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大根と王妃②  作者: 大雪
21/46

第21話

触手に締め付けられた身体が悲鳴を上げる


今にも飛びそうな意識を保つだけで精一杯


抵抗などする余裕はもはやなかった



「あはははははは!そのまま四肢を引きちぎってしまえっ!」


蓮璋を捕らえる触手に影時は居丈高に命じた。



その命令のままに触手が力を込め









なかった。







影時が驚きに声を上げる間もなく、触手がボロボロと崩れていき蓮璋の身体は地面へと投げ出された。


「な、何だと?!」


圧迫から解放された身体は酸素を欲し、蓮璋は激しく咳き込んだ。

そして数回大きく深呼吸した後、ようやく身体を起こした彼にそれは覆い被さった。


「蓮璋っ」

「うわぁっ!」


自分の名を呼びながら抱きついてきた存在に思わず声を上げた。

この状態での全力で抱き締めは結構きつい。

しかし、自分に抱きつく存在は離れようとしなかった。


「か、果竪………」

「良かった……間に合って……」


そう言いながらしがみつく果竪の背を、蓮璋は優しく撫でた。


「果竪………大丈夫なんですか?」


そう言いながら、果竪を見ればあの肩から生えだしていた醜い臓物のような寄生生物の姿はなかった。

代わりに、まだ血の流れる痛々しい大きな傷跡が残っている。


反射的にその傷を治癒しようと手を伸ばすが、その前に果竪が立ち上がった。


「そうだ……淳飛っ」

「え?」


止める間もなく果竪は走り出す。

しかし、そんな果竪をショックから立ち直った影時が狙う。


「道具のくせにっ!好き勝手してるんじゃねぇよっ」

「きゃっ!」


影時に蹴り飛ばされ果竪の身体は地面を滑っていく。

そして――地面に倒れる淳飛の身体にぶつかりその動きを止めた。


「果竪っ!」

「道具のくせに……道具のくせにっ!」


そうして果竪にトドメを刺そうとする影時に蓮璋は必死に身体を起こす。

しかし思った以上にダメージを負った体は満足に動かない。


というのも、触手に囚われていた際に、触手によって身体の力を吸収されていたからだ。

その間にも、影時はゆっくりと果竪に近づいていく。

このままでは果竪が殺されてしまう。


「畜生……畜生っ!」


よろけながらも必死に進もうと地面に爪を立て、這いずるように蓮璋は果竪達を目指した。

だが、残酷にも影時は刀を振り上げていく。


「やめ……」


刀を降ろされたら最後だ。

蓮璋は必死に叫ぶ。


もう……誰も失いたくない!!


そうして届くわけでもないのに必死に延ばした手

虚空をむなしく掴むだけの手


その手を、力強く握り返される


「――――え?」


思いがけない感触に呆然とする蓮璋だが、ほどなく驚愕に目を見開いた。


「………まえ……あ…」


満足に口をきくことのできない蓮璋に、相手は笑ってこう言った。



――取られた力を戻すよ――



「淳飛……」


その名を呟いた時、もうそこに彼の姿はなかった。


果竪の隣で倒れている筈の彼が何故自分の手を握りしめたのか?

何故、このような事をしてくれたのか?

果たして、今目の前に現れたのは本当に淳飛だったのか?


分からない事だらけだったが、取り敢ずやることだけは解った。


次の瞬間、蓮璋の姿はその場から消えた。





「死ねっ!誰もお前なんて必要としないっ!」


影時の刀が振り下ろされる。


金属のぶつかる音が響いた――


「なっ?!」


自分の刀を受け止めた相手に影時は目を見開く。

しかし次の瞬間、彼の身体は大きく吹っ飛んだ。


「がはぁっ!!」


地面に強く打ち付けられ、思わず舌をかみかける。

地面を踏みしめる音が聞こえ、顔を上げた影時は恐怖に呻いた。


「れ、蓮璋……」

「散々………好き勝手してくれましたね?」


これまで感じた事のない怒りが影時を襲う。


これが……あの温厚な蓮璋なのか?


