本編
私の可愛い可愛い子どもたちが私のためにクッキーを作ってくれたらしい。
私のために!(ここ重要)
みんなで仲良く作るところを想像したら大変萌えた。
うちの子たちは世界一可愛い。
どれだけ不味くても笑顔で美味しいって言おうと私は誓う。
.*+;゜*・+;゜*・+.゜*.
さて、10分前までテンションをあげていた私だが……今は信じられないくらいテンションが下がっている。
右から長男のベラーノが作ったクッキー。
専門店に売ってありそうなくらい綺麗な見た目をしている。
私の息子はなんでもできるな。
歴代当主の誰よりも優秀なんじゃないか?
さすが私の息子だ。
それで、その左隣には長女のフユが作った……えーっと……。
これはちょっと問題があるので飛ばさせてもらおう。
あとで説明するから少し待っていてくれ。
で、その更に隣にあるのが次女のハルが作ったクッキー。
ちょっと焦げてるがご愛敬というやつだ。
形は綺麗なので問題ない。
それで、更に隣にあるのが三女のアキが作ったクッキーだ。
ちょっと焦げているし形も崩れているが、これもご愛敬というやつだろう。
一生懸命作ったと思うと自然と笑みがこぼれてくるというものだ。
さて、そんな心持ちで長女フユの作ったものを見るとしよう。
ひょっとしたらクッキーになってるかもしれないしな。
………青い半透明のゼラチン物質がブルブル震えていた。
クッキーにはなっていなかった。
私は使用人が持ってきたスプーンでゼラチン物質をつつく。
つつかれた物質はブルブルと震えながらスプーンに噛みついた。
生きてる……?
スプーンが溶けてるように見えるんだが気のせいだろうか?
ゼラチン物質越しだからそういう風に見えるだけだよな?
目の錯覚だよな?
「フユ……これは何かな?」
「クッキーです」
「そっか……クッキーかぁ……」
そうか……クッキーか。
私はフユがクッキーと呼んだ物質に視線を向ける。
私が見たことに気がついたのか物質はグルグルと威嚇してきた。
クッキーとはこういうものだったろうか?
たぶん違ったと思うんだが……。
何故なら左右においてある長男と次女と三女が作ったクッキーと見た目からして全く違う。
そもそも、クッキーは噛みついたり威嚇したりしないはずだ。
つまり、これはクッキーじゃない。
「どこかおかしかったでしょうか?教わった通りに作ったんですが……」
フユが困惑した顔でそう言った。
私の方が困惑している。
そもそも誰に教わったんだ?
呪術師か?
「フユは僕たちと全く同じ作り方をしました」
「材料も全く同じです」
「余計なものは一切入っていません」
すかさずベラーノとハルとアキがそう言った。
三人とも目が死んでいる。
フユだけがニコニコと微笑んでいた。
なんで全く同じ材料で全く同じ作り方をしたのにこんなに差が出るんだ?
なにこれ怖い……。
私はとりあえずベラーノのクッキーに手を伸ばした。
口に含むと甘いバニラの香りが広がった。
見た目同様、味も素晴らしい出来だ。
続いてハルのクッキーに手を伸ばす。
ちょっと焦げているが、そこがまた美味しい。
次女も才能に溢れているな。
将来が楽しみだ。
あ、いやクッキー職人にするつもりはないが。
続いてアキのクッキーを食べる。
ハル同様焦げているが美味しい。
天才じゃないか?
そして最後に………………これ食べないと駄目だろうか?
ゼラチン物質は放置していたスプーンを半分ほど溶かしていた。
これ絶対にクッキーじゃない……。
クッキーと主張するだけで戦争が起きるかもしれない。
「お父様」
どうしたものかと思っていたらフユに呼び掛けられた。
私の体があからさまに震えてしまった。
子どもたちに怖じ気づいていると思われたかもしれない。
……怖じ気づいてるんだが、ここは父として威厳を保ちたいというのが親心というものだ。
まさか娘の作ったクッキーに怯えているだなんて思われたくない。
「どうしたんだい?」
私はできるだけ平常心を装ってフユに返事を返した。
上手く取り繕えたか不安である。
「どうして私のクッキーを食べてくださらないんですか?」
フユが悲しそうに言った。
その顔に私の胸が痛む。
娘のこんな顔を見て「食べたくない」と言える父親がいるだろうか?
いや、いない。
「今から食べるよ。楽しみだから最後に取っておいたんだ」
私が微笑んでそう言うと、フユは「そうだったんですね」と笑顔で言った。
天使のような笑顔である。
私も子どもの頃は『見た目だけは天使』と、この美貌を讃えられていた。
しかし、フユの笑顔はそれを遥かに凌駕している。
私の娘は天使より可愛い。
ところで、気になっていることがある。
どうしてベラーノは私と視線を合わせてくれないのだろうか?
いや、ベラーノだけではない。
ハルとアキも私から顔をそらしている。
こっちを見てくれ。
不安になるじゃないか。
私はフユの作ったクッキーを見た。
青いゼラチン物質がブルブル震えている。
私が視線を向けたときだけ威嚇してくるが、目も耳も無いのにどうやって察知しているんだろうか?
意味わからなすぎて怖い。
「バリアー」
突然、ベラーノが呟いた。
顔をあげると私の回りを薄緑の光が舞っている。
何故このタイミングで防御魔法をかけた……?
ベラーノに視線を向けると、ベラーノは凄い勢いで私から目をそらした。
嘘だろ……?
仕方なく私は、再びゼラチン物質に目を向けた。
ゼラチン物質は相変わらずブルブルと震えている。
覚悟を……決めなければならない。
これは可愛い愛娘が私のために作ったクッキーだ。
私のためだけに作られたクッキー。
私が食べずに誰が食べると言うのか?
