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大根と王妃②  作者: 大雪
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第17話

炎の中に消え去った愛した故郷


例え同じ場所に建国された国とはいえ、もはやそこは私にとって見知らぬ場所だった


見知らぬ土地


慣れぬ宮廷作法


王妃などなりたくなかった


けれど戦わなければ待つのは死だった


「そう……自分で立たなければ潰される、自分で泳がなければ流される。だから私は闘うしかなかった」


頼れるのは自分だけ


あの王宮で心休まる一時などありはしなかった


「あの爺は上手くやっていたつもりだろうけど、丸分かりなのよ」


明燐に言い寄るのを邪魔した瞬間自分を襲った殺気


あれで誤魔化してた?


本気でそう考えているのならばおかしくて言葉すらでない


あの老師も同じ


自分を邪魔に思う者達と同じ目つきをしていた



どんなに言葉を尽くそうと、あの目が全てを物語っている



明燐を守ろうとした自分を敵と見なしたあの男



蓮璋とは違い、明燐の側に居る自分を邪魔者として扱った


所詮はその程度の男なのだ


「他の奴らと一緒。美しく聡明な明燐だけが欲しくて、その側に私のような平凡なのが居る事はそれ自体が罪だと考える」



そう――自分など居ても居なくても構わない



その程度の価値しかない



「だからって、死ぬつもりも殺されるつもりもないけれどね」

「………良い女だな。殺すのが惜しくなるぐらい」

「あらありがとう。全然嬉しくないけど」


果竪の言葉に、影時は笑った。


「そういう憎まれ口も良い。それにしても惜しい。もし、蓮璋なんかにくっついてこないで集落に留まっていれば命だけは助けてやったのに」

「そして蓮璋を始末したって事かしら?」

「そうだ。俺達の本来の目的は蓮璋の命だからな。王妃様、あんたも殺せとは言われているが、今すぐではない。利用するだけし尽くした後って事になってる。但し――それも、集落を出るまでの話だ」


ここに来てしまった以上は蓮璋と共に始末する。

そう言って笑う影時に果竪は不敵な笑みを見せた。


「なら、私はこっちに来て正解だったって事ね」

「何?」

「だから、私はわざとこっちに来たの。蓮璋を殺させない為にね」

「何だと?」

「果竪?」


蓮璋が呆然と呟く。

そんな蓮璋に果竪は笑いかけた。


「ごめんね、何となくで確たる確証がなかったから言えなかったの」

「果竪………」

「私の思い違いであればどんなに嬉しかったか」


果竪はそう言って目を閉じた。

あの時見てしまった。明燐に言い寄り、術をかけようとした老師を阻止した際の爺の顔。

そして、老師がふとした時に見せる蓮璋への憎悪の籠った眼差し。それは、明燐に術をかけようとした後は更に強くなっていた。


「私ね、勘だけは良いの」


蓮璋が証拠を取りに行くと言った瞬間感じた嫌な予感。

あの瞬間、何が何でも付いていくと決めたのだ。


「…………本当に……思ったよりも馬鹿じゃなかったんだな」


影時の言葉に果竪は心の中で笑った。

だから、馬鹿だったら生き残る事など出来なかったんだってば・・・いや、馬鹿だから馬鹿なりに頑張るしかなかった。


「それで、一体どうしてこんな事をしたの?」

「ん?」

「だから、どうして老師は蓮璋を裏切ろうとしたの?」


その言葉に、影時がクスクスと笑った。


「裏切るか………そうだな、裏切ったと言うべきだろう。但し、元々老師は蓮璋の仲間なんかじゃなかったけど」

「影時…………」

「そんな顔するなよ。真実なんだから仕方ない」

「仲間じゃないって事は……最初から」

「そ!途中で裏切ったとかじゃなくて、一番初めから老師はこうなる事を望んでいた。蓮璋を殺して、集落の者達を皆殺しにする事を」

「?!」


呆然とする蓮璋に影時が残忍な笑みを浮かべる。


「何で………何故集落の者である老師が!領主にともに辛酸を舐めさせられた老師が集落をっ!」


ワケが分らなかった。何故?どうして一番憎むべき相手と同じ事を老師が望む?!


