本編
お姉様は料理が下手……あっ、いえ、個性的らしいです。
妹大好きを公言して憚らないお兄様が「フユの料理は……ちょっと……」と言っていたくらいなので相当でしょう。
完璧なお姉様が料理下手……あ、個性的だなんて。
逆に好感が持てますね!
お姉様大好き!
さて、私は料理へ……じゃなくて個性的なお姉様にお菓子作りを教えてあげることにしました。
実は私はお菓子作りが趣味なのです。
お姉様と一緒に作るのはさぞかし楽しいでしょう。
ワクワクしますね。
「本気ですか?!」
「命を大事にしてください!」
私の思い付きをお兄様と双子の姉のハルに伝えるとそう言われてしまいました。
「私と一緒なら大丈夫ですよ」
そう言いましたが二人はすごい勢いで首を左右に振ります。
首を痛めないか心配です。
「アキはあの料理を見たことがないからそんなことが言えるのです!」
「そうですよ!あれはこの世に存在していい物ではありません!」
酷い言われようです。
お兄様とハルがお姉様の料理を貶すなんて想像したこともありませんでした。
お姉様はいったい何を作ったんでしょう?
現物が見たいですね。
「お姉様は作り方を間違えてしまっただけですよ。私と一緒なら大丈夫ですって」
「ぼ、僕もそう思いましたが……しかし」
「私もレシピの代わりに魔導書でも見たのかと思って……でも」
「……普通の料理本でしたね」
「ええ……普通の料理本でした」
ブルブルと震えるお兄様とハル。
普通の料理本を見たのなら材料が悪かったのでしょう。
お姉様が作り方を間違えるとも思えませんし。
私がそう伝えると、二人は納得したように頷きました。
「きっと、うっかりミスで違う材料を使ってしまったんでしょう」
「そうですね。お姉様はちょっと抜けているところがありますから」
「そこが良いんじゃないですか」
「わかります」
お兄様とハルはそう言いながらしきりに頷いていました。
そろそろ止めないとお姉様を褒め称える会が始まってしまいます。
いつもなら私も参加するところですが今日はお姉様と一緒にお菓子を作る予定です。
早めに切り上げなくてはいけません。
「では、私はお姉様のところに行ってきますね」
そう言うとお兄様が私の肩を掴みました。
「僕も行きます」
私はお姉様と二人っきりになるチャンスを逃しました。
結局、4人でクッキーを作ることになりました。
講師は私です。
「では、みんなでクッキーを作りましょう」
「「「はーい」」」
「お兄様はバターを湯煎してください」
「わかりました」
「お姉様は砂糖と卵を混ぜてください」
「わかりました」
「ハルは卵を割る係りです」
「はい」
私が指示を出すと、それぞれ動き始めました。
みんなで作るのも楽しいですね。
「アキ、バターが溶けました」
「では、お姉様の混ぜて……ひぃっ?!」
「どうしま……フ、フユ?!」
「はい?どうしました?」
不思議そうに首をかしげるお姉様。
その手には血のように赤い液体が入ったボールがありました。
お……おかしいです。
さっきまで砂糖と卵しか入ってなかったはずなのに……。
「ハル……」
お兄様がハルに声をかけます。
ハルはゆっくりと首を左右に振りました。
「砂糖と卵しか入っていません」
「「っ?!!!?!?!」」
私とお兄様に戦慄が走りました。
砂糖と卵しか入っていないのに何故そんな色に?!
砂糖と卵では赤くなる要素も液体になる要素もありません!
