表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大根と王妃②  作者: 大雪
30/46

第30話


上から落ちてきたもの……それは血まみれの男だった。

衣服はぼろぼろ。四肢のうち、右足はなく、残った三肢の骨には申し訳程度に肉がついているのみ。

一目見て喰われたと分かるその凄惨な姿は、言葉どおり食い散らかされていた。


「ぐっ――」


よく見ると、割かれた腹には内蔵が入っていない。目玉も一つなくなっている。

腕や足は中途半端に肉が残っている分、余計にその所行の残忍さ加減を煽っている。


ふらりと足の力が抜ける。


危うく頽れる所を蓮璋に支えられた果竪は必死に込み上げる吐き気を堪えた。

少しでも気を抜けば内臓ごと吐き出してしまいそうだ。



「舘の……者ですね」



腕にひっかかっている服の一部と思われる布が、その男の素性を明らかにする。


「こんな……酷い……」



強い血の臭いと腐臭などもはや気にならなかった。

果竪がふらりとその死体に近づく。



――果竪の上にそれは振ってきた。



「果竪っ?!」


蓮璋が果竪を突き飛ばす。

階段側へと突き飛ばされた果竪の体が強かに床に打ち付けられる。

強打した肩の痛みに呻く間もなく、それは聞こえてきた。


――ギャァァァァァァァ



甲高い咆哮。

驚いて体を起こせば、既に蓮璋とそれは戦闘態勢に入っていた。


「果竪っ!大丈夫かっ?!」


「れ、蓮璋っ」


果竪と蓮璋の間を裂くようにして立ちふさがるそれ。



緑色の鱗に覆われたカメレオンだった。

といっても、普通のカメレオンではない。

大きさは象並の巨体で、なんと緑色の肌からは鋭いトゲがいくつも出ている。

手や足は異常なまでに大きく発達しており、指の先には鈍く光る鋭い爪が生えていた。

しかも、顔の部分には普通ならあるべきものがない。


「………のっぺらぼう?」


目も口もなにもない――



顔の部分が突如大きく裂ける。

顔の右端から左端まで。大きく裂けたそれはゆっくりと開いていく。

ギラリと紅い血に濡れた白いものが鋭い牙だと分かった次の瞬間、限界まで開かれた口の奥から何かがボトリと落ちた。


膝から舌の足――


あの血まみれの男のものだと、瞬時に果竪は判断した。

と同時に、あの男を食い散らかしたのがこの化け物だと悟る。


「あ……あ……」


血にまみれた足は、力一杯食いちぎられたのか、その切断面は悲惨なものだった。

胃液で溶けたのか、皮膚は殆どなく、白いもの――骨が所々見えていた。

耐えきれなくて果竪は両手で顔を覆った。

しかし、耳がその音を捕らえる。


「くっ!」


長い舌が蓮璋へと向けてのびる。

まるでカメレオンが虫を捕まえるような素早さで繰り出される舌を蓮璋は難なく避けるが、次の瞬間眼前にカメレオンの化け物が迫った。


「蓮璋っ!」


果竪が蓮璋の元へ走り寄ろうとするが、化け物の巨体に阻まれる。

無理に横を通り抜けようにも、鋭くのびるトゲが邪魔をする。下手に通りぬければあのトゲが果竪の体を貫くだろう。


しかし、このまま黙ってるなんて出来ない。

果竪はなんとかして隙を見つけて蓮璋の元へと駆けつけようと周囲に視線を巡らせる。


だが、化け物はそんな果竪の動きを見越したように、今度は果竪に向かって攻撃を繰り出す――


「キャッ!」


全く予想しなかった攻撃。長く太い尻尾が、突然何本にも分かれて鞭のように果竪へと打ち付けられる。

それを後ろに飛び退く事で何とかさけるが、息つく暇もなく次々と攻撃を受ける。

背後に階段が迫る。上に上がれば逃げられるが――


そんな果竪に蓮璋が叫ぶ。


「果竪、上に逃げて下さいっ」

