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大根と王妃②  作者: 大雪
31/46

第31話

最上階の通路を一言で表わすなら――闇。

その言葉以外相応しいものはない、それぐらい暗かった。


しかし、通路の奥からその音は聞こえてくる。


「ちっ!暗すぎて見えないっ」


奥で何かが動くものが見えるが、はっきりと視認する事は難しい。

その状態で飛び込むのは危険だと分かっていたが、躊躇していれば手遅れになる。


その時、はっきりと悲鳴が聞こえてきた。


「いやぁぁぁぁっ!」


果竪は床を蹴った。




その化け物にのし掛かられ、少女は悲鳴をあげた。

もうどれだけ逃げたか分からない。

隠れて、走って、ひたすら逃げてきた。

そんな自分をこの化け物は追いかけ回してきた。

その執念は凄まじく、どこに隠れていても自分を見つけ出す。

外に逃げだそうにも、扉は開かず窓を叩いても割ることすら出来なかった。


他の人達はいない。自分と同じように此処に連れて来られた少女達は全て殺された。

そして自分達を此処につれて来た者達も皆殺された。


どうしてこんな事になったのだろう?


何故こんな目にあわなければならないのだろう?


本来であれば、今頃はいつものように普段と変わらない日常を過ごしていた筈なのに――


その時、ボタリと顔に何かがかかる。

それが、自分を押さえつける化け物の口から零れた涎だと気付いた時、絶叫していた。


自分も他の人達と同じように喰われる。



生きながら喰われていった人達。

断末魔が響き渡り、続いて咀嚼する音が聞こえてくるのをただひたすら震えながら聞いていた。

助けたいと思ったのも最初のうちだけ。

一人、また一人喰われていく中で、いつしか他の誰かが掴まっても動く事は出来なかった。



次は自分だ



少女は泣いた。



こんな場所で死ぬなんて

無理矢理連れて来られた挙句、こんな化け物に喰われて死ぬなんて



けれど、同時にそれもいいかもしれないとも思う。


だって、もう自分には帰るところなんてないのだから



自分の居た村はこの舘の主によって焼き払われてしまった。

父も母も妹弟達ももう居ない。

年頃の女性だけが生かされて舘に連れて来られ――そして死んでいった。

化け物達に喰い殺されて。


そして今、自分も死ぬ。


何故こんな事になってしまったのだろう?



去年、ようやく新しい鉱山に父や村の皆が職を得て、ようやく生活も楽になってきたというのに



全てはこれからだったというのに



心残りは、自分の身に何故突如こんな降りかかったのか理解出来ない事と、家族の仇を取れなかった事




そしてこんな所で化け物に喰い殺される事



もう会えないんだな……



二十年前に国試に合格し、官吏への道を歩み始めたあの人の事が頭に過ぎる



自分の一方的な憧れだったけど



でも、もう一度だけその姿を見たかった



官吏として王都に行ってしまったかの人を思い少女は泣いた



出来る事なら好きな人と結ばれて、幸せな家庭を築いて……



もう一度だけ会いたかったと少女は呟く



そんな少女の華奢な肢体を、化け物は涎を垂らしながら食らいつこうと大口をあける。



牙が柔肌にめり込む




筈だった





「どきやがれこの馬鹿化け物がぁっ!」



怒り百二十パーセント間違いなし。

そんな怒声が響いたかと思うと、自分の上に乗っかっていた化け物が横へと吹っ飛んでいった。



代わりに、自分の横に立つのは見知らぬ一人の少女。


大丈夫?と覗き込むようにして安否を気遣う少女に、思わず抱きついた。






声を頼りに走り続けることしばらく。

ようやく見つけた時は、化け物が今にも少女を喰らおうと大口を開けていた。


当然自分がやる事はただ一つ。


怒声を浴びせて油断した所を勢いのままに蹴り飛ばした。

走り続けていた事が効を奏したらしい。

素晴らしい助走があった為、思ったよりも足に力が入り見事に化け物を蹴り飛ばす事が出来た。



やれば出来る。


落ちこぼれだってやれば出来るのだ。



さてと――



「大丈夫?」



果竪はいまだ地面に横たわったままの少女を見つめた。

自分よりも1,2才年下だろうか。

容姿はお世辞にも美少女とは言いがたく、笑えば可愛いという程度。

体つきも太りすぎではないが、標準よりはたぶん太い。

また、オドオドとした雰囲気が全面に出ており、どちらかというと臆病という印象を受ける。


というか――小動物?


