第60話 とろける女
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「これって何で作られているのかしら? 木でもないし陶器でもない。ましてや鉱物系でもないのよね?」
そう言ったフロスティアが持っているのは、コンビニでお弁当を買う時に付けてもらえる、プラスチックのスプーン。
「確かに、俺も見た事が無い素材だな」
フロスティアがスプーンをクルクルと回してみたり、スプーンの待つところを触ったり弾いたりして確認しているのを、ドルネゴも一緒になって、ワインを飲みながら観察している。
結局、ドルネゴは欲望には敵わなかった様だ。
「確かにフロスティアが言ったどの素材では無いけれど、何と説明したらいいものか……」
こっちの世界で説明するならば、プラスチックで出来たスプーンや、化学物質で作られているスプーンと説明できるのだが、異世界の住人であるフロスティア達に説明するのは難しい。
「それはこっちの世界には存在しない素材で作られたスプーンだよ。
軽くてある程度丈夫なうえに、安価で大量に作る事が出来るから、蒼達の世界では当たり前の道具って事になるね」
俺がスプーンについての説明に悩むまでもなく、アイオーンが簡潔に説明をしてくれた。
おそらく神様ネットワークで、スプーンについての知識を拾ったのだろう。
「なるほどなぁ。確か魔法や魔物の存在しない世界の代わりに、それらとは違う物を代用しているんだっけか」
「まぁそう言うこった。
俺はドルネゴ達の世界の魔法とかについてはさっぱりと理解出来ないのと一緒で、こっちの世界の科学って物を説明しても、おそらくちんぷんかんぷんだと思う」
なんせ科学を勉強しても、科学に特化していない俺がちんぷんかんぷんなのだから、科学の知識が無いドルネゴ達は、もっとちんぷんかんぷんになるのが分かる。
「確かにそこの部分以外でも、私達が理解出来ない物は沢山あるわ。例えば、天井から冷たい風が吹いてくるのとか、夜なのに昼間の様に明るくしている、あの沢山ある照明とか、この椅子やテーブル私の知らない素材で作られた物ね。
けれど、私はこの世界の食べ物やコスメ品には大歓迎なのよ。たとえ、理解の範疇を超えていたとしても。
だから、私にとってはそれだけで充分なのよ? 充分なんだけれど、それでもやっぱり雑誌に載っている服もコスメ品もバックも小物類も気になるのよねぇー。
そりゃあコンビニでは取り扱っていない物ばかりだもの、向こうの世界に持っていけないのは分かっているんだけれど、でも女だもの。
やっぱり気になるのよぉ〜」
最近エロ本を買い占める王様と同じ様に、アイリーンも女性誌を熱心に読んでいる時がある。
ただ、女性誌の半分くらいが付録付きの雑誌で、付録が付いている雑誌はテープで留めてあるので中を読めない様になっている。
だからそれ以外の雑誌をパラパラとめくっているのを、何度か見た事があった。
必死の形相で。
「雑誌に載っている服装とか髪型とか、私の常識の範囲外がほとんどだったのよ。
あんなに肌を出した服装とか、カラフルな色の組み合わせとか、見たことも無い物がほとんどだったのよ。
だからコスメとかは無理でも、服のデザインとかなら私でも出来るから、参考になりそうな物は向こうで私が流行らしたいと思っているのだけれど、よろしいかしら?」
最後はアイオーンに向かって言ったアイリーンは、熱意に燃えた目でアイオーンを見つめている。
「あっ、僕? うーん、僕は別にどっちでもいいと思うよ? デザインだけの話だろう?」
「その通りですわ。流石にこちらで使われている素材は手に入らないのは分かっています。
それ故に、雑誌についている付録のバックや小物も泣く泣く諦めていますの。
だって、たとえ手に入れたとしても、誰にも見せられない物なら意味がないもの」
「あぁー。俺の嫁達も、新しく買った服や小物は、近所の連中に自慢しに行ったりすることがあるな」
アイリーンの言葉に、この中で唯一の既婚者であるドルネゴは、ウンウンと納得した様に同意する。
「そう。女は自分が着飾った姿を他人に見せびらかしたい生き物なのよ!
綺麗になった、美しくなった自分を個人でひっそりと楽しむのではなく、人に見せて賞賛されたい生き物なのよ!