「蓮璋!でもっ」

「オレもすぐに追いかけますからっ!」


蓮璋の言葉に果竪は首を横に振った。

蓮璋を一人で置いて逃げるなど絶対に出来ない。


「無理……そんな事出来ないっ」

「果竪、御願いです、安全な場所へと避難していて下さい」

「そんなこと」

「でないと、オレも本気を出せない」

「っ――」


蓮璋の言葉に、果竪は押し黙る。


自分の存在が蓮璋にとって足手まといとなっている



その事を嫌でも思い知らされた瞬間だった。



「……分かった……なるべく早く来てね」


そう言うと、果竪は階段を駆け上がる。

それを化け物が追いかけようと方向転換を行おうとするが――



「どこを見ている、お前の相手はこのオレですが」



氷よりも冷たい声音が化け物の足を止めさせる。

その間に、果竪の姿は完全に見えなくなった。


化け物がゆっくりと蓮璋の方へと向き直る。

それを冷たく見据えながら、蓮璋はクスリと笑った。


これで大丈夫


蓮璋は果竪の消えた方をチラリと見ると安堵の息を漏す。


本気を出せないと言って果竪を追い払ったが、完全に本気を出すつもりはなかった。

けれど、完全ではなくても、きっとあのまま此処に居ればきっと果竪は怯えてしまうに違いない。


「怖がらせたくないですからね」


影時との戦いでは、裏切られた衝撃が大きすぎて殆ど動く事は出来なかったが――

蓮璋はゆっくりと深呼吸し、気を整えると、化け物へと視線をずらす。


「さあ、オレが相手ですよ」


次の瞬間、再び化け物が眼前へと迫った――





上の階へと逃げてきた果竪は階段前で蓮璋を待とうとしたが、その願いはあっけなく崩れ去った。

二階にも化け物が居たのだ。それが果竪を狙って追いかけ、果竪は追われるようにして再び階段を上り始めた。

三階、四階――そこで果竪は化け物に追い詰められた。

更に上の階を逃げようと階段を上ろうとして四階の通路へと弾き飛ばされた。



「くっ!このっ」


すぐに体勢を立て直すが、立ち上がる前に攻撃が繰り出される。

猿型の化け物は、やはりカメレオンの化け物と同じようにのっぺらな顔がパックリと横一文字に割け、そこから長くのびた舌や太く巨大な二本の腕を突き出してくる。

それらを転がる事によって紙一重で避け、果竪は化け物と距離を離す。


しかし、化け物は素早く巧みに果竪の逃げ道を塞ぐ。


「しつこいってのっ!」


果竪が小刀を構える。

が、それよりも化け物の舌が伸びて果竪の腕へと突き刺さる方が速かった。

貫かれた左の二の腕から血が流れ出る。

しかし、果竪は痛みに怯むことなく化け物へと向かって走り出す。

ここで躊躇すれば負ける。

その判断は正しかった。再び舌が伸びきるよりも速く、果竪が化け物の懐へと飛び込みその舌を半ばから斬り落とす。

痛みに耳障りな咆哮を上げながら後退ろうとする怪物の横へと果竪は回り込み、刀を逆手に持ち直すとその背中へと一気に突き刺し、床へと縫い止める。

化け物の体が激しくのたうち長い尻尾が果竪を打ち付けるが刀を持つ手をゆるめない。


そうして耐え続ける事数分。ようやく化け物は絶命した。


「……つ、疲れた……」


化け物が完全に動かなくなったのを確認し、果竪はその場に座り込んだ。

今になって呼吸が荒くなる。ドッと疲れ、今にも完全に倒れそうだ。

しかしそれを気力で耐え、果竪は立ち上がる。


「って……能力の弱い私向きじゃないわよ……」


神族としてはあまりにも能力の低い自分は、大戦時でも戦闘要員としては殆ど役立たずだった。

おかげで、いつもいつも補助要員やら回復要員に回されていた。

っていっても、それらの要員でさえ能力が低すぎて殆ど役立たずだったが――。


『貴方って本当に何も出来ないグズなのね』


