97話
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「魔物達の侵攻が確認されました!!」
起伏に富み、木々の生い茂る大森林と、セレブロから裾野を広げる森。フレンテ王国から、その2つに挟まれた街道を抜けると、マシバ王国に入る。
マシバ王国はそれほど大きな国ではないが、果物が豊富に取れることで栄えてきた。とくに大森林に近接する土地では土壌が豊かで、瑞々しくて甘い美味しい果物が取れる。
そんなマシバ王国の王都より馬車で2日ほどの距離にある村を拠点として、勇者達や冒険者たちは陣を張っていた。
その陣に、たった今魔物の侵攻が開始されたことを報告する兵が着いたところである。
「……ついに始まったか。勇者様、先陣を任せてもよろしいですかな?」
この男はフレンテ王国王国騎士団1番隊隊長のガミル。実質、フレンテ王国の王国騎士団序列3位。近衛騎士の中で団長、副団長に次ぐ権威の持ち主である。
「えぇ、もちろんです。俺たちが魔物を蹴散らしながら魔王の元までいち早く向かいましょう」
そして、それに応えるのが勇者である鳳芳樹。
この魔王討伐の指揮を執るのがフレンテ王国のガミル、最有力の戦力としては勇者4人が中心となっていた。
勇者である4人は、ダンジョンにおいてデビルウルフの猛威から助けられた後、各々思うところはあったが、魔王討伐という目の前まで迫る目的のため、再びダンジョンへと赴き、戦闘を繰り返すことでさらなる自信をつけていた。
ガミル率いる騎士団の選りすぐり達は勇者達のマシバ王国入りから遅れること3週間、魔王討伐に向け、マシバ王国の村近くに陣の設営などを行なっていた。
陣の設営を開始し、各国の騎士、冒険者達も集まり始めた頃、魔物達が一箇所に集まり始めていることが確認された。
そしてついに、その魔物達の大群が森の外へ向けて侵攻を開始したことが先ほど報告されたのだ。
「魔王の姿は確認できたのか?」
「い、いえ、できておりません。大群に阻まれ、中心となっている魔物までは確認できなかったとのことです」
「……そうか」
「大丈夫ですよ、ガミルさん。我々に任せてください」
芳樹は自信に満ち溢れた顔でガミルに告げる。
「……あぁ、そうだな。今は勇者様の力を信じ、全力でことに当たるしかありませんな」
今回の作戦、指揮はガミルだが、各国の代表と、冒険者ギルドの代表としてマシバ王国のギルド総長、そして勇者代表の芳樹がこの天幕に集まり作戦の確認、情報の精査などを行なってきた。
もちろん、今回の作戦にアンドレ率いる2番隊の者も参加はしていたが、フレンテ王国の代表はガミルだったため、この天幕に彼の姿はない。
「それでは、作戦通りに!」
「「「「おう!」」」」
先陣を勇者4人と精鋭達で駆け抜け、真っ先に魔王を目指す。他の者たちは魔物の侵攻を食い止めつつ、勇者たちの支援という作戦となっていた。
そして、ついに魔王討伐作戦が開始された。
▽▽▽▽▽
「本当にいいのですか?」
勇者達が森の奥へと向かい、各々が自らの役目を果たすべく森の各所へと散開して奥を目指し始めた頃、シズカ達4人は勇者達の少し後ろを進んでいた。
「いいのよ。基本的には冒険者として参加してるし、アンドレさんとも話し合って支援をメインにすることにしたんだから」
アンドレとシズカはこの魔王討伐作戦の少し前、拠点となる村で落ち合い、話し合いをしていた。その内容が、この戦いの最中の自分達の役割。そしてその役割を支援メインにすることであった。
「しかし、それでは勇者であるシズカ様の名声が……」
カラナとヤークはすんなりと納得したが、リュトスだけは少しだけ不満が残るという感じである。
「名声なんていらない。名声よりも人命。少しでもこちらの被害を少なくして、魔王を討伐するのが目的なんだから」
そうでしょ? とリュトスの方を向けば、リュトスは輝く瞳でシズカを見つめていた。
「その通りですね! さすがシズカ様。自らの名声より、多くの者を救う選択をなされるとは! まだまだ俺の考えも甘い!」
と、少々誇大解釈し1人納得するリュトス。
シズカは、マリアとアンドレに魔王討伐の援助を頼まれたタローから全面的にこの場を任されていた。と言っても、シズカさんがいれば大丈夫だろうと楽観的に考えたタローがその役目をシズカに丸投げしただけのことである。
