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大根と王妃②  作者: 大雪
14/46

第14話

それほどグロクはないですが、戦闘シーンが始まります。

偽星灯でぼんやりと照らされた暗き道。

辺りの様子から、そこは深い深い森の中。

獣達は寝静まり、暗闇と静寂だけが支配する。


そこをかなりの速さで進む蓮璋を筆頭とする七人。

が、苦もなくスムーズに進む男性陣とは反対に、果竪は度々木の根に足を取られた。


しかしそこは田舎育ちの果竪。

それに加えて屋敷に追放された後は、明燐の目を盗んでは野山をかけずり回ったその脚力とバランス感覚で体勢を立て直す。


そんな感じで、何とかかんとか順調に走り続けた彼らはようやく全行程の半分ほどまで距離を縮めた。


急に森が開け、周囲の様子が一変する。

偽星灯で照らされた部分、そして辺りの雰囲気から推測してどうやら周囲は切り立った崖に囲まれた谷のようだ。

水は流れてはいない。しかし足場は悪くなり、蓮璋達の行く手を阻むようなゴロゴロとした大小様々の石で覆われている。

しかも傾斜がついている上に中には浮き石もあり、下手に脚をかければ足場が一気に崩れそのまま落下してもおかしくない。


「気をつけて下さいね。今は傾斜は緩やかですが、調べによれば途中から急にきつくなりますから」


蓮璋の注意に仲間達が頷く。

そしてそれまで以上に注意深く足を運んだ。


しかし、これが中々苦労だった。


「………これ、どんだけ登ればいいのよ」


注意深く浮き石をよけて登る果竪が息も絶え絶えに愚痴る。


「そうですね……調べでは、もう少しの筈ですが」

「蓮璋のもう少しは少しじゃないし」


うんざりした様子を見せながら、それでも自分達に遅れぬよう脚を動かす果竪に蓮璋は苦笑した。

元々、男と女では基礎体力が違う。

人間に比べればそこまでの差はないが、それでも神族にもきちんと性差による能力差というものは存在する。

その上、この闇月の夜という悪条件。

慣れない、いや初めての地理に加え、周囲が殆ど見えないという状況はその性差によるハンデに更に拍車を掛けていると言えよう。


「うわっと!」


果竪が前につんのめりそのまま地面の抱擁を受ける。

ビタン――そんな、固い地面には似つかわしくない不思議な衝撃音が響いた。


「痛ったぁ」

「大丈夫ですか?果竪!」


蓮璋が慌てて果竪の元に駆寄る。


「ちょっ……大丈夫だって」


ぶつけた鼻の部分を押えながら手を振る果竪に蓮璋は真剣な顔で言う。


「転倒を甘く見てはいけませんよ。下手をしたら骨折なんて事はザラなんですから」


しかも地面はゴツゴツとした岩。中には尖っているものもあり、下手な転び方をすればザックリと刺さりかねない。


「ちょっと見せて下さい」


蓮璋が果竪の傷を見ようとする。

しかし果竪が暴れる為、光がぶれて見にくい。

その様子を見かねたように、短髪の仲間が申し出る。


「お頭、偽星灯をお持ちしましょうか?」

「ありがとう、でも大丈夫です」


果竪を力尽くで押えつけながら蓮璋はそう返すと、果竪の傷を見る。

どうやらかすり傷程度だ。


「このぐらいなら大丈夫そうですね」

「だから大丈夫だって言ってるじゃないっ!」

「あの、俺が灯りを持つんでお頭は王妃様を」

「いや、いい」


短髪の仲間の提案に、果竪ははっきりと断りを入れた。


「私が蓮璋に抱き上げられたなんて知られたら明燐が切れるじゃない」

「貴方を怪我させた方が切れられると思いますが」

「お頭の言うとおりだよ」


