第30話 分からないのでggr
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「……すまん。化粧なんて一回もしたことがないから、どうやって使うのかは分からん」
「まぁ、それはそうよね」
お互いが気まずそうに見つめ合う先には数種類の化粧品が置いてあり、先ほどアイリーンがレジに持ってきた商品だ。
美に関心があるのはこっちでも異世界でも同じなようで、アイリーンは店内を一周回って見た後に、これらの化粧品をレジの上に置いて「これって化粧品よね? どうやって使うのかしら?」と聞いてきたのだが、あいにく生まれてからこれまで化粧の勉強もしたことが無いし、間近で誰かの顔面工事を見たこともないので、多分これはこうやって使うんだろうなくらいの知識しか俺にはない。
そのため正しい使い方が分からないので、アイリーンに使い方を教えられずに気まずい雰囲気が漂っている。
「う〜ん。イラストがあるから大体の使い方は分かると思うのだけれど、どうせならこっちの世界の女性がどんなメイクをしているのか、私見てみたいのよね。これだけ化粧品があるのだもの色々なメイクがあるはずよ」
アイブロウを手に取ってクルクルと回しながらそう言うアイリーンに、俺はポンと手を打った。
「そうだ。ちょっと待ってて」
「えっ?」
俺が使い方をアイリーンに説明出来なくても、出来る人に任せればいいじゃないか!
と言う訳で、アイリーンをその場で待つように言うと、俺はバックヤードに戻り鞄の中に入っているスマフォを取り出して、レジで待っているアイリーンの隣に移動すると、【化粧のやり方】と検索。
きょとんとした顔でこっちを見ているアイリーンに、検索して出た動画の1番上の動画を選択してアイリーンと共に見る。
「まぁ! 蒼、こんな小さい箱の中に人がいるわ!」
「ハハッ。魔法の代わりみたいなもんだと思ってくれ」
『はい、皆さんこんにちは〜。今日は簡単に、誰でもーー』
ファンタジーでありがちな台詞を言うアイリーンに思わず笑ってしまったが、そんなことをしている間に動画は進んで行き、メイク講座が始まる。
『では早速、メイクを始めちゃいまーす!』
「ほら、化粧が始まったぞ」
「……」
「……」
そのあとは動画が終わるまで、俺とアイリーンは無言でメイク動画を見ていた。
「へぇ。化粧って結構面倒くさいのな。それを毎日しているんだから尊敬するわ」
初めて化粧の工程を1からちゃんと見てみたが、すっぴんから完成するまでが長いこと、長いこと。
動画は倍速やカットも入っていたために10分程度で終わったのだが、実際はそれ以上の時間が掛かるはずなので、それを毎朝やっているのかと思うと尊敬せずにはいられないし、どんなに時間が無くてもやり遂げる様に、美に対する意識が半端ないことに納得した。
それに化粧1つでここまで変わるんだから、妹が新しい化粧品が出たらとりあえず買うのも納得ですわ。
「これがこれで、その次にこれで……。蒼、悪いけれどもう一度さっきのを見せてもらって良いかしら?」
「良いよ。はい。終わったら返してね」
「えぇ。ありがとう」
同じ動画を再び再生してアイリーンに手渡すと、俺は仕事に戻った。
「それで、ここにあるやつ全部買うのか?」
結局メイク動画を計3回見たアイリーンは、店内にある化粧品を全種類購入するつもりのようで、レジ台の上には沢山の化粧品とマニキュアが数個置かれている。
「ええ、そうよ。勿論じゃない? 当然じゃないかしら? だって、これとこれは同じ用途でも色が違うでしょう? 色が違うのならば、メイクをした時の仕上がりも変わるということよ。ならば買わないなんて選択は無いわよ!」
「そっそう。えーと、じゃあこれら全部で……そういや、メイク落としや除光液は買わないのか?」
「えっ?」
化粧品について熱弁するアイリーンに押されつつ、レジ台にある商品のバーコードをスキャンしていると気が付いたのだが、化粧品は沢山あるのにそれを落とすメイク落としと除光液が無いことに気が付いた。
「何と何を買わないって?」
「だから、化粧落としと除光液だよ。あと化粧水に乳液? ってのも使うんだろ?」
懐かしいなぁ。俺が大学生の時に、高校生だった妹が「時間が無い! マジで時間が無いぞぉ!!」なんて言いながら顔にパシャパシャやっていたっけ。
その後はずっと鏡をガン見して、時々アホ面を晒しながら顔に色々塗ったり描いたり貼り付けたりしていたな。
俺はそのビフォーアフターを呑気に朝食を食べながら見ていたっけ。
