第62話 一芝居〜その1〜(side異世界)
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「ーーって感じのシナリオらしいんすけど? 大丈夫か? やれそうか?」
日の出と共に冒険者ギルドに出掛けようとしているお兄ちゃんは、昨日から説明されていた事の念押しをしながら、不安そうな顔で私を見下ろしています。
「あまり自信はないけれど……。けど、そのリカルド君って子が1人だけ仲間はずれは可哀想だもの。私、頑張るわ!」
私は私自身と、お兄ちゃんを勇気付ける様に頷いて、グッと両手を握りしめます。
「すまん。それじゃあ後は頼んだっすよ!」
「任せて、お兄ちゃん! お兄ちゃんもプリン大会のためのお金、頑張って稼いで来てね!」
「おうっす!」
そう言って元気良く出かけて行くお兄ちゃんにエールを送ると、私も自分の仕事を始めました。
朝は宿に泊まっていたお客様が朝食に来られるので、その朝食作りから始まります。
今日の朝食のメニューは、昨日の残りの野菜や野菜クズで作ったスープと、茹で卵とパンです。
……ふぅ。まさかこの後にこんな責任重大な任務を任されるだなんて、今から心臓がバクバクしていて仕事に支障が出てしまうかもしれません。
事の発端は昨日の事です。
夕方のお店が混み合う時間帯に、クエストから帰って来たお兄ちゃんが1人の女性を連れて帰って来ました。
その人はこの辺りではあまり見かけないエルフの女性で、周りの人が声も出せない程に見惚れる程の美しさです。
その美しさに見惚れて、さっきまで騒がしかった店内が嘘の様に一瞬で静まり返る程でした。
「おっ、お兄ちゃん。この美人な人は……」
あまりにも美人すぎて圧倒されますが、私は勇気を振り絞ってお兄ちゃんに声をかけました。
「こちらエルフのフロスティアっす。魔の森でクエストの為の素材集めをしている時に偶然会ったんだっすけど、それで意気投合してパーティを組むことになったんだぜ」
いつものお兄ちゃんよりの口調よりも早口で、まくし立てる様に言い切ると、キョロキョロと目線が彷徨っています。
……何だか覚えた言葉を忘れない内に話すみたいに、一気に言い切ったみたいに感じるし、それに挙動不審です。
ジトーと挙動不審なお兄ちゃんを見上げていたら、フロスティアさんが一歩近づいて私の耳元で囁きました。
「あなたがサーナかしら? 私もザックと同じスライムを持っているの。だから、色々とあなたの事も聞いているわ」
「えっ!」
フロスティアが言う同じスライムとは、私の心を掻き乱したあのスライムの事でしょうか?
けれど、それ以外のスライムに心当たりはありませんから、きっとあのスライムなのでしょう。
何でも神様が創造した、世界で100匹しか存在しないスライムで『どんな攻撃も効かない』『無限に物が入る』そして『異世界に転移出来るデタラメなスライム』こと、8-10スライム。
「それで、あなたに頼みたい事があるのよ」
「私に頼み事ですか?」
「ええ。けれど、ここから先は内緒話になるから、なるべく人に聞かれない場所がいいんだけど……」
最後の方は私達にしか聞こえない程小さな声で、たくさんの視線を集めているフロスティアさんは店内を見回すと、「はぁ……」と困りげに溜息をこぼしました。
確かに店中の視線を一人占めにしているこの状況ならば、誰かしらが聞き耳を立てているので、内緒話なんて出来るはずもありません。
「だったら、僕達の部屋で良いんじゃないっすかね? あそこだったら従業員以外こないだろうし、それにサーナも一緒に話が出来るっすよ?」
そこに助け舟を出したのはお兄ちゃんで、あれよあれよと言う間に、私も一緒になって自室での作戦会議が始まっていたのです。
「つまり、そのリカルド君って子だけ、私達とは何の接点も無いから、今度のプリン大会の時に一緒に行動が出来無いと言うわけですね」
「あぁ。姐さんがそんな事を言っていたっす」
お兄ちゃんが言う姐さんとは、向こうの世界で知り合った人だそうで、こちらでもお世話になった事があり、私のお気に入りの手荒れクリームをお勧めした人だそうです。
お兄ちゃんからその人の話を聞く限り、憧れずにはいられない佇まいや気品を感じます。
「正確には、一緒に行動は出来るだろうけれど、周りの人達から追及されると困る事になりそうなのよね」
フロスティアさんが言うには、お兄ちゃんやフロスティアさんは冒険者同士なので、クエストの途中で意気投合したと言えば、周りの人は鵜呑みにするそうです。
そしてお兄ちゃんの妹である私も、お兄ちゃんからの紹介があったと言えば、周りの人は納得するそうです。
しかしこの中で唯一、私達兄妹やフロスティアさんと何の接点も無いリカルド君が、私達と一緒に行動をしてしまうと、周りの人、特にリカルド君の親や兄妹に不審がられる心配があるかもしれないと言う話でした。