一番年上の仲間がうんうんと頷く。


「ってか、俺達が先に行きましょうか?」

「ありがたいけど遠慮しておきます。何が起きるか分らないのに仲間を先に行かせられませんから」


項で髪を一本に纏めた男の提案をやんわりと断ると、果竪へと向き直った。


「充分に気をつけて下さいね」

「むぅ〜〜分りました」


流石に仲間達全員に気を遣わせれば果竪も頷くしかなかった。


「――にしても……本当に真っ暗ね。走るのも一苦労だわ」


ぼやりと揺れる偽星灯の明り。

それは今日みたいな深淵の闇にはこれ以上ないほど明るい光源だが、果竪にとっては物足りなく思う。


「ちょっとぐらい明りがあったっていいじゃないのよぉ」


今まで敢て黙っていた感想が口から突いて出る。

隠し持っていたライターを付けてみるが火は付かなかった。

あるゆる光源が使えなくなる闇月の夜。

火がもたらす光さえも消えてなくなっているようだ。


しかし――


「うぎゃぁ!あつっ」

「ちょっ!何してるんですかっ」


ライターで火を付ける動作そのままで、本来ならば火が付いているが今は何も見えないその場所

に手を置いた瞬間一気に熱さを感じる。

というか、熱さを通り越して痛みさえ感じた。


「あつっ!イタタタタタっ!」


騒ぎまくっていると蓮璋にライターを取り上げられた。

そして、偽星灯に照らされた美貌が焦りと怒りに染まる。


「全くもう貴方はっ!見えなくても火はついてる事を忘れないで下さいっ!」


普段ならば火が付いているその場には何もない。

しかし、実際に火が付いていないわけではない。

ただ、その光源が闇月の夜の力によって見えなくなっているだけであり、炎の熱さとその効果はきちんと保たれている。

言ってみれば、火はきちんと点火されているが、ただそれが見えないだけである。


つまり、それは放火されても何処に炎があるのか見えないだけで――


「やばいじゃないっ!」

「分ってるなら不用意にライターなんて使わないで下さいっ!ってか、貴方も数百年は軽く生きてるんだから闇月の夜の特徴ぐらい知ってるじゃないですか」


これがまだ十年も生きていない幼児ならばまだしも、百年以上生きていれば一度は体験している筈。

ましてや、大戦前から生きている果竪は外見年齢はまだしも実年齢はとっくに百歳を越えている。


その上、子供でもない。

神族の成人にかかる時間はおよそ千年。

中にはそれ以上かかる特殊な例もあるが、殆どは千年ほどで成人を迎える。

その後は完全に肉体の老化は止まり、永遠ともいえる永い時を過ごす。

彼らが死ぬのは不慮の事故や不治の病を除けば彼らが望んだ時のみ。


人とは比べものにならないほど長い時を経て成人となる自分達。

その間に沢山の事を学ぶ者もいれば、のんべんだらりと自堕落に過ごし時間を無駄にする者もいる。


果竪の詳しい生い立ちは知らないが、それでも王妃の地位につき、更にはとっくの昔に成人した

彼女ならば闇月の夜の特徴は熟知している筈。


なのに


「うわっ!アツアツアツっ!」

「うわぁぁぁ!火つけたままマッチを投げるなっ!」


項で髪を一本に束ねた男が怯え混じりに叫ぶ。


「だからって火の付いたままのマッチを握りしめるなっ!」


少し強面の男が顔面蒼白で絶叫した。


「お頭〜〜」


一番年若い仲間が半泣きで助けを求めてくるのを蓮璋は疲れた面持ちで見やった。


「……オレにどうしろと?」


ってか、マッチまで持ってたのかあんた……

ってか、なぜ今付ける!


「だって、火が使えなきゃ大根料理が作れないじゃないっ!」


今作る気か?!


