95話
本日投稿4話目
「さぁ、私たちはあいつを倒して先に進むよ」
治癒魔法で勇者一行を治癒したシズカは自分のマジックバックから小さなバック程度の袋を取り出し、勇者たちの方へと向かって放る。
そして自分は再びキングデビルウルフの方へと体を向けた。
「グルルル……」
「犬っころ!成敗してやる!」
ハイヒールを施し、何事もなかったようにキングデビルウルフへと向き直るシズカとその声に倣うように叫ぶリュトス。
その咆哮のような叫びを聞き、最近のリュトスという人間がわからなくなってきている3人であった。
それでも、常に尖っていた性格も丸くなり、いつも以上に笑顔が増え楽しそうに生活しているリュトスがカラナとヤークは頼もしくもあった。
4人の勇者とのやりとり、そして治癒魔法を放つその時もキングデビルウルフは動くことができなかった。獰猛に牙を見せ、唸りを上げてはいるが、突如殲滅された自分の群に動揺していることは間違いない。
そして勇者達とリュトスが会話をしている最中も、シズカ、カラナ、ヤークの誰かの視線が常にキングデビルウルフの動きをその場に縫いとめていた。
唖然としている4人の勇者と他の者達を気に留めることなく、シズカたちは再び戦闘を開始する。
ヤークが矢、カラナが魔法を放ち、それを追うようにリュトスが正面からキングデビルウルフへと突っ込む。
その手には以前の小回りのきく小さな盾ではなく、全身を隠せるほどの大盾が握られていた。
これはミーシャお手製の物で、ミスリルやアダマンタイト、オリハルコンを使った大盾である。もちろん結界などの付与もしてあるが、その物自体の純粋な性能だけでもドラゴンのブレスなど容易く防ぐ程だろう。
この大盾は魔王発現が確認され、マシバ王国ヘと向かう前にスミスカンパニーからリュトスへと贈られたものである。タローはリュトスに魔物の注意を引きつけ、攻撃を受ける役割の仕事をさせることを提案し、その為の大盾を作った。
シズカもリュトスもメインは近接戦闘であったため、オールラウンダーであるシズカを生かすため、その提案をしたという理由と、ただ単にリュトスがシズカを守る騎士って感じで喜びそうだなあと面白半分で作ったものだったが、シズカを守る騎士という言葉がリュトスには大層お気に召したようで、ものすごく気に入ってくれたわけだ。
なんとも単純な男であったが、戦闘も組み立てやすくなるし、まあいいか、とお気楽に考えていたタローである。
そんなわけで、シズカたち4人はその大盾を使った戦闘、そしてリュトスが大盾に取り扱いに慣れるために、このダンジョンに潜っていて、たまたま勇者4人とその一行に出くわしたのだ。
「ふんっ!!!」
ヤーク、カラナの攻撃を避けることができず、少なくない痛手をおったキングデビルウルフががむしゃらに大きな体をぶつけてくるが、リュトスが危なげなくそれを盾で受け止め、その進行を止める。
「シズカ様!」
そのリュトスの陰からシズカが飛び上がり、大盾で突進を止められ、怯んだキングデビルウルフの脳天目掛けて長剣を突き刺す。
「……よし」
狙い違わず、キングデビルウルフの眉間へと吸い込まれたシズカの長剣は、その巨体の生命活動を一撃にて停止させた。
「お疲れ様」
シズカは後ろから近寄る3人に声をかけ、キングデビルウルフをマジックバックへと片付ける。
「このまま下層へ潜りますか?」
リュトスは静まり返った辺りを見渡しシズカへと尋ねる。
「ここで色々聞かれるのも大変だし、今のうちにさっさと下層へ行こう。それから適当なところで休むか、外へ出ることにしましょう」
シズカも正直、あの4人に関わるのはめんどくさいと思っていた。
「……?」
その時、なんの躊躇いもなく頭に浮かべた自分の思考を思い、ふとその歩みを止める。
今、シズカは自分の気持ちに、そして態度、行動に驚いてた。