耳に昔受けた罵りの言葉が蘇る。


役立たず、無能、グズ


あの人達はあらゆる罵りの言葉を吐いてくれた。

争いからは到底無縁の安全地帯から。


所謂高みの見物の身で、馬鹿にしてくるのである。


そうして、敵との戦いでボロボロのドロドロに汚れた自分を蔑みながら、美しく着飾り夫へとすり寄っていた。

その光景は今思いだしても腹が立つ。当時も腹が立ちすぎて、手当たり次第に軍に所属する彼女の居ない独身男性達と二人っきりで居てやったりもした。



――その時の男性達は皆、建国した瞬間、凪国の各地に領地を与えられて領主として、とっとと飛ばされてしまったが。


ってか、あの人達は皆とても優しい人達だった。

普通はああいう人達を側に置くべきである。

ってか、何だって首都から遠い場所に飛ばすのかその気持ちが全く分からない。

果竪は自分の行いの為に王が暴挙に出たという関連づけが全く理解出来なかった。


「けど……本当に疲れた……」


出来る事ならこの場に大の字で寝っ転がりたい。

普通の高貴な女性ならばふかふかの柔らかい布団で眠りたいと騒ぐだろうが、畑作業の後は木の根もとでぐっすりと昼寝が日課だった自分には何の問題もない。


但し、この化け物の死体の横では眠りたくはないが。

それに、蓮璋の事もある。蓮璋の足手まといになるぐらいならと上へと逃げたが、蓮璋

もまさか果竪が四階まで上って来てしまったとは思ってないだろう。

しかも上に居た化け物に襲われたとは。


「蓮璋にまた心配かけちゃうな……」


果竪は申し訳なく思った。

ってか、蓮璋を助けに来た筈なのに、これでは余計な心配ばかりかけに戻って来たようにも思える。


「はあ……私って本当に役立たずだな」


これでは、役立たずの王妃と罵られても仕方がない。

っていうか、本当に役立たずの王妃だが。


「……って、駄目だ。このままじゃどこまでも沈んじゃう」


気持ちが落込みかけてハッと我に返る。

自虐思考に陥るのも良いが、今はそういう時ではない。


「――けど、本当にこの舘……おかしいわね」


果竪は周囲を見渡した。

不気味すぎるほどに静まりかえった廊下。

いや、廊下だけではない。舘そのものが静まりかえっているのだ。


それに、たぶん此処には誰もいないと果竪は感じていた。


というのも、これだけ大騒ぎを起きているのだ。

もし人がいれば、普通は様子を見に出て来るだろう。

けれど、誰かが様子を見に来るどころか、何の気配もしない。

となれば、わざと隠れているのか、それとも確認しに来たいのにこれない状態なのか、または誰もいないのか――その三つしか考えられない。


そこで、果竪はあの一階の階段で見た男の死体を思い出す。

化け物に喰われたあの死体。あれはこの舘の者だと言う。


この館の者が化け物に喰われていた


でも、それは一人だけではなく


もし、全員があんな風になっていたら?


果竪の指先が冷たくなる。


思い当たる事は沢山あった。


静まりかえった舘。

喰われた死体と、それを喰った化け物。

そして、どんなに騒ぎを起こしても誰も出て来ない。


もしや、自分達が来る前に化け物に皆殺されてしまっているのではないのだろうか?

だから、舘には誰もいないのではないだろうか?


そう考えれば全て辻褄が合う。


舘の外に警備が誰もいなかった事も。


普通であれば、そんな事は絶対にあり得ない。



でも――



「あの化け物達はどこから来たのかしら……」


階段のところで一匹、さっき倒した一匹。

種類は違うが、たぶんこの舘を襲ったという事では共通しているだろう。

だが、それ以上にもっと大事なことがある。


はたして、化け物はこの二匹だけだろうか?


