第37話 恐怖! 魔の大森林・蟲(異世界side)
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(やばい、ヤバい、ヤバイ! このままだと死ぬ。確実に死ぬ。
ってか、アイツら俺を置いて先に逃げやがって! ふざけんな。俺はこんな所で死なない。絶対に生き延びてやる!)
D級冒険者になって、初めて会った人達とクエストに出ていたザックは、死に物狂いで森の中を走り回っていた。
後ろを振り向かなくてもわかる、おびただしい数の虫の羽音に、恐怖で全身に鳥肌が立つが、止まってなどいられなかった。
ザックがいるのは魔の大森林。
歪んだ円形の形をした大森林は、大まかに5つの陣形に分かれている。
大森林の中央は山になっており、その山全体に様々なドラゴンが縄張りとして徘徊している場所で、言い伝えによると、ドラゴンの機嫌が悪いと、山が噴火を起こすと言われている。
そしてその下の森の部分は、それぞれ4分割で獣、鳥、爬虫類や両生類、蟲のモンスターの縄張りとなっている。
その森の中でザックがいるのは、暖かくなり大発生した蟲の縄張りであった。
事の発端は数10分前。
「なぁ、本当にここを突っ切って大丈夫なのか?」
「大丈夫だって! 俺達は何回もここを通っているんだ。俺達を信じろって」
「……ああ、そうだな。俺、ここに来るの初めてだから、ビビってたみたいだ」
ザックは見習い期間のG〜Eを卒業して、初めてD級クエストである『魔素草の採取』を達成するために、魔の大森林に入った。
今回のクエストの目的である魔素草は、魔素が濃い場所に良く群生している事で有名で、今回も、魔素の濃い中央付近での採取となっていた。
さらに、出会ったモンスターはなるべく討伐して、倒したモンスターの素材を回収し、お金の足しにする予定となっていたため、いま素材の買取が高騰している、蟲のエリアでの散策をしていた。
「でも、ここって不気味ですね」
人の手が入っていない森は鬱蒼としていて、普段、見晴らしの良い場所でしかクエストをしていなかったザックは、辺りをキョロキョロと見渡しながら、男の後を追っていた。
「うふふ。最初は皆そうよ。でも、慣れれば大丈夫だから」
「そうそう。私達だって、もう10回以上ここに来ているけれど、危険な目に合う事も無かったもん」
ザックの両サイドにいる、白魔術師と弓使いの2人が、初心者のザックに先輩風を吹かせながら、ここは安全な狩場だと説明する。
今回のパーティは、ザックを含めた4人で編成されていて、片手剣が武器であるザックは前衛、このパーティのリーダーである男も両手剣を使うので、このパーティの先頭を進んでいた。
ザック以外のパーティメンバーは、今年の春にDランクになっており、この魔の大森林・蟲にも、何回も足を運んで生き残った自負があった。
そして、彼らは知らなかった。
大森林は、季節によってその姿を変貌する事を。
彼らは知らなかった。
春から夏にかけてのこの時期は、蟲の魔物が大量発生するという事を。
『『『ブ〜〜ン。ブ〜〜ン』』』
「ねぇ、あれってモスキィーじゃない?」
「1、2、3、……って、おいおい」
「ちょっと、何でモスキィーが10匹以上いるのよ!」
「えっ? ちょっと、どうしたんーー」
彼らの進もうとした前方から10匹以上の、蚊を手の平サイズに巨大化させた、モスキィーと呼ばれるモンスターが迫って来ていた。
このモスキィー、1匹程度なら大人1人でも倒す事が出来る雑魚モンスターだが、群れとなり襲ってきた場合、その危険度が跳ね上がる。
理由は、極太の注射針から注入される麻痺毒が、全身麻痺の効果と、痛覚無効の効果を併せ持っているので、目の前のモスキィーに集中し過ぎて、背後から来た蚊に気付かずに刺されてしまった場合、全身麻痺にプラスして、麻酔にかかったような感じになり、自分が何をされているのかが分からないまま、気が付いた時には死んでしまうのだ。