「俺の妹がそんな感じの物使ってて、化粧する前に顔にパシャパシャ付けてたぞ?」
「えぇ、そうなの!? ならそれも買うわ! 蒼、さっき言ったやつ全部持って来て頂戴!」
「おっおう。一応さっき言ったやつは化粧品の側にあるからアイリーンも来て、そんで選ぶのはアイリーンがやって」
「勿論よ! うふふ〜。化粧品も置いてあるだなんて、コンビニって素敵なところねぇ」
『ぐぅ〜〜〜』
「……」
「……」
「……聞いた?」
「ごめん。バッチリ」
「化粧品に浮かれてすっかり忘れていたけれど、寝起きの状態でキッシュにここに連れてこられたんだったわ」
実はアイリーンは寝起きでここに連れて来られた所為で、まだ何も食べていない状態だったらしい。
俺と化粧品類が置いてある場所に向かっている時にぐうぅ〜とお腹がなって、若干頬を染めている。
キッと上目遣いでこちらを見るアイリーンには嘘は言わない方が良いだろうと、回避不可能だったと即座に肯定してみせると、アイリーンは両手で顔を覆った。
「うぅ、恥ずかしい」
「ついでにここで何か食べていくか?」
「……そうね。そうするわ」
恥ずかしさが紛れる様にと話を変えてあげると、アイリーンもそれに乗っかる。
アイリーンは化粧落としと化粧水などを選んだ後、おにぎりやサンドイッチなどが陳列している棚をウロウロする。
「ここまで食べ物が多いと選ぶのも困るわね」
やはり異世界の食べ物とこちらの世界の食べ物の見た目が異なるせいか、アイリーンもそれがどんな食材を使ってどんな味がするのかが想像出来ずに悩んでいるみたいだ。
俺からしてみたら、カビが生えたチーズや虫の佃煮とかな? 食べれるし、人によっては美味いというのは分かっているが、こう……ね。他に馴染みの物があったらそっちを選んじゃう系の食べ物ってあるよな?
だから、アイリーンが食べたい物でなるべく向こうにありそうなのを俺が選ぶか。
「うーん。なら、こう言う物が食べたいとかないのか? ある程度絞れるぞ?」
俺がそう言って提案してみると、アイリーンは頬に指を添えて少し首を傾げて考える。
「そうねぇ。暖かい物が食べたいわね。いまはちょっと体を冷やしちゃいけない時期なのよ」
「そっか。ならこの生姜を使ったスープとかどうだ? 生姜って体温める効果があるって言うし、それに大豆とかも入っているから食べ応えはあると思うぞ」
「そうね。生姜は好きだし、化粧品とそれも一緒に買うわ」
アイリーンは俺が進めた商品を見て頷いたので、スプーンとレンジで温めた生姜と具沢山スープと、沢山の化粧品が入った手提げビニール袋を渡した。
「うふふー。ふふんふふん」
異世界には化粧品が少ないのか、アイリーンは総額1万以上の化粧品が入った手提げ袋を掲げて、にんまりと笑いながら鼻歌を歌った後は、キッシュのインベントリにしまった。
「アイオーンがいるスペースが飲食できる場所だから、そこで食べてな」
「はーい」
アイオーンは軽く手を振りながら、ここで朝食を食べるために皆がいるテーブルへと向かった。
それで今回分かったことだが、異世界の硬貨の絵柄は神様達が描かれている様で、当然のことながらアイオーンが描かれている硬貨もあるらしい。
しかしアイリーンが換金したのは10円玉くらいの大きさの小銀貨で、それには残念ながらアイオーンではなくて女性の横顔が表には描かれていて、裏は平坦な硬貨であった。
アイリーンはそれをキッシュで換金したら5000円札が出てきたので、アイリーンは化粧品を全部買うのだからと、手持ちの小銀貨を躊躇わずに全て換金して化粧品を購入したのを見て、王様のエロ本、宰相さんの甘味と同じで、アイリーンも美に対しては太っ腹だと認識した。
そうそう、あんなに化粧について熱中していたのだからすぐに試してみないのかと聞いてみれば、アイリーン曰く、「すぐに試してみたいけれど、女の化粧は男の前でするものじゃないのよ」と言うことらしいので、向こうに戻るまでは我慢するそうだ。
今回のこぼれ話
動『はーい。では、下地を塗っていきます!』
ア(なんだかパッとしない顔ね。これだったら断然私の方が美人だわ)
動『次にファンデしまーす! ファンデの次は目元を中心にやっていきますねー』
ア(あら? なんだか眉が綺麗になってるし、目が二重になってまつ毛が増えた?)
動『出来ましたー! 次は頬とリップを付けてー。完成ーー!!』
ア「えっえっえっ〜?! 最初のと別人じゃない!」
蒼『……マジか。ここまで変わるとか、顔面詐欺だわ』
次回予告
「食後のデザート〜プリン編〜」