「まさか……馬鹿みたいに沢山いるなんて事は……」


ないとは言えない。

しかし……舘の者達が全員喰われたとすれば、一匹だけという事はないだろう。

仮にも神族だ。一匹であれば、逃げ出す隙はあるだろう。

こういう言い方は悪いが、他の者が襲われている隙にでも。


けれど、それが出来なかったとなれば複数に一度に襲われたという事だ。

それか、化け物に特殊な能力でもあって逃げ道を塞がれたか、逃げられない状況にされたか。


果竪はゾクリと悪寒を感じる。

もし、他にも沢山の化け物が隠れていて、それらが一度に襲ってきたら――。


自分一人では対応出来ない!!

それに、蓮璋だって――


「はっ!そうよ、蓮璋がっ」


蓮璋は今も化け物と戦っているかもしれない。

それか、もしかしたら自分を追ってきているかも。


しかし、彼はまだ化け物が複数いるかもしれない事実を、いや舘の者達が全員喰われているかもしれない事実を知らない。

そこに、化け物が大量に襲いかかってきたら……。


「は、早く蓮璋と合流しなきゃっ!!」


果竪が立ち上がった――その時だった。


ガタンっ!


天井から響く大きな物音。

続けて、何かが勢いよく倒れる音と、誰かがが走りさる足音が聞こえてきた。


「誰か……居るの?!」


足音がしたという事は、人が居るという事だ。

果竪は天井を見上げた。この階の上に誰かがいる。


気付けば果竪は上への階段に向かって走り出していた。


転びそうになりながらも辿り着いた先は、薄暗く先の見えない上への階段。

確か、外から見たとき舘は五階建てだった筈。

今居る場所が四階だから――。


この上は最上階だ。


果竪はゴクリと唾を飲み込み階段上を見上げる。

上は闇に包まれており、殆ど先が見えない。

その暗さに、たじろいだのも事実だ。


ここに来るまでも似たようなものだったが、あれは化け物に追いかけられて無我夢中だったからこそ出来た事。同じ事を冷静な状態でやれと言われれば難しい。

それも化け物が跋扈しているようなこの状況では――。


ふと、果竪は先に蓮璋と合流しようかと思った。

蓮璋はたぶん自分が二階で合流するのを待っていると思っているに違いない。

なのにここで更に先に進んでしまえば合流するのに時間がかかる。


この屋敷は外から見た以上に広い造りをしている。

下手に動くのは得策ではない。


しかし、そんな果竪の思いは次の瞬間あっけなく崩れ去った。


再び、上の階から物音が聞こえてくる。


それに混じって、少女の悲鳴らしきものが聞こえてきた。

気付けば階段を駆け上っていた。

暗闇の中に突っ込んでいるのも気付かないほどに。



そうして果竪は長い階段を上り上の階へと辿り着き、そのまま音の聞こえた場所へと走り出したのだった。






鬘、鬘、鬘、付け毛、鬘、付け毛、付け毛、付け毛――


凪国王宮敷地内。

その外れにある宮内にそれらはあった。

広すぎる部屋のあちこちに展示されたそれらは、天界全土における全ての種族の女性の頭髪を網羅していると言ってもいい。


というか、どこを見ても鬘と付け毛。

右を見ても、左を見ても、上を見ても、下を見ても。

寧ろ鬘と付け毛以外のものはない。


っていうか、ちょっと待て。

この部屋はいくら通常時は使用してないとはいえ、れっきとした会議室の一つだぞ。


宰相は部屋の中央にいる、この部屋の惨状を作り出した華麗にして妖艶な美女(でも本当は男)に呆れたように声をかけた。


「何勝手に部屋の装飾アレンジをしてくれてるんですか?」

「あら、宰相。いらっしゃい」


うふふ、と美貌を更に引き立てるような芳しい色香溢れる笑みを浮かべる茨戯。

大抵、この笑みで男はおろか女も堕ちる。


果竪には『胸キュン通り越して殺意を覚える』と言われているが。

そんな果竪に『十人並みのひがみ根性は見苦しいわよ、ドラム缶』と茨戯が言い返して本当に文字通り殺し合いが始まった事が度々ある。


とはいえ、茨戯の台詞の根底にあるものは至極単純。

はっきりいってあれだ。


好きな子ほど苛めたいパターンである。


但し、この場合の好きな子は『同性同士で何時も一緒に居た大好きな友達』的なものだが。


けれど『ドラム缶』はないだろう。

確かに果竪は胸は真っ平ら、腰の括れもなければストンとおちる寸胴そのもの。

正しく『ドラム缶』という言葉がこれほど似合いすぎる女性は他にはいないだろう。


しかし、だ。

もし自分が妹にそんな発言をしたら確実にぶっ殺される。

殺しにかけては一人前だが、どうやら人間関係は十分に学んでこなかったらしい。


「ってか何?その同情的な眼差しは」

「いえ、何でもありません。それよりも茨戯、それは何ですか?」


宰相は茨戯が手に持っている箱を指さす。


「付け毛」


至極簡単な答えが返ってきた。


「……………展示されてるのとどう違うんですか?」

「より本物に近い状態の極上品よ」

「……茨戯がつけるんですか?」

「違うわよ。私じゃなくて果竪よ、果竪」

その瞬間、宰相は額に手をあてて大きく溜息をついた。


「……………………………またですか」

「ええ、またよ」


それだけで、茨戯と宰相は互いに言いたい事を理解した。


「その報告は受けてませんが」

「んなもん、下手に言えるわけないじゃない」

「戻って来れば明らかとなりますが」

「その前に付けさせてなかった事にするのよ」


果竪が髪を短くしてしまった事がばれれば、王に近しい者達は別として、下働きなど日の浅い者達が大騒ぎした挙句に心ない噂をたてかねない。そうすれば、自分の娘こそ王に相応しいと叫ぶ馬鹿どもをつけあがらせかねない。