その時、全員が心の中でそうつっこんだのは言うまでもない。


「別にいい……きゃあっ!」


果竪が何かに脚を引っかけたらしく思いきりつんのめった挙句顔から地面に突っ込む。


「ちょっ……大丈夫ですか?ってか何だってそんな何も無い所で転ぶんですか」

「……蓮璋って以外に毒舌だよね」


何も無い所で転んで悪かったわねと呟きながら立ち上がり汚れを払う。


「なんか分らないけど……何か脚に引っかかった気がした」

「引っかかった……」


果竪の言葉を復唱しつつ、ふと蓮璋は偽星灯を軽く揺らし果竪が転んだ場所を注意深く見た。

なぜかは分らない。唯――唯、単純に何かが引っかかっただけ。

そんな何気ない一瞬が、蓮璋の命運を決める。


ふと何かを視界に捕らえ、蓮璋が頭を下げた時だった。


先程まで頭のあった場所に風を感じた。


「え?」


次の瞬間、後方で何かが炸裂する。

衝撃に、蓮璋は前に吹っ飛ばされた。


「うわっ!」

「蓮璋っ!」


大小様々の岩が乱雑に敷き詰められた地面に強かに体を打ち付けた蓮璋に果竪が慌てて駆寄る。

が、その行為は今度を果竪を救い、先程まで果竪の居た場所の地面が爆発した。


「うぎゃっ!」


ある程度の距離はあったが、爆発の余波は思ったより大きく果竪の軽い体が宙に浮き上がる。

そのまま蓮璋の上に落ちた。

しかし、思ったよりも衝撃はなく、寧ろ包み込まれるような感覚を受けて周囲を見ると蓮璋の腕が自分に巻き付いている。

俗に言う、抱き締められている状態だ。


「………もしかして受け止めてくれた?」


上半身を起こして自分を抱き留めた形となっている相手に問いかける果竪に蓮璋は頷いた。


「これでも男ですから」


最初の一撃は油断して吹っ飛ばされたが、これでも武術は一通り学んでいる身。

華奢な少女を抱き留めるぐらいはわけない。


「お頭!無事ですか?!」


仲間の一人が駆寄ってくる。

普段の強面の顔は今や顔面蒼白となっていた。


「ええ、大丈夫ですよ」

「良かった……王妃様も無事なようで」

「ってか今の何?!」

「魔物ですよっ!」

短髪の男の叫びに、果竪と蓮璋は顔を見合わせた。


「「魔物?!」」


その叫びは、次の炸裂音によって消される。


「うわぁぁ!」


一番年若い男の悲鳴が闇の中から聞こえる。

続いて、何かが地面を這いずる音と荒い息遣いが聞こえてくる。


それを耳にした、果竪がカッと目を見開いた。


「なに?!この電話口から下着の色を聞いてくる暑苦しく忌まわしい変態の如き荒い息遣いみたいな音はっ!」


その瞬間、蓮璋を始めとした仲間達は一気に脱力した。


「……非常時なのにそこまで言葉が出て来るんですね……」


ってかなんなんだその表現は。

しかし、果竪はお構いなしに先を続ける。


「しかも何?!あの、私の場合には胸のサイズ聞いた瞬間にチェンジ要求したくせに、明燐が出たら食いつかんばかりに交際要求したあの憎き変態電話の息遣いと全く同じなんてっ!」

「経験談なのか?!」


一番年上の男が目を向いたのが分った。

彼には今年10歳になる可愛い娘がいる。

愛する妻との間に生まれた一粒種であり、彼の娘への溺愛は集落でも有名だった。

しかも、将来娘が男を連れて来たら決闘をするのだと常に息巻いている。

そんな彼にとっては下着の色を聞く変態の存在は黙秘出来なかったのだろう。


ってかちょい待ち。


その変態に胸のサイズを教えたとか言わなかったか?!


「ってか何してるんですか貴方はっ!」

「何で私なのよっ!おかしな事をしてるのはその変態よっ!」

「その変態にわざわざ胸のサイズを教える必要が何処にあるんですかっ!」

「だって!聞かれたんだもんっ!」

「聞かれたら貴方は教えるんですかっ!」

蓮璋の言葉に果竪がジタバタとわめいた。


「だって、だってだって!」


本来ならこんな事を言い合っている暇はない。

しかし、涙目で自分を見つめる果竪に蓮璋はついつい引き込まれ――その叫びを聞いてしまった。


「だって――私の胸のサイズを沢山の人に教えていけば、一人ぐらい小さくても俺は大丈夫だよって言ってくれるかもしれないじゃないっ!」


果竪の叫びに、蓮璋ばかりかその場に居た全員(魔物)が動きを止めた。


ってか………何その願望


どんな要求不満があるんだ


しかし、全員の心の疑問は果竪には届かなかった。

まるで沢山のスポットライトを一身に浴びる悲劇の女性の如くその場に崩れ落ちる。


「私だって、私だって巨乳に生まれたかったわよ!明燐みたいな大きさも質感も張りも色も完璧、ついでに感度も最高な胸が欲しかったわよ!」

「いや、最後おかしいでしょう?!何で感度も知ってるんですかっ!」


何かしたのか?二人で何かしたのか?!


