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大根と王妃②  作者: 大雪
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第20話

どこにでもいる平凡な少女


それが、初めて王妃を見た自分の感想だった

それどころか、王妃と一緒に居たもう一人の少女こそが本当の王妃だと信じていた

この世のものとは思えない美しすぎる少女と平凡すぎる容姿を持つ少女


自分だけではない

誰もがそう思った筈


あの、平凡な容姿を補ってあまりある強い意思を宿した美しい眼差しを向けられるまでは――


触手で作られた鳥籠。

その中に居る王妃は余りにも儚く今にも消えてしまいそうだった。


このままではまずい。

既に同化が半分以上進んでいる。このまま進めば王妃は寄生生物に完全に飲み込まれてしまう。

体も心も――魂でさえも。




青年は鳥籠の鉄柵を掴み少女に呼掛けた。


「良く聞いてくれ!このままだと完全に同化してしまう!だからっ」


それ以上続ける事は出来なかった。

鳥籠を形作る触手の一本が枝分かれしその刃を向けてきたのだ。

何が何でも少女を手放さないつもりの触手に青年は舌打ちをした。


「くそっ!」


自分がこうしていられるのもあと少し。

その間に何としてでも同化を食い止めなければ――


青年は繰り出される触手の攻撃を必死に避け再び鳥籠の中に居る少女に手を伸ばす。

手を、身体に触れさえすればせめてこれ以上の同化だけは食い止められる。


「御願いだ――手を」


鳥籠の中央に座る少女に延ばした手。


後、少し。

届きそうで届かない。


「と、届け……」


青年の指が必死に少女へと伸びる。






目の前にいる青年は誰だろう

何故こんなにも一生懸命に手を伸ばすのか

少女はぼんやりと自分に向かって延ばされてくる手を見ていた


青年が必死に何かを叫ぶ


誰かの名前のようで………でも、それさえも聞こえない


視界も暗くなってくる


真っ暗闇だったところに突然飛び込んで来た色


その色だった青年の姿ももう見えない


黒、黒、黒


私の嫌いな色


全てを覆い尽くす闇しかないのなら


何も見えなくなってしまえばいい


閉ざされていく視界


それと共に、少女はゆっくりと瞼を閉じていく





―――――――約束よ






微かに聞こえた優しい声に少女はハッと目を見開く。


その視界の隅に、白いものが見えた


(え―――――?)


