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大根と王妃②  作者: 大雪
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第28話

領主の屋敷は湖の中央にある島にあった。

たぶん、これは攻め込まれた時に隠れる場所がないように、また、簡単に攻め込まれないようにわざとこの場所に作ったのだろう。

そんなわけで、屋敷への侵入経路は船だけとなる。

しかし、湖の周囲を回っても船着き場や小屋はあるのに、船らしきものは一隻も見つからなかった。


「おかしいですね……人もいない」


監視小屋もかねているだろう小屋には誰もいなかった。

それどころか、長年放置されているように荒れ果てている。


「一体どうしたのかしら……」

「分かりません。何があったのか……」


けれど、何だか胸騒ぎがする。


「船以外で入る方法はあるの?」

「そうですね……あると言えばあるのですが」

「なら、早く行かなきゃっ!で、その方法って?」

「隠し通路です」

「隠し通路?」

「オレも今まで使った事はないんですが……父からその所在を聞いた事があるんです」


前領主様から、もしもの時のためにと教えられていたそうですと蓮璋は告げた。


「でも、当然それは領主も知ってるから見張りはいるわよね」

「いえ、それはないと思いますよ」

「はい?」

「その、身内の恥を晒すようであれなんですが・・現在の領主と前領主は昔からかなり仲が悪くて・・」


蓮璋曰く、前領主は民思いの心優しい人だったらしいが、その息子――現領主は果竪も知っての通りの本当に父親の血を引いているのかと疑いたくなるほど出来の悪い息子だった。

