第38話
「い、生きてたの?!」
ようやく口に出せたのはその言葉だけ。
あまりの驚きに果竪は震える指で相手を指さす。
他の誰よりもまずこいつが死霊達に殺されていてもおかしくはなかったというのに。
ってか、自分なら誰よりもまずこいつを狙う。
一方、領主は果竪の驚きっぷりを嘲笑う。
「酷い言い草だな。この俺がそんなに簡単に死ぬとでも?もし本当にそう考えていたならばお笑いぐさだ」
確かに、仮にも領主の身分にいる。
例えどんなにその根性と考えが腐りきっていたとしても、身に宿す力はかなりのものがあるだろう。
って、創世神は不公平だ!
毎日努力している私には殆ど力をくれなかったくせに、こいつみたいな馬鹿に才能を授けるなんて。
果竪は本気でそう思った。たとえひがみ根性丸出しと言われようと構わない。
こんな馬鹿に力を授けるぐらいなら私にくれ。
ハンカチがあれば思いきり噛み締めたい。
許されるならば全力で地団駄を踏みたい。
そんな果竪とは反対に、領主は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
が、ふとその視線が果竪に留まり、しばしジッと見つめた。
「……………………」
「な、何?」
そこまでガン見されると戸惑うものがある。
っていうか、気持ち悪いからやめてくれ。
どんなに顔が良くてもあんたみたいのにジロジロと見られたくない。
でなくとも、この馬鹿領主には腹立たしさしかないのだ。
確かに見た目こそ貴公子然としていた逞しい肉体を持った美男子である領主。
しかし、こいつは私と仲の良い侍女を花瓶で殴って傷物にしてくれたのだ。
今度人の前に顔を見せたら絶対に絶対に報復してくれる!!
そう心に固く誓った時の怒りは今でも思い出せる。
というか、あの時殴り足りなかった。
もっと殴っていればもしかしたら思考回路が良くなっていたかもしれない。
気付けばギロリと睨付けていた。
こんな姿をもし明燐達が見ていれば驚きのあまり飛び上がっていただろう。
が、領主はそんな睨みは通用しなかった。
それどころか
「お前、誰だ?」
こいつは果竪の事をこれっぽっちも覚えて居なかった。
確かに、侍女を傷物にされた際にこの馬鹿が気付く暇もなく乱入して殴り飛ばしたのもあるだろう。
自分をしっかりと認知する前に意識を飛ばさせてしまった事もあるかもしれない。
しかし、一応領主なのだから自国の王妃ぐらいしっかりと認識しておけと言いたい。
――まあ、自分も公式の場には殆ど出ないのだから仕方ないと言えば仕方がない。
しかも、公式の場に出る際にはヴェールをつけさせられていた。
『高貴な女性というものは滅多に顔を見せないものなんですよ』
『でも、茨戯とか朱詩とか宰相とかに顔見せてる』
『あれは規格外なので別に良いです』
そう夫が言った後、名を挙げられた者達が怒りのオーラを纏ったが夫は全力で無視した。
というか、自分が素顔を見せる事を許されたのって、大戦前から一緒に居た者達だけだ。
それ以外は何でか会う際にヴェールをつけろと煩く言ってきた。
普通なら、ヴェールをつけているがその素顔はどれほど美しいのかと思われるだろう。
しかし、果竪の場合は落ちこぼれ王妃、十人並み、平民出身とそこら辺ばかりが先に目立ってしまい、ヴェールをつけているのはその醜すぎる顔を隠す為だと噂されていた。
――不公平だ。理不尽だ。
確かに十人並みだし落ちこぼれだし殆ど能力はないし平民出身だ。
高貴な女性に相応しい身分も地位も家柄もなければ美しさも能力もない。
ついでに教養もなければ気品だってない。
けど、醜すぎるは酷すぎる。
「いくら、公式の場ではヴェールの着用が義務とはいえ、酷すぎる」
「ふぇ?」
怯えながらも何気にしっかりと聞いていた蛍花に、果竪は気にしないでと告げる。
今ここで正体を明かせば更にややこしい状況になる。
「ふん、まあ別にお前が誰だろうと構わない。どうせ、此処に居る以上未来は決まってるんだからな」
「貴方に決めてもらうような未来は持っていません。自分の未来は自分で切り開きます」
「はっ!誰に物を言っている!俺が誰だか」
「領主でしょう?」
果竪の言葉に、領主が口を閉じる。
しばしにらみ合う中、最初に口を開いたのは領主だった。
「ふぅ~~ん……俺の顔を知っているという事は、俺の所の民か」