王の後宮という禁断の場所で百合的な行為を何かしたのか?!


「そうよ、どうせみんな明燐のように完璧な胸を持っている女性がいいのよ!私の、私のこの胸の良さを

分ってくれたのは愛しの大根だけだった!!」


何で過去形なんだ!!


「だから私は大根を愛してるのよ!」

「いや、その下りおかしいでしょう?!絶対何かが間違ってるでしょう!!」


一体どういう関係性でそうなったのかが分らない。

しかし、果竪の中では絶対黄金律の如く当然の事として納得している。


一度しっかりと話合う必要があるだろう。


「ふっ……どうせ男なんて胸の大きな女性が好きなのよ」

「………いや、そんな事は」


と言いつつも、今の間がしっかりと証明してしまったらしい。


「間は口ほどに物を言う」

「っ!!」

「どうせ……どうせ私みたいなえぐれた胸の女性はお呼びじゃないわよっ!」


その時、ゲフゲフゲフと暗闇から鳴き声が聞こえてきた。


「笑うなぁ!!」


どうやら、魔物に鼻で笑われたらしい。

魔物にまで笑われる王妃って一体……。

いや、魔物に笑われた事を瞬時に認識出来る王妃がまず凄い。


「くっ………いつか胸の小さい女性で世界を締めてやるっ!」

「止めて下さい。世界の男性の総人口の九割九分九厘が嘆きます」

「ちょっ!それ殆どじゃないっ!」


そう言うのは、集落でも一番豊かな胸を持つ恋人と現在相思相愛中の強面の男。

彼はその強面の顔に鬼気迫る表情を浮かべて果竪に意見申し立てる。

別に女性は胸ではない。しかし健全な一般成人男性として胸の大きさは重要だった。


こいつムカツク。

果竪の額に青筋が浮かんだ。


「王妃様諦めて下さい。所詮男は色欲で出来た獣。脳幹と下半身が直結した性欲に従順な生き物なんです」


自ら男を獣に突き落とす発言に蓮璋は目眩がした。


「美しい女性がいればそちらに目が向き、胸が大きくスタイルのいい女性がいれば下半身を熱くする。

そしてその柔らかい肉体に自分を埋め込みたいと願うのが男」


確かにそうだが、そこまで露骨な言い草はやめて欲しい。


「歴史をご覧下さい!権力を持った男は手当たり次第に美姫を自分の後宮に集めて手を出しまくっているでしょう?!」


やっている奴もいるが、一人の妻だけを愛した権力者も当然いる。

天帝を始め、十二王家の皆様がそうだ。どんなに新たな側妃や妾を持つように進言されてもなしのつぶて。


他の女性など全く目に入らない。

それどころか、強引に美姫を入れてもその美姫自身が十二王家の后達の素晴らしさに心酔し、自ら侍女として働く始末。

おかげで、娘や姉妹を側妃にして孫を跡継ぎにしようと目論む者達の野望は完全に打砕かれていた。

ならばと、后達を害そうと動けばその后達自身に徹底的に潰されるからもはや夢物語。


まあ――その后達は美男美女が多い神族の中でも類を見ない美女揃いで勿論スタイルも抜群。


なので、十二王家の方達が巨乳好きではないという証拠にはならないが。


なんて事を考えて現実逃避していた蓮璋がふと我に返ると、更に事態は深刻となっていた。


「出家して尼になってやるぅ!!」

「うわぁぁ!王妃様たんまぁぁっ!」


項で髪を一本に束ねた仲間がわめく果竪を羽交い締めにする。

集落でも常識人で通っている彼は強面の男を叱咤し、果竪を宥めにかかる。

その側では、今回最も若い仲間がオロオロとしている。

って、そんなんだから嫁姑問題で針のむしろになるんだよっ!!