たぶん、自分とは正反対の性格だろう。


と、少女が自分に抱きついてきた。


「おわっ!」


足に力を込めて何とか踏ん張り後ろに転倒する事だけは免れた。

少女の涙が服を濡らす。肩をふるわせ泣きじゃくる様子に、果竪はしばしそのままにしておいた。

今下手に声をかけてもきっと少女は答えられないに違いない。それなら、落ち着くまで待てばいい。


そうして待つ事しばらく。ようやく少女は泣き止み顔を上げた。

泣いたせいで目が真っ赤になってしまったが、大きな瞳で果竪を見つめている。


「大丈夫?」

「は、はい……あの、貴方は……この舘の人ですか?」

「ううん、違うよ。私の名は果竪。ここには用事があって来てるだけ」


用事があって来てるだけ?


「あの……それは、いつ…から?」

「ついさっき。三十分は経ったかな?舘に入ってから」

「………三十分……」


って、事は………此処はもしかして現実世界?


じゃあ私………抜け出せたの?


でも……いつの間に?


いや、それよりも早く外に逃げないと


「貴方は?」

「え?」


果竪の質問に少女はハッと我に返る。


「名前。教えて貰えないと呼べないから」

「あ、私は蛍花(けいか)です」

「蛍花ね、えっと……貴方はこの舘の人なの?」


果竪の質問に蛍花は思いきり首を横に振った。

とんでもないと言わんばかりの様子に加えて、その顔は恐怖に染まっている。


「わ、私はこの舘のものなんかじゃ……」

「お、落ち着いて」

「私、私……此処に無理矢理連れてこられたんですっ」


連れて来られた?


