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大根と王妃②  作者: 大雪
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第13話

辺りを覆う深淵の闇は何処までも深い――。


今宵は百年に一度来るという、満月と表裏一体と謳われる闇月の夜。

全てが暗闇に包まれ、夜空からは月も、星すらもその姿を消し、地上からはあらゆる光が奪われる。


本来なら照らされるべき闇が光に打ち勝つ日――それが闇月の夜だった。


存在を消され死人とされた自分達には相応しい夜と言えよう。


あらゆる光は闇へと飲み込まれていく。

この日ばかりは、唯一の光源とも言うべき偽星灯という名の特殊な洋燈の光を除けば、あらゆる光源が使えなくなる。

しかし、その偽星灯が照らし出せる範囲は狭く光度も暗め。

さらにはその数にも限りがあり、一つの街に一つ程度。

中には一つも持っていない村や街もあり、そういう場所はただ朝の訪れを持つのみとなる。


それ故に、秘密裏に動くにはもってこいの夜だった。


もう間もなく集合場所へと向かわなければならない。

手早く準備整えた果竪はちらりと寝台隣の机に目を向けた。


ポツンと置かれている偽星灯が淡い光を放つ。


「何気にこの集落って凄いのよね」


本来なら村に一つ程度しかない稀少な偽星灯。

しかし、この村には全部で十二個の偽星灯が存在していた。

理由を聞けば、実はこの領地の村は偽星灯作りの職人を多く輩出していたらしく、その技術を持っていたものが密かに子孫に伝えていたという。

といっても、偽星灯は技術を持っていても材料が無ければ作る事は出来ない。

しかし運良くその材料を持っていた人物が居た。


それが蓮璋だ。


蓮璋の家は、偽星灯作りに必要なとある結晶を別の素材から結晶化する技術持っていた。

それ故に、この領地の偽星灯の管理、また修理を行なう仕事を担っており、家が滅ぼされた際にも、幾つかの偽星灯を修理の為に預かっていたという。

そしてそれがそのまま修理された後、この集落の偽星灯となったのだ。


その数、十二――


どんな大都市でさえも一個、または二個ぐらいしか持てない事を考えれば、これはとんでもなく凄い事だと言える。


そしてそれ故に、こうして果竪と明燐の部屋にも一個支給してくれたのだ。

おかげで、暗闇で壁にぶつかるといった事は免れている。


「さてと、これで全部かな」


必要な道具を鞄に詰め込み、これで準備完了。

あとやる事はただ一つだけ。


果竪は寝台で眠る明燐へと視線を向けた。


偽星灯の明りに照らされた明燐の美貌は妖しいまでの美しさを放っていた。

一度は完全に回復したと思われたが、明け方再び熱を出してしまった明燐。疲れが出たのだろうと集落の者達が看病してくれてはいるが、中々下がらない。そんな状態で置いていくには心苦しいが、仕方がない。


普段ならばまだしも、今は余計な体力を使わせるわけにはいかない。


「ごめんね、明燐」


寝台に近づき、そっと明燐の耳元で囁く。

幾分赤い額に指を這わせ、頬に滑らせる。


「貴方を置いていくのは心苦しいけど………でも、あいつが居るからきっと大丈夫」


そうして、果竪は懐から取り出した小瓶の蓋を開けると、ゆっくりと口に含み明燐の唇に


顔を近づけた――




集合場所には偽星灯が一つだけあった。

それは、村の中に十二個ある洋燈の中でも最も小さなものの為か、照らす範囲も当然小さい。しかし、光に照らされ蠢く影の数と聞こえてくる息遣いから既に蓮璋と数人の男性が待っているのが分った。


