第9話 譲渡されたスライム(異世界side)
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彼はいま、非常に困惑していた。
ふぅと溜息を吐いて、机の上でぷよんぷよんと上下運動をしているスライムを見て、また一つ溜息を吐く。
彼の名はコンラート・ディオス・イーヴィッヒ。この王国の王様である。
なぜその王様であるコンラートが溜息を吐いているかと言えば、その原因はコンラートの目の前で、机に両肘を乗せて顔を支えている少年が原因だった。
「それで、これは一体?」
「え? スライムだけど?」
突然現れたと思ったら「はい。これあげる」と言ってスライムを渡してきたアイオーンに聞いてみるも、アイオーンはさも知っていて当然でしょ? という態度でそう答えた。
(私が聞きたいのはそこではないのだが……)
額に手を当ててもう一度溜息を吐いて、彼は細かく質問しなければならないのかと頭を痛めた。
本来ならこの時間は、1日の業務を全て終えやっとのんびりとお酒を嗜む貴重な時間であったのにも拘わらず、目の前の神のせいでその貴重な時間が潰えてしまった。
せっかくいそいそと机の上に準備していたワインとグラスが無駄になってしまう。
そのショックも合わさって、本来ならば崇める対象であるはずのアイオーンという神に対して、胡乱げな眼差しで対応してしまったのだが当のアイオーンはそんなことは気にしていない。
むしろ、そんな眼差しで見つめられていることに対して苦笑している。
「とりあえず、コンラートが普段大切にしていた晩酌タイムを邪魔しちゃったからね。これでも飲んで摘みながら説明するよ」
そう言って目の前のスライムから取り出したのは、かなり透明度がかなり高い上質な入れ物に入っているワインと思われる飲み物と、変な緑色と黄色の物。
いきなりスライムから取り出されたそれらを見たコンラートはギョッとした顔をしたものの、すぐに平静を装った。
「それは、ワインか? それに、それはいったい?」
「その前にそのスライムに名前付けてくれないかな?」
コンラートの疑問をぶった切って先にスライムと従魔契約をしろと言ったアイオーンは、何やら先ほど取り出した謎の緑色の物体を注意深く見たと思ったら、パァと顔を輝かせて両手を揃えて待つと2つに切り裂いた。
「……っ!」
まるで刃物で切ったかのように綺麗に2つに別れた片方をスライムに与えると、今度は黄色の物体も同じように切り裂く。
「こっち見てないで早く名前つけてよ」
「あっあぁ。すまない」
アイオーンの動作に思わず目を奪われていたコンラートは謝ったものの、スライムに従魔契約を交わすことに躊躇っていた。
それもそのはずであり、本来スライムと言うものは世界中に何処にでもいるものであり、珍しくもなんともないのだ。そんな存在と従魔契約を交わすと言う者はほとんどいないし、コンラートに至っては王族と言う立場からスライムと従魔契約を交わしたなどと広まれば、侮蔑や失笑の対象となってしまう。
その理由がスライムは雑魚モンスターであるのと、理性ではなく本能で生きているからであり仮に契約を交わしたとしても、こちら側の命令を理解しきれないことがあげられる。
何でも溶かすと言う性能を活かすために、試しに汚れ物を綺麗にしようと命令をしてみたものの、綺麗にしたい本体をも少し溶かしてしまうのだ。
なので、ある程度の分別はつくものの他の従魔に比べると使い難いと言う存在なのである。
そんなものと契約を交せと言われて渋っていたものの、ここで神の逆鱗にでも触れてしまう方が後々面倒なことになると分かっていたので、軽く頭を悩ませて名前を決めた。
「では、そなたはクラスティーナだ」
「へぇ良かったね。クラスティーナ。あっ、このグラスってもう一個ある?」
「……しばし待たれよ」
自分が用意していたワイングラスと同じ物を持って来くると、アイオーンはコンラートが用意した2つのワイングラスに、トポポとワインを注ぐ。
神自ら注いでくれるワインなど、その手のものが見たら発狂してしまいそうな光景だが、コンラートは軽くワイングラスを上げて注いでくれたアイオーンに感謝を示すと、さっそく一口様子見で飲んだ。