念のため、なにか助けが必要な時は呼びに来るようにと、ラスタ(分裂体)を1匹、シズカに連れていかせていたが。
アンドレも彼なりにしっかりと考えた上でこの支援メインの作戦をシズカと共有していた。
シズカのグラーツ王国での活躍は国上層部にしか知られていない。そして勇者として名前が知られているのは芳樹たち4人であり、冒険者としての活動をメインとしていて勇者と名乗って行動することの少ないシズカは忘れられていることが多いのも事実。しかし、彼女の実力であれば名声を得ようとせずとも自然と名声も信頼もついてくるはずである。シズカ自身に自覚はないが、彼女のその美貌と人を惹きつける魅力、そしてなにより勇者としてのずば抜けた戦闘力とケガ人を癒す治癒力は多くの人の憧れと羨望、そして人望を集めるはずだ。
つまりアンドレは、彼女が矢面に立たずとも、他の4人が勇者としての役割こなしていればよいと考えていた。なによりシズカ本人も、あまり目立ちたがる性質ではなかったため、下手に表に出るよりも、煩わしくなく動きやすいと思ったのだ。
それに彼女の実力を知る者が増えれば増えるほど、彼女を取り込もうと暗躍する者や、その美貌に言い寄る輩も増え、不快な思いをすることが増える可能性を考えると、アンドレ個人としては、あまり目立たぬ方が良いと思えた。
主だった理由はシズカの事を思ってのことだが、もし勇者4人が敵わぬような魔王が存在したとしてもその後ろでシズカが控えていれば必ずなんとかしてくれるという信頼もあった。そのシズカですら手が出ぬような相手であった時は、この作戦に参加している誰にも敵わぬと、アンドレは思っていた。
それに加えて、この魔王討伐のためにアンドレとシズカがスミスカンパニーから大量に仕入れたポーションを持って各所に待機していれば、その質のいいポーションで救える命も多くなると踏んで支援をメインにする事をシズカに提案したわけである。シズカとリュトス、カラナ、ヤークは勇者の後方をメインに支援するが、アンドレ率いる2番隊の参加騎士たちは、各々、ポーションを入れたマジックバックを持ってバラバラに散らばり、広範囲をカバーするような陣形を取ってこの作戦に参加していた。むろん、アンドレの勝手な判断と指示によるものである。アンドレは少しでも人的被害をなくし、多くの者が生還してこの作戦を完遂するにはこの方法が一番であると、そう信じていたのであった。
事実、魔王討伐作戦中、アンドレの狙いは功を奏し、多くの負傷者がスミスカンパニーのポーションにより、命を救われることとなる。アンドレの戦闘狂というイメージを覆す、知略の行き渡った作戦であった。
▽▽▽▽▽
「あれか!」
行く手を阻む魔物達を葬り去りながら、最短距離で魔物達の中心部分に向かっていた芳樹達4人は、ついに魔王がいるであろう場所までたどり着こうとしていた。
そこには中心となっている魔物を取り囲むように5体のキマイラに無数のガーゴイル、そして5体のアークデーモンが確認された。それらはすべてAランクに分類され、アークデーモンは個体によってはSランクとなる。他にも多くの高ランクの魔物がそこに集まっていた。
中心にいるのは魔王……その存在は圧倒的で、周りの者を射殺すかのような威圧感、統率力を感じさせる覇気、全てがその魔物を魔王と認識させていた。
スカルドラゴン
SSSランクに認定される魔物。
本当に存在するのか、それすらもにわかに信じ難いと言われていた魔物が、魔王としてそこに鎮座していた。
「あ、あれは……」
芳樹達と共に来ていた精鋭。その中のSランク冒険者の1人が魔物達の中心となっているスカルドラゴンの横を見定め、驚愕する。
「……サタンだ」
サタン……それは人類がもっとも脅威と認識している存在。人に似た姿をしているが、背中に生えるコウモリのような大きな黒い翼と、頭にある2つの角が特徴である。知恵のある魔物と分類する者、人族、獣人族、魔族のように悪魔族と分類する者、天から落ちた神に敵対する者と考える者……様々な学者がその存在と力、生態を調査してきたが、まともに調べあげられた者はいない。
過去、サタンと呼ばれる者は突如この世界のどこかに現れ、その圧倒的な力で、国や人に様々な被害を与え、消えていく。サタンに対抗する為に多くの者が犠牲になってきた。