死んだってあんたの所の民だなんて言われたくない。
そう心の中で吐き捨てながら、果竪は領主を睨付ける。
「という事は、お前も俺が連れて来た生け贄の一人か?――いや、そんなブサイクはいなかった筈。そこの女ぐらいだろう」
そう言うと、領主は蛍花を嘲笑うように見た。
ヒッと蛍花が悲鳴を上げる。恐ろしさのあまりその場に座り込んでしまった。
そんな蛍花を守るように果竪は間に立ちふさがった。
「失礼なこと言わないでよっ!」
「失礼?そんな醜い顔と体を俺の前に晒すことの方が失礼だろう?」
領主の物言いにカチンとくる。
「ってか、そこの女なんて顔も悪ければ体だって……一体何を食ったらそんなデブになるんだか」
「あんたに言われたくないわ将来のトド親父――あ、そんな事言ったらトドに失礼だわ。愛らしすぎるトドにも自分の名前を貸し出して良い相手と悪い相手がいると思うから」
果竪の言葉に、思わず蛍花が吹き出す。
更に、死霊達も吹き出した。
「こ、このアマっ!」
反対に顔を真っ赤にして怒り出す領主。
しかし殴りかかってはこなかった。見れば必死に自分を押さえつけている様子である。
以外と冷静なようだ、この馬鹿は。
「ふ、ふんっ!そんな事を言ってられるのも今のうちだ」
そう言うと、領主は蛍花や死霊達に視線を向けた。
怯える彼女達に領主はニタリと笑う。
「それにしても……散々好き勝手してくれたようだな」
揶揄するような口調。
「だが、所詮はその程度。この俺に傷つけることは出来なかったわけだ」
領主は笑う。
「まあ、最初に襲われた時には多少なりとも焦ったがな」
「襲われてるんじゃん」
「煩いっ!お前は口を出すなっ」
果竪の指摘に領主は目をつり上げて怒鳴りつける。
「ってか、まるで待ちかねたように現れたけど今までどこで何してたのよ」
「いちいち煩い女だな!――まあいい冥土の土産に教えてやる」
領主は高らかに言う。
他の者達と同じくこの空間に閉じ込められた事から始まり、速攻で死霊達に襲われたこと、隙を見て逃げ延びたこと、その後も化け物達に襲われたが、何とか危機を脱し、起死回生のチャンスを狙っていたことを鼻高々に語る。
「つまり惨めったらしく逃げ回っていたと」
「黙れ馬鹿女っ!」
「それで?今になって出てきて一体どういうつもり?謝罪でもしようと言うの?」
「謝罪?何の謝罪だ?」
「多くの人達を傷つけ苦しめた事よ」
「ふんっ!そんな事で謝ってたまるかっ!」
そんな事――果竪の中で何かが音を立てて切れていく。
しかし、それに全く気付かない領主はケラケラと楽しそうに笑った。
「とにかく、これで俺の勝ちだな」
「勝ち?」
「そう、俺が此処に現れた時点でお前達の負けは決まってるんだ」
そう言うと、領主はパチンと指を鳴らす。
すると、凄まじい絶叫に近い咆哮が響いた。
「っ?!」
祭壇の前に居た化け物――数多の少女達を生け贄として喰らい、死霊によって操られたそれが苦しそうにのたうちまわる。
思わず耳を塞ぎたくなるような絶叫が続いた。
そうしてほどなく化け物は力尽きるように倒れ動かなくなった。
すると、その体は小さな光珠へと変化し、領主の手の中に収まっていった。
「凄いだろう?鉱山で見つけたんだ」
領主が大切そうにその珠を抱く。
「これを見つけた時、本当に嬉しかった。これさえあれば国軍にさえ勝てるからな」
凪国の国軍は優秀な将軍や軍師はおろか、一人一人の武官達がそれぞれに有能である事もあり、軍としての強さは他国すらも圧倒するものがあった。
その強さは、他国はおろか自国にさえ恐れられるほど。
しかし普通に生活をしていれば間違っても攻め込まれる事なんてないし、勝つ必要だってない。
「けれど、目覚めたばかりで力が足りなかったのがいけなかった。しかも大喰らいだから沢山の生贄を必要とした。知ってるか?これが好むのは、年頃の生娘。それも初潮が来た後の娘しか駄目なんだ」
「そんなもののせいで、蛍花の友人達は……」
「そんなものだなんて言うなよ。俺の大切な宝物だぞ?俺を守ってくれる大切な大切なものだ」
領主は心底愛おしそうにそれを撫でる。
「これさえあれば、俺は最強になれる」
領主の笑みが狂気に歪む。
「礼を言うよ。これの本当の使い方を知るきっかけを作ってくれたんだからな」
「本当の使い方?」