「んな事簡単だよ」

「何がだっ!」

「だから〜〜気付かなかったのか?老師は領主側の者だったって」


その言葉に、蓮璋は息を呑み、果竪は眼を細めた。


「………なんだと?」

「だから言葉どおりだって。老師は領主側で、ずっと集落の壊滅を狙っていた。鉱石を知る者達を全員抹殺する為に――ほら、簡単だろ?」


確かに、老師が領主側の者であったならば集落を潰そうとする理由は簡単だ。

集落を消さなければ自分達の身が危うい。


「………お前達っ」


怒りで蓮璋の瞳が血の色に染まる。

それを影時は楽しそうに眺めた。


「という事は、つまり老師は最初から集落を潰す為に領主側に送り込まれた人物で、集落を潰す事を虎視眈々と狙っていたと――二十年前から」

「そういう事」


集落が作られた二十年前から、老師は敵だった。その事実に蓮璋は怒りに打ち震える。


「老師は心底嘆いてたよ。たかだか集落一つ潰すのに二十年もかかるなんてな」

「それはそうでしょう。蓮璋が居たんだもの」


果竪の言葉に景時が頷く。


「そうそう。貴族の馬鹿息子だと思ってタカをくくってたら以外と有能で、下手に動けなかったって。だからこそ鬱憤もたまってたんだろうけど」

「いい気味だわ。でも、老師の方も馬鹿じゃなかったわね」

「そうだな。着実に仲間を増やしてたからな」

「仲間……」

「ああ。いくら老師といえど、一人で集落を潰すのは骨が折れる。だから、見所がある奴らを何人か引き抜いて自分に協力させたんだ。俺しかり………淳飛しかり」


影時の言葉に、淳飛の身体が小さく震える。

果竪が視線を向けると逃れるように顔を逸らした。


「おいおい、何で顔を逸らすんだよ」


影時の揶揄する声に淳飛が顔を真っ赤にする。


「……協力させる方法に恐喝も含まれてたのね」


ポツリと呟いた果竪に淳飛が目を見開いた。


「仕方ないだろう?全員が全員老師の考えに賛同する奴らじゃなかったんだしな」

「お前……」

「一つ良いことを教えるよ。淳飛は最後の最後まで協力を拒んでいた。ここに証拠集めに来る直前までな。けど、それを老師が許すはずもない」

「影時、やめろ!」


淳飛が叫ぶ。


「お前らは……まさか、淳飛の母親を人質に取ったのか?」


蓮璋の言葉に、影時がニヤリと笑う。


「そう――正解。でも、花丸じゃないな。足りないよ」

「え?」

「なあ?淳飛」

「…………………」

「さてと、話もここまでだ。淳飛」


影時は未だに顔を背け続けていた淳飛に声を掛ける。


「あ………」

「とっとと、証拠の鉱石を回収して退散するぞ」

「………………………あの」

「何だよ」


なかなか動こうとしない淳飛に、影時は苛立たしげに聞き返す。


「本当に………本当に助けてくれるんだろうな」

「ああ、助けてやるよ。母親はな」

「母親はな?――ちょっと待てよ。その言い方だと母親しか………まさかお前達っ!」

「うるせぇよ!とっとと動かないと母親も死ぬぞっ!」

「良いから答えろよっ!母親も死ぬぞっ!ってあいつは?あいつはどうしたんだよっ!」

「ああ?!そんな事どうでも良いだろうっ!」

「良くない!俺が……俺がどんな思いで仲間達を手に掛けたと思ってるんだ!どんな思いで……蓮璋を裏切ったと思ってるんだ!!全て、母さんとあいつを助ける為――」


それ以上言葉を続ける事は出来なかった。


淳飛の鼻先に刀が突きつけられる。


「いいから――さっさとしろ」


いつの間にか間合いを詰めた影時が淳飛の頬を刀でペチペチと叩く。


「じゃないと………殺すぞ?」

「………お前………」

「言っとくけど、俺はお前の事なんて信用してないからさあ〜。なんたって、仲間達を殺る時にも躊躇したぐらいだし」

「あなたって本当に最低な奴よね」


果竪の辛辣な言葉にも影時はまるで褒め言葉でも聞いたかのように笑った。


「そう、俺は最低な奴なんだよ。最低だからこそ、相手の嫌がる事をするのが最も楽しい」


その言葉に、果竪は大きく溜息をついた。


「知ってる?あなたみたいな人を何て言うのか」

「さあ?」

「屑って言うのよ――この最低野郎!」


果竪は叫びとともに思いきり影時の足を踏みつけた。

影時が悲鳴をあげる。しかし思ったほど効果はなく、逆に髪の毛を思いきり引っ張られた。


「この――クソアマがぁ!」


怒り狂った影時が持っていた刀を振り上げる。

しかしそれよりも早く、果竪は懐から取り出した短刀を振るった。


ブツっという音とともに、掴まれていた髪が首筋近くで切断される。


「なっ?!」


掴んでいた髪から伝わる抵抗がなくなり、体勢を崩す。

