第66話 飽き飽きプリン(異世界side)
ブックマーク、感想、評価ありがとうございます。
今現在、大変心が折れる事態となっておりますので、来週の更新はお休みします。
「…………」
儂の目の前にあるのは、小さな器で作られた食べ慣れたプリン。
今まで食べたことのないぷるんっとした食感に、口に入れれば噛まなくても蕩けてしまう柔らかさ。
そして、誰もが天国に誘われたと思うほどに、甘く優しい味のプリンが目の前にあるのだが、儂は食べるのを躊躇していた。
「またデザートはプリンか?」
これを持ってきたシスターに、ちょっと批判を込めた眼差しで見つめながら聞くが、長年ずっと共に働いていたシスターなので、儂の批判もサラッと受け流された。
むしろ無視られた。
「そうですわよ。教皇様。大会まであと幾日もありませんもの。子供たちもシスターも、皆優勝せんとばかりに頑張っていますから、味見役として教皇様も手伝って頂かなくてわ。
……まさか教皇様ともあろうお方が、子供たちの頑張りを無下にするつもりはありませんよね?」
さも、儂が悪いことをしていると言わんばかりの嘆きのこもった眼差しで見つめられて、ついカッとなって言い返した。
「当たり前だろう! 儂をなんだと思っているのだ。このババア!」
「ホッホッホ。レイセント様はいつまでたっても、私の可愛らしい坊っちゃまですよ」
儂の叫びにも全く動じないこのババア、改めてシスターは、儂の乳母だった女性であり、名をメリネスティーヌという。
儂が神々からの思し召しで教皇の地位に就くことになった時、それまで騎士団に入るものと思っていた儂や、周囲の貴族たちはびっくらこいた。
もともと次期王と、次期宰相の座を約束されていたコンラートとヴォルフは、儂が教皇に就けと言われた時に最初は儂と同じく呆然としていたが、最後は筋肉教皇とあだ名をつけて爆笑していたがな。
ただ、メリネスティーヌだけはいち早く行動に移して、儂が教皇として働きやすいようにと今までの仕事を辞めて、儂のために教会へとついて来てくれた。
たとえ神々から教皇になれと言われても、最初はやっぱり下の階級からの務めとなるので、はっきりと言ってメリネスティーヌが共に来てくれたことは嬉しかった。
いかんせん、騎士を目指していた儂の周りは教会で大人しく神々の教えをどうのこうのする輩ではなく、敵地や死地で、己の武力を使って敵をばったばったとなぎ払うのが好きな連中だったせいで、誰も儂と共に教会へと来てくれる者はいなかったのだ。
……全く、儂の側近だった奴らめ! アイツらは薄情な連中たちだ!
そんなわけで、乳母であったメリネスティーヌには、幼い頃のあんな姿やこんな姿も見られている上に、誰もついて来てくれなかった教会に共に来てくれて心強い味方となってくれたので、今でも頭が上がらない存在でもある。
「しかしだな。ここ毎日毎日甘いプリンばかりも飽きて来たぞ。それに砂糖を買う金はどうしているのだ?
砂糖も物によって値段が違うのは知っているが、そこまで安い物でもないだろう?」
砂糖は我が王国でも多少は生産されているはいるが、品質は良いものの、地形の特徴かあまり大量に作ったりは出来ないみたいなので、自国産のは貴族や豪商の物で、他国産の比較的安い砂糖を平民は使っているのだが、それでもジャムや蜜に比べると幾分も値段が高い。
「ほほほ。確かに砂糖のお値段は高いですが、我が教会もプリン大会に参加することが決まってから、元孤児だった子や、ここに預けられていた子たちから、寄付がよく来るようになったんですよ。
これも、自分たちをここまで育ててくれた教会のためにと言うのだから、お涙頂戴のとても良いお話なので、近々新聞に売り込む予定ですの」
「そっ、そうか。だがメリネスティーヌよ。お主、恋物語の執筆もあるのではないか?」
「まぁ、そんな心配は無用ですよ? 教皇様。なにせ、あの頃に比べたら今はまさに天国なのですから」
「そっそうか」
……最近の多忙を知っているし、歳も歳なので心配しているのだが、儂の心遣いはいらないようでイキイキとしているな。
このメリネスティーヌと言う女は、元々儂の乳母をしていることから貴族であった。
無論、夫もいるし子供もいたのだが、メリネスティーヌ自身が第2夫人という立場もあって、自分の地位を捨ててまで儂の元に来てくれた。