フロスティアも分かるで……しょう」
同じ女性であるフロスティアに向けて言った言葉の筈が、最後は魂が抜けたみたいになっている。
「ん? どうしたアイリーン。フロスティアに何か……」
何かあったのか? と、俺はそこまで言いたかったのだが、俺に背を向けているフロスティアの顔を見ようとして固まった。
「何だ何だ2人とも。いきなり固まってどうした?」
「あはは。ドワーフであるドルネゴには分からないかも知れないけれど、人間である2人には、エルフのあの顔は効果抜群なんだよ」
ドルネゴとアイオーンは平常心であったが、俺とアイリーンは言葉が出ないくらいに釘付けとなっていた。
目の前で、恍惚となってとろけた顔をしているフロスティアに。
「んふぅ。これ、これ美味しい」
うっとりとした顔で見つめている先は、先程買った食パンにチョコクリームを塗った物で、四隅の一角は齧られた跡がある。
「ん〜幸せぇ〜。あんなに安かったから心配だったけれど、ちゃんとチョコの味がしてるわ。
はぁ、私。これだけでここに来れて良かったと思……えっ、どうしたのよ。2人とも」
とろけエルフから一転。
怪訝そうな顔で俺達を見るフロスティアに、未だにさっきの恍惚とした表情が頭から離れない俺の代わりに、アイオーンが笑いながら言った。
「ぷーくすくす。フロスティアさ、さっきの顔は人間には目に毒なんだよ」
「えっ? そんなにヤバイ顔していたの?」
ピタリと頬に手を当てて、記憶にございませんと言うように聞き返すフロスティア。
「してた、してた」
「む? 俺は何も感じなかったが?」
この中でただ1人、フロスティアの恍惚顔を見ても何とも思わなかったドルネゴだけが、首を傾げる。
「それはドワーフの美醜の差じゃないかな? ドルネゴはさっきのフロスティアの恍惚とした顔を見ても何とも思わなかったのかもしれないけれど、この2人には目を、言葉を奪われてしまう程に見えてしまっていたんだよ」
「なるほど。だったら俺には永遠に分からねぇ話だな」
「だろうねぇ」
ドワーフとエルフにとっての美醜の差はかなりある様で、ドルネゴにとってさっきの顔は何ともない事であり、俺みたいに心を奪われるなんて事は無いらしい。
「えっ。でも、蒼達にはある意味毒みたいな物でしょう? だったら気を付けるわ」
そんな中、当事者であるフロスティアは深刻な顔で、チョコクリームが付いた食パンを置いた。
「おやおや、何でだい?」
「だって、さっきの私の表情って、蒼やアイリーンが見たら結構ヤバイ事になっていたんでしょう? そんな顔を曝け出すだなんて恥ずかしいじゃない。
それに、ここにはこの2人以外の人間も来るって話だったから。私、人にジッと顔を見られながらご飯食べるのって無理だもの。
だから、これは向こうに戻ってから食べるわ。こっちのチョコもね」
「……悪い。そうしてくれると助かる」
やっと普通にフロスティアの顔を見れる様になったので、俺はフロスティアに謝った。
「別に気にして……んんっ! これ美味しいわね。ん? これってじゃがいもよね? ねぇ、これって何味なの?」
チョコクリームのパンは諦めて、ポテトサラダを乗せた食パンを頬張ったフロスティアは、むぐむぐと可愛らしく口を動かしながらも頭に?を浮かべる。
片頬を膨らませたその顔は可愛らしいが、先程のチョコクリームのとろけ顔に比べると雲泥の差だ。
「それはマヨネーズって言う調味料だよ」
「食べた事無い味だけど、私、そのマヨネーズって調味料、好きだわ」
「ちなみに、マヨネーズはここでも買えるぞ」
「なら、買うわ」
今回の小話
蒼(それにしても、さっきのフロスティアのとろけ顔は凶器だったな)
ア「いやぁ〜ん!チョコクリーム落ちちゃったー」←フロスティアから貰った。チョコクリーム多めで4分の1の食パン。
ただし、チョコクリームが多く谷間に落ちた。
蒼(こっこれは!これも直視出来ないほどに効果は抜群だ!)
フ「ど、どうしましょう?服にも付いてますよ!」
ア神「大丈夫だよ。スライムに取って貰えばいいのさ〜」
ド「なるほど! 確かにあのスライム達なら出来るな!」
蒼(くそう。アイオーンめ!こっちをニヤニヤした顔で見るんじゃねぇー!)