閉じようとした瞼をしっかりと開き、少女は無意識に視線を動かした。

そしてそれをしっかりととらえる。




それは――――



「…………………は……ね?」



ひらひらと舞い落ちてくる一枚の羽。

ふわふわの白い毛を生やした大きな羽が少女の瞳に映り込む。


暗闇の中


黒以外の色にしばし呆然と見取れていた


しかも、その色は果竪にとって一番――


気付けば自然と腕が伸びていた。

腕を一杯に動かし、目の前に落ちてくる羽を掴もうとする。


羽はゆっくりゆっくりと落ちてくる。


ひらり………


ひらり………



ひらり―――ー



その羽に、指先が触れる。



瞬間――少女は自分の中に失われたものが次々と戻ってくるのを感じた。



視覚、聴覚などの五感を始め、記憶、意思、そして――


次の瞬間、自分の手を力強く握る感触に見開く瞳にその姿が映り込んだ。


「淳飛?!」


触手に身体を締め付けられながらも、必死に自分の手を掴む淳飛の姿に、果竪は全身から血の気がひくのを感じた。




果竪の瞳を見た瞬間、淳飛は王妃が全てを取り戻した事を知った。

そればかりではない。同化が完全に止まった。


いったい何があったのか


自分は何もしてない。

する前に、王妃は自分で同化を止めた。


一体どうやって


その時、身体を締め付ける触手の力が強まり考えを中断させられた。


「ぐはっ!」

「淳飛っ」


どうやら王妃から自分を引きはがしたいようだ。

ギリギリと締め付けながら後方に引っ張られる。


少しずつ、王妃の手から自分の手が離れていく。


「く、くそっ」


完全に引きはがされる。

そう覚悟した時だった。


「此処から私を出しなさいってばぁ!」


王妃の叫び声が辺り一帯に響き渡った瞬間


「え?」


あれほど強固に作られた檻が崩壊していく。

続いて、自分を締め上げていた触手がはがれ苦しげに悶える。


自由になった身体が地面に打ち付けられる。


「きゃっ!」


手を繋いでいた為か、その上に果竪の身体が乗っかってきた。


「イタタ………って、うわぁっ!」


果竪は思いきり下敷きにしていた淳飛に気付くや否やすぐさま後ろに飛び退ろうとし――逆に引き寄せられた。

それがあまりにも力強すぎて胸板に思いきり顔をぶつけた。


ってか、こんだけ痛いという事は……


「結構鍛えてる?」

「それが今言う台詞なのか?」


あきれ果てた淳飛の声に、果竪は「気にしない気にしない」と言いながら手をヒラヒラとふる。


「それより、此処はどこ?ってか何で淳飛が此処に居るの?蓮璋は?影時は?」


次々と問いかけられる質問に淳飛は苦笑した。


「そんなに一気に質問されても困るんだが」

「あ、ごめん」

「取り敢ず、此処が何処かだけど――簡単に言うと、王妃様の精神世界かな?」

「精神……」

「そう。王妃様の心の中の世界。俺が此処に居るのは、王妃様を引きずり出す為だ」

「へ?」

「とりあえず、今までの事は覚えてる?」

「い、今までのことって……」


覚えているのは、身体の中に居る何か別のものが暴れだそうとするのを必死に押さえつけている所まで。その後は何も覚えてない。気付いたら目の前に淳飛が居たのだ。


それを素直に伝えると、淳飛は果竪にこれまでの事を伝えた。


「……………そんな……」


寄生生物に身体を乗っ取られ、挙句の果てには蓮璋を危機に貶めている。

その事実に果竪は絶句した。


「王妃様のせいじゃない」

「で、でもっ!」

「蓮璋だってそんなにやわじゃない」

「淳飛……………」


自分を安心させようと微笑む淳飛に果竪も次第に落ち着きを取り戻してきた。

しかし、そこでふと疑問が浮かぶ。


「あの……」

「ん?」

「淳飛が此処にいるのって、つまり私を助けに来てくれたのよね?」

「ん〜〜そうなるかな」

「そうなるでしょう!ってかどうして?」

「へ?」

「だって、淳飛は蓮璋と敵対してたでしょ?しかも、お母様を人質に取られてるんでしょう?