今まで……地球にいた頃にも確かに勇者となったこの4人と関わることは煩わしいとは思っていた。それでも彼らに逆らうことも無視することもできず、まともに会話することすらできなかった自分が、4人に対してなんの感情も湧かなかったのだ。
それどころか、言葉は交わしていないにしろ、対等に話すことができる自信もあったし、今、彼等と話すことがめんどくさいと思えるほど、そしてそれを行動に移している程度に気持ちに余裕があった。
それは自分に自信が持てるようになったからなのか、自身の心境に変化があったからなのか、それとも力を得たことによる傲慢さなのか……そのあたりはわからないが。
「……まぁいいか」
深く考えても仕方ない。これからもこの気持ちが傲慢にならないようにだけ気をつけ、自分は自分の大切な人や周りの人を守って、やることをやって楽しく生きていくだけだと、そう納得するのだった。
「シズカちゃん、行きましょう」
カラナに声をかけられ、シズカは止まった足を再び動かし歩みを進めるのであった。
「キングデビルウルフはタローくんのところに持っていけばいいから、他の適当な素材などは冒険者ギルドで売却していこう。」
結局、その日はすぐにダンジョンの外へと戻ることにしたシズカたちは冒険者ギルドへ寄って宿へと戻った。
▽▽▽▽▽
数日後、勇者たちは無事にダンジョンの外へと戻っていた。
怪我はシズカのハイヒールで回復され、最後にシズカの投げたバックは容量こそあまり多くないマジックバックだったのだが、そこには大量のポーションなどが入っていた。
勇者一行はそのポーションを使用し、体力、魔力を回復させ、戦闘を避けつつ、81階層の転移魔法陣のあるところまでたどり着き、ダンジョンの外へと戻った。
梨花は当初、シズカの置いていったポーションなどを使うことを頑なに拒んだが、小百合や大樹に説得され、渋々服用して魔力を回復させた。
目の前の危機は去ったものの、ダンジョン内にいることに変わりなく、それも82階層ととなれば、いくら怪我が治り、ステータスが勇者として高レベルであって、魔力なしでは厳しい道のりとなっただろう。
とくに梨花は治癒魔法や結界魔法を使うので、勇者一行には欠かせない存在であり、必要な戦力であった。つまり、外へと無事に帰還する為にはなんとしてと魔力の回復をしてもらいたいというのが小百合や大樹をはじめとした勇者一行の総意であった。
「……」
マシバ王国の深淵のダンジョンはマシバ王国の王都オグリにほど近い場所にあるため、王族をはじめとした王都の貴族、冒険者ギルドによって管理されている。
そんな深淵のダンジョンから戻ったその日、勇者たち4人の姿は王城の一角に設けられた客室の一室にあった。
「……」
勇者4人はマシバ王国へと入った際、王城へと案内され、王城の客間に滞在をするように勧められた。
マシバ王国のみならず、セレブロに隣接する人族の国は魔王の脅威に晒されている。そして、その魔王に対抗するための力として勇者が召喚され、その勇者の強力な戦力が魔王を打倒する為になくてはならないことを重々承知している。
そのため、どこの国へ行こうとも、勇者たちは歓迎され、好待遇でもてなされるのだ。
「……」
勇者たちと共に行動していた腕利き冒険者や傭兵、選ばれた騎士などは城下町の一等高級ホテルのような宿へと案内され、貴族たちと同じような待遇で宿泊していた。
そして勇者4人は1人1室用意された王城の一角の客間に滞在しているのだが、ダンジョンから戻った4人は自然と鳳芳樹の部屋へと集まっている。
そして、その4人の間には沈黙が流れていた。
「……あれは、私たちの知っている静香だったのかしら」
そんななんとも言えぬ雰囲気を破ったのは小百合の一言であった。
「……そんなわけないじゃない。名前が同じだけでしょ」
梨花はそっぽを向いたまま機嫌が悪そうに呟く。
「……」
彼らは今まで順調に勇者として力をつけ、あっという間に世界で最強と言えるほどの実力をつけていった。
実際これまでの戦闘でも苦戦こそあれど、危なげなく魔物を屠り、さらなるレベルアップを繰り返してきたのだ。
