第26話
「あ~お腹いっぱい」
後ろにハートマークが10個は軽くつきそうな様子で、空になった器を地面に置き、果竪はその場に寝転がった。
「ごちそうさま~げふ」
思いきりゲップする果竪。
たき火にかけられていた大鍋の大半を平らべたのだから当然だろう。
その大鍋は現在空となっている。
反対に、蓮璋はようやく普通サイズの器で二杯目を食べ始めたところだった。
「生き返った~」
お腹をポコポコと叩く姿はまるで子狸のようで可愛らしい。
蓮璋も思わず微笑んだ。
「にしても、果竪は料理が上手ですね」
果竪が作った大根メインの茸鍋はとっても美味しかった。
茸は洞窟側の森で果竪が取ってきた。大根は勿論果竪が隠し持っていたものである。
その他に、塩やら味噌やらと何で持ってるんですか?!と突っ込みたくなるような豊富な調味量と鍋などの調理器具をどこからともなく取り出した果竪。絶対にそのまま一人旅が出来る事は間違いなかった。
これでは、明燐も苦労する。
「こういう料理だけは得意なのよ」
所謂鍋料理的なものは得意だ。
でも、それ以外はへたくそである。
特に、材料を切るという作業が苦手だったりする。
それに――
「昔はこういう料理は多く作ったからね」
「昔って……あの大戦時代ですか?」
「うん――って言っても、あの頃はもっと中身は質素だったけどね」
「……そうですね」
蓮璋もあの頃の事を思い出し頷いた。
天界全土を巻き込んだ戦いは他の世界すらにもその余波は及んだ。
暗愚な前天帝と上層部、私利私欲に走った貴族達の暴走によって天界は破滅の道を辿った。それを防ぎ再生に導いたのが、現天帝とその直属の側近である十二王家、そして特殊五家である。
彼らはその強大な能力と聡明さでもって争いを収束させた。
彼らの人柄と魅力に惹かれ忠誠を誓った者達の力も借りて――。
その中に、現凪国国王も居る。
彼もまた聡明にして際に溢れた若者であり、彼の魅力の虜となった者達が集った。その者達が、現凪国の上層部である。
それからしばらくして、蓮璋がようやく食べ終わる。
すると、一気に眠気が襲ってきた。
「眠いの?」
「すいません」
「謝る必要はないよ。身体が回復する為に睡眠を必要としてるって事だからね」
そう言うと、果竪はさっさと寝床を準備する。
蓮璋に手を貸し、身体を横たわらせた。
「すいません……手伝わせて」
「いいのよ。それに、辛いのも今だけだよ」
私の作った大根を沢山食べたから明日には元気になってるよ、と笑顔を浮かべる果竪に蓮璋も微笑んだ。
実はあの鍋には、体力回復の効果を主とする大根が入っていた。
蓮璋の怪我を治療する為に使われた大根とは別の種類だが、実は怪我の治療に使われた大根の力を強める効果も持っている。
但し、効くまでに少し時間がかかるのが難点だった。
「ふっ……無事に帰ったら更なる品種改良を行うわvv」
それこそ3分で回復するような素晴らしい大根を!と呟く果竪に蓮璋は思った。
インスタントラーメンかよ――と。
しかし突っ込むと後が恐いので、蓮璋は口に出す事はなかった。
それから間もなく、果竪は食事で使った食器などを洗い終え、蓮璋の隣に寝っ転がった。
燃えさかるたき火の音を聞きながら、果竪がうとうとし始めた時だった。
「すいませんでした」
眠っていたと思った蓮璋の言葉に、果竪が驚いて顔を横に向けると蓮璋の瞳とぶつかる。
「蓮璋?」
「本当に……すいません」
「一体どうしたの?」
「ずっと……考えてたんです。もし、オレが果竪を浚わなければ――と」
「蓮璋……前にも言ったけど」
「ですがっ」
蓮璋の強い声に果竪が口をつぐむ。
「あの時は……集落を出る前はここまで酷い事になるとは思わなかった……裏切りがあって、集落が襲われて……明燐まで危険な目にあわせた」
それに――