視線だけで相手を殺せそうな眼差しに、影時は指一本動かす事すら出来なかった。

その間に、蓮璋は刀を構えた。


「お、おい……待てよ」

「待つ?貴方は待ちもしなかったのに?」


蓮璋の声はどこまでも冷静で……氷のように冷たかった。

それが、逆に怒りの強さを知らしめる。


「ちょ、ちょっと悪ふざけが過ぎただけじゃないかっ!」

「悪ふざけ?」

「そ、そうだ!ちょっと遊びが過ぎたっていうか……そ、それだけだろうっ」

「遊び?どこが?仲間の命を奪った事が遊び?」

「そ、それは……って、仲間の命を奪ったのは淳飛だっ」

「お前も手伝っただろ」

「っ!!」


ジリジリと近づいてくる蓮璋に影時は本気で焦った。


まずい


このままでは本当に


「く、くそっ!やめろ、本気でやめてくれっ!」


悪いのは淳飛だと叫ぶ影時に、身体を起こし淳飛を抱き起こそうとしていた果竪は侮蔑の眼差しを向けた。


淳飛と違い、あの男はどれだけ往生際が悪いのか……。

あんな男に良いようにされていた自分が情けない。


「大丈夫だ……」

「淳飛?!」

「はは……どうやら、もう少しだけ……話をする余裕があるみたいだね」


果竪の中の寄生生物を眠らせた際、そこで命が尽きるかと思っていた。

しかし、どうやらもう少しだけ時間があるようだ。



「あのさ、オレにも我慢の限界というものがあるんですよ?」

「ひ、ひぃっ!」


こいつは本気だ。

本気で俺を殺す気だ。


そう思った時、影時は本気で死を感じ絶叫した。


どうする?

どうすれば助かる?!


