第40話 若いなぁ
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「まず先に、この5000円で殺虫剤を買っておかないとな」
「うっす。お願いします」
ザックが持っていた小銀貨を5000円にすると、ザックを伴って殺虫剤が置いてある棚へと向かった。
いまここに置いてある殺虫剤は、電池式タイプとスプレータイプの種類が多く豊富だ。
いかんせんここは田舎なので、視線の奥には必ず山があるし、畑もある。それに2、30分移動すると川で遊ぶこともできる。
故に、暖かくなると色々な虫が出てくるのだ。
なので農作の作業前に使用する、虫が近寄ってこないタイプのスプレーと、縁側を開けっ放しにしている家が多いので、電池式タイプの殺虫剤が売れているのだが、素材が欲しい今回は、近寄ってこないのは困るのと、森の中では電池式が使えないので、今回ザックに勧めるのは近寄る虫を殺す系の殺虫剤の、スプレータイプと蚊取り線香を勧めた。
「はいこれ。あとはこれも必要だな」
蚊取り線香を進めたので、ついでにライターも1番安いやつをザックに持たせる。
蚊取り線香があっても、これが無いと使えませんからね。
「見たこと無いものばっかっす。これもどうやって使ったらいいやら」
俺が手渡した3点を両手に持って見比べたザックは、使い方が想像できていないのだろう。難しそうな顔で見ている。
でも、ごめん。それ、メッチャ簡単っす。
「使い方は買った後に説明するよ。これで大体1500円くらいだから、あとは水と夕飯でも買っていくか?」
「あっ、そっすね。僕腹ペコペコっす」
そう言って後ろにあるウォークインの中から、2Lのペットボトルを2本買っていけとザックに勧める。
「えっ! 2本もいらないっすよ。1本で充分っすよ」
ズッシリと重い天然水を持ち上げて、これで充分だとザックは言うが、このままの価値観では正直に言って、冒険者をやり続けるには不安過ぎる。
「いや、絶対にその量だと足りなくなると思うぞ?」
「えぇ〜。そんなまさかぁ」
俺の話を信じていないザックだが、頭は悪くない。ちゃんと教えてやれば、吸収して自分の力にすることができる。
「まず、このあと向こうに戻ることになるが、向こうはこっちとは時間の進みが半日分ズレている。だから、あと2〜3時間したら日が暮れるはずだ」
「確かにそっすね。僕が向こうにいた時は、まだ昼前だった気がするっす」
「だから、日暮れ前に自分の寝床を確保しないといけないから、その分の労働で水が欲しくなると思う」
他にも飲み水以外で必要になるだろうと教えると、ふんふん言いながら話を聞いていたザックは、2本分の水の購入を決める。
「はい、カゴ」
「あっ、ありがとうっす」
殺虫剤と水を2本は待ちきれないので、カゴに移してから夕飯と、明日以降の食べ物を選ぶために、カップ麺、パン、おにぎりからチルドなどを順に見ていく。
「いやー。僕、飲み水以外での使い道を考えたこと無かったっす。確かに料理にも水は必要ですし、洗い物にも水は必要っすね。それにモンスターを解体する時にも、血を洗う用の水は必要なんですよね」
昨日までランクの低かったザックは、半日も掛からない簡単なクエストしかしていなかったので、今回の様な、遠出のクエストに出ること事態が初めてで、必要最低限の準備しかしていなかったそうだ。
「冒険者ギルドとかには、講習みたいなのは無いのか?」
「あるっすよ。けど、週に一回の講習に大銅貨1枚が掛かるっすから、あまり受講しようとする冒険者は居ないんすよ」
ギルド的には、特に初心者には講習を受けてもらいたいが、その初心者は武器や防具の充実を図りたいために、なかなか講習に来る人が居ないのが現状らしい。
ただ、講習で習うことを聞いた限りでは、初心者にこそ必要な知識が詰まっている様に感じる。
「けど、必要なことは先に知っておいた方が良いってことは覚えたんだから、1回は受講した方がいいだろうな」
「そっすね。今回のことで身に沁みたんで、無事に帰れたら行ってみるっす。それにしても、見たこと無い食べ物がいっぱいっすねー! うぉぉぉぉ! 蒼さん! これ肉っすよ!」
チルド弁当付近を案内していたら、ザックのテンションが上がり、牛丼を俺に向けて見せてくる。
「そうです。牛丼ですから肉です」
「ふぉぉぉぉ! これも、これも肉じゃないっすか!」
牛丼、カルビ丼、ネギ塩カルビ丼を指差しては、歓声を上げたザックは、いそいそとその3つを買い物カゴに入れようとしたので、慌てて待ったをかけた。