「果竪、貴方に寄生生物を埋め込まれた」
肩に残る醜い傷。
そこには寄生生物が眠っている。
淳飛によって眠らされてはいるが、いつ目覚めるか分からない。
「オレが、貴方の運命を狂わせたんだ」
「……違うよ、蓮璋のせいじゃないよ」
果竪は蓮璋の頬に手を添えた。
「私が望んだの。確かに集落に連れて来られたのは私の意思ではないけど、今ここにいるのは私が望んだの」
蓮璋の頬から頭に手を移す。
「私が……蓮璋を助けたい、集落を助けたいと願ったの。だから――此処に居るの」
「……どうして……」
「ん?」
「どうしてそこまでしてくれるんですか?」
蓮璋は聞いた。
「いくら、この国の王妃だからと言っても、ここまでしてくれる人はそうはいない。それこそ、数千年に一人いれば良い方です」
「あら、じゃあその数千人に一人って事だね」
「ちゃかさないで下さい。どうして果竪はそこまで出来るんですか?あったばかりの……それもいくら理由があるとはいえ、自分を浚った見知らぬ者達の為に」
蓮璋の真剣な眼差しを受け、果竪はしばし考え込んだ。
そして、ゆっくりと蓮璋から視線を外し、洞窟の天井を見ながら呟いた。
「羨ましかったからかな?」
「羨ましい?」
「そう、守るべき場所、守るべき人達があるのが」
だって、私にはもうないもの――
果竪は淡い笑みを浮かべ……そしてゆっくりと話し出した。
「私の故郷はね……ここからずっと南に行った山奥にあったの。この国が出来る前の時代だから……もう何百年前かしら……」
何も無い村だった。田畑を耕し、日々の糧を得る。
神族としても最下層に近かったから、当然政治からほど遠く、その日を過ごす事で精一杯だった。
神族としての仕事である人間界への恵みを与えながら、ほそぼそと暮らして来た。
「本当に貧乏でね……人口もごく僅か。でも、そこに住う人達はとても優しかったの。村を出て行く若者達も殆ど居なくて……そこで産まれ育った私も、将来は好きな人と結婚して静かに暮らして行こうと思ってたわ」
栄華や繁栄からはほど遠いけれど、幸せだった村の暮らし。
「大戦が始まってからも、村の暮らしは変わらなかったわ……ただ、過度の税金の取り立てで負担が大きくなった以外は」
戦も遠く離れた場所で行われていた事もあり、自分達の暮らしはこのまま変わることがない――そんな思いはより強くなった。
けれど……そんな村人達の思い、そして願いはある日あっけなく終った。
「……突然夜盗が襲ってきたの」
それは、史上最も愚かで暗君だったとされる前天帝軍が率いる軍から脱走した者達だった。
軍崩れの彼らは近隣の村を襲っては食料や金銭を奪い、火を放って男達を斬り殺し、病人と老人以外の女達を陵辱しつくした。
そうして彼らは果竪の住う村をも襲った。
「戦う術を殆ど持たない村はあっと言う間に壊滅したわ」
それでも、男達は農具を手に取り神族としての能力を解放し、女達が逃げる時間を稼いだ。
しかし……結果は明らかだった。
力が弱く戦う為の術を殆ど使えない村人達と、戦う事を生業とする軍崩れの者達ではその差は言うまでもなく歴然としすぎていた。
男達はすぐに惨殺され、女達は穢されるぐらいならと夜盗の手にかかる前に皆自害した。
髪一本彼らに渡ることがないよう、油を被り自分の身体に火を付けたのだ。
そこまでされれば夜盗達も手が出せない。
何故なら、彼らにとって大やけどを負った女の身体などに欲情するような性的嗜好は持ち合わせていないからだ。
「そんな中、私は母に地下室に押し込められたわ」
せめて娘だけは生き延びさせたいと願った母は、果竪を薬で動けなくさせるとそのまま地下室へと押し込んだ。
地下室の場所がわからないように細工まで施して。
そこに、数人の夜盗がなだれ込んだ。
村一番美しかった母を見た瞬間、舌なめずりをしながら襲いかかる彼らを果竪は動けない身体で見ていた。