本来なら毒見がどうこうな話になるのだが、目の前のアイオーンはそんなことをするタイプでは無いので、その点では安心して口に含むことができる。
「ふむ。随分と飲みやすいな」
普段飲んでいるものと比べると、かなり飲みやすいそのワインを飲み干すと、今度は自分でワインを注ぐ。
「なら、今度はこれも食べてみなよ。蒼はワインならこれは鉄板って言っていたから美味しいと思うよ!」
「そう?」
それを見たアイオーンは満足気に笑うと、先程2つに切り裂いた片割れである緑色と黄色の物体をピリっと開けた。どうやら何かの入れ物のようだ。
そこから三角形で数カ所に穴が開いている物を取りだして、パクッと口に放り込むとサクサクと言う音が聞こえる。
「んん! これうまっ! ほら、コンラートも手出して!」
「あっあぁ」
アイオーンに言われるがままに手を差し出すと、そこに緑色の袋を振って中に入っているものを出した。
掌に乗っている不思議な食べ物を1つつまみ、見た目や匂いを確認してみると、どうやらこれはチーズを加工した食べ物であるようだった。
「ふむ。匂いはチーズのようだが、何故このような形になっておるのだ? まぁ、それは後でこやつに聞くとして、どれ。……むむっ! なんと、これは面白い」
「でしょ? 美味しいでしょ?」
クッキーやビスケットのようなサクサクとした食感だが、たった1つ食べただけでブワッとチーズの香りが口一杯に広がる。
しかも適度に塩っぱさを感じるそれはワインを思わず手に取ってしまうほどで、2人はしばし美味い美味いと言いながら晩酌を楽しんでいた。
ーー○○ーー
「して、これはどこで手に入れたのかな? アイオーンよ」
コンラートは空になった袋を振るってアイオーンを問い詰める。
「異世界のコンビニ」
問い詰められたアイオーンはニヤニヤと答えたが、予想外の答えにコンラートはキョトンとしてしまう。
「いっ異世界とな?」
「そう、そのスライム。クラスティーナを鑑定してみなよ。話はそれからかな?」
「……鑑定」
命を狙われる可能性がある王の部屋には、物や人を鑑定ができる魔法具が備え付けられている。
それを起動してクラスティーナのステータスを確認したコンラートは、その鑑定結果を吟味するように眺める。
クラスティーナ(8-10スライム)
レベル∞
制作者 アイオーン
主 東蒼
契約者 コンラート・ディオス・イーヴィッヒ
シリアルナンバー3
スキル
異世界転移 翻訳 換金 絶対防御 同期
インベントリ
「ほう。つまり、娯楽を求めた結果がこれと言うわけか。それで、先ほども言っていたがこの東蒼? と言う奴はなんだ?」
「あは。さすがコンラート! 僕の性格分かってるね! 蒼は僕の協力者って感じかな?」
その後、アイオーンから異世界のコンビニについてのあれやこれを面白おかしく語られたコンラートは、最初は上機嫌でアイオーンの説明を聞いていたが、だんだんと眠気が襲ってくる。
初老と言っても差し支えのない年齢のコンラートには、深夜まで起き続けているのはさすがにキツイ。
「アイオーンよ。あい分かった。つまりクラスティーナを使って異世界転移ができ、そのコンビニというやつで異世界の商品を買い付けることが出来ると言うわけだな。
さらに行ける時刻が決まっているのと、向こうに行ったら向こうのルールに従うと言うことだな。よし、分かった。明日試しに行ってみるということで、わしはもう寝るぞ!」
バンッと音を立てて立ち上がると早々に寝室へと向かうコンラートに、アイオーンは自慢話をしたい子供のように慌てる。
「えっ! ちょっと、ここからなんだけど! まだいっぱい話したいことあるんだけど!」
「うるさい! わしはもう眠い!」
重要な話は数分で簡潔に説明したのに対して、コンビニの商品の1つ1つを時間をかけてたっぶりと説明したアイオーンに、とうとうコンラートが我慢できなかったのだ。
「えーー! じゃあ、明日迎えに行くから待っててねーー!」
アイオーンの叫びを背中で聞いていたコンラートは返事も返さずに、ただひたすらにベットに入って眠りたかった。
次回予告
「神の次は王様かよ!」