たんに政治能力が低いならまだしも、我儘、陰険陰湿、自己中という最悪な三拍子が揃う真性の馬鹿息子。

その上、大の好色で手有り次第に女性に手を付け――と、ここは自分の侍女に手を出されかけた果竪の方が詳しい。


「なのに、その息子に領主を継がせたのよね……というか、そもそもなんで継がせたのよ」

「・・・その、本当は継がせたくなかったらしいんです」

「え?」

「しかし、別の者を指名する間もなく、前領主が亡くなってしまって」


それは、前領主が現領主を廃嫡にしようと決めて間もなくの事だった。

あっと言う間の突然死。特に不審な所もなかった為、自然死という扱いをされたが――。


「オレの父や腹心の者達は現領主による暗殺ではないかと」


つまり、廃嫡にされる事を知った息子が父親を殺したという事だ。


「それって・・大問題じゃない」

「はい。しかし証拠が最後まで見つからず、結局現領主が父君の後を継ぎました」

「つまり、そういう息子だったから、前領主は息子に隠し通路とかの類は伝えてないと」

「はい」


実際、父が前領主にそれを伝えられた時に、お前の胸の中にだけしまっておけと念を押されたという。

すなわち、現領主にそのことを伝えるなという事だろう。


もしもの時の為の抜け道を伝えられない。

それは言ってみれば父から完全に見捨てられたと言ってもいい。


まあ、あの馬鹿領主は切り捨てた方が良い人種であるが。


「それで、その隠し通路って?」

「此方です」


蓮璋の後に続いて今通ってきた森の中に再び入って十歩ほど。

それはあった。

茂みの中に隠された小さな取っ手。

それを掴み、手前に引っ張ると、歯車が動き出す音が聞こえた。

続いて地面が揺れ始め、蓮璋が取っ手から手を離すと取っ手のついた岩が沈んでいく。

あっと言う間に正方形の入り口が現れた。


「………この先が」


外の明かりに照らされた入り口。下に降りる為の長い階段が見えた。

何処まで続いているのだろう。此処からでは、階段の終わりは見えない。


「で、この隠し通路は何処に通じてるの?」

「父の話では舘の隣にある時計塔だと聞いてます」

「時計塔…………」


その言葉に、果竪は自分の村にあった時計塔を思い出した。

それはとっても小さく質素なものだった。

けれど、村の象徴でもあり、農作業に勤しむ村人達に時間を教える大切な役割を担っていた。

しかも、その時計塔は昔短期滞在していた著明な時計職人によって設計されたものだと伝えられており、朝と昼、そして夕方になると美しい旋律が時計塔から流れてきた。

村にとって唯一の金目のものになりうる財産と言ってもいい。

その音楽を聴きながら、畑作業をするのは本当に楽しかった。


「ただ、中まで入った事はありませんから危険な事には変わりありませんが」


蓮璋の言葉に果竪は我に返った。

そうだ。今は昔のことを悠長に思い出している暇などない。


先に蓮璋が中に入った。

安全確認をし、合図を待って果竪も階段を下りる。

外の明りも下までは届かない。

ましてや、屋敷の警備の目を誤魔化すべく入り口を茂みで覆えば入り込む光もごく僅かとなる。

しかし、蓮璋が果竪の手を握りしめ的確に指示してくれる事で、足を踏み外すのは回避されていた。


ようやく階段全てを降りきると、目の前に長い通路が現れた。

床も壁も天井も全てがコンクリートで覆われているそこは、岩肌を削り取っただけだろうと予想していた果竪の予想を裏切るものだった。


「案外きちんと作られてるのね」

「…………………」

「蓮璋?」

「あ、すいません」

「どうかしたの?」

「……いえ、まさか隠し通路がこんな風になっているとは思わなくて……」

「そりゃあ初めて来たんだから当然じゃ」

「違います!あ……すいません……その、父からはただ土を掘り、岩や木で支えただけのものと言われていたものでしたから」


蓮璋の何処か戸惑った様子に、果竪は改めて周囲を見回す。

土どころか、岩や木もない。ただ、無機質なコンクリートがあるだけだ。


となると、誰かが此処を改修したという事か?


蓮璋が父にその事実を告げられた後に。


………………っ?!


「やばいかも」


果竪の言葉に、蓮璋もハッと目を見開いた。

そして互いに顔を見合わせる。


蓮璋が父から聞いた後に改修されたとする。


では、誰が改修したのか?


前領主ではないだろう。

ましてや、部下達でもあり得まい。

どうしても改修するとなれば職人を引き入れなければならないし、これほど大々的に変わっているならばどうしたって音が漏れて外にばれる。

でなくとも、家主である領主に内緒で勝手に改修する事は難しいのだ。

となると、一番可能性が高いのは家主自身である領主がこの隠し通路に手を入れたという事になる。


「……つまり、領主はこの通路を知っているって事?」

「……そういう事になりますね」


飛んでいる火に夏の虫。

領主が手薬練引いて待っている姿が脳裏に浮かぶ。


「…………どうする?」

「……戻った方がいいかもしれませんが」


戻った所で別の侵入口はない。

そしてそれを探していればまず時間までに集落には戻れない。


「………行くしかないか」

「戻ってもいいんですよ?」

「この先何があるのか分らない。だとすれば、果竪だけでも安全な場所で待機していて欲しいんです」

「何言ってるのよ」


果竪はハンっと鼻息荒く言った。


「もう此処までくれば一蓮托生よ」

「果竪………」

「あのね、ここで蓮璋が一人で危険な場所に行って私が安全な場所で待つだなんてなったら私、何の為に地割れに飛び込んでまで蓮璋を追いかけたか分らなくなっちゃうじゃない」