「ちょっと待てーい!」
「なっ! 何すか?」
俺に止められてキョトン顔になるザックだが、キッチリと3つとも買い物カゴの中に入れてしまった。
「いやいやいや、お前弁当も3つは要らないだろう?」
「いやいやいやはこっちっすよ! 肉っすよ? 肉! 買わないと損でしょう!」
肉肉言うザックに若いなぁなどと思いつつも、所持金があまりないザックには、弁当も3つは要らないし、それにいま買っても食べるのが明日ならば、賞味期限が確実に切れるので、ここは心を鬼、改めて母になって、ザックに戻すように叱る。
「ザック。いま必要なのは夕飯の弁当なので、いま食べない分は戻しなさい」
「いや、これは明日の朝と、もしかしたらの昼用でーー」
「明日冷たい弁当を食うのか? 絶対に温めて食べた方が何倍も美味いぞ?」
「えっ……。あっ、それはそうっすよね」
「それに、明日もこの時間には来れるんだから、慌てて全部食べる必要は無いと思うぞ」
「うす。……んと、これとこれを戻すっす」
そう言って牛丼だけを手元に戻したザックは、名残惜しそうにWカルビ丼を見た後にレジで会計を済ませ、商品が入ったレジ袋とレンジで温めた牛丼を持って、アイオーン達の元へと向かう。
「さて、それじゃあこれの説明をするんだが、ザックは食べながら聞いててくれ」
「うっす!」
アイオーンに牛丼の食べ方を教わったザックは、牛丼の匂いを嗅いで、ゴクリと喉を鳴らしている。
そんなザックに、聞いている間は待て! をするのは可哀想なので、食事とともに聞いてもらうと言えば、はち切れんばかりの笑顔で牛丼を頬張った。
「んんぅーー! うっまー!」
スプーンで大きな一口を食べたザックは、幸せそうにガツガツと牛丼を貪るが、こちらに注目してもらわないと困る。
「はいはい。ザック。牛丼が美味しいのは知っているから、こちらに注目。使い方の説明をするぞ」
「んぐふ! ハイっす! よろしくお願いします」
「おけ。それじゃあまず、これの使い方からなー」
ザック以外にも、アイオーンとアイリーンも興味深そうに、俺が手に持ったスプレータイプの殺虫剤を見ている。
「まず、これは虫に向かって、毒になる成分が入っている煙を噴射する道具だ。ここをこうして、ここの部分をこうするとーー」
実際に人が居ない場所目掛けて、軽く実践してみせる。
『ブシューー!』
「ほほー」
「おおっ!」
「まぁ!」
「このように煙が出る。だから、虫が煙の範囲に入ったら躊躇わずに使え」
「了解っす!」
「さて、次は」
1秒ほどですぐに噴射をやめてテーブルに置き、次の蚊取り線香とライターを取り出す。
「これは蚊取り線香って言って、虫が苦手な煙を出す道具なんだ。こっちはライターで、この部分を押すと火が出る」
カチッとスイッチの部分を押すと、ポッと火が灯る。
このライターに関心を示したのは、アイリーンだった。
「こんな簡単に火が使えるだなんて、そのライターって便利なのね。向こうだと属性が無いと魔術は使えないし、魔石も高いのよねぇ」
「へーそうなんだ。これは100円で買えるけれど、これくらいの火しか出ないから、火種くらいにしかならないんじゃないか?」
「だから、外で活動する冒険者には最適な道具ってことでしょ」
「あぁ! なるほどっす」
俺とアイリーンの話を聞いたザックは、ふんふんと頷きながら牛丼を食べる。
「でだ。この蚊取り線香なんだが、これはザックが就寝中に使うのがオススメだな」
「就寝中っすか?」
「そう。これはさっきのライターで、端の方に火を点けて煙を出して使うんだ。その煙が漂っている周囲には虫が寄ってこないから、就寝中に使うのがベストだと思うんだ。それでも来るやつはサーナが弾けばいいんだからな」
「なるほど。僕が寝ている間はその煙が守っているってことですね」
「そういうことだ」
そんなことを話し、無事に魔の森から抜けるための話し合いを交わしたあとに、明日の分のパンとサラダを買ったザックは、異世界へと帰って行った。
今回の小話
ザ「蒼さんに聞いた腹が溜まる系のコロッケパンと、あとはーー」
ア「サラダにしなさい」
ザ「えっ?」
ア「サラダにしなさい」
ザ「いや、サラダって高いじゃーー」
ア「栄養バランスを考えて買わないと、若いからって油断しているとね、あっという間に太るんだから!」
ザ「あっはい。サラダ買いますね」
アイリーンの迫力に負けるザック。
アイリーンは栄養価の高いコンビニの商品を食べ続け、彼女的に許容出来ないほど太った。