例え見た目がクッキーじゃなかろうと、娘がクッキーと言うのだからクッキーなのだ。
「いただきます!」
覚悟を決めた私は溶けたスプーンをゼラチン物質に突き立てる。
スプーンはゼラチン物質の体にグニョリとめり込み、物凄い力で弾け飛んだ。
……私の覚悟も一緒に飛んでいった。
スプーンはベラーノの作ったバリアーを破壊し、私の右頬に掠ると、鋭い音を立てながら壁に突き刺さる。
壁は穴が開き、私の頬からはダクダクと血が流れていた。
「ヒール」
ベラーノが今度は私に回復魔法をかけた。
頬の傷が綺麗に消え去る。
ああ、よかった。
……いや、全然よくないけど。
スプーンを見ると、ちょうど使用人が引き抜くところだった。
使用人はスプーンを引き抜くと、一礼して部屋から出ていく。
入れ替わりに入ってきた別の使用人が、私に新しいスプーンを渡した。
嘘だろう……?
私は信じられない気持ちで使用人に目を向ける。
使用人は自然な動作で私から目をそらした。
私は少し泣きそうになった。
「お父様がんばれー!」
「お父様ふぁいとー!」
まずい……。
ハルとアキが私を応援し出した。
「お父様ならできます!」
ベラーノも応援してくれている。
父として、この応援に応えなくてはならない。
私は三人の顔を見てゴクリと唾を飲み込む。
頷く三人の顔は引きつっていた。
父親を犠牲にすることに何か思うことはあるらしい。
思うことの無いフユだけが相変わらずニコニコと微笑んでいる。
フユが何を考えているのか分からなくて怖い。
嫌がらせとかだったらどうしよう?
い、嫌がらせ……?
フユってこんな嫌がらせするの?!
まさか、私のことが嫌いに……?
いや、まさか!
そんなことあるわけがない。
大丈夫だ。
フユは私を嫌ったりなどしない。
だってフユは小さい頃に「大人になったらお父様のお嫁さんになります」と言っていた。
クソ王子と婚約するまで私にメロメロだったのだ。
今だって私のことを好きに決まっている!
だからこれも害の無い、ちょっと……そう、本当に少しだけ不思議なゼラチン物質に決まっている。
私は気合いを入れてゼラチン物質を睨んだ。
するとゼラチン物質はグルグルと威嚇をしてきた。
気合いを入れて睨んだはずの私は、どうにかしてこの苦行を回避したい気持ちがムクムクと沸き上がってきた。
……絶対に食べたくない。
そう思ったとき、私は名案を思い付いた。
きっと、このゼラチン物質も食べられる恐怖と戦っているだろう。
だから威嚇してくるのだ。
食べたくない私と食べられたくないゼラチン物質。
私たちの意見は一致している。
これを上手いこと利用してどうにか食べない方向に持っていけないだろうか?
私はフユの顔を見た。
相変わらず天使のような笑みを浮かべている。
天使そのものと言っても過言ではない。
きっとゼラチン物質の気持ちを知れば「食べるのはやめておきましょう」と言うに違いない。
「フユ、私にはこんなに可愛いゼラ……クッキーは食べられないよ」
「……つまり、私の作ったお菓子なんて食べたくないということですか?」
フユのいつもより低い声に私は「えっ……いや、その……」と曖昧な答えを返した。
フユの作った料理は食べたい。
だが、これは料理ではない。
しかし、そんなことを言えばフユを悲しませるに違いない。
もしかしたら怒りながら「お父様なんて嫌い!」などと言うかもしれない。
なんだそれ、泣きそう……。
というか、すでに怒ってないか?
王子に嫌がらせしたときより怒ってるように見える。
はっ……王子!
「そうだ!あのクソ王子に食べさせたらどう「ツキ様にこんなもの食べさせられません」そ、そう……」
食い気味で断られた。
私が『こんなもの』を食べるのは良いんだね……。
お父様は悲しい。
そんなことを思っていたら、フユが魔法で銀製のフォークを作り出した。
その輝く銀のフォークをフユが構える。
何をしているんだろう?
なんだか、嫌な予感が……。
そう思った次の瞬間、フユの持ったフォークがゼラチン物質に刺さった。
「キュアアアアアアアアァァァ!?」
人には決して発することのできない甲高い音が部屋中に響く。
それはゼラチン物質の断末魔であったのだろう。
ゼラチン物質は抵抗するようにジタバタと暴れていたが、フユは無言でそれを見つめていた。
その顔は薄く微笑んでいたが、宝石のような紫の目からは光が消えている。
普通に怖い。
ゼラチン物質はすぐに動かなくなった。
同時に甲高い音も止まる。
ベラーノが泣きそうな顔で耳を塞ぎハルとアキは抱き合うようにして泣いていた。
フユだけが平然とゼラチン物質に目を向けていた。
私の視線に気がついたのか、それとも別の理由からか。
フユが私に顔を向け、微笑んだ。
「お父様、あーんしてください」
そして、笑顔で私に向けてゼラチン物質を差し出す。
「ひっ?!」
私の口から小さな悲鳴が漏れるのも必然と言えよう。
ついに力付くで来たのだ。
娘が……私を殺そうとしている……。
「あーんしてください」
有無を言わさぬ笑顔でフユはもう一度言った。
私は涙目で口を開く。
ゼラチン物質はすぐに私の口に放り込まれたのだった。
その後の私については語るべくもないだろう。
気付いたら自室のベッドで寝ていたとだけ言っておく。