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大根と王妃②  作者: 大雪
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第24話

一気に足場が崩れる。


村人達の身体が宙に投げ出されていく。


しかし次の瞬間、村人達は下から吹き荒れる上昇気流に飛ばされ、集落の外へと飛ばされていった。



集落のあった場所。

いまやそこは大きな穴が開いていた。


底の見えないどこまでも深い大穴。


当然、先程集落内に居た茨戯達も巻き込まれる筈だったが、寸での所で空間転移し、集落外に出て無事だった。


茨戯も、明燐も


そして


果竪も


呆然と集落のあった場所を見つめる果竪の背後に茨戯が立つ。

その手には、まるで宝物のように明燐の身体があった。


「全く……あんたが抵抗したから危うく落ちる所だったじゃない」

「…………………」

「何時までそこにいるつもり?」

「…………………」

「そんなに見てたって、手遅れよ」

「…………………」

「果竪っ!いい加減にしなさいっ」

「何で……」

「え?」

「いったい何が起きたの?」


果竪の呟きに、茨戯はめんどくさそうに呟いた。


「証拠隠滅の為に、老師と呼ばれていた男が仕掛けておいたらしいわ。ここの集落の者達を全滅させ、明燐を手中に収めた後、此処に集落があった事自体を隠匿する為に予め術がかけられていたのよ。それが発動しただけのこと」


但し、此処までやるとは予想外だったけどと茨戯は心の中で呟いた。


何も無くなってしまった。

集落のあった場所は完全に崩れて大きな穴が開いているだけ。

その穴もどれほど深いのは全く分からない。


「みんな……居なくなっちゃった……」

「果竪……」


――長


脳裏に直接響く声に、茨戯は口を閉じた。

そして問い返す。


――何?