それに今まではフレンテ王国騎士団アンドレ率いる数名の騎士が同伴し、アンドレの経験則から導き出される安全マージンを超えた訓練、戦闘はしてこなかったし、かなり余裕を持って引き際をわきまえていた。
だが、今回はアンドレが同伴していない。そして遭遇したデビルウルフは単体でBランク上位、クイーンデビルウルフはAランク上位として認識されている。自分たちの実力を過信し、数日間ダンジョンの下層探索を続け疲労も溜まっていた勇者たち一行に、Bランク上位の魔物に自分たちの数倍もの数の群れで襲いかかられれば苦戦を強いるのも仕方のないことだっただろう。
それでも、自分たちがこの世界でトップレベル……いや、トップとも言える強さを持っている自信があった彼らにしてみれば、全滅の危機に晒されたことですら認めたくない事実だというのに、そこまで彼らを追いやった魔物達をいとも簡単に斬り伏せていく存在の出現、そしてその者達に助けられ、与えられたポーションによって無事の帰還が果たされたということが、芳樹と梨花はどうしても認められないでいた。
「……オレ達は勇者、この世界で最強の存在のはずだ。そうだろ?」
問いかけるように、そして言い聞かせるように、芳樹は再び訪れた沈黙を破った。
「今回は運が悪かっただけだ。疲れも溜まっていた。もう少し慎重に進めばあんなことにはならなかったさ」
事実を認めているのか、認めていないのか。都合のいいように事実が解釈されているようにも思える言葉だ。
「しっかりと準備が整っていて、体調も万全であれば俺たちにだってあれくらいのことできるはずだ。そうだろ?」
3人に投げかける様に、そして納得させるような言葉。
4人の体験した危機的状況は、すでに芳樹の中では簡単に乗り越えられる物となっていた。あれだけ追い込まれたのにも関わらず、なにが彼にそう思わせるのか。勇者としての自負、自信、プライド……そしてなによりシズカたちがいとも簡単にデビルウルフの群れを殲滅したという事実によるものであろう。
実際シズカが助けに入ったとき、実力のズバ抜けているシズカの放ったフレイムランスは狙い違わず、群れの7割程のデビルウルフ達の体を貫いたのだ。勇者よりはるかに強くなったとはいえ、リュトス達3人はまだまだシズカの実力には及ばない。それでも残った無傷のデビルウルフと被害は受けたが息のあるデビルウルフたちを殲滅するのは造作もないことであった。
これだけあっという間に群れの殲滅を目の前で見せつけられれば、普通、自分の自信をなくすか、助けてもらった者に憧れを抱くかどちらかが大半であるが、芳樹の場合は、彼らにできるのであれば俺たちができないはずがない、あの時は運が悪かった、不幸が重なったが万全であれば殲滅可能であったというものだった。
今までの人生、周りからの憧れと羨望を一身に受け、やることなすこと全てが誰よりもうまくいき、なにもかもが人より抜きん出た結果を残して来た芳樹は、常に人の上に立ち、多くの者の中心となっていた。そこに勇者召喚による異世界転移。転移先での国の、王を始めとした多くの者の期待、そして自らに宿った力が、芳樹の心の中で自分という者が自他共に認める「英雄」のような存在へと昇華させた。
そんな勇者としての自信が、盲目的な自信となっていることに芳樹は気づかない。もはや、助けてくれたのがシズカだったのどうかなど、彼の頭からは消え去っていた。
そんな芳樹の姿をキラキラした瞳で見つめる梨花。2人を心配そうに見守る大樹と小百合。死ぬかもしれない危機を肌に感じ、それを静香と思われる人物に奇跡的に救われた今日のことを思って芳樹の自信とそれを盲目的に信じる梨花のことがわからなくなった2人は、これからの行動を案じるのであった。
読んでいただきありがとうございます。
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