必死に頭を巡らせ――そして気付いた。

ああ、自分はまだとっておきのものを持っている。


「そ、それ以上近づくなっ!」


その言葉に、蓮璋が足を止める。


「近づくな?」

「そ、そうだ!これが惜しくないのか?!」


そう言うと、影時は懐からそれを取りだそうとし……


「え?な、ない?」

「ああ、鉱石の事ですか?それなら」


そう言うと、蓮璋が懐から影時が取り出す筈だったそれを取り出した。


「な……なんで」

「貴方をぶっ飛ばす際に取替えさせてもらいました。これで、心配事は何もないですね」

「ひっ!」

「貴方には散々煮え湯を飲ませられましたね?そうそう……オレを殺そうとするだけならばまだしも、果竪をボロボロにした」


ゆっくりと歩いて行く蓮璋に影時は必死に後ずさる。

だが、後ろは巨大な岩。


とうとう追い詰められた影時はみっともなく命乞いをする。

しかし、それは遅すぎた。


もはや、蓮璋の中には温情の欠片すらもない。


しかしそれは影時の自業自得だった。


「けれど一番オレが君を殺してやろうと思ったのはね」


蓮璋がゆっくりと刀を構える。


「貴様が果竪と淳飛を侮辱した時だっ!」


自分を助けようとして、髪まで切って反撃しようとした果竪をこいつは馬鹿にした。

女性にとって髪は命。

それを切らせてしまった自分も苛立つが、それ以上にこの男が腹立たしい。

しかも、果竪が寄生生物に乗っ取られた際には玩具として利用しようとした。


許さない、許せるはずがない。


それだけじゃない。

こいつは淳飛すら使い捨てにした。


母親を思う気持ちを利用した挙句にいとも簡単に切り捨てた最悪な奴だ。


「た、助け――」

「冥界で他の仲間達に詫びて下さいね――」


そこに一切の温情はない。

蓮璋の刀が影時を切り裂く。


影時の身体から大量の血が噴き出し――そのまま地面に倒れた。

身体のあちこちがおかしな方向に曲がり、大きく切り裂かれた身体は逆に切断されなかった事が不思議なほどだった。


それが、せめてもの蓮璋の温情だったのかもしれない。


冷ややかに見届けながら、蓮璋はゆっくりと踵を返す。


そしてそのまま果竪達の所に向かおうと足を踏み出した時だった


「馬鹿にするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「え?」

「蓮璋っ」


死んだと思った影時が勢いよく身体を起こし、何かを放つ。

それを必死に叩き倒した蓮璋だったが――


「あ――」


バランスを崩した蓮璋の懐から鉱石が転がり出る。


それが地面へと転がるよりも前に、再び影時が何かを放った。



全てが一瞬だった



鉱石が壊れる音は予想とは裏腹にとても軽やかな音だった

けれど、蓮璋達にとっては絶望の音

粉々になった欠片が風に舞う


あっと言う間に姿形を無くした鉱石


それは、唯一の証拠が失われたということ


「なんて……事をっ」


余りの事に両手で口を覆う果竪の叫びに影時はゲラゲラと笑った。


「ぎゃははははっ!ざまあみろっ!俺を、俺を侮辱するからだっ!」


血を吐きながら、それでも彼は笑い続ける。


「これで証拠はなくなった。終わりだ、全部終わりだっ!あはははゴフっ」


笑いながら大量に吐血した後、急激に瞳から光が失われその身体が地面へと倒れた。


ピクリとも動かなくなった身体。

既に笑い声は聞こえず、完全に命は失われた。

あれほど果竪達を痛めつけた相手としては、あまりにもあっけない死に様だった。


しかし、彼がやらかした事の代償はあまりにも大きい。


その場に崩れ落ちる果竪の手を、淳飛が優しく握りしめる。