その絶対脅威、絶対悪として認識されていたサタンの姿が2つ。スカルドラゴンの横で浮いていた。
サタン1人いるだけで国が滅ぶと言われているのに、それが2つ。しかもそこにはスカルドラゴンを始めとした多くの魔物がいる現状に、多くの者は絶望を感じていた。
「クックックッ。王の言う通りであるなぁ。我の為にこんなにもウジャウジャと実験体が集まって来やがった」
本来の魔王……それは魔物の王である。
つまり、魔王討伐とは魔物の討伐であり、そこにサタンが存在していることは誰もが予想していなかった。絶対強者であり、種族問わずに魔物を従える力のある高ランクの魔物が突然変異のように出現。そしてその魔物が低ランクの魔物を従え人里を襲うことが人族の予測であり、過去の事例であった。その原理すらもはっきりとわかっていなかったが、魔王と思われるスカルドラゴンの存在とサタンとが同時に出現することなど異例中の異例。誰も想像もしていなかった。無論、魔王出現の予知の内容にもサタンの存在など確認されていなかったし、予知されていなかった。
「何が目的だ! お前がこの魔物達を集め、人里を襲う首謀者か!!」
そんな現状にも怯まず、サタンに向け声を上げる勇者芳樹。
「雑魚が叫んでやがる。あいつ、自分の置かれている現状がわかってないんじゃないか? なぁ、アメリ」
「……」
アメリと呼ばれた女のサタンは、よく喋る男の言葉に反応を示さない。
「っち。ツレないねぇ。こんなやつ無理に連れてこなくても俺1人でやるってのに王は心配性だ。まぁいい。さっさとスカルドラゴンに指示して終わらせろ」
今度の命令には無理矢理従わされているように、アメリはスカルドラゴンに声をかけた。
そして、スカルドラゴンは咆哮をあげ、それを合図に、魔物達も一斉に攻撃を開始する。
「シャイニングジャベリン!!」
動き始めた魔物達に向け、芳樹も魔法を放つ。そして、勇者達人間側も、それを合図に攻撃を開始した。
「クックックックックッ。精一杯頑張っているところ悪いが、あまり時間もかけられないんでね。アドグラビティ」
芳樹たちの魔法を軽々と避けるサタンの男が放った重力魔法が勇者達を襲う。
「くっ!!」
サタンから放たれた魔法に抗えず、多くの者はその場に膝をついた。
「ハハハッ! 私の得意魔法はいかがかな? さぁ、魔物達よ、食い散らかせ、踏み潰せ!」
(まずい!)
その言葉を聞いた瞬間、このままでは多くの者が殺されると察知したシズカは影から自らも攻撃を開始する。
多少体が重くなったように感じられるが、シズカにはそこまで負荷がかかっていなかった。
「フレイムピラー!」
シズカの放った火魔法が数多の火柱となり、魔物達とサタンを襲う。
「ぐっ……! 誰だ!?」
多くの魔物はその攻撃に致命傷を与えられ行動をとれなくなる。先程まで余裕の表情で宙に浮いていたサタンの男も今の魔法に擦り傷程度だが傷を負う。そしてその魔法を受けた際に、自らの放った重力魔法が解除され、勇者達は加えられた重力から解放される。しかし、まざまざと見せつけられたその実力差と絶望にその場から動けずにいた。
「我の魔法を受けて尚攻撃できる者が人族の中にいるというのか?」
サタンは自らの重力魔法を受けながらも魔法を放ち、その魔法の威力もサタンである自身の体に傷をつけたことが信じられなかった。
辺りを見回せば、そこにいた多くの魔物は力尽き、酷いものは姿も分からぬほど黒く焦げていた。それも高ランクの魔物がである。そんな魔物たちが、魔法による一撃で力尽きることなど誰が想像しただろうか。サタンの中でも戦闘力に関して自信のあった彼ですら、そのような威力の攻撃を放ってくる者を多くは知らなかった。
「ククククク……面白い。我を傷つけるような者が存在するか……我はザビエラ! さあ、力のある者よ、その姿を見せよ。正々堂々と戦おうじゃないか」
ザビエラと名乗ったそのサタンは声をあげる。
そして、未だに膝をつく勇者一行を一瞥し……
「貴様らではいささか実力が足りぬようだ。去ね」
そう言って自身の周りに数え切れぬ石の礫を生成し、彼らに向けてストーンバレットを放つ。
そして、勇者たちは何もできずにそのストーンバレットが自らの体を貫くのを待つばかりであった。
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