「あははははははははっ!守ってるだけじゃどうにもならないぞっ!」


領主が笑いながら言う。


「さっさと諦めてしまえ!」

「嫌よ!」


果竪が叫ぶ。


「誰が貴重な命をあんたの為に捨てるもんですかっ!絶対、絶対に死なないわ!!」

「生意気な女だなっ!」


そう叫ぶと、領主が更に力を増す。


一気に負荷が果竪を襲った。

体中の血液が沸騰しそうだった。少しでも記を緩ければ、張りすぎた筋肉が切れ、体中の骨が砕けてしまいそうだ。


次第に果竪の作る結界が縮小されていく。

果竪の顔にあせりが見え始める。


――果竪



「負けないわよ」



芸蛾にそう言って笑いかける果竪だが、芸蛾には分かっていた。

このままでは確実に負けると。


どうすればいい?


どうすれば蛍花達を救える?


既に死したこの身で使える力は限られている


特に、憎悪から解放された自分達には前ほどの力はない



どうすれば――



―――――――ッ


――え?



自分を呼ぶ声に、芸蛾は己の体を見た。



――でも、それは


――――――――



反対の声を上げる芸蛾に彼女達は言う。

しばし反対と説得が続いた。



そして――



――分かったわ


ならば自分もと続けようとして止められる



貴方にはまだやるべき事があるでしょう?――と



それぞれが出来る事をやる



それが、自分達が蛍花達に出来るせめてもの罪滅ぼしである



芸蛾は静かに頷いた。





領主は完全に狂っていた。


決して開けてはいけない禁断の箱を開けてしまった者の、全てを投げ打つその力の強大さに果竪の精神力はもはや限界だった。


このままでは確実に負ける。

いや、このままでは蛍花が――



蛍花の力を利用して結界を張り続けているこの状況。

蛍花がいくら強い力を持っているとはいえ、どんどん力を使われればいつか枯渇してしまう。

下手すれば力の失いすぎで衰弱死しかねない。


けれど――圧倒的な力の差はどうにもならなかった。


「くっ……」

「あはははははっ!頑張れ頑張れ!」

「好き勝手言ってくれるわね………」


嫌味の一つでも言ってやろうと口を開こうとするが、気が逸れた瞬間一気に負荷が強まる。


「ぐっ!」

「あははははははははははははっ!!」


領主の狂った笑みと共に更に負荷が増大していく。



強すぎる



果竪の中に初めて諦めに近い気持ちが産まれる。


所詮、自分は今回初めて力を使ったも同然である。

知識はあれど、この特殊能力を今回このように使ったのも初めてであれば、他者から借りた力でこんなにも沢山の術を使ったのも初めてだ。


生来の力が弱すぎている上、潜在能力も殆どない為に実技訓練など殆ど出来なかった。


それとは裏腹に、領主はそれらの類はきちんと受けているだろう。

いくら馬鹿で道楽者だとはいえ、領主の子供に産まれれば幼い頃から厳しい修行を受けさせられている。


最初から敵うはずがないのだ


こんな弱い自分では――


無意識のうちに、蛍花の手を離しかける。

その指が一本ずつ離れ、最後の指が離れかけた時だった。


ギュッと手を握り替えされた。


「っ?!」

「果竪、諦めないで」


蛍花が自分を見つめる。


「私は大丈夫だから……」

「蛍花……」

「私は……戦う為の知識は持っていない。だから悔しいけど果竪に頼るしかない」


蛍花は辛そうに言った。


「ごめんね……私にもっと力があれば」

「蛍花……違う」

「でも、絶対に果竪だけは助けるからね」

「蛍花――」


だって、貴方には待っている人がいるんだから――


そう告げる蛍花の元気づけるような笑みに、果竪は自分が恥ずかしくなった。

何を弱気になっていたのだろう?


今あの馬鹿に対抗出来るのは自分しかいない。

自分が蛍花達の命を握っているのだ。



そうよ――私が諦めてどうするの?