本当は明燐の側についていてあげたかった。

あんな馬鹿に狙われ、しかも危うく連れ去られかけて。

どれだけ恐い思いをしただろう。しかも茨戯に頼むと言っていたのに明燐のキスまで奪われた。

絶対に後でヤキ入れてやると心に誓った私。

いや、一番悪いのはあの羊の皮をかぶった馬鹿だ。

そんな思いを押し殺し、明燐を茨戯に託して蓮璋を追いかけた。


間に合わないという茨戯を無視し、絶対に助けると心に決め、死の淵を彷徨っているならばふん捕まえてでもこちら側に引き寄せようと思った。


そうして底知れない地割れへと飛び込んだのだ。

地下水脈にもみくちゃにされ、岸辺に打ち上げられて、蓮璋を見つけた後は再び川に飛び込んだ。


そうまでしたのに、蓮璋一人だけをわざわざ危険な目に合わせたら今までの自分の行動は全部無駄になってしまう。

っていうか、そんな事をするために蓮璋を助けたのではない。


一緒に証拠を探して無事に集落まで帰る為に、王に真実を告げて集落の人達を解放する為に酷い目にあっても頑張って来たのだ。


「今更自分一人がなんていう自己犠牲は受付けないわよ」

「・・・・そうですね、すいません」


果竪の言葉に、蓮璋は微笑んだ。

しかし、次の瞬間その微笑みは凍り付いた。


「大丈夫!もし何かあったら私が蓮璋をお嫁に貰ってあげるから」


悪意ゼロ。

それはそれは美しく無邪気な笑みを浮かべる果竪に他意は全くないだろう。

けれど……何故だろう?何だかすごく間違っている気がするのは。


「……え、え~と」

「という事で、さっさと行こうか」


果てしなく行きたくないです――とは言う事が出来ない蓮璋だった。



通路はかなり長かった。

しかも同じ風景。

更には辺りが暗いため、永遠と通路が続くような錯覚さえ起こさせる。

ともすれば恐怖を抱きかねないが、繋がれた手の温かさがそれを押し止める。


「う~~……どこまで続くのこの通路」

「そうですね~~……もうそろそろ終わりですね」


蓮璋の言葉に果竪は目を凝らして先を見る。

すると、二十メートルほど先に壁らしきものが見えた。


――って、え?壁?


「壁って……行き止まり?!」

「大丈夫ですよ」


そう言うと、蓮璋はスタスタと壁の前まで進んだ。

そしてペタペタと目の前ではなく、左右の壁を触る。


「確か……ここだ」


そう言うと、左側の壁のある部分に手を置いた。

そのままゆっくりと力を込めていく。

壁の一部が沈んだかと思うと、歯車の音が聞こえてきた。


続いて、果竪達を阻むようにあった目の前の壁が地面へと沈んでいく。

代わりに現れるのは、階段だった。


「凄い……入り口といい出口といい、なんか忍者のからくり屋敷みたい!」

「果竪はこういうのが好きなんですか?」

「うん、大好き!人ひっかけたら楽しそうだもんっ!」


ひっかけ………って、はい?


蓮璋は知らない。

屋敷で暮らし初めて以来、果竪が脱走する際に色々と仕掛けを作り明燐達を罠に嵌めていた事を。

その仕掛けを教えたのは、近隣の村の方々。

最初は水車小屋の仕組みに興味を抱いた果竪に職人が水車の作り方を教えるという健全な授業を行っていたのだが、紙が水を吸うが如く飲み込みの早かった果竪を見ているうちに自分の趣味である罠作りを教えてしまったのだ。