そうして、夜盗達が母を床に引き摺り倒し服に手をかけた瞬間、それは起きた。
ドンっという爆発音と共に、何かが破裂した音が響いた。
地下室の隙間から、果竪は全てを悟った。
母が、夜盗達を道連れにして爆死した事を。
母が自分を地下室に押し込める前に、母の懐に火薬の入った袋を見ていた。
夫を殺された母は、娘を安全な場所に押し込みさえすれば後はどうでも良かったのだ。
夜盗達に見つかって唯で済む筈がない。
他の死んだ女達の分まで陵辱の限りを尽くされる。
自分の美貌を知っていた母だからこそ、その未来を簡単に予測出来たのだ。
そうして、夜盗達に穢される前に母は逝ってしまった。
その一部始終を果竪は見ていた。
涙で前が見えないほどだった。
そこに、聞こえてきたのは彼らの声。
母が道連れにした夜盗達以外にもまだ夜盗が残っていたのだ。
その数は十数人はいた。
彼らは自分達の仲間の無残な姿に暴言を吐きながら、母の無事だった頭を見て呟いたのだ。
せめて十分俺達を楽しませてから逝ってくれよ――
それ以降の記憶はない。
ただ次に気がついた時には、炎が収まり何も無くなった村跡に立ち尽くしていた。
「どれだけ立ち尽くしていたか分からない」
ただとても長い時間だったと思う。
幾夜も過ぎ、雨に打たれ、とうとう座り込んだ時にはこのまま自分も死ぬのだろうと思った。
恐くはなかった。だって、冥府には父も母も、村のみんなもいる。
そうして目を閉じようとした時だった。
夫の声が聞こえたのは――
「しかも気付けば抱き締められててね……」
「夫……王の事ですか?」
「そう、この国の王様」
「王もその村の出身なんですか?」
「そうね……うん、一応はそう」
「一応?」
聞き返す蓮璋に、果竪は頷いた。
「夫は小さい頃に村に来たの。話しでは何処かの貴族の嫡子だったらしいんだけど、反乱が起きて父を殺されて母親と共に逃げてきたと聞いたわ。で、私の住む村まで逃げてきたところを村の人達が助けて……それからはずっと村に住んでたわ。お母様が死んだ後も……」
貴族の奥方という事もあるだろう。美しく、それでいて酷く儚げな美しさを漂わせていた夫の母。
けれど、同時に酷く病弱だった。元からだったらしいが、それに加えて自分の夫を殺され、その後の逃亡生活は病弱な身を更に痛めつけた。
夫の母が死んだのは、夫が15の年、果竪が11の年だった。
「村人達全員が、夫のお母様を弔ったわ」
生活が苦しかったが、それでもみな自分達の所で取れた作物や花などを持ち寄った。
「それからしばらくしての事だったわ。夫が村から姿を消したのは」
それは村にとっても衝撃だった。
けれど、同時にどこかで納得もしていた。
母親が死に、そのやりきりない思いが彼をこの村から飛び出させたのだろう――と。
願うのは、どこで暮らしていてもいいから、ただ幸せになって貰いたい、それだけだった。
しかし、それを願った村人達も果竪が12の年に全員が逝ってしまった。
なのに、そこに夫が戻ってきたのだ。
それも……一軍を率いて。
夫は果竪を自分の陣地へと連れて戻った。
「目を覚ました私に、夫は言ったわ」
夫は風の便りで近隣の村々が襲われていた事を知り、自分の住んでいた村を保護するべくやって来たという。
しかし、既に遅く辿り着いた時にも村は滅んでいた。果竪一人を残して。
「夫は話してくれたわ。自分が村を出た理由を」
大戦が始まり、周囲もだんだん焦臭くなってきた事を悟った夫は、このままでは次期にこの村のある一帯も戦に巻き込まれると予想した。
だから、その前に戦を終らせようと、夫は単身村から姿を消したのだ。
戦を終らせるべく天帝の住う天帝城の城下街に向かった際に、後の現天帝と十二王家の方達に出逢ったという。