「おまたせ〜〜」


短距離走者顔負けのフォームで滑り込む果竪に蓮璋達が苦笑する。


「そんなに急がなくても――って、何ですかそれ」

「大根だけど」


さらりと言い切る果竪に蓮璋はああと呟いて数拍。


「はい?!」


とんでもない事を聞いたとばかりに蓮璋は果竪に近づき改めてそれを間近で確認した。

明りの範囲が小さい事と、それ以外の光源がない為、かなり近づかなければ何か分らない現在。目をしっかりと凝らし、触りまくってようやく納得した。


確かに、果竪が背負っているそれは大根だった。

はっきりいって見間違う以前の問題である。


しかし、蓮璋は首を傾げているようだった。


「な、何で大根なんて」

「もしもの為と思って持ってきたの」


果竪は自分が背負う鞄を見せつけた。

そこから飛び出す大根、およそ十本。それに加え、両手にも大根を抱えていた。


端から見ればとんでもないほど間抜けな姿。


「あの、今回は速度重視なのでそういった重たい荷物は」


そういう問題では無いだろうと周囲は心の中で突っ込む。

しかし、この心優しい集落の長はなるべく果竪を傷つけないように言葉を選びに選んで説得を試みた。

だが、所詮相手は果竪だ。

説得される所か自慢げに腕に抱える大根を高々と空に掲げて叫ぶ。


「ふっ!これが見た目どおりの大根だと思って?!」


思います。


これには全員が心の中でそう断言した。

でも、口に出したら絶対に殴られそうなので言わない。


「聞いて驚いて!実はこの大根は中身は大根じゃないの」

「詐欺じゃないですか」


見た目大根なのに中身が違うなんて最大級の詐欺だ。

しかし、果竪にとっては違うらしい。


「なんて事言うのよっ!見た目がそうだからって中身も全て同じだなんて事ばかりがこの世に存在するものじゃないのよっ!」

「それはそうですけど……」

「じゃあ何も問題ないわよね」


いやあるだろう。


「……それで、その見た目大根の中身は一体なんなんですか?」

「ダイナマイト」

「ダイナ……」

「嘘だって」


なんだ嘘か……。

そうホッとした蓮璋達だったが


「プラスチック爆弾」


そっちの方がやべぇ!!


「え〜〜、果竪?」

「もしもの時の為の準備って必要じゃない」

「目的果たす前に爆死しそうなんですが」

「それでね〜〜、こっちが大根マグナムで、こっちが大根ライフルで」


ジャキっという音が聞こえた。

暗闇の中でキラリと光るその金属の光が眩しい――。


「お、お頭、置いていきましょう!」

「連れてった方が危険ですっ!」

「此処で撃たれてもいいなら直接言え」


部下達の泣き言に冷たく言いながらも、心の中では自分も置いていきたい。しかし、そんな彼らの脳裏に果竪達の乗る馬車を襲った時の思い出が浮かんだ。


「それで、こっちが大根ランチャー!!」


ジャキンと構えた次の瞬間


ドンっ!!


「あ」


発射された弾。

その弾は大根の白さを象徴しているのか、まるで白く輝く真珠のようだった。


そして破壊される近くの丘。


当然ながら集落は敵襲かと騒ぎ出す。

偽星灯のある場所を除けば暗闇に包まれた中で、まるで蜂の巣をつついたかのような大騒ぎ。


呆然とする蓮璋達とは反対に手元が狂っちゃったと笑う果竪。

その間にもどんどん大きくなっていく騒ぎ。


その事態の収拾のせいで出発が遅れたにも関わらず、それでも果竪を置いていかなかった彼らを後に人々は勇者と称えたという――





「出発早々無駄に時間喰っちゃったわね」


その原因は一体誰だ――


しかし、出遅れる原因を作った当の本人はその事実をなかった事にしているらしい。

下手な事を言えば大根ランチャーで狙撃される為、蓮璋達は敢て何も言わなかった。


そんな彼らは未だ集落の中。

本来ならば既に集落の外に出ている筈だというのに。


「本来の時間より早めにしておいて良かった……」


蓮璋のボソっとした呟きに果竪を除く全員が頷いた。

何だか嫌な予感がするからと、蓮璋が本来の出発時間よりも二時間も早くした時には考えすぎだと思ったが、今となってはそれらは全て英断だったと言ってもいいだろう。

でも、遅れた原因がこの国の王妃って………。


「ってか、此処何処?」


蓮璋達の心内にたぶん気付いていないのか、場にそぐわないあっけらかんとした口調で果竪が呟く。そんな果竪に蓮璋は丁寧に答えた。


「集落の出入り口の一つですよ。裏口というのが正しいですかね」

「じゃあ、私と明燐って此処から来たんだ」


初めてこの集落に連れて来られた時は気絶していたので覚えてないが。


「あ、いえ、違いますよ」

「へ?」

「あれは、別の入り口です。普段オレ達が集落の外に出なければならない時によく使う方で……」


蓮璋が言うには、この集落にはもともと二つの入り口があるらしく、普段使っているのはそのうちの一つの方だという。


「何でもう一つの方は使わないの?」

「ぶっちゃけて言うと使いにくいからです」

「はい?」


使いにくい?