「なるべく8-10スライムつながりでは無い方法で仲良くならないと、ただでさえ便利スキルが多いスライムだもの。
スライムの価値に気付かれたら、命を狙われたって不思議では無いのよ」
「それにリカルドの家が商家なんすけど、そのせいかは知らないっすけど、リカルドは他の人にスライムの事を話していないみたいなんす」
「それはそうよね。下手に家族にスライムの話をしても、精霊や悪霊に魂を乗っ取られたと疑われたりしそうだし、仮に信じたとしても、転売のために商品を買い漁って来いなんて言われたら、子供であるリカルドには抗えないもの」
フロスティアさんやお兄ちゃんの話を聞いて、リカルド君の立ち位置を私は理解しました。
私でさえ、お兄ちゃんにスライムの事を聞かされた時は訳が分かりませんでしたが、向こうの世界の商品を見て、そして食べてしまえば信じざるを得ません。
現に、向こうの世界では当たり前にあるプリンと言う商品が、この度大会となってしまうほどなのです。その影響力は計り知れません。
「そんな訳で、リカルドと仲良くなるお芝居をサーナにお願いしたいんすけど、いいっすか?」
やっと、私もここに呼ばれた理由が判明しました。
「お兄ちゃんやフロスティアさんではダメなのですか?」
まず最初に、リカルド君と面識の無い私がやるよりも、お兄ちゃんやフロスティアさんの方が適任では無いかと聞くと、お兄ちゃんは遠くを見つめながら首を振ります。
「そうしたいのは山々なんすよ。山々なんすけど、プリン大会のお金を稼がないといけないんすよ。ここだけの話なんすけど……」
そう言って、真剣な眼差しで前置きをしたお兄ちゃんの気迫に、思わずゴクリと喉がなってしまいます。
「姐さん曰く、どんなに価格を抑えたとしても、プリンのお値段が大銅貨1〜2枚はするそうなんすよ」
「ふふぁっ!」
思わず大きな声が出てしまいましたが、それほどに衝撃的なお値段だったのです。
「あのプリンのお値段が大、大銅貨1〜2枚ですか!? この前買ってきてくれたプリンは、もっと安かったはずです!」
お兄ちゃんが向こうで買ってきてくれたプリンは、中銅貨1〜2枚で買えたと言っていたのです。
それなのにここでプリンを買う時は大銅貨1〜2枚するだなんて、それって私の1ヶ月のお小遣いと匹敵する金額ではないですか!
「なんでもお砂糖が入る分、どうしてもその金額になってしまうそうよ」
プリン作りに必要な素材は大まかに言って卵、牛乳、お砂糖の3つだそうです。
そのうち卵や牛乳は銅貨でも買える安価な食品なのですが、お砂糖は遠くの国からの輸入品なので、どうしてもお値段が高くなってしまいます。
なので、どんなに価格を抑えてもこのお値段になってしまうそうです。
「しかもプロ部門では、平民部門よりも品質の高い素材を使っているだろうから、これよりもっと高い値が付くはずだって姐さんは言ってたんすよ」
やはりお料理のプロの方ともなれば、良いものを作ろうと素材の品質を高めるために、値段もそれ相当になってしまうそうです。
「大銅貨でも私にとっては大金なのに、それ以上……」
「しかもよ。当日は20〜30位のお店が出るみたいだから、仮に全部食べようと思ったら……っね?」
「って訳だから、僕達は今から大会までの間に、出来るだけ稼ごうって話になったんすよ」
2人の話を聞いて、コクコクコクコクと私は頷きました。
「分かりました。
お兄ちゃんやフロスティアさんの話を聞いて、私が適任だと思います。
むしろ、いっぱいプリンを食べたいので、お兄ちゃんには頑張って稼いできてほしいです!」
「おうっす! それは任せるっす!」
「それじゃあ、明日の話に移るけどーー」
その後は軽く説明を受けて、その日は解散となってしまいました。
寝る前などは、あの時は変なテンションになってしまい、安請け合いをしてしまったと思い悩みましたが、今となっては後の祭りです。
この後のプリン大会を楽しむために、私、頑張ります!
「よし、なるべく自然に。自然に!」
そうして、昨日打ち合わせをした通りに、私はお昼の鐘に合わせて教会へと来たのでした。
今回の小話
サ「ちょっと待ってください。平民部門でその金額ならば、プロ部門や貴族部門ではどれくらいの金額になってしまうのでしょう?」
ザ「うーん。やっぱり、銀貨とか金貨になるんじゃないか? 明日会えたら、ちょっくら姐さんに聞いてみるよ」
次の日
ザ「姐さん曰く、どっかの貴族がドラゴンの卵、ドライアドの蜜、大量の砂糖、さらに貴族でも高額商品の牛乳を使ったって噂があるらしいっすから、白金貨に上るだろうって話だったっす」
サ「えっと、何その高ければ良いだろう精神。それに貴族部門だけは出品者が自腹になる様なルールだったけど、その人大丈夫なのかな?」
ザ「……さぁ?」
サ「ですよねー」