因みに彼は新婚にも関わらず、気の強い嫁と気の強い姑の間の諍いに巻き込まれ、今回それから逃れる為に志願したといってもいい。

なのに、全然役に立たず、髪を一本に束ねた仲間一人が尽力する羽目となる。


しかしそんな仲間の努力を嘲笑う者が此処に一人。


ゲフゲフゲフ


「お前も笑うなぁっ!!」


思いきり鼻で笑う魔物に蓮璋は激怒した。

此処で笑ったり何てしたら――


その時だ。

魔物の触手が風を切るように伸び、蓮璋の手から偽星灯を弾き飛ばす。


「?!しまった――」


衝撃に光の弧を描いで飛び、そのまま重力に従い地面へと落下していく偽星灯。

しかし、それが完全に地面にぶつかり壊れる寸前に宙で止まった。


驚いて目を凝らして見ると、そこには集落一寡黙な短髪の仲間が偽星灯を持って立っていた。

蓮璋を含めた仲間達がホッと息を吐く。


が、その時耳をつんざく悲鳴が聞こえた。

その方向に短髪の仲間が偽星灯を向けると、その余りの醜悪さに仲間の一人が嘔吐した。


先程まで果竪を嘲笑っていた魔物。

それが、別の魔物に喰われている。


ゴキ、ゴリュ、バキン


肉どころか骨までかみ砕かれる様はもはや直視すら難しい


共食い――


その単語が蓮璋達の脳裏に浮かんだ。


いや、それよりも


「一匹じゃないのか?!」


別の魔物の出現に、蓮璋は果竪を庇うように立ち周囲に気を配った。

次の瞬間、ゾワリと全身の毛が逆立つ。


暗闇で何も見えず、殆ど音も聞こえない。

しかし微かに聞こえる息遣いが、周囲に複数の魔物がいる事を認識させる。


「果竪、離れないで」


いつの間にこんなに集まってきたのだろう。

こんな事なら、さっさと最初の魔物を倒して先に進んでいれば良かった。


気配を探り、正確な数を探る。


にしても――


全く気配を感じなかった――



その時、ふと周囲から幾つかの魔物の気配が消える


「え?」

「蓮璋っ!」


後ろにいた果竪が自分に突っ込む形で地面に倒れ込む。

と、今まで自分達が居た場所に突風が起きる。

それは、何かが通過した事によって生じたもの。


次の瞬間、近くの岩肌に重たい何かが突き刺さる音がした。


そして数秒。


先程消えた筈の魔物の気配が再び現れる


「これは……」


蓮璋は舌打ちした。


この魔物はどうやら厄介な種類らしい。


今まで一度も出逢った事はない。

しかし、父に聞いた事がある。


素早さも耐久性もそれほどではない。

しかし、その特殊能力で獲物を惑わし捕食する。


「気配を消せる種類の魔物ですか」


ある短い時間だけ気配を消す事が出来る魔物。

頭はそれほどではないが、それでも突然気配が消えた事に戸惑う獲物の隙を突くだけの知能はあるという。

魔界でも下級層、それもかなり下にいる種類だ。

言ってみれば魔族の最下層である魔獣に近い種類だろう。

そしてその特性から、たぶん本来の住処は暗闇な筈。

気配は消せても姿は消せない。それは、明るい場所では意味がない特性だからだ。


しかし、現在は闇月の夜。

あらゆる光源がその力を失う夜。


「厄介ですね」


ただ気配を消すだけならまだいい。

知能の高い魔物ならば、長時間気配を消す事だって出来る。

しかし、この手の魔物はただ相手を捕食する為だけの本能みたいな部分で気配を消すため、その考えを読むのが難しかった。


気付いた時には既に後ろにいるなんて事もある。


蓮璋は果竪を腕に抱きながら気配を探った。

視界が役に立たない今、相手の息遣いを含めた音と気配だけが頼りとなる。


――先に動いたのは魔物の方だった。


蓮璋は素早く果竪を横抱きにし、横に飛ぶ。


「きゃっ!」


魔物の攻撃が果竪のすぐ横を通過する。

あと少しずれていたら首ごと持って行かれていた。


「しっかり掴まってて下さいっ!」


そう叫ぶと、果竪を抱いたまま蓮璋は魔物の攻撃をよけ続ける。

先程までいた場所に何かが突き刺さる音が聞こえた。

その鈍い音と岩の砕ける音からその凄まじさが伺える。


「蓮璋……」

「大丈夫ですよ」


偽星灯はなく顔の表情など判別しようもないが、蓮璋は果竪を安心させるように微笑んだ。

すると、その気配から果竪も安心した様子が感じられた。


それにホッと息をつきながらも、蓮璋は注意深く魔物の気配を探り続ける。

そしてすぐさま後ろへと跳躍し、迫り来る攻撃をよける。


(触手……ではないな、この音からして)


