第43話 ザック回想記。その2
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「なっなんでここに姐さんが?」
「うふふ。驚いたかしら?」
普段のアイリーンであったら、王都から一歩も出ない生活をしており、さらに今の時期は、女性特有の体調不良が彼女に襲いかかっていたのだが、運良くまだその症状は出ていなかったので、アイリーンはザックの為に魔の森の入り口にまで来ていたのである。
「おう姉ちゃん。そいつが待ち人か?」
微笑むアイリーンの隣には、大剣を背負った壮年の男性がおり、どうやら早朝からずっと悪い虫が付かない様に、アイリーンの護衛として一緒にいたようだ。
「えぇそうよ。暇つぶしに付き合ってくれてありがとうね」
「なに。良いってことよ」
待合馬車でアイリーンは1人でここまで来た時に、この壮年の男性も一緒に乗り合わせていた。
一緒に乗っていた乗客達は、冒険者には見えないアイリーンの見た目に目を奪われており、馬車内にいた男性陣がチラチラと目を奪われるほどで、下品な笑い声や視線が飛び交っていた。
森まで辿り着いた後もずっと入り口で佇んでいるアイリーンを怪訝に思い、ついでに美人であったことから男性は声を掛けて、今に至るという訳である。
「じゃあ俺はクエストがあるからもう行くが、帰って来たら姉ちゃんの店に遊びに行くわ」
「えぇ。お礼にうんとサービスしちゃうから、是非遊びにいらしてね。チュッ」
そう言って片手を上げながら男性は魔の森に入り、それを見送るアイリーンは投げキッスを送って、男性が見えなくなるとさっさと待合馬車に向かった。
「ほら、ザック。ぼけっとしていないで付いて来なさい」
「はっはい!」
ぽけっと男女のやり取りを見ていて出遅れたザックは、アイリーンに呼ばれて小走りで後を付いて行った。
待合馬車は、草原の中に雑草などを抜いて更地を作った場所であり、そこには木の看板で行きと帰りの時間が記されている。
もうすでに昼前となっている今は、待合馬車で待っている人がほとんど居ない時間帯で、1時間に一本しか馬車は来ないほどだ。なので、ここで次の馬車を待つ事になった。
本当は歩いて帰る事も出来るのだが、王都までは徒歩で1時間近くも歩かなければならないうえに、日の出から動きっぱなしのザックは疲れているので、次に来る馬車を待つ事にしたのである。
「それで、姐さんは何でここに? お店にいるんじゃないんすか?」
待合馬車に置いてある倒木で、簡単に作られたベンチに2人で座ると、ザックはアイリーンを心配しながら聞いた。
アイリーンの職業を知っているザックは、多少の危険が伴う門の外にアイリーンが来るとは思ってはいなかったので、ここで会うとは思ってもいなかったのである。
「ほら、私達一応向こうで顔見知りになった訳じゃ無い? だから、かな? それに、あのお店で買った対策商品を見て、戦果がたんまりと手に入りそうな予感がしたのよ。
だから、ここで恩を売っておいて、アイオーン様までとは言わないけれど、次に向こうで会った時にーー」
「アハハ。分かりました。分かりましたよ。次に向こうで会った時に奢りますよ」
「うふふ。やったぁ。それじゃあお礼に私手作りのお弁当をあげましょう」
昨日のたった一回しか会っていないが、アイリーンはザックの事を、数少ない特殊な環境にいる仲間と認識していた。
そのザックが絶望の淵にいるのを目の当たりにして、コンビニで希望を宿して戻って行ったのに、そのまま戻ってこれなかったら寝覚めが悪いとも感じていた。
そのモヤモヤした気持ちが残ったまま自室に戻ったアイリーンは、1つため息を吐くと、色々と大変だろうザックの為にキッチンへと向かって、お弁当を作っていたのだった。
「わぁ、まじっすか! ありがとうございます。あっちの食べ物を一回食べたら、こっちの保存食の不味さに涙が出そうになりましたよ」
駆け出しであるザックが持っている保存食とは、味を犠牲にした分、安価で保存がきく物となっており、ザックのような駆け出しや、貧乏人で腹に溜まれば何でもいいと言う人以外は、あまり買わない商品でもある。
「分かるわぁ。向こうの食べ物って味が繊細なのに、色々な味が複雑に絡み合っているのよね」
「そうなんすよ。僕牛丼とコロッケパンってやつしか食べてないんすけど、塩だけのスープや塩やハーブで味付けした肉とは比べ物にならないほど美味しかったす!」
「それと比べられると困るのだけど、馬車を待っている間に食べましょう」
そう言ってキッシュから木網のカゴを取り出したアイリーンは、そのカゴの中からマッシュしたポテトサンドと卵サンドを取り出した。
こちらの世界で流通している少し硬い丸パンを厚めに切り、真ん中辺りに切り込みを入れると、その中に具材を挟んだシンプルな作りだが、この世界では流通していないマヨネーズと、富豪や貴族でさえも手に入りにくい胡椒で味付けをしている。
「んっ! これ美味しいっすよ! 初めて食べる味っす!」
「これね、卵と芋を潰した物に、まよねーずって言う調味料と、胡椒で味付けした物なの」
「えっ! これ胡椒が入ってんですか!」
「そうなのよ! まよねーずと胡椒はコンビニで売られているから、ザックも買えるわよ!