「………………最初から作りましょう」
私はそう言って新しいボールを取り出しました。
「え?これは?」
お姉様がボールを手にしたまま困惑した声をあげます。
「そ、それは……その辺りに置いておきましょう」
「使わないんですか?」
「あの………………後から使います」
お兄様が無言でお姉様からボールを奪いました。
そして、お姉様に見えないように流しの三角コーナーに捨てます。
私はズシャッっという謎の音を聞かなかったことにしました。
「今度はハルが混ぜましょうか!」
「そうですね!」
「じゃあ僕が卵を割りますね!」
「み……みなさん元気ですね」
私とハルとお兄様は不自然なほどテンションを上げながらクッキー作りを再開しました。
お姉様がちょっとビックリしていました。
こうして私たちは無事に砂糖と卵とバターと小麦粉を混ぜることに成功しました。
4等分してラップに包み、冷蔵庫で冷やします。
後は型を抜いて焼くだけです。
「30分くらいしたら型抜きをします」
「出来上がったら みんなで食べましょう」
「楽しみですね」
「はい!」
オーブンを温めながらお話ししていたら あっという間に30分経っていました。
みんなで型抜きを始めます。
「大きいクッキーにしたいです」
「僕はウサギさんにします」
「お兄様はウサギさんが好きですね」
「妹たちがウサギの獣人ですからね」
「うふふ」
楽しく型抜きをしていた私たちは気がつきませんでした。
何故かお姉様のクッキー生地が紫色に変色していることに……。
「…………」
お姉様の手元にある紫色の生地に私が無言になっても仕方ありませんよね。
お兄様とハルも真顔でした。
「……お姉様、あの……何か混ぜました?」
「何も混ぜてませんよ?」
私の質問にお姉様は不思議そうに答えます。
混ぜてないんですか……そうですか。
「では何故そんな色に……?」
「型抜きしてたら色が変わりました。みなさんのは変わらなかったんですか?」
「……変わりませんでした」
「そうなんですか。不思議ですね」
「不思議なのはお姉様の方です!」とは言えませんでした。
私たちは無言で生地をプレートに乗せてオーブンに入れました。
乗せるときに手が震えてクッキーが少し崩れてしまいましたが直す気力はありませんでした。
それからクッキーが焼き上がるまでの数分間。
私たちは無言で過ごしました。
お姉様だけが「クッキー楽しみですね」と笑顔でした。
そして、ついにオーブンを開きます。
私たちはプレートに乗ったクッキーを無言で見つめました。
お兄様のクッキーはとても綺麗に焼けていました。
ハルと私のクッキーはちょっと焦げてしまいました。
場所が悪かったですね。
そして、お姉様のクッキーは……
青い色のプルンとした物質になっていました。
ホウ砂と洗濯のりと絵の具を混ぜた物 (スライム)に似ています。
おかしいですね……ホウ砂も洗濯のりも絵の具も入れた覚えがないのですが。
というか、オーブンに入れる前は紫だったのに どうして青に……?
「おかしいですねぇ。ちゃんと言われた通りに作ったんですけど」
そう言いながらお姉様が首をかしげます。
そうですね。
お姉様は言われた通りに作っていました。
作ったというか型抜きしかしていませんが。
そういえば、お姉様は5個くらい型抜きされてたはずなのに何故か1個になっています。
合体したのでしょうか?
もはや、合体したと言われても何の驚きもありません。
青色の何かはプルプルと震えていました。
しかし、お姉様が触れようとするとグルグル唸ったので、お兄様が止めました。
「クッキーって生きてるんですね」
呑気に言うお姉様。
私はアレをクッキーと呼ぶのに抵抗があります。
クッキーではないと思うのですよ。
「みんなで食べられるように4等分しましょう」
「「「えっ?!」」」
お姉様が恐ろしいことを言い出しました。
「ほ、本気ですか?!」
「本気?……アキはクッキー食べないんですか?」
私の問いに包丁を取り出しながら答えるお姉様。
お姉様のアレはクッキーではありません!
私は心の中で叫びました。
しかし、あくまでも心の中です。
お姉様を傷付けるわけにはいきません。
どうにか傷付けないようにあの青いものを回避しなくては!
「そ、そうです!せっかく作ったのだからお父様にも分けてあげましょう!」