音と、宙を切る様子から、自分達に向けられるものが触手でないだろう。

たぶん………鎌のようなもの。

もし明りがあれば、その鋭い刃が見えたかも知れない。


(突破は……難しいか)


ならば、さっさと撃破していくしかない。


でなくとも、此処で余り時間は取っていられない。

少しでも早くしなければ夜が明けてしまう。


既に集落の結界も限界に来ている今、一秒も無駄にできなかった。


蓮璋は着地するや否やすぐさま体勢を整える。

と、その時こめかみのすぐ横を、風が切る。

生暖かい液体が頬を伝い地面へと落ちた。


「蓮璋っ!」

「大丈夫」


こめかみが薄く切られただけだ。対して問題はない。


「それより、果竪は大丈夫ですか?」


今の所全て避けきっているが、万が一という事もある。


「私は大丈夫だけど蓮璋が」

「オレは大丈夫ですよ。すいません、もう少し辛抱して下さいね」

「そ、それは大丈きゃあっ!」


再び襲いかかる魔物からの攻撃から飛び退く蓮璋。

くるりと軽やかな前方宙返りだったが、突然のことだった為か果竪の口から悲鳴が漏れた。

それに、魔物が反応した。


今だ――


魔物の動きが止まった隙に、蓮璋は懐から取り出した小刀を素早く投げつける。

それが見事に魔物の急所に当たったと分ったのは、その凄まじい断末魔が響いた事からも分った。


のたうつ間もなくその体を地面に打ち付け動かなくなる。


(一匹は仕留めた。残り――十匹)