その人柄や魅力に心酔し、彼らに忠誠わ誓った夫はそこで数々の功績をあげた。
そしていつしか、夫自身に付き従う者達が集い、彼は現天帝によって将軍の一人として地位を授けられた。
そうして、ようやく村人達を保護しようとした矢先に村は滅んでしまったのだ。
「そうだったんですか……」
現凪国の国王の覇業に、蓮璋は溜息をついた。
国王に直接お会いした事はないが、父はその人柄をベタ褒めしていた。
いつか、会いに行きたいと蓮璋に思わせるほどに。
王はやはり凄い人物だったのだと改めて蓮璋は感銘を受けた。
「で、王は果竪を保護してくれたんですね」
「そうね……住む場所も保護者も失った12歳の子供が一人で生きていけるほどあの時代は甘くはなかったわ。でなくとも、能力が低かったしね」
反対に、夫は能力が高く、その潜在能力もかなりのものだった。
力の質、量ともに強大でなおかつ戦闘技術にも長け、軍師としての能力にも秀でていた。
更には聡明で頭脳明晰ともなれば、どんな場所でも生きていけるだろう。
現に、夫は多くの者達を魅了し、一番を率いるまでになっていた。
現天帝達からの信任も厚かった。そんな中でも、夫は後の炎水家当主夫妻に仕えていた。
そしてその縁から、彼は炎水家の治めし領地の一つを任せられる事となる。
「当時、私は全部を無くしたショックからおかしくなっててね……」
とはいえ、傍目から見ればそんなにおかしかったわけではない。
けれど、異常なまでに興奮状態だった。
「いわゆる……ハイっていう状態かな?悲しいから普通は泣くはずなのに、泣くどころか馬鹿みたいに明るく元気で……」
夫はそんな自分を何も言わずにただ側で見守った。
「でも、まあ私は幸せな方だったっていうか――蓮璋?」
どうしたの?と心配する果竪に、蓮璋は目元を抑えたまま頭を横に振った。
「いえ……なんでもないです」
そう言いながらも、蓮璋はこみあげてくる涙を止める事は出来なかった。
どれほどこの王妃は辛かったのだろうか。
家族を奪われ名誉を傷つけられた自分。
でも、それはこの王妃も同じだったのだ。住む場所も家族も全てを奪われてしまった。
なのに、果竪は前を向いて生きようとしている。
ああ……この人が王妃で良かったと……心から思う。
「……もう大丈夫ですから……」
そう言うが、それでも心配そうな果竪に、蓮璋は話を逸らすように別の話題を口にした。
「王とはいつ頃結婚されたんですか?」
と、そこで蓮璋は自分が失言をした事に気付き口を手で押えた。
その行動に、果竪は笑った。
「……別にいいよ。それより……気付いてたんだね」
「……すいません」
国王が愛妾を持っている事、そしてその愛妾に対して深い寵愛を傾けていることを蓮璋は知っていた。
いや、知ってしまったのだ。
「立ち聞き……するつもりはなかったんです」
果竪と明燐が話しているのをつい聞いてしまったのだ。
国王の愛妾に対する寵愛がどれだけ深いのかを。
そして同時に、それは果竪の立場を危うくさせる。
「別にいいのよ。それより、よくそれを他の人にばらさなかったわね」
人質としての価値が皆無だと知られれば、普通の場合は殺されてもおかしくはない。
けれど、蓮璋はそれをしなかった。
「そんな事は関係ないと思ったからです」
「関係ない?」
「ええ、王が誰を寵愛しようと、王妃様が素晴らしい方であるのは間違いない。この人ならばきっと自分達に力を貸してくれると」
それだけが重要だった。
だから、何も言わなかったのだ。
「ごめんね……」
「果竪が謝る必要はありません。それより、果竪という妻がいながら愛妾を持つ王の方に腹が立ちます」
やはり、王も唯の男だったという事か……。
確かに、英雄色を好むという言葉もある。
しかし果竪のような妻がいれば、普通は他の方に目などいかない。