「そう。俺はこれに自分の身を守らせるつもりだった。そう、最強の騎士として。けど、これの本当の使い方はもっと別のものだった。そう――こんな風になっ」
領主がその球を口に入れたかと思うと、ゴクンと飲み込んでしまった。
領主の体が淡く発光する。
「な、な、なっ?!」
「はは、あの方の言うとおりだっ!これこそが本当の使い方だっ!」
「ど、どういう事?!」
「ふっ!これの本当の使い方は、生け贄をたっぷりと食わせたこいつを宝玉化させそれを取込む事だ。そうすれば、こいつの中に蓄えられた力は全て俺のものになるっ!見ろ!この強大な力をっ!」
一気に膨れあがる力に、果竪は後ずさった。
こんなに強大な力を宿すなんて……。
本来の力に加え、あの化け物が蓄えた力があわさりとんでもない力の強さになっている。
「生け贄を食わせるのはあいつをきちんと蘇らせる為と思っていたが、ようは力を蓄える為。つまり、あいつは力の貯蔵庫という事だ」
生け贄はその貯蔵庫に蓄える為に必要な力の源。
領主はそう断言した。
「さてと、これで使えるな」
そう呟くと、領主が陣をくみ始める。
見た事もない組み方に、果竪は眉を顰めた。
「一体何をするつもりなの?」
果竪の問いに、領主の口の端がつりあがる。
醜く歪んだ笑みのまま彼は言った。
「勿論、御霊破壊の術だよ!!」
宣言と共に術が発動される。
凄まじい衝撃破が果竪達を襲った。
――あと一歩遅ければ完全に死霊達は消滅させられていた。
蛍花の力を借り、すんでの所で結界を張り巡らせた果竪はほんの僅差による命拾いに、肝を冷やしていた。
今も大量に冷や汗が流れ、心臓が激しく動悸している。
「くっ――」
今も迫り来る術による衝撃破。
もし結界が緩んだが最後、あっと言う間に喰らい尽くされるだろう。
それにしても、こんな――
「禁呪を使えるなんてっ!」
御霊破壊の術。
それは、古代から伝わる術の一つで、その余りの危険さに禁呪として使用を禁止された術だった。
その名の通り、魂を破壊する事を目的とした術。
当然の如く、使われた相手は魂を消滅させられる。
魂を消滅させる――それはたとえ神族といえども魂を消滅させられればどうしようもない。
それどころか、転生する事すら叶わなくなる。
その危険すぎる結果により、使用を中止された術。
使う事すら禁忌であり、もし使用した事がばれれば厳罰に処される。
いや、それよりも
「何でそんな馬鹿みたいな術を知ってるのよっ!」
果竪でさえ、名前と禁呪指定にされた経緯しか知らない。
なのに、領主はその術を発動させた。別の術だという事はない。
果竪の中に鳴り響く警告音がそれが禁呪であると示している。
次第に果竪の方が押されてきた。
「くっ……」
「ふんっ!ここまで耐えられた事は褒めてやる。でも、ここまでだ」
「ふざけないでよ……あんたみたいなのにやられてたまるものですかっ」
果竪の怒声に、領主はまるで珍獣でもみるような視線を向ける。
「おかしいのはお前の方だ。何故そこまでする?」
「何故?当然じゃない!大切なものを守る為よっ!」
今にも傷つけられそうになっている大切なもの。
それが手の届く場所にあるのならばすぐさま駆寄ってでも絶対に守り抜く。
こんな馬鹿に自分な大切なものを傷つけられてたまるかっ!!
「こいつらはお前を殺そうとしていたんだぞ?」
領主は理解出来ない様子で言った。
「自分を殺そうとした奴らを守るのか?」
ここの様子を探っていた時に見た。
目の前の女は危うく化け物に食い殺されそうになっていたのを。
その化け物をけしかけたのは死霊達だ。
自分が辿り着く頃にはとっくに食われていたと思ったが、まさか生きているとは思わなかった。とはいえ、結局ここで死ぬのだからどうでもいいが。
しかし、領主はこの見知らぬ少女に興味を覚えた。
自分を殺そうとする相手を守ろうとしたその狂った思考がどこからくるのかについて。
「自分を殺そうとした奴らにどうしてそこまで必死になれる?」
「悪い?」
「頭がトチ狂っているとしか思えないな」
その言葉に、果竪の中でまた何かが音を立てて切れる。
この……男は……
「自分を殺そうとした者まで守ろうとするなんて、心底狂っているとしか」
「そうしなければならなくしたのは誰よ」
果竪の声は酷く冷静だった。
しかし、逆にその怒りの強さを感じさせる。
「周囲を無差別に殺させるまでにしたのは誰よ」
そこまで傷つけたのは一体誰?