それを防ぐためにも、縛り付けてでも付け毛をつけさせると呟く茨戯に、宰相は再び溜息をついた。


「全く王妃様は……」

「それはそれは綺麗に短くなってたわ」

「………………………誰がやったんですか…」

「知らないわ。けど問題はそこじゃないのよ」


そう、問題はそこではない。

別の誰かが切ってしまったとすればそいつをボコボコすればいいだけだが、問題は無残な頭となった果竪の頭髪の後処理だ。


「でも、まだ良い方よ。だって肩にかかる程度には髪の長さがあるもの」

「あ~~……なら大丈夫ですか」


そう呟く宰相だが、はっきりいってこの国で肩までの髪で大丈夫なわけがない。

もともと、この国の前身たる国では女性が髪を短くするのは罪を犯した場合が殆どだった。

そしてその影響を少なからず受けるこの国で、しかも王妃が肩までの髪など普通は大問題である。


しかし、茨戯達――果竪と大戦時代からの付き会いである旧知の仲の者達にとってはそうではない。

別に彼ら自身にとってはどうでもいいのだ、ただ国民にさえバレなければ。


「ですよね~」

「そうよね~」


二人はお互い顔を見合わせて呟いた。


「「昔に比べれば思いきりマシだもんね」」


それは果竪が王妃になってから間もなくの事だ。

王妃を望む女性達に嫌がらせを受けた際、髪を切り刻まれてしまったのだ。

しかし、どこまでもポジティブシンキングな王妃様は、しばしショックを受けた後は、短い髪の方が軽い、涼しい、邪魔にならないという利点に目をつけてしまった。

そしてそれからというものは


『ぎゃぁぁあっ!果竪、やめなさいっ』


周囲が止める間もなく自分である程度伸びたら切ってしまうという事を何度もやってくれた。

そればかりか、一度はとんでもなく短く刈り込んでしまうという経験を持つ。


そんな果竪の暴挙に最初は驚き止めようとした周囲だが、果竪が屋敷に追放される十年前ぐらいからはもはや止める事は完全に止めた。


どうせ止めたって切られるぐらいなら止めたってムダ。

それに、髪が短くなろうが果竪は果竪。

別に自分達にとって髪を切ったからといって果竪の価値が下がるわけでもないと強引に納得させたのだった。


とはいえ、国では髪が短いのは良くないという風習がある為、人前に出させる時には付け毛をつけさせていたのである。


「でも……あの子もあの馬鹿達があそこまでしなければあんなに髪を短くする事はなかったのにね」


茨戯の言葉に、宰相は頷いた。


女達は果竪の髪が短くなる事で王に愛想を尽かされる事を望んだ。

そうしてめちゃくちゃに切り刻まれた髪。誰もが呆然とした惨状。


そんな中、果竪本人は


『あ~~、髪長いと農作業の時邪魔なのよね~~』


足を組み、今流行の農作業時のファッション雑誌を見ながら煎餅を頬張っていた。



一度頭かち割ってその思考回路を見てみたいっ!!


と、その場にいた全員に思わせた。




けど、茨戯と宰相は気付いていた。

本当は果竪が誰よりもショックを受けていたけれど、それを見せることが出来なかったという事を。