「王妃様……」


そして心配そうに蓮璋を見た次の瞬間、淳飛は叫んだ。


「蓮璋?!やめろっ」


見れば蓮璋は今にも刀で自分の手を貫く寸前だった。

それを必死に制止するように声を上げる淳飛に、蓮璋はゆらりと幽鬼のような仕草で振り向いた。


顔からは完全に血の気がひいており、どこか自暴自棄な雰囲気が漂っている。


「蓮璋……」


果竪が恐る恐る名を呼ぶ。

すると、蓮璋はクツクツと自嘲するような笑い声をあげた。


「全く……オレは馬鹿ですよ」

「蓮璋……」

「違う、蓮璋が悪いんじゃない」

「オレが悪くない?」

「そうだ。だって、蓮璋の攻撃は間違いなく決まってた。普通ならあの一撃で影時は死んでた。死んでておかしくなかったんだ」


なのに、それでも生き延び……鉱石を壊す事が出来た。

それほどの頑丈さを持っていた方が逆におかしい。

まるで、何かの術でも最初から施されていたかのように……。


しかし、蓮璋は首を横に振った。


「オレのせいですよ」

「蓮璋、違う!影時があんなにしぶとかったのは予想外の事だったんだ!」

「そんな事ありません……寧ろ当然予想すべき事だった。そう、予想出来て当然のこと。こうなったのも全てはオレの油断が招いたこと……くそっ!」


地面に拳を激しく打ち付ける蓮璋に果竪は悲鳴をあげた。


「蓮璋やめてぇっ!」

「くそっ!くそっ!一体何の為にここに来たんだオレはっ!」


果竪が蓮璋の腕に縋り付く。


「証拠を壊されて……これじゃあ何の為にオレは……仲間達だって唯のムダ死にじゃないですかっ!」

「蓮璋っ!」


血を吐くような蓮璋の叫びに、果竪がそれ以上拳を傷つけないように必死に力を込めた。


「果竪、離してっ!」

「絶対嫌っ!」

「離せ果竪!」

「嫌ぁっ!」


果竪の絶叫が辺りに木霊する。

そして響く嗚咽に、ようやく蓮璋は我に返った。


「……蓮璋、果竪の言うとおりだ。そんな事したって何もならない。唯、自分を傷つけるだけだ」


静かに言う淳飛に、蓮璋はようやく拳をおろした。

何度も地面を叩いた拳は血に濡れていた。


「蓮璋の悪いところは真面目すぎるところだ………でも、それが良いところでもあるけどね」

「淳飛……」

「蓮璋が悪いんじゃない。そもそも俺がお前を裏切った事も原因だから」

「……それは、母親を……」

「そう……母さんを人質に取られた。正直、何で俺なんかを仲間に引き入れようと思ったのか全然分からないけどな」


そう言うと、淳飛は困ったように笑った。


「どうせなら、もっと使い勝手のいい優秀な奴を引き込めば良かったのに……」

「淳飛だって……優秀だよ。だって、私を助けてくれたじゃない」

「え?」


驚く蓮璋に、果竪は自分が寄生生物に意識を乗っ取られた後の事を伝えた。


精神世界に来て自分を助けようとしてくれた事

既に手遅れだった自分を助けるべく寄生生物を眠らせてくれた事

そして……もう淳飛の命が間もない事を


「命がって!そんなに重傷を負ってたのか?!」

「いや、呪いだよ」

「?!」

「王妃様に寄生生物が埋め込まれていたように、俺にもどうやら呪いがかけられていたらしい。

王妃様が寄生生物を発芽させられた瞬間、脳裏に響いてきたんだ」


『次はお前だよ――』


「身体の中で何かが発芽したと思った瞬間、そいつは俺の中を喰い散らかしてくれた」

「く、喰いちらかすって……」

「内臓の大部分を喰われた……」

「っ?!」

「ああ、大丈夫。今はもうそいつは生きていない。どうやら、寄生する相手の内臓の大部分を喰った後は自滅するタイプらしい。でも……だから、もう俺に残された時間は殆どない」