「それ、どういう事?」

「それより、

いや、それとこの舘で何が起きてるのか、蛍花、貴方は分かる?」

「え?」

「これだけ騒ぎが起きていても誰も出て来ない。そして私達を襲った化け物。この舘では何が起きているの?」



蛍花の表情が凍り付く。



「蛍花?」

「あ………い……や……」


蛍花の脳裏に、あの惨劇が蘇る。

口にする事すらも恐ろしい、あの壮絶な光景が………



気付けば、蛍花は悲鳴をあげていた。



「ちょっ!蛍花、落ち着いてっ!」

「いや、いや、いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


果竪の腕を振り払い、その場から走り出す。


「ま、待って!」


こんな不気味な場所ではぐれれば命取りになりかねない。

果竪は慌てて蛍花を追いかける。

しかし、蛍花は意外と足が速かった。

日頃畑仕事に精を出し、持久力も瞬発力も普通の少女とは比べものにならないほど高い果竪でさえ手をやくほどに。


ようやく捕まえた時は、後少しで廊下の突き当たりという所だった。


「あぁぁぁぁぁっ!」


パニックになって暴れまくる蛍花を後ろから羽交い締めにするが、もの凄い力で振り払われそうになる。


「ちょっ!落ち着いてっ」


その時だった。

地面がドンっと突き上がるように揺れたかと思うと、ぐにゃりと地面が歪む。


「な、何?」

「や、あ、あ……やめてぇぇっ」


また、あの時と同じ事が……


「蛍花っ!」


果竪の悲鳴が響いたかと思うと、次の瞬間ガクンと足下が沈む。



ガラスが割れるように地面が、いや、全てが壊れていく。


ああ、同じだ



あの時と



皆が殺される前………あの人が暴走を始めた時と同じ



また狂った世界に引き込まれる



「一体何が起きてるの?!」



逃げなければならないが、まともに歩くことすら出来ない。


果竪は蛍花を引き寄せ周囲を窺う。



と――不思議な浮遊感に包まれる。


あ、と思った時には体が落下を始めていた。


床が………消えていた。


「ちょっ!嘘でしょう?!」


それでも蛍花の体だけは離さなかった。


そして二人は深淵の闇の底へと落ちていったのだった。










ヒタ………ヒタ………


遠くからだが、はっきりとその音は聞こえてきた。

物陰にて息を潜めながら、蓮璋は静かに小刀を取り出す。

その音は徐々にだが確実に近づいて来ていた。



ヒタ……ヒタ……


もはや音はかなり間近に聞こえて来ていたが、いまだその相手の姿は見えなかった。

ふと、蓮璋のすぐ前に水滴が滴っているのに気が付いた。


「上か――」


そう呟くのと動くのは同時だった。

上へと向けて放たれた小刀が何かにささる音とともに、凄まじい咆哮が辺りに木霊する。

蓮璋が横に跳躍してほどなく、先程まで居た場所にボトリと化け物が落下してくる。

人間位の大きさのそれは、全身を緑色の肌で占めた化け物だった。

四肢には巨大な爪の生えた手足が伸び、長い尻尾の先には鋭いトゲがいくつも生えている。

頭部は脳が露出し、大きな一つ目と、無数の牙が生えた口から異様に長い舌が出ていた。


そんな化け物の目に、小刀が深々と突き刺さっていた。


痛みに暴れる化け物。

特にこの化け物は視角に特化しているらしかったが、それを潰されればどうしようもない。

蓮璋は素早く間合いを詰めると、化け物へととどめを刺す。


断末魔をあげた後、化け物の体は完全に動かなくなった。


「ふぅ……これでひとまず大丈夫ですかね」


果竪と別れた後、カメレオンの化け物はすぐに瞬殺したが、その後続けざまに三体もの新たな化け物が現れた。

それぞれ種類の違うもの達だが、皆、蓮璋を餌と認識して襲いかかってきた。

その最後の一匹を今ようやく仕留めたのだった。


「にしても……かなり戻されましたね」


化け物と戦う中、果竪が上へと上がった階段前からかなりの距離を引き離された。

寧ろ、舘に侵入した裏口の方が此処からは近い。


「早く合流しなければ……」


化け物は一体ではない。もしかしたら果竪の方にも化け物が襲いかかっているかも知れない。

蓮璋は後悔していた。

果竪の身を案じて先に行かせたが、今となっては一緒にいた方が安全だったと思う。


「もはやこの舘に安全な場所はないでしょうしね」


自分達の予想以上にこの舘はやばいと蓮璋は感じていた。


これだけの戦いを繰り広げていても誰も駆けつけないとすれば、きっとこの舘には自分と果竪以外には誰もいないに違いない。


ああ、化け物はいるだろうが。


「しかし、この化け物達は一体どこから……」


一体この舘に何が起きたのか。

しかし、それを教えてくれる者は今の所誰もいない。


「さっさと、証拠を手に入れて脱出しないと」


本当ならばいますぐ果竪を連れて逃げるべきだが、それでは何の為に此処に来たのか分からない。

証拠を手に入れるまでは舘を脱出する気はなかった。


「とにかく、果竪を見つけないと」


蓮璋は果竪と別れた階段へと戻ると、急いで上の階へと駆け上った。




そして――




「果竪?」


二階、三階、四階と順番に探していくが、果竪の姿はない。

部屋も鍵の掛かっている場所以外はすべて確認したが、果竪はどこにもいなかった。


残すところは最上階。

蓮璋はゆっくりと最上階への階段を上っていく。



他の階と同じような造りをした長い廊下。

しかし他の階と同じく人気は全くない。



「一体どこに行ったんだ?」



まるで煙のように消え去った果竪に、蓮璋は焦る気持ちを必死に抑えながら周囲を見渡した。



嫌な予感がする。



とてつもなく嫌な予感が――。


え~、連続更新出来ました♪

続きは、ちょっと未定という事で……すぐ更新出来るかもしれませんし、また日にちが空くかもしれないし……。


またまたピンチになった果竪。

今回新しい登場人物が出てきました。

さて、彼女は誰なのか?一体どうして舘に連れて来られたのか?

次回で明かして行きたいと思います。


はぁ……40話ぐらいになっちゃうかな~。

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