もしあの時下手に果竪が泣きわめいていれば、王はもとより周囲の者達は側室候補の女達を全員抹殺、更にはその親族に至るまで全滅させていたに違いない。


果竪の為ならば鬼にでも悪魔にでもなれた王。

そんな王の魅力の虜となった、やはり王と同じ考えを持つ側近達。


それを阻止するには何でもないふりをするしかなかったのだ。

自分の悲しみも苦しみも全てを押し隠して。

その上で、更に二度とこういう事が起きないように、そんな馬鹿達に髪を切られて問題が大きくなるぐらいならと最初から髪を短くしようと考えてしまったのだ。


………………………でも農作業うんぬんの台詞は本音だろうが。


果竪が夜な夜な集めた最新の農作業服でもって一人ファッションショーを行っていた事を、茨戯と宰相は知っている。

その上、屋敷に追放される前の果竪の衣装部屋における、美しい女性ものの衣装と農作業服の比率が二対八なのもしっかりと確認済みである。


「屋敷では髪を伸ばしていたと聞いてたから楽しみにしてたんですけどねぇ」


明燐の話では、果竪は髪を伸ばしていたという。

相変わらず切ってしまう事はあったが、それでも昔みたいなとんでもない切り方はしなかったという。


「また付け毛が必要になってしまうとはね……」

「これが最後よ」

「え?」

「王宮に戻ってきた後に切らせなければいいんだもの」

「そう上手く行けばいいんですけどね~」


宰相の言葉に茨戯が苦笑する。

確かに、あの何が出て来るのか全く分からないびっくり箱のような果竪が自分達の思惑通りに動いてくれるとは限らない。

どんなに力尽くで支配しようとしても、ヌルヌル度ばっちりの鰻のように逃げてくれる。


「まあ、でもとりあえずこれだけは付けさせるわよ」

「勿論です」


あの子の事だから、こんな髪が短い女性が王妃だなんて無理――と、自ら現在の自分の髪を暴露しかねない。

その前にさっさと裏工作を完璧にしておかなければ。


茨戯と宰相は互いに目配せすると、それぞれ裏工作に必要な準備にとりかかったのだった。



30話です。

おかしいな……本当はここで終わりな筈だったのに……っていうか、35話で終るという前言ももしかしたら撤回しなければならなくなるかも……(汗)


って、ことで今回の話は化け物遭遇編です♪

再び離ればなれになってしまった果竪と蓮璋。

果たして、次に再会出来るのはいつか?!


そして……後半を読んで貰って分かったと思いますが、果竪の頭に関して茨戯が何も言わなかったのは極単純で、慣れていたからです。

心ない人達によって髪を切られて以来、気分で髪を勝手に切ってしまう事が多かった果竪は、それこそ朝は髪が長くても一時間後にはバッサリと切ってしまったという事も数多く。

なので、側に居る事が多かった茨戯などは「ああ、またか……」という感じでした。なので、今回髪が短くなっていても何も突っ込まず。


しかし、きっちりと付け毛は用意する優秀さは持っているという……。


前回の更新から少し間が空いてしまいましたが、次回はなるべく早く更新したいと思います♪

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