おかげで、果竪はそれを自分の脱走へと役立てるという間違った方向に使ってしまっていた。


自分は何も出来ないと思い込んでいる果竪。

しかし実は結構色々と出来ていたりする――色々と間違った方向にではあるが。


「その……人をひっかけるのはまずいと思います」

「大丈夫、死なないように作ってるから」

「怪我させたら一大事ですっ!」


死ななければ良いという問題ではない。

神だって重傷を負えば死んでしまう。


「とにかくっ!そういう事をしたら駄目ですからねっ」

「は~~い」


驚くほど大人びているかと思えば、まるで小さな子供にしか見えない時もある。

やっぱりこの王妃は不思議だ。

そして実は結構苦労していた明燐に思わず心の中で同情した。


その後、階段を上り再び仕掛けを操作して最後の出口を開けると、無事に時計塔の内部へと出た。


歯車がカタカタと回る音が聞こえる以外は何の音も気配もない。


不思議な場所だった。


「静かだね……」

「そうですね」


興味深げに周囲を見回す果竪とは反対に、警戒するように辺りを窺う蓮璋。

物陰に隠れながら蓮璋に手をひかれて果竪は足早に時計塔の出口へと向かった。

出口の扉は木製の質素なものだった。


「外に出て少し歩いた場所に舘があります。たぶん警備も厳重だと思いますから……気をつけて」

「分かってるわ」


そうして出た外は不思議なほど静まりかえっていた。


「凄い静か……」


しかも、どうやら湖上だけではなく、この中央の島にも霧が立ちこめているらしい。

まるで白く厚いヴェールに覆われているようで、周囲の様子はぼんやりとしか分からなかった。

蓮璋がすぐさま辺りの気配を探る。


しかし――何の気配も感じ取れない。


「うわぁ~~凄い高い塀!」


霧が動き、先程よりも舘がはっきりと見える。

しかしその舘の大きさだけでも驚きなのに、舘全体を取囲む塀は果竪でさえも目を剥くものだった。

とにかく高い。舘自体がかなり階数があるのだろうが、それでも舘の最上階部分しかここからは見えない。

しかも塀の上には侵入者を防ぐように先の尖った鉄柵とトゲのついた鉄線が張り巡らせられていた。

その上、あれは結界石だろうか?鉄柵の尖っている部分に紅い球体が等間隔で刺さっている。


「しかも、あの塀の素材もコンクリート……」


とはいえ、たぶん唯のコンクリートではないだろう。

それこそ、絶対仕掛けが施されている筈。


「まさかたたき壊して入るわけにもいかないしな……」

「当たり前ですよ」


蓮璋は警戒しながら果竪を連れて舘の正面が見える場所へと移動した。


「……誰もいない?」


果竪が首を傾げて呟く。


「おかしいですね」


そう呟く蓮璋に果竪は戸惑うように視線を向けた。


「門の前に誰もいないなんて」

「そう……よね、おかしいよね」


普通、領主の舘ともなれば数人の門番が不審者を警戒して立っている筈。

しかし、きちんと閉められた門の前には誰もいなかった。


「何かあったのか、それとも罠か」


しかし、罠にしては何処か奇妙な違和感さえ感じる。


「………蓮璋、とにかくこうして黙っていても始まらないわ。中に入ってみよう」

「ですが」

「勿論、充分に気をつけるわ。それに、私達には余り時間もないし」

「………分りました」


誰もいない門。

それはガッチリと閉められていて押しても引いても開く事はなかった。

反対に、門番の出入りの為に使われる門横の扉が開く。

試しに押してみただけだが、あっけないほど簡単に開いた扉に果竪は慌てて飛び退いた。


もし中に誰かが居た場合、果竪達の姿を見れば大騒ぎになってしまうだろう。


しかし――物陰に隠れた果竪と蓮璋達が暫く様子を窺っても誰も外に出て来る気配はなかった。

ただ、開けられた扉が風に吹かれてキイキイと音を立てて揺れている。


「………どうして、誰も出てこないの?」


不安げに呟く果竪に此処で待っているように告げると、蓮璋は一人扉へと向かい中を覗き込んだ。


「………誰もいないみたいですね」


果竪も駆寄って中を覗き込むが、そこには蓮璋の言うとおり誰もいなかった。

それどころか、不気味なまでに静まりかえった室内。

どうやら此処は門番の控え室として使われているのだろう。

部屋の中央にはテーブル、隅には棚が置かれ、奥に簡易式の寝台が二つほど置かれている。

天井には、粗末な裸電球がぶら下がっている。


視線をずらし、寝台が置かれている場所から少し離れた壁に扉がある。

たぶん、あの扉は門の向こうへと続いているのだろう。


その時、ふと誰かに見られているような気がした。


「?」


反射的に周囲をくまなく見回すが、誰もいない。


気のせいだったのか。

何やら腑に落ちない気もしたが、おかしな所が見あたらないのだから仕方がない。


「取り敢ず、あそこの扉から中に入ろう」


何時までも此処に居るのは危険な気がして果竪は蓮璋を促した。

それに、今ここに人がいないからといってこの後も同じだとは言えない。

もしかしたら屋敷の中に居るだけで、異変を感じてやってくるかも知れない。


そうなれば、屋敷に侵入するのは難しくなる。


その前に、さっさと入ってしまわなければ。


「果竪、気をつけて下さいね」


何かよからぬ事が起きているような気がしてならない。

蓮璋はかすかな胸騒ぎに果竪に注意を促し、もう一度辺りを窺った。



この静けさは一体何を意味しているのだろうか?


蓮璋は自分の嫌な予感が当たらない事を切に願った。



はい、予告通り続けての更新です♪

と、この続きも今現在書いているので、上手くすればもう1、2話ほど更新出来るかなぁ~って(希望)

今日は時間があるので出来るだけ書き進めたいと思います!!


領主の舘に侵入した今回。

まだ入り口部分ですが、何やら雰囲気がおかしい舘に戸惑い気味の果竪達。

とはいえ、果竪に何かあったらお嫁に貰ってあげると宣言されてしまった蓮璋としては何かあったら大変な事になりますね(ニヤリッ)


それでは、次話もなるべく早く更新したいと思います♪


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