第1話 「お客様は神だ」のマジもんがやって来た
物語の都合上、蒼は一人で働いていますが、本来ならあり得ない事です。
現実も、そうだとは思わないでください!
「ふぅ、一月経ってコンビニもだいぶ慣れたな。最初はレジ打ちも出来なくて、おばちゃん連中に笑われたけど」
肩をグリングリンと回りつつ、誰も居ない店内で一人で愚痴る。
俺の名前は東蒼。
まだ30目前の、おっさんにはなりなくないが、体の方はおっさんと成り果てて来ている事に、薄々と気が付いているのが悲しくなるうえに、だんだんと頭髪までも薄くなって来た事に戦々恐々としている、しがないコンビニ店員である。
なぜ俺がコンビニで働いているかと言えば、今年の3月に、大学卒業してからずっと働いていた会社をクビになってしまい無職になったからだ。
いままで働いていた時に溜まっていた貯金があったので折角だからとニートライフを満喫していたのだが、その事が親父にバレたらしく、からかい電話が来た時にこう言ったのだ。
『おう、蒼。お前会社クビになったんだって? プークスクス』
「はっ? リストラされた俺に喧嘩売ってんのか?」
『いやいや。それもあるけどーー』
「あるんかい!」
『まぁ、最後まで話を聞けよ。俺の親父がさ、コンビニをやり始めたは良いんだけど、夜勤が埋まらないって言っててよ。お前やらないか?』
「えっ、マジで言ってる?」
『マジ』
そう言われて特に他でやる事もなかった俺は、久しぶりに親父の祖父母宅に話を聞きに行くついでに遊びに行ったら、その日のうちにあれよあれよ言う間に、コンビニの研修が始まっていたのである。
「まぁ、何故か俺の荷物が次の日には全部こっちに届けられていたから、最初っから親父とグルだったんだろうけど……家賃、光熱費、水道にガス代がタダなのはデカイよな。ただ、ここがすげぇ田舎だけど」
そう、このコンビニの周辺は畑で占められおり、すぐ近くには高速道路があるので、旅行に行く途中にトイレ休憩で寄るとか、トラックの運ちゃん達が食いもん飲みもんを買い込んだりする以外は、この時間帯にあまり人が来ないのである。
ちなみに、俺が働いている時間は22時から6時までの月曜日から金曜日の平日のみだ。本来なら俺ともう一人入る筈なのだが、人手不足でこの時間帯の働き手が手に入らないらしい。ただ、俺が働いている間に来る客の数は10人来れば良い方なのだ。
そのおかげで何とか一人でも十分回せているのである。
この時間帯以外は意外と客が来るらしく、田舎のコンビニでも十分な黒字となっているので、暇を持て余したジジババの小遣い稼ぎには十分なっているようだ。
「さって、洗い物も終わったし、棚の清掃でもやりますか」
夜勤時のコンビニ店員の仕事内容は多岐に渡る。レジ打ちはもちろんのこと、コーヒーマシーンの清掃にフライヤー器具を洗ったり、レジ周りの箸やスプーンの補充にタバコの補充も欠かせない。
俺は煙草は増税と共に辞めたのだが、いつのまにかタバコの銘柄や種類が変わったり増えたりしていたから、最初はこれを覚えるのも大変だった。
補充以外にも、商品棚の清掃や意外とバカに出来ないトイレの清掃。それに体力がいる外の清掃なんかもある。
これらが大体終わったら、菓子に雑貨、飲み物のクールとホットにビール、加工食品や栄養ドリンクの補充などもあるのだ。
あとは、雑誌や新聞の返品と検品や、パンやチルドやデザートなどの検品品出しなどもある。
あとは、持ち込みの宅急便の受け渡しなどだ。
これを時間内に終わらせないといけないのだ。最初は店員の仕事量の多さにビビったほどだ。
まぁ、今では何とか時間内に全てが終わるくらいには、仕事の効率や手捌きなどが良くなったので良かったが、最初の頃はそれはまぁ酷いもんだった。
どのくらい酷いかは割愛させて貰うが、一言言うのであれば、上記の半分も出来なかったとだけ言っておこう。
「えーと、昨日はここやったから、今日はここからここまでか」
俺はふきんとアルコールが入った霧吹きを手に、棚清掃を始める。
商品を退かし棚を拭く、商品を元の場所に戻して、また別の商品を退かして拭く。これの繰り返しだ。
「上は良いんだけど、下だと腰屈めるのがキツイな……いや、俺はまだ若い。おっさんにはなっていない筈だ。まだいける!」
一番下の棚を拭いているキツイ体勢の時に、来客を知らせるベルが鳴る。
ベルと言っているが実際には機械音であるが、他の店員がベルと呼んでいるので、俺もそれに倣っているのだ。
『テロテロン。テロテロン』
「いらっしゃいませぇー」
ベルの音が鳴ったら挨拶の流れは、最初にここに来た時から口酸っぱく言われた事であり、今ではもう馴染んでいてベルが鳴ったら無意識で挨拶をしてしまう位になっている。
「へー。色んなのがいっぱい!」
「あん?」
来店したお客様の、以外にも高い声に不審に思った俺は、一旦棚清掃を中断して店内を探す。
「これ、何だろう? あっ、ねぇねぇ。これ何?」
「あ? それは栄養ドリンクだが」
自動ドアの近くにいたお客様は、こっちに気付くと俺に来い来いと手を振ったのは良いのだが、その見た目がまずかった。
「栄養ドリンク?」
俺が言った言葉をおうむ返しする少年。
見た目は小学生の高学年くらいに見える、金髪碧眼の見目麗しい子供だった。
「お前、親はどうした?」
この時間帯に来るには可笑し過ぎる年齢だ。なので親が居ないかと、店内や店の外を見やるがそれらしい人が居ない。
「親? 僕に親は居ないよ?」
「あー。なら、保護者は?」
俺が言った言葉にキョトンと反応する子供に、俺は一緒に来た大人が居ないのかと言えば、そいつは笑い出した。
「あはは! 変なのー。僕に保護者なんて居ないよ! だって僕は神様だからね!」
「……うわっ、やべえのが来た」
胸を張って自信満々に言い張る子供。
頭がヤバイ子供が来た事に、面倒事が舞い降りて来た事を、俺は直感的に悟った。
これが、後々に異世界と関わる事になる、俺とこいつのファーストコンタクトであった。
「それで、栄養ドリンクって何なの?」
次回予告
自称神はこう言った。「ここを僕の世界と繋げちゃおっと」