第46話 ザック回想記。その5
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人で賑わう大通りを、ザックは走っていた。
「ハァ、ハァ。母さん。サーナ」
アイリーン御用達のお店がある場所は、普段ザックが使う道では無かった為、ザックが分かる大通りまで連れて来てもらった後、その場でザックとアイリーン別れた。
「ここまで来れば分かるかしら? 早く家族の元に帰りなさい」
「はい! 色々とありがとうっす! あっちでもお礼しますね」
「うふふ。楽しみしているわね、ザック。ではまたね」
そのまま疲れている体に鞭を打ち、シーナとサーナが住み込みをしている『黒足亭』まで走っていた。
「ハァ、ハァ」
『黒足亭』まで辿り着いたザックは、そこで一旦立ち止まり、乱れた息を整える。
お昼時の店内は客でごった返すので、シーナとサーナは給仕として働いている。
なのでザックは息を整えると、従業員用の裏口からではなく、正面の入り口から店内に入った。
『カランカラン』
扉に備え付けてあるベルが鳴ると共に、正面に立っている女の子が振り返った。
「お、兄ちゃ……」
元々大きい目をこれでもかと見開いてザックを見るサーナの目が、みるみる涙で濡れてくる。
「へへ。ただいま、サーナ」
サーナの顔を見た事で、今まで張り詰めていた糸が切れた様に、安心した顔でにへらと笑うザックの胸元に、サーナが抱きついた。
「お兄ちゃん! お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん」
「あぁ。お兄ちゃんだぞ」
ぎゅうぎゅうとザックを抱きしめるサーナに、ザックも上から覆い被さる様に抱きしめる。
そんな2人の声や様子に気が付いた店内が騒めき出すのと同時に、奥の方から母のシーナが出て来て、ザックとサーナの元に駆け出すと、2人ごと抱きしめた。
「あぁ、ザック。良かったわ。あなたが生きて帰って来てくれて本当に良かった。本当に……」
嗚咽でそれ以降の言葉が続かなかったが、2人から抱きしめられる力の強さで、シーナとサーナがどれほどザックを心配してくれていたかが分かり、みるみる目に涙が浮かんでくる。
「ぐすっ。怖かった。もう2度と会えないんじゃないかと思って怖かったんだ」
ぽたぽたと溢れる涙を拭いもせずにザックは自分の心境を話すと、魔の森で仲間に見捨てられてから、モスキィーに追われて死んでしまうのではと考えた場面までが浮かんで、どんどん涙が止まらなくなる。
「ううっ。母さん。サーナ」
あの絶望の恐怖を思い出さしたザックは、恐怖で震える体でシーナとサーナを抱きしめながら、ワンワンと店内の、しかも入り口で泣き出してしまい、それにつられた様にシーナとサーナも泣き出してしまう。
これには店内の客も、何だ何だとザック達に注目し、ざわざわと騒がしくなってきたタイミングで、店主のイーサンがキッチンから出て来た。
ムキッとマッチョなイーサンは、身寄りが無く、働く場所も住む場所も無いザック達を、快く受け入れてくれた人である。
「全く、店先で何をやっているんだか」
イーサンも元々が農家で、昔、家族の反対を押し切り冒険者となったのだが、Aランク目前で大怪我を負い、冒険者に復帰する事が出来なくなった。
その時の仲間は、最初はイーサンに優しい言葉を掛けたり、心配して見舞いには来たりしていたのだが、もう一度武器を持って戦う事が出来ないイーサンを見限って、別の街へと移ってしまった。
その後完治するも、体に治らない傷を負ったイーサンは、わだかまりから家族の元へも帰れずに、治療費と生活費の為に日雇いの仕事をしていたが、だんだんとそんな生活に荒んでいった。
そんな時、元々親交があったここの宿屋の娘に、ここで仕事をしないかと声を掛けられた。
そこからしばらくしないうちに交際が始まり、今では三児のパパである。
そんなイーサンだからこそ、生活に苦労している人を見捨てる事が出来なかったし、いつ死ぬかもしれない冒険者になったザックの事を、心配する家族の気持ちも分かるのだ。
なんせ自分も、大怪我を負い生死を彷徨ったのだから。
しかし、今は昼の営業中で忙しい時間帯だ。
そんな時に店の中で、しかも入り口で泣いているのは困るので、イーサンは心を鬼にして言った。