――ご報告します……村人達ですが、全員無事です


――そう


――但し、蓮璋という青年だけは穴に落ちていったようです



自分の身と引き替えに術を発動させ村人達を助けたと告げる部下に、茨戯は小さく頷いた。

術が発動された時、茨戯は遠くからそれを感じ取った。

蓮璋――あの男の技量ならば、老師の術から逃れられる筈だった。

他の全てを見捨ててしまえば。しかし、あの男はそれをしなかった。


我が身を犠牲にしてでも村人達の命を優先にしたのだ



「本当に馬鹿な男」


でも、嫌いではない。それどころか、大いに好感の抱ける相手だ。

だからこそ――脅威となりかねない。


「どうして……」

「果竪?」

「老師は死んだのに……どうして術は発動されたの?」

「……死んでも発動されるようにしてたからよ」


簡単な事よと茨戯は告げた。


「………どこまで……あいつは蓮璋達を苦しめれば気が済むの?」

「今更言っても仕方ない事よ」


茨戯は冷たく言った。


「さあ、あんな奴はほっといて帰」

「任せたわよ」


茨戯の言葉を遮るように果竪が言う。


「え?」

「明燐を任せたわよ」

「果竪?」

「もし明燐に何かあったら本気で怒るからね」


そう言ってふわりと笑う果竪に、茨戯はまさかと青ざめた。


「あんた、まさか行くつもり?!」


まさか、蓮璋の後を追いかけるつもりなのか。

いや、もう追いかけた所で間に合わない。


「止めなさいっ」

「嫌よ」

「あんた自分が何を言ってるのか分かってるの?」

「自分の発言には責任を持つわ」


その言葉に、茨戯は本気で慌てた。

この子はやる。やると決めたら、絶対に実行する。


「果竪っ!あんた、そんな事したら連れて帰ら」

「それでもいいっ!」


茨戯の叫びを遮るように、果竪が叫んだ。


「それでもいい!それでも、此処で蓮璋を見捨てるぐらいなら此処に置き去りにされた方がましよっ!」

「果竪!」

「もう嫌なのよっ」

「っ?!」

「これ以上、私の知る人が居なくなるのがっ!」

「もう手遅れよっ!」

「手遅れかどうかは実際私が見て決めるわ。それに……駄目でも亡骸だけでも拾ってくるわ」

「馬鹿な事を言わないでっ」

「馬鹿で結構よ。このまま何もしないでいるのが褒められる事なら、馬鹿で構わないっ」

「果竪!行くんだったら絶対に王宮に戻らせないわよっ!」


本気で閉め出すからと叫ぶ茨戯に、果竪はフッと笑みを浮かべた。


「やればいいわ」

「やればって、ちょっと!」

「どうせ、遅かれ早かれ私は王宮から出されるんだろうから」

「あんた、何を言って……」

「寄生生物」

「っ?!」

「老師から聞いたんでしょう?私の身体に埋め込まれた寄生生物の事をねっ」


果竪が茨戯に見せつけるように、服を引っ張り肩を露わにする。

蓮璋の術によって血は既に止まっているが、まるでその存在を主張するように醜く大きい傷跡が残っている。

それだけはどうしても消せなかった。蓮璋は手を尽くしてくれたが、決して消える事がなかった傷跡。

それが、果竪に現実を思い知らせる。


「寄生生物を埋め込まれている私には既に王妃の資格なんてないわ。だって、跡継ぎを産めないもの」


この状態で跡継ぎを産むのは危険すぎる。

上手く身ごもれても、寄生生物が子供にどのような影響を及ぼすか分からない。

たとえ、術によって眠らせているといっても。

それどころか、身ごもった事によって、再び活動を始めるかもしれない。


「それは……そうだけど……」

「なら、もう止めても良いよね?」

「え?」


何かが此方に向かって投げられるのを見て慌てて手を出し驚いた。


「ちょっ!これって!」


それは、凪国王妃の証である冠だった。

繊細で優美な、正しく王の后に相応しい造りに間近で見た茨戯が溜息をつくのも束の間。

すぐに、それが放り渡されたという事実に声を上げる。


「あんた、これを放り投げるなんて一体どういう神経」

「もし私が戻らなければそれを萩波に返して!」

「なっ?!」

「そして今度こそ……それに相応しい相手に渡してあげて!私にはもう必要ないっ」



必要ない――



その言葉に、茨戯は自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。

余りの驚愕に言葉が出ない。


果竪は一体何を言っているのだろう?


相応しい相手にあげて?


必要ない?


「果竪、あんた」

「私は貴方を信頼してそれを託すの。だから、明燐もその冠もきちんと王宮まで運んでよねっ!」

「ま、待ちなさいっ!」


追いかけようとするが、向けられる強い眼差しに茨戯は足を止める。


「それ以上近づかない方が良いよ。困るでしょう?明燐が危険な目にあったら」

「果竪………」

「ふふ、何も言われてない私とは違い、明燐は傷一つつけずに無事に連れ帰るんでしょう?あらゆる危険から守りながら」

「そ、それは……」

「なら、下手したら一緒に落ちるかもしれない私の所に走り寄るだなんて危険な行為は出来ないものね?」

「っ――!」

「そうよ、出来る筈がないわ。明燐を危険な目にあわせられないんですものね?別にどうなろうと構わない私を優先にする義理も何も茨戯にはない筈よ」


だからね――と果竪はにっこりと笑う。


「茨戯は私を止める事なんて出来ない」

「あんた……私を誰だと」

「来るなら来れば?無理矢理連れて行こうとするなら私は当然反撃に出るわ」


そう言うと、果竪の手の中に小刀が現れる。

それを、果竪は躊躇う事なく茨戯へと向ける。


向けられた刃の向く先に自分が居る事実に、茨戯はしばし呆けた。

あの子は……あの子は一体何をしてるのだろうか?


「あんた……その意味が……アタシに刃を向ける意味が分かってるの?!王に刃を向けるのと同じ事なのよっ」


王直属の影である自分。しかし、この地に正式な命令によってやって来ている自分は王の名代と言っても良い。その自分に対して刃を向けると言う事は、国王に刃を向ける事を意味する。


それを、果竪が知らないわけではない!