その時の死因は失血死なので、うつ伏せに倒れた場合は気付かずに死ねるが、仰向けに倒れてしまった場合、自分の体に無数の蚊が集るのを見ながら、何の抵抗も出来ずに、恐怖と絶望を抱きながら死ぬのだ。
「何で……。何でこんなにモスキィーがいるのよ!」
「先週来た時にはこんなにいなかったわよ!」
「えっ? えっ?」
「知らねぇよ! クソッ!」
その場の全員が混乱しているのも御構い無しに、モスキィーが前方から10匹以上、さらに左右からもモスキィーと思われる羽音が聞こえ始めた瞬間、ザックを置き去りにしてリーダーが逃げ出した。
「ちょっと、なに先に逃げてんのよ!」
「あなた、このパーティのリーダーですよ!」
「ウッセェ! あんな数、俺達で敵うわけねぇだろうが!」
何が起きているのか分からずに、ポカンと間抜けに立ち尽くしていたザックを置き去りに、先にリーダーが逃げて、それに続いて弓使いと白魔術師も逃げ出した。
「えっ? ちょっと……」
「あんたも早く逃げなさい!」
弓使いはそれだけを言うと、ザックの方を振り向かずに全速力で走り去り、先に逃げ出したリーダーは姿が見えない。
「逃げるって、どこに逃げればいいんだよぉーー!」
今回初めて魔の大森林に入ったザックは、当然のことながら、ここの地理に詳しくない。
クエストの前に下調べとして、大雑把に大森林のことを調べはしたが、初めて入った森で、リーダーの後ろを付いて来ていただけのザックは、マッピングをしながら進む事もしていなかった。
「はぁ…はぁ」
取り敢えずはリーダー達が逃げた方へと逃げたが、道もない森の中で、完全にザックは道に迷っていた。
さらに伸びていた枝や鋭い葉に、裸出している肌が切れて血が流れているが、止血している時間も余裕も無い。
当然、後ろにはまだモスキィーが迫って来ていて、足を止める事が出来ないのだ。
「うわっ!」
数十分間、不慣れな森の中を逃げ回っていたザックは、露出していた木の根に躓き転倒した。
「うゔっ」
盛大にずっこけたザックは後ろを振り向く、もう数十メートルに迫っているモスキィーの大群。
「ははっ。はぁはぁ……俺、ここで死ぬのかよ」
肩で息をするザックは、起き上がろうと手や足に力を入れようとしたが、力が入らずに立ち上がる事が出来なかった。
帰り道も分からずに、がむしゃらに逃げ回っていたザックには、もう逃げ回る体力も、この状況に打ち勝とうと思う精神力も、擦り切れてボロボロになっていた。
「ウゥ……。母ちゃん。俺、まだ死にたくないよ」
家を出る前に、笑顔で見送ってくれた母の顔を思い出したザックは、まだ死にたくはないと、目に涙を浮かべながら、ジリジリと這いずるように逃げる。
「はぁはぁ。俺、まだサーナに謝ってないんだ」
昨日、些細な事で喧嘩した妹に、ごめんと謝っていないと、さっきから走馬灯のように、母や妹の事が頭を過ぎるザックは、ここにいない母や妹に謝りながら、それでもなんとかここから逃げようと、悪あがきを続ける。
『『『ブ〜〜ン』』』
直ぐ側に迫ったモスキィーの羽音。
もう、これ以上逃げる事は出来ない。
「母ちゃん。まだ母ちゃんに親孝行してないのに。
……サーナ、ごめん。ごめんな。こんな兄ちゃんで……サーナ」
妹の名前を呼びながら、少しでも逃げようザックが手を遠くに伸ばすのと、木の影から1匹のスライムが飛び出して来たのは、同時だった。
「サナァー? サッサナー!?」
ザックは偶然飛び出したスライムを、意図せずに握りしめた事で奇跡が起こった。
だが、散々逃げ回っていたザックの意識は、その時にはすでに無かった。
『テロンテロン。テロンテロン』
そして、異世界コンビニのベルが鳴る。
今回の小話
その頃ザックの家では
ガシャン
母「キャ!」
妹「お母さん大丈夫?」
母「えぇ。それよりも、ザックのカップが割れてしまったわ」
妹「えっ……。今日、お兄ちゃんクエストで魔の森に行くって……」
母「そうなのよ。あの子、大丈夫かしら」
次回予告
「傷だらけの冒険者ザック」