その時に、本当に儂に付いてくるのか? 家族はどうするのだと聞いたのだが、メリネスティーヌ自身はあっけらかんとした態度で言ったのだ。
『私はあの旦那の第2夫人でした。アレは貴族としては高位の貴族でしたが、私との結婚は騎士貴族の情報を掴みやすくするための政略結婚でしたし、元々愛情もありません。
娘たちも、すでに私の手から離れて国外へと嫁いでしまいましたし、それに最近では娘たちからの手紙で、今度はお母様が幸せになる番ですわよ! なんて言われる始末だったので、むしろ渡りに船でございます。
あの何も無い家にいなくても良いのならば、私は坊っちゃまの側に居たいと思っております。
それにこれは秘密なのですが、私、ペンネームを使用して、貴族たちの噂を元にしての恋物語や貴族のアレやコレを執筆しているのです。
既に3冊発売されていまして、中々の評判らしいですよ。
ちなみに今1番評判がいいのが、クールで何事にも冷静沈着な男性貴族でありながら、実は甘い物に目がないあの人の話題ですよ』
などと、最後はウィンクをして儂の友人のネタを暴露するうえに、今ではシスターとなってからより大胆になり、教会に訪れた人々の会話に加わり、噂や、時には悩みも懺悔も話のネタにするようになった。
儂は頭が上がらないので何も言えないし、儂の暴走を度々止めたり隠蔽してくれる人なので、注意も出来ないからな。
そんなメリネスティーヌに儂が注意なんかしてみろ、儂が秘密にしているアレやコレが世間一般に知られてしまう事態になってしまうではないか! それだけは絶対にダメだ!
「さぁ、教皇様。こんな無駄話をしていても何の得にもならないのですから、さっさとデザートのプリンを食べてしまってください。
もう教皇様が最後なのですよ。最後の教皇様が食べていただかないと、お皿が洗えないじゃないですか。
ほら、さぁ、早く!」
「あぁーもう! 分かっているわ!」
そう言って儂はスプーンを手に取り、プリンを勢いよく掬って口の中に放り込んだ。
「偉いですよ。教皇様。それで今日のプリンの感想は?」
慈愛の眼差しで見つめるメリネスティーヌがいつもの質問をするので、儂もそれに答える。
「ムグムグ。むぅ、まぁ最初は手探りで作っていたからか、味も見た目もとっ散らかっていてあまり上手には出来ていなかったが、最近のは上手いとは思うぞ」
「まぁ、それはあの子たちも喜びますわ」
「それに見た目では気が付かなかったが、紅茶を入れてみたのか。
これなら数あるプリンの中で味の変化も楽しめるし、良いのではないか?」
今回出されたプリンは今までのプリンとは違い、紅茶の風味がするプリンであった。
おそらくは牛乳に茶葉を入れて、温めて濾した物を使用しているのだと思う。
食感自体は今までと同じ、茶葉の入っていないぷるんとしたプリンだったからな。
「そうでしょうとも。あの子たちも基礎のプリンを作れるようになってからは、色々と頭を悩ませていましたからね。
同じ味では埋没してしまうから、何か一工夫しなければと皆で相談していましたよ」
儂も時たま、シスターたちが試行錯誤を繰り返しているのを見ているので、その苦労は分かると言えば分かるんだが……。
「だからと言って、こう毎日毎日試食を口実に甘いプリンを持ってこられたら、ヴォルフではないんだから飽き飽きするぞ!」
あいつならば、嬉々として食べただろうがな、儂はもう飽きたぞ!
今回の小話
宰「……。もしやと思いますが、レイセントのスライムの名前はメリネスティーヌから取っていますか?」
教「おう!あのババアから取っているぞ!」
王「おいおい。お主はまだメリネスティーヌのことをババアと呼んでいるのか」
教「ババアをババアと呼んで何が悪い?メリネスティーヌは今年60になるのだぞ?」
王「それはそうだがな。一応60でも女性ではないか」
宰「王よ。今更分かりきったことを聞かないでくださいよ。メリネスティーヌはレイセントの初恋の人ですよ?照れ隠しで拗れているに決まっているじゃないですか」
教「全くだ!あのババア未だに儂の求婚を受け取ってくれん。愛していると言っても、儂は博愛だからと言われるし。共にいて欲しいと言っても、私は神々に仕える身ですから、いつまでも教皇様の側にいますよと言うのだぞ!どうすればいいのだ!?」
王・宰「知らんがな」