「淳飛……」

「裏切り者に相応しい末路って事だな………」

「違うっ!淳飛は裏切り者じゃないっ!」

「ありがとう、王妃様。でも、その台詞は俺みたいなのには使っちゃだめだ。でないと、仲間が浮かばれない」

「――っ」


影時と共に手にかけてしまった仲間達。

何の落ち度も罪もないのに、唯、自分達の野望の為だけに彼らは死ななくてはならなかった。


「死ななくて良かった……そんな仲間達の命を奪ったからには、地獄に堕ちる覚悟だよ……いや、俺には地獄しかない」

「そんなこと……」


そんなことない――そう言い切る事は出来なかった。

確かに、淳飛は罪を犯した。でも、だからといって淳飛が全て悪いと言い切る事は果竪には出来なかった。仲間達を殺した……本来ならば憎んでも憎みきれない裏切り者。

けれど、淳飛は苦しんで、苦しんで、沢山苦しんでいたのだ。

苦しんだから、人質を取られてたから殺しても仕方ないとは言わない。

でも、だからといって憎むことも出来ない。


その葛藤が、果竪を苦しめる。


しかしそうしている間にも、淳飛の命は尽きようとしていた。


「俺の事はいいよ。それよりも王妃様だ」

「いいって、そんな」


否定しようとする蓮璋に淳飛は首を横に振った。


「いいんだ……でも、王妃様は違う。蓮璋、必ず王妃様を助けてくれ。いくら寄生生物を眠らせるのに成功したとはいえ、その術の効力にも限りがある。だから……」

「ああ、必ず果竪から寄生生物を引きはがせる術者は探し出します。だから安心して下さい」

「頼んだよ……あのさ……もう一つ頼みがある」

「……なんですか?」

「たぶん……母さんは殺されてる。だから……せめて、その遺体を弔って欲しい」


母さんはただ巻き込まれただけで罪はない。

そう告げる淳飛に、蓮璋は頷いた。


「あとさ……あいつの事も頼む」

「あいつ?」

「……妹」

「え?」


妹って……


「ちょ、ちょっと待って下さい!妹って……淳飛の妹は確か!」


確か、淳飛の妹は二十年前のあの時に


「ああ、鉱山に閉じ込められた時に死んだ筈だった」


その時の母の嘆きは凄まじかった。

まだ幼かった妹の手をしっかりと握りしめ逃げていた母。

しかし、襲ってきた魔物が母から妹を奪い鉱山の奥底へと消えていった。

淳飛が他の仲間達と共に追いかけて死に物狂いで魔物を倒した時には、既にそこに妹はいなかった。

ただ、大量の血痕と妹が使っていた髪留めだけが残されていた。


「生きてるって言ったんだ」


淳飛を仲間にしようとした老師は、淳飛に妹が生きていると伝えた。

魔物に殺される寸前に老師の手の者に助けられたと。そして今も、別の場所で無事に生き延びていると。


けれど、淳飛が協力を断ればすぐにでも命を奪うと言った。


本当かどうか分からなかった。

しかし、もし……もし本当に生きているのならば。

そして……淳飛は断腸の思いで老師の仲間となった。


その瞬間、淳飛は裏切り者として堕ちたのだ


「……相談してくれれば良かったのに……」

「そうだね……もしも、その時に戻れればすぐにしたね」


それは決してあり得ないこと。

神族でさえ、自由に時を操る事は出来ない。


でも、もし……もしその時に戻る事が出来たならば……。


淳飛が激しく咳き込む。

大量の吐血に果竪が小さく悲鳴をあげる。


「どうやら……本当にもう時間が残されてないみたいだな」

「淳飛っ」


自分を抱き起こそうとする手を払い、淳飛は力強く言った。


「蓮璋、早く集落に戻れ」

「……………」

「影時も言ってただろ?夜明けと共に集落を焼き討ちにするつもりだって」

「あ、ああ」

「たぶん今頃その真っ最中だ。だから、早く行け――今ならまだ間に合う」

「だが……」

「集落を全滅させる気か?」

「っ!」

「それに、このままだと明燐を老師に奪われるぞっ」


それらの言葉に、蓮璋の中に再び強い怒りが渦巻く。


集落をめちゃくちゃにしようとする奴ら。

領主のせいでどれだけ辛酸を舐めさせられてきたか……その上、ようやく築き上げてきた安息の地さえもめちゃくちゃにされようとしている。


そして……愛する者さえ奪われかけている。


「とっとと行け」

「……分かった」


ようやくそう言った蓮璋に、淳飛はホッとしたように息を吐いた。

「でも、どうやって戻るの?」


果竪の言葉に、蓮璋が素早く口を開く。


「どうせもう領主にオレ達の事はばれてます。ですから、近くまで転送の術を使えば」

「無理だ……」

「え?」


反対の声をあげた淳飛に蓮璋と果竪は同時に視線を向けた。

そんな二人に、淳飛は冷静な声で告げる。


「今、集落には別の結界が張られてる……焼き討ちする際に外から妨害が入らないように」

「そんな……」

「集落から半径十数キロメートルには転送はほぼ不可能になってる……」

「でも、徒歩で行くとしても……今からどんなに急いでもその頃には」


此処から集落まではどんなに急いでも数時間はかかる。

となれば、自分達が帰り着いた頃にはもう……。


「くそっ!どうすれば……」

「手段はあるよ」

「え?」

「影時が残した陣を使えばいい」

「陣?」

「転送の術の一種だよ。但し、結界にも阻まれない特殊なものさ。そこの森から少し入った場所にある。但し、目眩ましの結界が張ってあるから、それを解除する必要があるけどね。でも、蓮璋ならすぐに解除出来る」