なのに私を助けたら」

「ああ、別にもう良いんだ」

「はい?」

「もう、俺はあいつらにとっては邪魔者でしかない。それに……母さんも……」

「淳飛……」


言葉を失う果竪の頭を淳飛は優しく叩いた。


「いいんだ……はじめからこうなる運命だったんだ」


ただ一つ後悔があるとすれば


「蓮璋と集落を裏切った事だな。後は貴方を巻き込んだ事」

「私は巻き込まれたなんて」

「巻き込んだよ。もうばっちりとね――だから……堕ちる前に出来る限りの償いをしなきゃ」


もう、自分に残された時間は僅かだから


「とにかく、早く現実世界に戻らなきゃならない」

「そ、そうよね……でも、戻るといってもどうやって」

「寄生生物を倒せば自然と意識が戻る筈なんだけど…………」

「戻ってないけど」


という事は、つまり


背後で何かが動く気配が感じて振り向くと、苦しみながらも蛇が頭をもたげるようにして此方を窺う触手の姿が見えた。


「あれを完全に倒さないと戻れないって事か」


淳飛が鋭く舌打ちをした。

そして攻撃に転じようとした瞬間、その腕を押し止められる。


「王妃様?」

「駄目」


果竪の言葉に、淳飛はあっけにとられた。


「一体どうし――」

「今のままじゃ無理みたい」


果竪は悟った。

あの触手を見た瞬間、既に手遅れな事を


「王妃様、何を言うんだ?同化は既に止まってる。後は」

「あの触手を完全に倒したら、私も消えるわ」

「え?」

「一本だけ……一本だけだけど、私の魂と繋がってるの――触手が」

「っ?!」


その言葉に、淳飛が青ざめる。

魂と繋がっている。それは、文字通り手の施しようがない。

それこそ、その状態でどうにか出来る術者を見つけるのは、砂漠で砂金を見つける事よりも何千倍も難しい。


大国と名高い凪国にもそれほどの術者がいるかどうか……。


「万事休すってところね……」


もはやどうしようもない。

果竪は静かに覚悟した。

しかし、力強い腕が果竪の手を掴む。


「諦めるな」


ハッと顔を上げれば、淳飛の真剣な顔がそこにあった。


「淳飛……」

「まだ方法はある」

「でも、既に魂にまで」


このまま強引に現実世界で目覚めたところで、自分に待つのは寄生生物との同化しかない。

そうなれば蓮璋の手助けをするどころではなくなる。


蓮璋にとって害としかならないのならばいっそのこと。

そう思った。


どうせ、既に夫には寵愛する愛妾がいる。

王妃が此処で消滅しても愛妾という次期王妃候補が居るならば何の問題もない。

寧ろ、夫にとっては愛妾を王妃に据えるのに邪魔な存在が居なくなってせいせいするかもしれない。


それに私が居なくなれば明燐だって新しい王妃に仕えるだろうし、他の知り合いも皆そうするだろう。

そしてその愛妾が優れた女性であればあるほど、前王妃の存在などあっと言う間に消えてしまうに違いない。


寧ろ自分が居なくなって泣いてくれる相手なんて…………


「いるよ」

「え?」

「蓮璋が悲しむ」


そう言った淳飛の眼差しは酷く悲しげだった。


「確かに蓮璋は悲しんでくれるかもしれない。でも」

「なら捨てなよ」

「え?」

「王妃なんて辞めてしまえばいい。でも死ぬことだけは駄目だ」

「淳飛……」


淳飛の言葉に、果竪は王宮に行く前の自分の気持ちを思い出した。


夫の為に……夫が本当に愛する人と結ばれる為に王妃を辞めようと考えていた事を。

それが、夫の幸せだから。夫が幸せになるなら、自分は我慢しようと思った。


なのに淳飛は


「自分を本当に必要としてくれる場所に行けばいいだけだ」


そう言ってくれる。

王妃なんて辞めてしまえばいい。

でも、それは果竪自身の幸せのためにと彼は言う。


自分の幸せのため


「だから………死ぬのだけは絶対にやめろ」

「………………………」


答える代わりに、果竪は淳飛の背に腕を回し抱き締め返す。

そんな果竪にホッとしたように安堵の溜息をもらした淳飛は続いてしっかりと触手を見据えた。


触手があれほど弱っているという事は、本体の寄生生物もかなり弱っていると言う事。

だが、今のままでは倒すことは不可能に近い。


しかし、この先は分からない。


もし………もし、あの寄生生物を果竪から引き離せる術者が現れたとすれば


「王妃様」

「何?」

「約束して」


そう言うと、淳飛はしっかりと果竪の手を握った。


「決して……死なないって」

「……………………」

「どんな事があっても、生きることだけは諦めないと」

「……………言われなくても、諦めないわ」


そう言うと、ふわりと花のような笑みを浮かべる果竪に淳飛も優しく微笑んだ。


「その意気だよ、王妃様。生きることを諦めなければ寄生生物をなるべく長く眠らせられるから」

「え?」


一体どういう事かと問いかけようとして果竪は目を見開いた。


淳飛の身体から光がわき上がる。

白く優しい光――まるで陽光のような温かさを持ったその光が果竪をも包み込む。


その瞬間、果竪は言いようのない焦燥感に包まれた。


「淳飛、何を」

「寄生生物を眠らせるんだ。深く、長い眠りに」


俺の命と引き替えに


「……………なん……て?」


今、淳飛はなんて言ったのか?


呆然とする果竪に淳飛は静かに囁いた。


「残念だけど……現実世界での俺の命はもう持たない。ならばせめてと思って王妃様だけでも助けようと来たんだ………そんな顔しないで。元々尽きる命だったんだから」


無我夢中。

必死に腕を掴み辞めさせようとする果竪を強く抱き締め、淳飛は宥めるように言う。


「俺が死ぬのは王妃様のせいじゃない。いい?王妃様のせいじゃないんだ。ただ、どうせ命が尽きるなら、せめて王妃様を助けようと思っただけだ」


自分に残る全ての力を使って寄生生物を眠らせる。


それが今の自分に出来る唯一にして最後の事


「いい?生きることだけは諦めないで」


諦めれば最後、術は解かれ寄生生物が目覚めてしまう。


だから


「何時の日か……王妃様から寄生生物を引きはがせる術者に出会えるその日まで……生き続けるんだ」


これ以上ないほど開かれた美しい瞳から大粒の涙が零れ落ちる。


「蓮璋を助けてくれてありがとう」


裏切ってしまった自分。

味方が居なくなってしまった蓮璋の側に最後まで居続けた王妃。

最後まで味方で居ようとしてくれた存在に、淳飛は心からお礼を述べる。


出来る事ならば自分がその立場に居続けたかった。


しかしもうそれは叶わない。


自分は選び取ってしまったのだ。


だからせめて、蓮璋の味方で居てくれた王妃だけでも助けたい。



淳飛は最後の呪を口にした。



果竪が何かを叫んでいる。


しかし――もう聞こえなかった。



全てが白い光に包まれる中、淳飛と果竪の姿が世界から消えた。



はい、まずは皆様、いつも感想の方どうもありがとうございますvv

こうして更新を続けられるのも更新を待っていて下さる皆様のおかげですvv


そして――前回の後書きで書きましたが、果竪の元に来たのは淳飛でした。しかしそんな彼の身に待ち受けている運命は……。


次話でようやく、果竪達の証拠集めは幕を閉じます。

そして更に次の話――第22話目ですか?そこでようやく集落に場面が移ると思います。


……長かった……。

それでは、次回の更新はもう少し早めに出来るように頑張ります♪


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