果竪はそう自分を叱咤すると、改めて領主に視線を向けた。


「もう、大丈夫」


機会は必ずある筈。


その機会さえ掴めば――


だが……その機会を掴む事は出来なかった。

結界への負荷が臨界点を超え、音を立てて壊れていく。


果竪は無意識のうちに蛍花を庇った。

そのまま二人で後ろの壁に激突した。


「ふん……手こずらせやがって」


思ったよりも力を消費してしまった。

こんな雑魚にこれほど手こずらせられるとは思わなかったが、それもこれまでだ。


「――そういえば、遥か昔人間界では力有る者の肉を喰らえば強い力を手に入れられると言っていたな」


それを聞いた時には何を馬鹿なと思ったが


「実行してみるのも楽しそうだなぁ?」


果竪達を見つめながら舌なめずりをする。

美しくもないが、そこそこ肉はついているし美味しそうだ。



ゆっくりと一歩足を踏み出す



その時だ



ガシャン――


首に冷たいものを感じたかと思うと、体全体が一気に重くなる。


これは――


領主は自分の首に触れ――それが何であるか悟った。


――見覚えがあるでしょう?


いつの間にか後ろに立っていた芸蛾が冷たい声音で言った。


――貴方が直々に私達の首にはめてくれたものね


能力封じの首輪を


それは、芸蛾達が生け贄として捧げられる際に無理矢理つけられた能力封じの首輪だった。


「何故……残ってたのか?!」


そう叫ぶが、すぐにハッと気付く。

生け贄に付ける為にすぐに手の届くように、祭壇近くの棚へと置いていた。

それが残っていたのか?