「そんなものがどうして……」

「簡単さ……もともと、蓮璋達を倒した後すぐに集落に戻って焼き討ちを手伝う手筈になってたからさ……それに乗る筈だった俺と影時は」


そう言うと、泣きそうな顔をしながら淳飛が笑った。


「皮肉だよね?その陣を、倒す筈だった蓮璋達に使われるなんて……でも、それでいい。これで、あいつらに一矢報いてやれる」

「淳飛……」

「それに乗れば、集落の外れに出られる筈だ……まだ、俺……いや、影時が殺られた事は向こうには知れていないからな……幸いなことに」


そう言うと、淳飛は幸せそうに笑った。


「……ありがとう、蓮璋……王妃様。こんな俺を助けようとしてくれて……でも、もう十分だ」


淳飛がゴボッと血を吐く。

苦しそうに顔を歪めるが、それも一瞬のこと。

最後の気力を絞って言葉を紡ぐ。


「行け……早く……今ならまだ……」

「なら、淳飛も連れて」

「ああ、その陣は二人乗りだから」

「へ?」

「二人だけしか移動できない。三人目まで移動させる力は蓄えられてない」


そもそも移動するのは、影時と自分の二人だけの予定だった。


「いや、それよりも王妃様を連れて行くつもりだったのかな……なんか、寄生生物に寄生された王妃様を連れていこうとしている節もあったし」


生物兵器として。


「そんなこと……」

「いや、そっちの可能性の方が高いよ……だって、俺には王妃様の身体に寄生生物が植え付けられてるなんて話は聞かされてなかったし」


たぶん、いつでも切り捨てられるようにしていたんだろう。


「ああ、でも陣の方はきちんと確認済みだから。二人乗りだって」

「違う、そんな事が言いたいんじゃ」

「だから、使用しても大丈夫だから」


笑いながら言う淳飛。

しかし、蓮璋は笑えなかった。


だって


「二人乗り……その二人と言うのは」

「蓮璋と王妃様だよ」

「なら、淳飛は?」


その瞬間、その場の時が止まった。


「………淳飛は」

「そんなの……決まってるだろ?」

「……決まってる……ですか」

「蓮璋」

「ならば、オレだって行く資格はないですね」

「何を馬鹿な事を」

「オレは証拠を守れなかった」

「蓮璋……」

「……集落の命運を担っていた鉱石をむざむざ破壊されて……こんな状態で集落に戻っても……」


「馬鹿!」


淳飛が叫ぶ。


「証拠がなくなったからって集落を見殺しにするのか?!」

「けれど、証拠がなければ集落の者達は常に命の危機にさらされるっ!もう証拠はないんですよっ」

「あるわっ」

「え?」


果竪の叫びに蓮璋は果竪の顔を見つめる。


「領主の所に直接乗り込めばいいのよ」

「果竪?!それがどれだけ危険な事か……それをしたくなかったら、今まで」

「でも、もうそれしか方法はないものっ」

「王妃様の言うとおりだよ」


そう言うと、淳飛は懐から蓮璋に一枚のカードキーを取り出し手渡す。


「これは……」

「鉱石が保管されている場所の鍵。鉱石は……領主の舘の……地下深くにある。警備と結界が厳重だけど……絶対に突破できないわけじゃない」

「何故、こんなものを」

「もし……老師達が母さん達の事で裏切った場合は……そう思って、盗み出したんだ」

「盗みって……」

「これで……大丈夫だろう?だから……行け」

「でも……お前を置いては」

「そうよ……淳飛を置いていく事は別よっ」


置いていけないと叫びしがみつく果竪に淳飛は軽く目を見張り……そして笑った。


「二人乗りでも何でも、淳飛は連れてくから」

「王妃様……無理だよ」

「それでも連れてくっ!」


淳飛を一人で置いていくなんてとんでもないと叫びながらいっそう強くしがみつく。


「だって……置いてなんていけない。ってか、淳飛一人助けられないなら集落の人達を助けるなんて無理だものっ」

「果竪……」


果竪の叫びに、蓮璋は淳飛を見た。

一縷の望みを掛けて。


そして交差する視線。


その一瞬で、蓮璋は握りしめていた拳から力を抜いた。


淳飛の唇が小さく動く


頼んだよ……


分かりました……


蓮璋は心の中で小さく呟いた。


「絶対に淳飛は連れてく。一緒に帰るのよっ」

「王妃様……言っただろ?もう俺は助からないって。それにこんな裏切り者が今更どの面をさげて集落に戻るって言うんだ?」