「ここまで追い込んだのは誰よ」
果竪は領主を睨付ける。
「平穏に暮らしていた娘達や、その家族の未来と幸せを奪ったのは誰よ」
そう――
「全てあんたじゃない!あんたの身勝手な私利私欲のせいじゃのいよぉぉぉぉっ!」
果竪の怒声が辺りに響き渡る。
それと同時に、果竪の張る結界の強度が増した。
逆に押された領主が驚きに目を見張る。
「あんたのせいで……民を守るべき立場にいるあんたの身勝手のせいでどれだけの人達が苦しめられたと思ってるのよ!ふざけんじゃないわよぉ!!」
許さない、絶対にユルサナイ
幸せになる筈だった、幸せになれる筈だった
溢れんばかりの輝く未来があった娘達から全てを奪い、その家族を皆殺しにした
それだけではない
蓮璋達を二十年も苦しめた
絶望と悲しみのどん底に叩き落した領主
領主だけではない
領主に与した者達も全部
「叩きつぶしてやる――」
それが、上に立つ者として自分が出来る唯一のことだ
勿論、上に立つ者としてそれに気付かず知らずに容認してしまった自分達にも罪があるだろう
統治者を選ぶのに必要な見る目がなかったという事だ
領主への憎しみと共に、自分への憎しみもどんどん積もっていく
しかし、果竪がそんな自己嫌悪に襲われている事などこれっぽっちも気付かない領主は馬鹿らしいと言うように嘲笑った。
「はっ!馬鹿な事を!いいか?所詮民草という下層の者は上のために犠牲になるのが当然なんだっ!」
上の幸せの為に全てを投げ出し利用される事こそ幸せだ
その言葉を聞いた瞬間、果竪の中の最後の理性の糸が切れた。
「この――馬鹿領主がぁぁぁぁっ!」
完全に切れた果竪の絶叫が辺りに木霊した時だった。
蛍花が驚きに目を見開く。
「死にさらせぇ!!」
果竪の怒りにより、思いきり力を引き摺りされた蛍花。
しかし、それにより衰弱する事もなく寧ろ今まで同様力がみなぎった状態のまま、果竪へと流れ込んだ力が変貌を遂げるのを目の当たりにした。
その力は大きく渦巻き果竪の体から発せられたかと思うと、結界の外にて、それはそれは巨大な拳の形をとった。
かと思えば、その手に極太巨大大根を握りしめ領主へと襲いかかった。
「んなっ?!」
領主の放つ術すらも切り裂き飛んでいく大根握った拳。
それは領主の元へと辿り着くと、大きく振りかぶって――
打った――!!
勿論ボールは領主その人。
見事なまでのホームランとなった。
後ろの壁に思いきり叩付けられる。
「がはぁっ!」
そのままずるずると崩れ落ちる領主を余所に、蛍花と死霊達は呆然とその様子を見入っていた。
大根
大根よ
大根だったわ
何で大根
ってか拳だけでいいじゃない
なんでわざわざ大根を握りしめてるの
大根で領主殴り飛ばしちゃったわ
大根ってバットの材料だっけ
彼女達は知らなかった。
果竪が大根を愛していることを。
その上、いかに愛する大根を全世界に広めるかを常に画策し、将来は大根の伝道師になる事を。
そんな果竪の自己紹介文はきっとこうだろう。
好きな物――大根
趣味――大根の品種改良
特技――どんな場所でも大根栽培可能
好きな異性――大根みたいな人
信条――大根は私の恋人
夢――いつか大根の世界に旅立つこと、大根農家に就職
希望――全世界に愛と希望に満ちた大根プロジェクトを布教すること
野望――全ての大根は私のもの、でもそれだと他の人が可哀想なのでみんなで山分け
色々と間違っているような気がしないでもない、いや間違っているだろう。
特に好きな異性。大根みたいな人ってなんだ、大根みたいな人って。
しかし果竪は本気だった。
因みに、昔このような自己紹介文を本気で書いて明燐に破り捨てられた経験があり、その後ショックのあまり数ヶ月引きこもった過去を持つ。
しかしそんな事は全く知らない蛍花達はとりあえず今見た光景は幻覚だったのだと思うことにした。
そう、幻覚。
幻覚と言ったら幻覚。
うん、ちょっと、いやかなり疲れてたのよ。
全力で自己暗示をかける蛍花達だった。
果竪のプロフィールが明かされました(笑)
たとえ怒りに支配されていても、大根だけは欠かさない。
そんな果竪の新技『大根バッティング?』が炸裂しました。
という事で、次話もよろしくお願いします♪