この調子で一匹ずつ的確に仕留めていくしかない。


「お頭っ!」


仲間の叫び声とほぼ同時。

自分めがけて魔物が突進してくる。


「くっ!」


気配からして既に目と鼻の先。

魔物の攻撃を紙一重でよけると、蓮璋は魔物が次の攻撃をしかける前に左足に力を込めて高く跳躍し、降りた勢いを乗せて一気に小刀を投げつける。

断末魔は二つ。二匹の魔物の体が鈍い音を立てて地面へと落ちる。


「凄い、蓮璋っ!」


果竪が歓喜の声を上げる。


しかし、魔物も黙ってはいない。

咆哮を上げながら暴れ、仲間達を分断していく。


「うわっ!」

「ひぃっ!」

「くそっ来るなっ!」


自分とは違い、日々鍛錬は欠かしていないとはいえ、元は武術とは関係ない一般市民。

暗闇の中、仲間達は逃げるので精一杯だった。


しかも、魔物は知的に劣っているにも関わらず、仕留めにくい自分よりも逃げ回るだけの仲間達の方が捕食しやすいと感じたらしく、気配が遠ざかっていく。


「くそっ!」

「蓮璋、私を降ろしてっ!」

「果竪?!」

「私を抱いたままじゃ動きにくいでしょう?大丈夫、自分の身ぐらい自分で守れるからっ」

「っ!危険ですっ!!」

「でも、このままじゃ他のみんながっ」


果竪の言葉を遮るように仲間達の悲鳴があがる。


「うわぁぁっ!」

「なっ!この、離せっ!」


仲間の一人が捕まったらしい。

蓮璋の焦りが一気に高まる。


「蓮璋、どいてっ!」


果竪が蓮璋の腕を振り払って降りると、そのまま音を頼りに魔物の方へと走り出す。


「果竪っ!」

「そんな固い肉よりも私の方が美味しいわよっ!」


果竪の叫びに、魔物が動きを止めたのが分った。


「うわっ!」


魔物が捕らえていた男を離す。

そうして強面の男が地面に転がるのも気にせず、向かってきた果竪へと向き直った。


ギャゥァァァァァァァァァァァ


魔物の咆哮が辺りに響き、果竪の方へと移動してくる。


「あの魔物っ」


果竪の声を聞いた途端、あっさりと捕らえていた獲物を離した。


それが意味することは


「初喰いは女という事か」


本来魔物は肉食であり、動物を始め人や神仙すらも喰らう。

そんな魔物の習性としては、初めて食べたものに異常な執着を示すという。

それが人であれば人、神仙であれば神仙。そして子であれば子、女であれば女をと。

初めて食べたものを生涯の好物とし、例え既に別の獲物を捕らえていても、自分の好物がそこにいれば

今捕まえている獲物を離してでも好物を喰らいにくる。


それは下等――すなわち知能の低い下位の魔物になればなるほどその傾向が強い。

そして今、あの魔物は捕らえた獲物を離し果竪へと向かってきている。

つまり、あの魔物が初めて喰らったのは女という事だ。


「だからといって喰わせる気はありませんがねっ!」


蓮璋は素早く移動し、果竪を捕らえた魔物に小刀を放つ。


「きゃあっ!」


苦しみ藻掻く魔物から解放された果竪の体が宙に投げ出される。

が、地面に激突する前に蓮璋によって受け止められた。


「果竪……」

「……だって」

「だってじゃありませんっ!貴方に何かあったら証拠を得て王宮に行く前にオレ達全員が王に殺されてしまいますっ!」

「そんな事ないって……」


あの愛妾狂いの夫が自分の為に動くものか。

果竪は内心でそう突っ込みを入れた。


グギャァァァァァァァァァ!


魔物の咆哮があちこちからあがる。

仲間意識があるのか、まるで仕返しのように暴れ始める。


「ぐわっ!」


仲間の一人がその余波を喰らい、地面に叩付けられる。


「うわっ!しっかりしろっ!」


他の仲間が倒れた仲間の元に駆寄る。

しかし、そんな彼をも魔物が襲う。それを食い止めながら、蓮璋は叫んだ。


「淳飛っ!」


己の名に、短髪の男がハッと顔を上げる。

仲間達の中で一番自分から離れた場所にいる淳飛に蓮璋は大声で言う。


「仲間を連れて先に行って下さい!」

「え?!」


驚く彼に、蓮璋は口早に命じる。


「このままでは全滅するっ!その前に安全な場所まで行って下さいっ!」

「蓮璋様達を置いてはいけませんっ!」

「いいからっ!それに、偽星灯を持っているのは君です。この先は偽星灯がなければ進めませんっ!」


蓮璋の言うとおり、偽星灯は淳飛が持ったままだった。

そしてそれを蓮璋が受取っている暇はない。


魔物の猛攻撃を避けながら蓮璋は淳飛に叫ぶ。


「行きなさいっ!」

「で、でも……」

「早くっ!」


戸惑う淳飛だったが、蓮璋の気迫に押されて了承する。


「他の皆もそれに続いて下さい!」

「でもお頭はっ」

「オレはこいつらを足止めしてから向かいます」

「ですが、離れたら分らなくなりますっ!」

「大丈夫、すぐに追いつきますからっ!」


いざとなれば気配を探っていく。

村人達とは違い、きちんとした武術の鍛錬を受けてきた蓮璋には気配を察知して動く事はそれほど難しい事ではなかった。

但し、この暗闇の深さでは何時もより敏感さは落ちるだろうが。


「果竪、貴方も先に行って下さいっ!」

「蓮璋を置いていけるわけないでしょっ!」


その時だ。

蓮璋と果竪、そして残りの仲間達を分断するように新たな魔物が現れる。


「くっ!……仕方ないっ!果竪はオレから離れないで!」


蓮璋の言葉に短髪の男の戸惑いを現したかのように偽星灯が揺れる。

しかし、魔物が触手を鞭のようにしならせ振り回す様に、とうとうその場を離れる事を決意した。


「お頭、どうかご無事でっ」


他の仲間達がその場を離れる。魔物のいる方、蓮璋と果竪の居る方とは反対――本来の目的地の方角へと駆け出していく。


それを見送り、蓮璋は魔物の方へと向き直った。

瞳からあらゆる感情を消し、確かに暗闇で見えない筈の魔物達を見据える。


「さあ、時間がないので手っ取り早く済ませますよ」


整った唇から紡がれたそれは何処までも冷たかった――





魔物の襲撃によって二手に分かれてしまった果竪達。

果たして、無事に再会出来るのか?!


そしてたぶん、そろそろ他の方達も動き始めます。

ってか、上手な伏線の張り方を学びたい……。

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