「って、じゃあなんでそっちから行こうとしてるの?」


此処が自分と明燐が来るときに使った方ではないという事は、残りの使いにくい方だ。

しかし、今は少しでも時間が惜しい時。なぜそんな時に使いにくいほうを使おうとしているのか。


「簡単に言うと、こっちの方が目的地に近いんです」


二つの入り口は集落を挟んで正反対。

もう一つの入り口から向かうには、遠回りする事になるという。

しかも、途中深い谷やら高い山脈があり、到底時間までにはたどり着けない。

力を使えば大丈夫だが、そんな事をすれば領主達に気配を察知されてしまう。


「でも、使いにくいなら時間がかかるんじゃない?」

「そうですね。でも、今夜なら大丈夫です」


そう言って微笑む蓮璋に、たぶん彼なら何か策があるのだろうと果竪はそれ以上の質問を避けた。


「さてと」


蓮璋が持っていた偽星灯を掲げ、目の前を明るく照らす。


偽星灯の光が照らし出すのは黒っぽい何か。

それをペシペシと叩き触感を最大限に活用しながら果竪はそれが何かを判断する。


「なんかゴツゴツしてて……ふむ、この感触は正しく岩」

「ちょっ!無闇に触れないで下さい!ここの岩は先が尖っているのもありますから怪我しますよっ!」

「大丈夫、私には大根が付いてるから」


いざとなったらこの大根クリームで回復オッケー


そう言って取り出したものは、大根の形をしたケースに入ったハンドクリーム……


そんなものまであるのかっ!!


新たな新事実に蓮璋達は言葉を失った。


ってか、大根でクリームが作れるのか?

大根のクリームは怪我に効くのか?!


蓮璋達は自分達の知的好奇心を激しく刺激されるのを感じた。


「これ、来年から発売しようと思ってる新商品なのよ。でも、まだ定価で揉めててね。私としては低価格の一つ、60グラム250円にしようかと思ってるの。だからその話合いの為にも早く馬鹿領主を倒さないと」


大根クリームの為に領主を倒す。

何やら心にひっかかるものを感じるが、とにかく今は早く証拠を手に入れなければならない。


「それで、何処が入り口なの?」

「ああ、だから無闇に触らないで下さいって!」


注意されたにも関わらずペタペタと岩を触る果竪に蓮璋は再度注意を喚起する。

しかし、果竪は聞かない。


「何事も実際にやってみないと解らないのよ」


なんて屁理屈までこね出す始末。


ペタペタペタ

ピタピタピタ


「……もう好きにして下さい」


もはや注意しても無駄。

蓮璋は諦め混じりに呟く。


そんな蓮璋を尻目に果竪はひたすらペタペタと目の前の岩を触りまくった。


「ふむふむ、へ〜〜」


なるほど、これがこうなっているんだ


そんな事を思いながら一通り触った果竪は満足げに手を離した。


「もう良いですか?」

「うん、いいよ」


余の知的好奇心は存分に満足じゃ


何て声が聞こえてくるのではないかという果竪の様子に苦笑しながら蓮璋は岩肌に手を置いた。

その瞬間、ガコンと手の置かれた部分が奥へと押し込まれる。


「おぉ!何それっ」

「集落の入り口を開ける為の仕掛けですよ」


蓮璋が手早く操作しながら説明してくれる。


その時だ。かすかに歯車が回る音が聞こえてくる。

次の瞬間、地面が揺れ始め、響く地鳴りとともに、岩全体が奥へとずれていく。

それから三十秒ほど経過した頃だろうか。

ようやく音が聞こえなくなったと思った次の瞬間、突風が吹いてくる。


「きゃっ!」


突風に煽られ倒れそうになった果竪を蓮璋が抱き留める。


「大丈夫ですか?」

「う、うん――これは?」


この吹き荒れる突風は一体何なのか?