それとも、何か理由があるのだろうか?愛妾を持たなければならなかった理由が……。
「そんなに怒らなくていいよ。仕方ないよ、私は美人じゃないもん」
「美人じゃないって……」
確かに、果竪の容姿は美人とはほど遠い――その、十人並みというところだろう。
けれど、笑えばとっても可愛いし、元気いっぱいなところは見ていて心地よいものがある。
それに、その強い意志を宿す美しい瞳は平凡な造形美を補ってあまりある。
蓮璋は果竪は十分可愛いと思った。
まあ――明燐の美しさに比べると、造形美や色香においてはかなり……その、劣るとは思うが。
しかし、女性の美しさは何も容姿の美しさだけではない、と蓮璋は近頃思う。
けど、果竪は自信満々に言い切った。
「傾国の美女って言葉もあるし、何よりも後宮に入るのって美姫が多いじゃない、それに妾にされそうになるのも美女や美少女だし、国とか攻め落とされても略奪されてくるのは美人ばかり――ほら、どっかの歴史上の話でも攻め込んだ王や王子がその国の美人な姫や王妃を自分のものにしようと手に入れる為に戦を起こしただか、攻め込んでから美人だって知って強引に奪っただか……まあ、とにかく男は美人に弱いものよ」
そして果竪は言った。
「私だったら間違いなく返品されるわ!!」
されないで下さい、寧ろ自分がさせませんと蓮璋は心の中で叫ぶ。
「そうよ、男って美人に弱いからね~、しかも私は唯の平民。元々貴族で、現在国王の夫には相応しくないもの。よく言うじゃない、地位が高貴になったら地位にふさわしいように付き合う相手も変える、財力が豊かになってきたら貧しいころの妻に替えて財力にふさわしい妻をめとるってね」
特に、夫はあれほどの美貌と才を持つ存在だ。
後ろ盾になりたいと願う者達はそれこそ腐るほどいたし、その見返りとして自分の娘を娶るように言ってきた者も多くいた。
そしてその者達は皆、果竪を捨てて自分の娘を王妃にするように夫を説得した。
あなたほど出世した人には、やはりその身分に相応しい妻を新たに娶るべきだと。
あなたならば、妻も妾も大量に居て当然だし、どんな美姫も思いのままだと。
「……糟糠の妻という言葉もありますが」
「そうだね……でも、やっぱり夫には夫に相応しい人と一緒になってほしいもの。私みたいに、なんの手助けも出来ない妻よりも、もっと強力な後ろ盾がある人」
それか、夫が寵愛しているという愛妾が王妃になればいい。
いや、夫が本当に好きな人と一緒になるべきなのだ。
「私の場合は、同情からの結婚だからなぁ」
果竪は昔をしみじみと思い出した。
と、蓮璋がその言葉を聞きとめる。
「同情?」
「うん、保護された後にも色々と色んな事があってね~~気付いたら結婚してた感じ」
「え?それってどういう」
「ハッと我に返った時には処女喪失してたの」
「何があったんですか?!」
蓮璋が青ざめた顔をして叫ぶが、そんな事、果竪にだって分からない。
ただ、気付けば結婚していたのだ。唯一分かったのは、行くところを無くした自分を不憫に思ってそんな事をしてくれたのだろうという事だけ。
後は……怒りもあったのだろう。
その前に、勝手に夫の元から逃げ出したし。
でも、それは夫があの姫君との結婚話が持ち上がったから、邪魔にならないようにと離れただけであって……。
「まあ、どこにでもあるような話よ」
「あってたまりますかっ――イタタ……」
「うわっ!叫ぶからだよ!それよりもう休もう。明日は戦いだよ」
「分かりました……この話の続きはまたしましょう。少し語り合わなければならない必要が出てきました」
「必要って……」
呆れる果竪だが、これ以上話合うと余計に蓮璋を疲れさせてしまうと考え、素直に頷いた。
「とにかく、もう休もう」
「ええ」
そして果竪達は眠りに落ちた。
明燐は信じられなかった。
王は今、何と言ったのだろう?