しかし、果竪はさらりと言った。


「それが何か問題でも?」


「っ?!」

「ないわね?ってか、問題なんてないわ」

「馬鹿な事言うんじゃないわよっ!いくら王妃だって許される事とそうじゃない事ぐらい」

「そんなの関係ないもの」


だって――


カサカサに乾燥した荒れ果てた唇がそれを紡ぐ。


「私、蓮璋の方が大事だもの」


風が二人の間を吹き抜ける。

続いて、急速に空が曇りだし遠くで雷のなる音が聞こえる。


しかし、茨戯にはそれらは聞こえなかった。

呆然と果竪を見つめる。


「……今、何て?」

「だから、蓮璋の方が大事なの。蓮璋と、この集落の人達の方が」

「……誰よりも?」

「それを私に聞くの?」


果竪は嬉しそうに微笑んだ。


「私は蓮璋が好き。蓮璋を守りたい。だから、行くの。唯それだけの話だわ」

「やめ……やめなさいよ!」

「一つ心残りは明燐が無事に王宮に戻れるかだけど、それは大丈夫よ。だって、茨戯がいるんだし……それに、明燐を人質に私を止める事も出来ない」


宰相閣下の妹姫である明燐を保護する事


それが、影の長として茨戯に下された命令


だから、明燐を危険な目にあわせる事は出来ないし、何が何でも無事に王宮に連れ戻さなければならない


だからこそ、果竪の動きを止めるだけの存在にはなり得ない


「馬鹿な茨戯……明燐に関する命令を暴露しなきゃ良かったのに」


そうすれば、自分を引き留める存在になり得たのに


茨戯にとっても傷つけられない相手だと暴露してしまったが故に、彼は持ち駒を無くした


「そうでしょう?茨戯」


けれど、果竪は明燐を羨ましくも思った


どうなろうと構わないとされた果竪とは違い、明燐にはきちんと王宮からの迎えがある

無傷で

無事に

あらゆる危険から遠ざけられて彼女は王宮へと迎え入れられるのだ


それだけ明燐は大切に……向こうから必要とされているという事だ


何も言われず、言い換えれば別にどうなろうと関係ない、別に戻って来れなくても、戻ってこなくても構わない。

つまり――必要ないと言われているも同然の自分とは全く違う。


自分は誰からも必要とされていない

夫が茨戯に何も命じなかった事が何よりの証拠だ


そして茨戯を見て果竪は小さく溜息をついた。


幾らショックを受けたからとはいえ、言い過ぎた。

茨戯はただ命令をこなしているだけ。八つ当たりを受ける義理はない。


「仕方ないよね……そう言う風に思われちゃったんだし」


そこまで、愛妾の事が大切になってしまったのだろう。

遠く離れた妻の事なんてどうでも良くなってしまうぐらいに。


「とにかく……頼んだからね――」

「果竪っ!」


茨戯の叫びも果竪の動きを止める事は出来ない。


「果竪っ!待ちなさいっ」


一歩、また一歩穴へと近づいていく。

すぐに追いかけて連れ戻さなければ。

しかし、まるで縫い止められたように茨戯は動けなかった。

果竪の強い眼差しが自分を地面に縫い付けてしまったようだった。


「果竪、果竪っ」


果竪は止まらない。

確実に、一歩ずつ踏みしめるようにして穴へと進んでいく。

根負けしたのは茨戯だった。


「村人達は無事よっ!」


茨戯の怒鳴り声に果竪はようやく足を止めた。


「……無事?」

「そう、蓮璋が巻き込まれる前に術で助けたのよ――但し、蓮璋だけは落ちたけどね」

「なら、余計に行かなきゃね」


そう告げる果竪に、茨戯は次の言葉を告げた。


「絶対に戻って来なさい」

「茨戯?」

「三日だけ待つわ。だからその間に、証拠を持って戻って来なさい」

「………………」

「このまま証拠もなければ、幾ら私でも村人達を全員助けるのは無理よ。王妃を浚ったのは事実ですもの。その罪で処刑されるわ――でもねっ」


茨戯は果竪をしっかりと見据えて告げる。


「証拠があれば何とかなる!だからもって来なさい。三日だけなら待てるから」


それ以上は自分でも無理だ。

自分でも王を、王宮側を抑えられない。


「村人達の命が惜しいのなら絶対に戻って来なさい!」


果竪は微笑んだ。


「ありがとう」

「必ず帰ってくるのよ」


返事の代わりに笑みを浮かべて――飛び込んだ。


まるで吸い込まれるように果竪の体が闇に包まれた穴底へと落ちていく。


「長」


いつの間にか部下が後ろに居たが、茨戯は返事をしなかった。

しかし、何時までもそうしている事は出来ず、三度目の呼びかけでようやく彼は明燐を抱きかかえながら踵を返す。


「・・戻るわよ」

「ですが」

「まだ后殿下が」

「果竪を連れて帰れとは言われてないわ。それに……まずは明燐を王宮に無事に届けなければ」



『何が何でも……明燐を無事に連れて帰って下さい――傷一つ付けず、あらゆる危険から守り抜いてね』


王の言葉が頭に蘇る。


「明燐は連れ帰るわ」


でも………


「長――」

「ふっ・・この私が仕事をし損じるとは」


茨戯は果竪が飛び込んだ穴に視線を向けて言った。


「待って上げるわ、但し三日だけよ」



三日だけ待とう。



「だから戻ってきなさい、この場所に」




そして帰って来なさい――貴方の居るべき場所に



前回の話の反響が思いのほか大きくて驚いてます!

明燐を連れて帰れと命じた王。しかし、果竪に関しては一切命令せず。


王が何を思っているのか、それについては(王宮編)で明かしていきたいと思います。


そして、茨戯と決別した果竪。王妃の証も投げ返し、とっとと蓮璋を追いかけて穴の中へと落ちていきました。

さて、果竪はどうなるのか?蓮璋は無事なのか?次の更新も近日中に行えるように頑張ります♪


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