そこを見逃さなかった果竪はすかさず自分の髪を切った刀を男へと突きだした。


ドスっという鈍い音と肉にめり込む感触を腕に感じながら、それでも果竪はひるまなかった。

ひるむ事など出来なかった。隙を見せればあっと言う間にそこから喰らわれる。

果竪は男の体にめり込ませた刀に力を注いだ。


「が……は……」


男が痛みに呻くのを間近に聞きながら、果竪は力を入れ続けた。

しかし、腕に影時から流れ出た血が触れた瞬間、果竪の中に先程見た仲間の生首がフラッシュバックされた。


「あ――」


ほんの束の間、腕から力が抜ける。

その隙を突かれた。


「この……何するんだよっ!」


影時が果竪の頬を殴り飛ばす。

まるでゴムマリのように、果竪の身体が吹き飛んだ。


「果竪!」

「影時!」


蓮璋と淳飛がそれぞれ叫ぶ。


「お前、その人は王妃――」

「黙れ」

「影時……」

「いいから早く鉱石を取り出させろっ!蓮璋にしか取り出せないんだからなっ!」


影時は夜叉のような顔で叫ぶ。

腹部から流れ出た血が腕をぬらすのが忌々しい。

地面に倒れ伏した果竪を睨付けながら唾を吐き捨てた。


仲間達を始末し、蓮璋達よりも先に鉱石を回収しようとした自分達に立ちはだかったのは蓮璋の父親が施した封印。

息子にしか解けない封印を施したのはもしもの時の事を考えてだろう。そのおかげで、こうして蓮璋達が来るのを待ち続けなければならなかった。もし彼らが来なければ此方から探しに行くしかなかったが、蓮璋達はのこのこやってきた。


そうして後は蓮璋に封印を解かせて鉱石を回収し、奴らを始末するだけ。

まあ、王妃の方は捕らえて利用してもいいと思っていたが、そんな考えはたった今捨てた。

この女は自分に傷をつけた。


許せるはずがない、許すはずがない。


影時は刀を構える。


「影時っ」


淳飛が叫ぶ。


「いいからとっとと鉱石を回収しろ!蓮璋、お前が早く封印を解かなければこの女の首が身体から離れるぞ」

「やめろっ!」


蓮璋の叫びに影時は果竪の身体を踏みつける。

一度、二度。三度目でようやく蓮璋が鉱石を取り出す事を了承した。


「最初から素直にそう言えばいいんだ……全く……手こずらせやがって」

「くっ……」

「淳飛!お前も下手な真似はするなよ?次下手な事をしたらお前の母親を殺す!蓮璋、お前も妙な事をしたらこの王妃の腕を砕くからなっ」

「……わかった」


蓮璋は傷だらけの身体を引き摺りながら、封印の施された鉱石の元へと向かう。

向こうに聳える大樹の根元に鉱石がある。


蓮璋は一歩ずつ足を進めた。


「蓮璋……」


蓮璋に刀を突きつけながら、淳飛が戸惑ったように名を呼ぶ。


「あんたはそれでいいのか?」


「何がだ?」

「鉱石を俺達に渡す事だよ」

「…………………」


何も答えず歩き続ける蓮璋に淳飛は苛立たしげに言った。



「鉱石は……証拠は集落の悲願だろう?!あれがあれば集落のみんなが自由になれる!もう二度と領主に怯えずにすむのにっ!それを、あんたは」




数日前に出逢ったばかりの王妃のために捨てるのか?!




「確かに証拠は集落の悲願だよ」

「蓮璋?」


ポツリと呟く蓮璋に淳飛はハっとしてその顔を見た。


「でもな、ここで鉱石をとって果竪を見捨てて……その上で成り立つ平穏なんて俺はいらない」

「……蓮璋……」

「果竪は俺達の為に力を尽くしてくれた。王妃でありながら、他者から傅かれる事が当然の最も高貴な位の王妃が泥だらけになりながらも集落の為に尽力してくれる。だからこそ、見捨てられない」


蓮璋は笑った。


「集落の者達を守る。その為に鉱石が必要だ。けどな、果竪だってもう俺達の仲間なんだ」

「蓮璋――」


淳飛が言葉に詰まった。


仲間………そう、仲間。


あの時――畑に歪みが出現した時、淳飛の母親も居た。

果竪が歪みを封じてくれた事で、淳飛の母親もまた救われた。

母親は王妃を褒めていた。そして心から感謝していた。


『淳飛、貴方もいつかああいう子をお嫁さんにして幸せになってね』



母さん――






蓮璋が歩みを止める。



「さて……とっとと封印を解くぞ」



蓮璋が印を組み始めた。






絶体絶命――な今回。もう少し絶体絶命が続きます。

果竪の為に鉱石を渡す事を選んだ蓮璋。あまりにもあっさりと集落の命運を握る鉱石を渡してしまう彼に、果竪は立ち上がれるのか?!


あ〜〜、一応果竪が主人公兼ヒロインなんですが……どんどんヒーロー化していってる(汗)

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