――多めに作りすぎたのが仇となったわね


どれだけ生け贄を捧げるつもりだったのか。

軽く五十個は残されていた。


その一つを、芸蛾は奪取し隙を見て領主へと嵌めたのだ。

その為に、結界が壊れ吹っ飛ばされた果竪達に手を貸せなかった。

彼女達を囮にして、結界が壊れた瞬間首輪に向かったのだから。


「死んでまで忌々しい――だが、これが何だと言うんだっ!こんなもので俺を止められると思ったら」


――大丈夫。だって唯の時間稼ぎだから。


「え?」


――しっかりと貴方を掴むためのね


ガシッと両足を何かが掴む。


驚いて足下を見た領主は思わず悲鳴をあげた。


その足に絡む沢山の手と、床から頭を生やしている沢山の少女達の頭。


領主はハッとして芸蛾を見た。

その体に――白い手足や頬には何も無かった。


融合していた筈の他の生け贄達がいつの間にか自分の足を掴んでいる。


「い、いつのまにっ!」


そう叫んだ瞬間、ガクンと床に引きずり込まれる。


「なっ?!」


慌てて抵抗しようとするが、上手く行かない。

術を使おうとするも首輪が邪魔をする。


「くっ!こんなものっ!」


それを外そうとするが、更に沢山の手が床から生え領主の体に巻き付いていく。


――こんな手に引っかかるなんて


首輪を嵌めたのは時間稼ぎだ。

そして、自分に注意をひきつけていたのも。


その間に、静かに忍び寄った。



全ては




ワタシタチトトモニオチマショウ



共に地獄に堕ちるために



罪もない者達を手にかけた時点で自分達もこの領主と同じだった。

けれど、領主とは違って自分達の罪に対する決着は自分達で付ける。


たとえその行き先が地獄だろうと


きっと家族の行き先は極楽だから死んでも会えないだろうが………仕方ない


自分達が犯した罪は自分達で償おう


勿論、領主にも罪を償わせる


「くそっ!離せ、離せぇぇぇぇぇぇっ!」


領主が見苦しく暴れるがムダだった。

そう、ムダなのだ。覚悟を決め、隙をしっかりとつかみ取った自分達に敵うはずがない。


その覚悟を、立ち向かう勇気を果竪達がくれた。


領主を倒す方法はあった。

それには近づかなければならない。

近づいて絡み付いて引きずり込まなければならない。


けれど、領主に対する恐怖が強すぎて最初は近づく事など出来なかった。

もし自分達だけならば消されてしまっただろう。

たとえ憎悪に支配された死霊のままだったとしても本当に殺す事が出来たか分からない。



でも


もう大丈夫



少女達は領主を全力で引きずり込んでいく。



たとえ、そのせいで共に地獄に堕ちようと


この害虫だけは生かしておけない


たとえ既に死んでいるにしろその魂ごと地獄に叩き落す



「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」



既に頭だけとなった領主が叫ぶ。

しかし、その叫びを止めるように手が口を覆った。



そうしてついに領主の姿が消えた


生け贄の少女達と共に


コロコロと領主の居た場所からそれは果竪の足下へと転がってくる。

果竪はそれを拾い上げた。


掌におさまる程度の大きさの石だった。

それを握りしめながら、果竪は領主が引きずり込まれた場所へと視線を向けた。


そこにはもう誰もいない。


あれだけ悪行を重ねてきた領主にしてはあっけない最後だった。


だが、それには生け贄となった少女達の努力の末に実現したものだった


果竪はゆっくりと頭を下げた


既にこの場にはいない少女達に向けて


心からの礼を述べ、転生後の幸せな生を願う






「芸蛾……」


――終ったわ


そう言うと、芸蛾はふわりと微笑んだ。

その笑みの美しさに、蛍花はやっぱり芸蛾は美人だと改めて思った。


長く艶やかな青髪。けぶるような睫毛に縁取られた青瞳。

華奢な輪郭にスッと通った鼻筋が構成する美貌はそれこそ白百合のように清純可憐だった。

肌は白磁の陶磁器のようで、その肢体は女性らしい曲線美を描いていた。


いつも羨ましく思っていた。

しかも性格もいいから、異性だけではなく同性にも人気で……。

きっと、生きていたら幸せな結婚もしていただろう。


そう思うと、涙がこぼれた。


「助けられなくてごめん」


どんな思いで芸蛾が食われていったのか……祭壇に縛り付けられ、自分に待ち受ける未来を、化け物が少しずつ近づいてくる恐怖を……そして生きながら食われていく恐怖を芸蛾がどんな思いで受けたか自分には想像すら出来ない。



領主は居なくなった


もう、生け贄が捧げられることはない


けれど


失った者はあまりにも多すぎた



「私が……もっと私に力があれば……」


そうすれば、他の生け贄となった人達にあんな行動はとらせなかったのに


領主を引きずり込み共に地獄へと堕ちた者達を思い蛍花は泣いた。

何も出来なかった自分への腹立たしさと悔しさが蛍花を苛む。


いつだって自分は役立たずなのだ


もっと自分が色々な事が出来れば、果竪の力にだってもっとなれたのに


いや、芸蛾達を死なせなかったのに


勿論、そんな考えは傲慢だと言われるかもしれない。

自分程度の者にいくら力があったって全員を助けられるわけではない。

いくら神族だとしても、出来る事と出来ない事はきちんと存在する。


けれど、いくら傲慢と言われようと、それでももし――と考えてしまう。


だって助けたかったのだ


守りたかったのだ


芸蛾達を助けられるならば傲慢と罵られたって構わないぐらいに



――蛍花、泣かないで



「芸蛾……」


ボロボロと涙をこぼす蛍花を芸蛾が慰める。

そんな二人を少し離れた所から見守っていた果竪はふと芸蛾を呼んだ。


「芸蛾」


――何?


「一つだけ聞いていい?」


果竪の言葉に、芸蛾は蛍花を慰めながら頷いた。


「どうしてあれを私につけなかったの?」


――え?


「能力封じの首輪よ」


その言葉に、芸蛾の顔から表情が消える。


――それが……何か問題でも?