だって両方合わせた値段でも、大銅貨1枚くらいにしかならなかったんだもの」
「ええええええ! めっちゃ安い!」
2人でサンドイッチを食べながら、コンビニの食べ物について熱く語り合っているうちに馬車が来た。
「1人大銅貨1枚だよ」
お金を払い御者以外は無人の馬車に乗り込むと、ガタガタと揺れる馬車の中で、ザックに伝える事があったのを忘れていたアイリーンは、思い出したとばかりにポンと手を叩くと、ザックの耳元で囁いた。
「ねぇザック。私聞きそびれていたのだけど、戦果ってどれほどになったの?」
「……戦果って、集めたモンスターの死骸の事っすよね? ちょっと待ってて下さい」
アイリーンにつられてザックも小声で答えると、サーナにインベントリの中のモンスターを検索してもらい、サーナの頭上に表示されたウィンドウの数を読み上げた。
このウィンドウは契約者が許可しないと見れない代物なので、「盗み見出来ない様に安全対策はバッチリである」とは、アイオーン談である。
「えっと、モスキィーが52匹。スモールモスが4匹。パープルモスが1匹。イエローモスが2匹。偵察アントが1匹。シェルインサイトが6匹ですね」
道中で倒した虫系モンスターは数匹程度で、残りの殆どが蚊取り線香の煙にご臨終したモンスターだ。
「……あらら〜。大量じゃない。集めるだけでも大変そうね」
ザックが読み上げた内容に、一瞬目を丸くしたアイリーンであったが、すぐに正気を取り戻すと、ザックがしたであろう事を想像して、同情の眼差しを送る。
「そうなんすよ。目が覚めたら辺り一面虫の死骸ばっかりで、しかも足がピクピクとまだ動いていたんで、思わずキモッて言っちゃったくらいっすよ」
「そうね。目覚めて直ぐにそれは見たくない光景ね」
「そうっすよ。あぁー思い出しちゃった」
2人して大量にある虫の死骸を想像してしまい、鳥肌が立った体を必死で摩る。
「うーん。ねぇザック。この後冒険者ギルドに行くのかしら? それとも家族に1番に会いに行くのかしら?」
「冒険者ギルドに行くっす。僕が持っていた手持ちのお金は、全部向こうのお金にしちゃったから、冒険者ギルドに行ってお金に換金したいんすよ。
それで、心配させた母ちゃんとサーナの為に、何かお土産でも買って帰りたいなって」
無事に魔の森から出られたザックは、昨日まで感じていた恐怖も、無事に生還した事で薄まっている。
それに、心配を掛けたであろう家族には、何かお詫びの品を渡したいと考えたので、先に現金調達の為に冒険者ギルドに行こうと思っていた。
「そう。なら、これは私のお節介なのだけれど、今日お金に換金するモンスターは、10匹以内にしておいた方がいいと思うの」
「ふぇ?」
思っても見なかったアイリーンの言葉に、ザックは間抜けな声しか出せなかった。
今回の小話
森の入り口での一幕。
男A「ぐへへ。色っぺー姉ちゃんだな!おい姉ちゃーー」
壮年の男性「おう姉ちゃん。こんな所で一人でどうしたんだ?冒険者じゃないだろ?」
ア「あら、逞しい方。私はここで人を待っているのよ」
壮「ほーん。直ぐに来るのか?」
ア「それがちょっと分からないのよ」
男A「ぐぬぬ。儂が声をかけようと。おい、そこのお前ーー」
男B「わぁーー!頭、ちょっと待って下さい!あいつは確か……ですよ!」
男A「なっ何!あいつが……」
壮「なら、俺が待っている間の暇つぶしになろう」
ア「まぁ、よろしいの?」
壮「なぁに。こんなに美人な女性に出会えたんだからな。直ぐに別れるのはもったいないじゃないか」
ア「まぁ!」
すごすごと森に撤退する男達。
その男達を睨みつけたり、蹴り飛ばしたりする女性達。
そして待合馬車にはアイリーンと壮年の男性だけが残った。