「ああ、これは風の結界ですよ」

「風の結界?」

「ええ、この集落を守る結界の一つです」

「これも蓮璋達が張ってるの?」

「いえ、これは元々ですよ」

「はい?」

「風が更に強まってきましたね……急ぎましょう」


どういう事なのか問質す前に、果竪は蓮璋に手を引かれて走り出す。

続いて、他の男達も走り出した。

偽星灯の明り以外は何も無い。ただ一つの光源を頼りに暗い道を走り続ける。

ようやく、脚が止まったかと思えば、蓮璋が目の前にある岩肌に手を触れた。


「それは」

「この岩が、集落を包む外壁の最後です」

「………岩……なの?これが」


蓮璋が岩と呼ぶもの。

けれど、果竪にはそれが岩には見えなかった。

その様子に、蓮璋はかすかに目を見張るが、すぐに納得したように目を閉じた。


「……やはり、貴方は……」

「え?」

「いえ、何でもありません」


蓮璋は優しく微笑んだ。


「さて、これを越えればその後はもう集落の外ですよ」


また歯車の音が聞こえる。

今度は、何種類も。高い音、低い音、きっと大小様々の歯車が何処かでフル稼働しているのだろう。

間もなく、今度は岩が左右へと開かれていった。


そうして目に飛び込んで来たのは――


果竪の目が見開かれる。


「え?」


岩が左右に分かたれ現れたのは、真っ白な景色。

まるで雪山にでも来てしまったかのような、いや、空も大地も全てが真っ白な光景に果竪は言葉を無くす。

一歩でも足を踏み入れてしまえばたちまち方向を見失ってしまいそうな……。


(……確か、雪山登山でこんな言葉があったな)


ホワイトアウト


雪や雲などによって視界が白一色となり、方向・高度が識別不能となる現象の事だ。

ホワイトアウトの状態に陥ると、人は錯覚を起こしてしまい、雪原と雲が一続きに見える。

それは、大地を照らす太陽がどこにあるのか判別できなくなり、天地の識別が困難になるからだ。


そして一度この現象に陥れば、死活問題となる。


「あの、これさ」


このままじゃ進めないんじゃない?


そう言おうとした果竪に蓮璋は柔らかく言った。


「さあ、間もなくですよ」

「え?間もなくって――」


だから、先に進むのは無理じゃ――って、はい?


果竪は視線を前に戻して驚いた。


見間違いだろうか?

先程よりももやの白さが薄くなっているのは。

マジマジと前をガン見する果竪の様子に蓮璋は口元に手の甲を当てて笑いを堪えた。


「驚かれているようですね」


笑いを含んだ蓮璋の言葉。

しかし、それすらも果竪の耳には入らない。


やはり――見間違いではない。


果竪が驚く暇もなく、景色の白さがどんどん薄くなっている。

代わりに、夜の暗闇らしきものが覆い始めた。


「白いのが……消えていく?」

「正確には霧です」

「霧?」


その言葉に、果竪は言葉を発した相手である蓮璋を勢いよく振り返った。


「ええ、この集落を守る霧の結界。それが今、消え始めているんです」

「はい?!」

「この集落のある谷はそもそも霧隠の谷と呼ばれてましてね……名の由来はこの集落のある谷の周囲がいつも深い霧で覆われているんです。しかし、その霧が晴れるときがあります」


幾つもの条件が重なったある日だけ


「それが、今夜――闇月の夜です」

「闇月の夜……でも、なぜ?」

「頭のいい貴方ならば分る筈です。闇月の夜には普段ある筈のものがない」


毎夜ある筈のものが全てなくなるのが闇月の夜。


「普段ある筈のもの……まさか、光?」

「ええ、そうです。月も星も見えなくなり、あらゆる光源が使えなくなるこの夜だけ谷を守る霧が消える。この谷を覆う霧は光の力を受けた谷の周辺の大地に含まれる鉱石の力によって創り出されているんです」