「それでも、こんな寂しい場所で一人寂しくなんてっ」

「……本当に……貴方は優しすぎるね」


でも、だからこそ多くの者達が惹かれたのだろう。

だからこそ、何時までもこんな場所に居させては駄目だ。

淳飛は覚悟を決めた。


大きく息を吸い


「とっとと行けっ!!」


その場の空気がビリビリと震えるような怒声をあげた。

余りの事に震える果竪とは裏腹に、蓮璋は静かに瞼を閉じ――そのまま頭を下げた。


そして……


「きゃっ!蓮璋っ?!」

「淳飛…………また、会いましょう」


それだけを言い残し、蓮璋は果竪を抱き抱えたまま淳飛の指し示した陣のある場所へと走り出す。


「蓮璋?!蓮璋降ろしてっ!淳飛が、淳飛がっ」


果竪が暴れるが蓮璋の腕の力は緩まない。

そうしている間にも、淳飛の姿はどんどん小さくなっていく。


「蓮璋っ!淳飛の所に戻ろうっ!」


何度もそう叫ぶのに、蓮璋は止まらない。

その様子に苛立ちを覚え、果竪は蓮璋の背中を激しく叩いた。


「離して!降ろしてってば!」

「駄目です」


ようやくそれだけを呟いた蓮璋に果竪は泣き叫ぶ。


「どうしてよっ!どうして駄目なのよっ!」

「駄目なものは駄目だからです」

「淳飛を一人にする気?一人で死なせちゃうの?!」


ボロボロと涙を流しながら果竪は蓮璋を叩き続ける。

まるで叩けば叩くほど、蓮璋が考えを変えてくれるかのように。


何度も


何度も


「蓮璋だって淳飛を置いていくのを嫌がってたじゃない!だから躊躇してたんでしょう?

なのにどうして?どうしてこんなに簡単に考えを変えちゃうの?!」



あんなに躊躇してたのに、あんなに躊躇ってたのに


なのにどうしてこんなにもあっさりて見捨てたの?!



「まだ間に合う!だから!御願いだから、淳飛の所に戻ろう!戻って、淳飛を――」


次の瞬間、果竪は強く抱き締められた。

全ての動きを封じるかのような力強さに、思わず息を呑んだ。


「蓮……璋?」

「……ありがとう……淳飛を……そこまで大切に思ってくれて……」


「――っ?!」


驚き、顔を上げた果竪の頬に温かい滴がポタポタと降りかかる。

表情は見えなかった。




でも………





ああ……そうか……





そこで……果竪はようやく気付いた。





自分よりも長い間、淳飛と共に居た蓮璋がどれほどの思いで淳飛を置いていったのか。

そして、淳飛がどれほどの思いで自分達を送り出したのか。


本当は置いてなど行きたくなかった筈だ。

出来る事ならば助けたかった。

それが無理ならばせめて命が尽きるまで側に居たかった筈だ。


けれど今の蓮璋にそれは許されない。

集落が焼き討ちにあっている今、集落の者達を助けに向かわなければならない。


それが、集落の長でもある蓮璋の義務。


そしてそれこそが、淳飛の願い。


そう――あの一瞬の視線の交叉で、淳飛は命をかけて蓮璋に問い


蓮璋は覚悟を決めたのだ


「………行きましょう」


蓮璋の言葉に、果竪は黙って頷いた。


けれど走り出す前に、一度だけ淳飛がいるであろう場所を見る。



「………絶対に……戻って来るからね」



淳飛と……無残に殺された他の仲間達の死を弔うために




そして彼らは森の奥へと走り出した




目指す影時達の残した陣に向かって




はい、今回ようやく証拠集めの方は終了です。

そして淳飛さんご退場〜〜(泣)

華々しく散った?彼に一言あれば宜しくお願いします(笑)

次回は集落に場面が移ります。


なので、次は長らく出て来なかった明燐達にスポットライトが当たると思います♪

そして今まで出て来なかったあの人も出て来るという……。


ってか、王様。奥さんが大変な目にあっているというのに、彼は一体何をしているのか?

ええ、何かをしてるんです。彼にしか出来ない事を。


感想を下さった皆様、本当にどうも有り難うございますvv皆様の感想のおかげで、早くも今回の更新が叶いましたvv皆様の感想が更新の原動力となってます!


そして次回の更新も連休中に出来るように頑張りますね!


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