「問題というか疑問なの。私を化け物にくわせようとした際、貴方達は私を鎖と枷で祭壇に縛り付けたわ。けど、それだけ。もし私が能力が強くて自在に使えればあの程度の鎖では動きを封じるなんて出来なかった」


蛍花が弾かれたように芸蛾を見る。


「本当に動きを封じるなら、それこそ能力封じの首輪をつけるべきだった。けど、それをしなかった。すぐ側に沢山首輪があったのに」


それはつまり――


「貴方達は……心の何処かで非常になれきれなかったって事だと思うわ」


最後の最後で逃げる機会を残してた。

自分の場合は力が弱すぎてその機会も役に立たなかったが、普通の者であればきっと逃れられただろう。


だが、そこで疑問が残る。


「私の前に同じようにつれて来た人達は化け物に食わせたのよね?どうして逃げられなかったの?」


たぶん、その人達にも同じように首輪はつけていなかっただろう。

これは自分の勘でしかないが、たぶん絶対にそうだ。


とすれば、なぜむざむざ食われたのか?


――極限状態に陥れば出来る事も出来なくなるものよ


芸蛾は淡々と言った。


――散々追いかけ回されて、気付いたら縛り付けられてて化け物がすぐ側に居る。そんな状態になれば誰だってあせるわ。


それに――


――そもそも、この空間では満足に力を使う事すら厳しいわ


まるで激しいノイズの砂嵐が巻き起こっているかのような空間の歪みっぷりでは術を使う事自体が困難だった。

それこそ、使っても普段の威力の十分の一程度だろう。


――だから……驚いた


果竪の術の威力に。

たとえそれが蛍花の力を借りているとしても。

芸蛾は果竪の目を見つめて言った。


――貴方は能力が弱いと言ってたわよね


「う、うん」


――けれど、それでも貴方は術を使い蛍花を守ろうとした。それは誰にでも出来る事じゃない。


芸蛾は優しい笑みを浮かべた。


――この世界だけじゃない。たとえ元の世界でも、術が成功するかしないかに最も関わる要因は意思の力によるものが大きいわ。自分を信じ、大切な者を守ろうとする力がこんな世界ででも、術の発動を可能とした。



果竪ほど強い意志を持つ者は滅多にいないだろう。


――どうか忘れないで。それを誇りに思って。


他の誰もが出来る事ではないのだから


「芸蛾……ありがとう」


果竪が嬉しそうに微笑み返す。

その様子に、蛍花も涙を拭い笑った。





しかしそんな優しい時間は突如破られた。




体を突き上げる強い揺れが起きる。


「きゃっ!」

「な、何?!」


その揺れは一端おさまったが、すぐに再び揺れ出す。

最初の揺れよりは弱いが、それでも歩く事に困難を及ぼしていた。


「これは……」


――始まったわね


「は、始まったって何が?!」


不安そうな蛍花に果竪が宥めるように微笑むと、芸蛾へと向き直り問いかける。


「芸蛾、何が起きているの?」


棚が倒れ天井の装飾電灯が大きく揺れ今にも落下してきそうだった。


芸蛾は真剣な眼差しを果竪達に向けた。


形良い唇がその答えを紡ぐ。



――この世界が閉じかけているのよ





まずは、皆様感想のほうどうもありがとうございますvv

そして体調の方も気遣って下さり嬉しく思います!!

無理は今のところはしてないです、はい。


ですが現在は新型インフルも流行っているので、体調には十分に気をつけたいと思います。


そして話は変わりますが――ご覧になったとおり今回で領主様はご退場されました。

颯爽と現れ、最後は自分が生け贄にした人達に舞台から引きずり下ろされたという……。


そして、一難去ってまた一難という状況に陥った果竪達。

今度は今居る空間が閉じかけている正しく絶体絶命の危機。

果たして、果竪達は元の世界に戻れるのか?!


続きも、あと5,6話ほどですがよろしくお願いします♪



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