採取できないほど微量の霧の力を持つ鉱石。

それを大地に多量に含むこの谷の周辺の大地が含み、光を浴びることによりその力が放出され霧を創り出すという。


「そして、この霧こそがオレ達を守ってくれている」

「でも、そしたら霧がなくなるのは」

「大丈夫ですよ。ほら、代わりに風が吹いてきていたでしょう?」


岩が奥に引っ込んだ際に立っているのも難しいほどの突風が吹き荒れた。


「う、うん」

「実はこの谷は風の力を持つ鉱石も埋まっているんです。それが、霧が無くなった後にこの集落を守ってくれる」


風の鉱石が埋まっていることを知った後、集落の者達でそのように細工したのだという。


「ですから、オレ達が行って戻って来るぐらいまでは全然大丈夫ですよ」

「……そっか」

「それに、朝日が昇れば再び霧で覆われますから」

「ふ〜ん……って、じゃあもし朝日が戻った後に私達が戻ってきたら此処から入れないって事?」

「その時はもう一つの入り口から戻ります」

「じゃあ、下手したら帰りの方が大変って事か〜〜」

「さて、此処で最後の質問です」


蓮璋の顔から笑みが、一切の表情が消えた。


「此処を出たら何が起きるか分りません。場合によっては……貴方を見捨てる事になるかもしれません」


とても………厳しい言葉だった。そして、冷たい声音だった。

そして、それ以上に冷たく鋭い眼差しが果竪を貫く。


「蓮璋……」

「貴方と出会って二週間と少し。心から尊敬しうる方だと思っています。だからこそ、安全な場所に居て欲しかった」

「…………………」


全てを見透かすような眼差しは、生半可な覚悟ならばあっと言う間に切り捨てるような鋭さを持つ。


「オレには守るものがあります。この集落の者達の為に、何としても証拠を得たい。その為には、命すらかけます。だから……もし、貴方を守る事によって証拠が失われかけたり、二つのうち一つを選べと言われたら……オレは」

「死んでも証拠を持ち帰って」

「――?!」


思いも寄らない果竪の強い眼差しに蓮璋は圧倒された。


「果竪……」

「それでいいのよ。証拠があれば、この集落の人達は馬鹿領主から解放される。だから、場合によっては私を見捨ててでも証拠を持ち帰って。大丈夫、だからといって私は諦めたりしないから。何が何でも、喰らいついてでも一緒に此処に戻って来る」


それに


「言ったでしょう?私は王妃。王妃として出来る事をするのよ」


美しさも聡明さもなければ夫の手助けとなるべき一族も後見もない


あるのはこの身ただ一つだけ


そんな――お飾り同然の王妃


いや、お飾りにすらなれない張りぼて同然


「でも、ただ一つ私が持つこの身は案外しぶといのよね」

「………………」

「だから、有効活用しなきゃね〜〜」


じゃないと宝の持ち腐れじゃない


そう言って笑う果竪に、蓮璋は拍子抜けしたような、けれど何処かホッとした笑顔を見せた。


未だかつて、自分の身がしぶといだなんて言い切った王妃は見た事がない。

でも、………そんな彼女だからこそきっと……。


「分りました――期待してます」

「期待してて」


そう言って笑いあう二人を、少し離れた所から見ていた共に証拠獲得に走る五人の男達は苦笑した。


「面白い王妃様だな」


項で髪を一本に束ねた男が言う。


「ああ、思いきり予想外れだ」


少し強面の男が笑った。


「だよな、でも俺はこっちの方が好きだけど」


この中では一番年若の男が言った。


「まあ、そうだな」


同意するのは、一番年上の男。


共に笑い、悩み、行動する。

全てを奪われ、一から此処で苦労してきた自分達にとっては理想の王妃である。

そして、彼女が王妃で良かったと思う。此処につれて来た王妃が彼女で良かったと思う。

もし、これで自分の身の不幸を嘆くだけの女性や、我儘で高慢、居丈高で気位の高いだけの女性ならばきっと自分達は扱いに困り果てただろう。


けれど、この王妃も、そして王妃と共に来たあの美しい侍女長もとても温かい人柄の持ち主である。


「何としてでも成功させないとな」


そして、一刻も早くあの優しい王妃を解放してあげなければ。

それが、自分達の為に力を尽くしてくれる彼女に唯一してあげられる事。


「ん?どうした?変な顔して」


一番年上の男が、唯一人黙って王妃達を見ている男に声を掛けた。

短髪の、集落でも寡黙さで言えば上位に入る青年。

けれど、集落の誰もがその心優しさを知っている。

鉱山で殺された父の代わりに、体の弱い母の世話をし懸命に働く姿は正しく孝行息子の鑑。


今回も彼は集落の為にと自ら志願し此処に居る。


そんな彼は静かに王妃達を見つめていた。

しかし、ふとその表情に浮かんだそれがひっかかり、一番年上の男が声を掛ける。


「母親の事が心配なら」

「いや、気にしないでくれ、大丈夫だ」


それがいつになく強い口調で年上の男は驚いたが、きっと今回の事に気が立っているのだろうと思いそれ以上追求しなかった。


「頑張ろうね」

「はい」


果竪の言葉に、蓮璋が力強く頷いた。


これで、全てが決まる――



証拠集めに奔走すると言っておきながら、集落の外に出るまで時間のかかる果竪達………。

次回こそ、証拠を求めて集落の外を果竪達が突っ走ります!


また、メッセージにて感想を下さった方、この場でお礼を申し上げますvv

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