「そろそろ店の邪魔だから、仕事に戻ってくれ! ……そういうのは、仕事が終わってからだ」
家族の再会は感動の場面ではあるが、それを客側は知らないのだから、せめて仕事が終わってからにしろとイーサンは言うと、踵を返してキッチンへと戻って行った。
「もっ、申し訳ありませんでした。さぁ、サーナ。仕事に戻るわよ。ザック、後で詳しく話を聞かせてちょうだい」
そんなイーサンを見送ったシーナは、慌ててエプロンの裾で涙を拭うと、今も抱きついているサーナとザックに声を掛けて、急いで仕事へと戻って行った。
サーナもザックから離れると、両手で涙を拭った後に見上げて微笑む。
「お帰り。お兄ちゃん!」
「あぁ。ただいまサーナ」
2人してニコリと微笑み合うと、サーナも仕事へと戻って行ったので、ザックは家族で使っている部屋へと向かった。
『黒足亭』は比較的大きめの宿屋であり、一階はキッチンや食堂で、二階は従業員の部屋や物置として使っている。
そして三階から五階までの部屋を、お客さん用に使っている。
その二階へと向かうには、一旦店の中から中庭へ向かって外に出て、隣にある扉から専用の鍵を使って二階に上がるのである。
鍵は従業員とその家族に渡されているものなので、それ以外の人間が二階へと入れないようになっている。
ザックは首に掛けているその鍵を使い自室へと向かうと、ガラクタとなってしまった防具やポーチなど、身に付けていた物を次々と外すと、ボフンとベットへと飛び込んだ。
うつ伏せで暫くそうしていると、モゾモゾと胸元が蠢いたので仰向けになると、服の中に手を突っ込んで原因を取り出した。
「サナァー!」
「ちょっと、押しつぶさないでよ!」と言いたげに怒るサーナ。
「アハハ。ごめんごめんって。わざとじゃないんすよ、サーナ」
ザックはごめんと言いながら、つるんと撫で心地が良い8-10スライムのサーナを撫でる。
「サナー?」
「本当かなぁ」などと言っていそうなサーナを撫でながら、サーナと出会ってからの事を考える。
「あそこで僕は死ぬかもしれないって思ったけれど、サーナと出会って、アイリーンの姐さんや蒼、それに神様のアイオーン様に出会って、今の僕は無事に家に帰れた」
「サナッ」
「そうだね」と言っているように、相槌を打つサーナ。
「全部偶然とはいえ、お前と出会ったおかげだな」
ここで仰向けで寝転んでいたザックが起き上がり、正面にサーナを置いて座りなおすと、真面目な顔でサーナと向かい合う。
「ありがとう。愛しているぞ! サーナ!」
「サナー!」
そして感謝の言葉と、愛の言葉を言い終わるのと同時にサーナに抱きついたタイミングで、扉がガチャっと開き、そこには妹の方のサーナが立っていた。
「えっ……お兄ちゃん。あっ愛してるって……」
「あっ……」
サーナの頬が徐々に赤く染まり、手に持っている桶からチャポチャポと水音がする。
サーナは薄汚れていたザックの為に、お湯が入った桶とタオルをここまで持って来たのだが、ちょうど部屋に入ったタイミングで、ザックの愛の言葉を聞いてしまったのだ。
しかもザックの方は、生還した事により、それを引き起こしたスライムのサーナに対してのテンションが上がって、愛の言葉の時に声が大きくなったので、それよりも前の会話は扉が邪魔をして、サーナは聞いていなかったのである。
「……」
「……」
「……」
「……あっ、えっと。ここに桶とタオル置いておくからーーー!」
気まずい沈黙に耐え切れず、先に根を上げたのはサーナの方で、床に桶とタオルを置くと足早にその場を去って行った。
「あっ、サーナ!」
思わず呼び止めたザックであるが、その声はもうこの場にいないサーナには届かない。
「……あぁ、やっちまったぁー」
「さな?」
妹に盛大な誤解を生んでしまった事実に、ザックは頭を抱えて呻いた。
今回の小話
次の日の朝
ザ「……」
妹「……」
ザ「……」
妹「……」
ザ「あの、サーー」
妹「私、仕事があったんだわ。行ってくるね」←慌てて席を外す
ザ「あっ」
母「貴方達、昨日から変よ?何かあったの?」
ザ「……いや、大丈夫。今日どうするか聞いてくるから」
母「?」
さぁ、今回でザック回想記は終了です!
次回から蒼目線で話が進みます。