王の執務室に呼ばれた明燐は、目の前に足を組んで座る王を凝視した。
その腕の中には、王の寵愛を一身に受ける愛妾がいた。
清純可憐な美貌。
吹けば飛んでしまいそうな儚さを漂わせるその愛妾は、見る者全ての欲情と庇護欲をそそる。
男ならば誰もが手居りたいと願わずにはいられない美しき花。
明燐でさえ最初に目にした時には思わずその美しさ、清らかさの虜になってしまった。
明燐が想像していた愛妾像とは全く違う。
王を誑かす毒婦には到底見えない。
それどころか、愛妾に見つめられると自然と愛しさが込み上げてくる。
そんな折りに、明燐は王にそれを告げられたのだ。
呆然とする明燐に王は口を開く。
「ではこれから頼みますよ」
「お、お待ち下さいっ」
王の言葉に、ようやく明燐は絞り出すように叫んだ。
「今の……先程のお言葉は本当なのですか?」
明燐は嘘だと思いたかった。
「私に……私に、愛妾付きの侍女となれと……王妃の侍女をやめさせると」
王は明燐に言った。
王妃付きの任をおり、今後は愛妾付きの侍女長となれと。
到底承伏しかねない命令に、明燐は混乱した。
目が醒めれば、王宮の自室にいた。側には兄が居て、自分の無事を喜んでくれた。
それから数時間後、王に呼ばれて部屋を訪れた。
その時には、何故愛妾を持ったのかと問い詰めようと考えていたが、王が愛妾を伴ってきた時には言葉が全く出なかった。
王はここまで愛妾にのめり込んでいるのかと。
片時も離したくないぐらいに、愛妾を寵愛しているのかと。
そしてそんな愛妾もまた、明燐が思わず魅入られるほど美しく可憐だった。
次々と受ける衝撃の数々。
それらは、疲弊した身体には大きすぎた。
なのに、王は更に明燐を悩ませるような命令を下した。
「どうして……そのような事を……」
「あなたが必要だからだ」
「え?」
「私の寵姫には、信頼おける者が側に居る事が望ましいんです。明燐、貴方を私は信頼していますからね」
大切な寵姫を守るべく、自分の信頼する者達を多く側につけたいと告げる王に、明燐は拳を握りしめた。
しかし、そんな明燐の神経を王は更に逆撫でした。
「あなただけではない。涼雪も小香も既に寵姫付きの侍女として既に働いています」
「っ?!」
それらは、果竪が信頼している侍女の名前だった。
「王……貴方は……」
「大切な寵姫を守る為には当然の処置でしょう?」
「果竪はっ!」
明燐は激高したまま叫んだ。
「王妃は、貴方様の正妻は大切ではないのですか?!私や、涼雪達が居なくて……あの子が戻って来た時には一体誰が側で仕えるというのですか?!」
明燐の問いかけに、王は溜息をついた。
「大丈夫ですよ」
「……大丈夫?」
「ええ、果竪ならば一人でも大丈夫。貴方達が居なくてもね」
「そんな……」
呆然とする明燐に、王は微笑んだ。
美しく、妖しいまでに艶やかに。
そんな王に大切な宝物のように抱き締められる愛妾はぼんやりとした眼差しを明燐に向けたまま、自分を抱き締める王の胸に顔を埋めた。
明燐の中で、何かが壊れていく音が聞こえた
これは本当に自分が知っている王なのだろうか?
その問いに答えてくれる者はこの場には誰もいなかった――
え~~、次回は王達が出て来ると言いましたが……出てきたのは最後ですね(汗)
今回は果竪の過去暴露編な感じです。
全部を無くしてしまった果竪を引き取った王様。その後はまあ色々と、色々とあって果竪と王様は結婚しました。結婚するまでの話はまた今度という事で……。
そして現在はどんどん最低になっていく王様。
本当に彼は一体何を考えているのか……そして明燐はどう答えるのか。
さて、次からは再び果竪と蓮璋が証拠を探して大暴れしますvv