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93話




本日投稿2話目です。












外へと近づくと、来訪者はどうやら歓迎されていないことがわかった。


「どうかお帰りください」


「帰れ!」


ミルビさんとリックの声が聞こえる。


外へと出ると、豪華な服に身を包んだ男と、その護衛らしき男が4人、そしてその男たちに向かい合うようにミルビとリック、そしてリックから受け継いだのか、木剣を持った少年が立っていた。


「おやおや、歓迎されていないようですねぇ」


「こ、これ以上教会に近づくんじゃねぇ!」


リックが小剣を構えながら叫ぶ。


「おや、少年。そんな物を持っているからといって強気ではないですか。ですが、そんなことして大丈夫ですか?」


余裕の笑みの男。


「貴族に刃を向ける。それだけでも罪。まぁ、私は寛大ですから、そんなことされても少年の戯れと思いましょう」


その言葉を聞いて、リックは顔が引きつり、一歩後ずさる。


「ですが!もし私に傷一つでもつけたら、流石に黙っているわけにはいきませんよ」


ズズッとリックに顔を近づけ脅すように、そしていやらしい笑みを浮かべながらそう告げる。


リックは完全に男に弄ばれているようである。


さて、あの男はどうやら貴族らしいが、何をしにきたのやら。


「タマスタ様、何か御用でしょうか?」


俺とロシャスと共に外に出てきたナイヤさんが貴族らしい男に向かって声をかける。


「おぉ、ナイヤ!やっと出迎えにきてくれましたか!」


「いえ、私は友人をお見送りに来ただけです」


……ものすごく冷たい。


さっきの慈愛を感じさせる笑みなどこれっぽっちもない。表情の欠落した能面のような顔、そして抑揚のない声色でそう告げる。


「……あぁ!なんて冷たい言葉と眼差し。私は興奮してしまいそうです」


いやいや、既にしてるだろう。


気色悪い顔が赤みを帯びてさらに気持ち悪い顔になってるぞ。


この男はそういうのに興奮するタイプの人間なのか。恐ろしや恐ろしや。


「しかし、その強気な態度もいつまで続くか」


表情をスッと変え、不敵な笑みでなにやら意味深な発言をする。


「あなたがはやく私の元へと嫁いでくれれば、この教会も子供達もきっと安泰な生活が送れる」


うんうんと自らの発言に頷きながら貴族の男は言葉を続ける。


「しかし、断り続ければどうなるか……わかったもんじゃありませんねぇ。なに、私も非道な人間ではありませんから、あなたが嫁いでくれれば喜んでここの経営の支援をしましょう。ナイヤ、全てはあなた次第。私のところへ来ればきっとあなたも幸せになれますよ。こんな薄汚くボロボロな場所でつましい生活などする必要ないのです」


「タマスタ様のお力など借りずともなんとかやっていきますし、私は今現在も幸せですので、ご心配なく」


おぉ……絶対零度だ。


「ふふふ、そんなこと言っても抗えないことが必ずや起るものです。私は欲しい物は必ず手に入れなければ気が済まぬたちでしてね……まぁ、今のところはそこにいる女騎士に免じてなにもせずに帰りますが」


チラッと目線をミルビに向けるタマスタ。


ミルビさんって貴族の抑止力になる程の存在なのか?


「それでは今日はこれにて……」


タマナシ?さんは言いたいことだけ言って教会をあとにした。


「みっともないところお見せしてしまってごめんなさい」


タマナシ?さんが見えなくなると、ナイヤさんは俺たちに頭を下げる。


「いえいえ、構いませんよ。それにしてもなかなか厄介そうな男に目をつけられているようですね。タマナシ?さんでしたっけ?貴族の方ですよね」


「……ぷぷっ。タマスタです、タローさん」


あぁ、タマスタか。


「あはは、すみません。笑いが堪えられませんでした」


少し笑ったあと、目に浮かべた涙を拭いながら謝罪するナイヤさんの顔には先ほどの能面のような顔ではなく、優しい表情が戻っていた。


「タマスタ様はここベントレの街に居を構える貴族の1人です。主に食品の輸入などの商売をしている方だと思います。とくにシガという甘い調味料が売りだと聞いています」


あぁ、シガってあれか。前にちょこっと買ったやつ。


なんかあんまり美味しくないけど、砂糖代わりとして代用できるのはあれくらいしか見つからなかったもんな。


あれ結構高かったけど、タマナシのとこが独占販売してるってことか。それを卸していろんな店でも販売してると。そんなところかな。


まぁ、うちではもうシガを買うことはないだろうけどな。


なんでかって?


そりゃ、あのお姉さんがやってる調味料屋さんで、ありったけの調味料とその原料となる物を買い込んで試行錯誤したり、新たな調味料作りに挑戦したりしている時に、マーヤがついに発見したのです。砂糖の原料となる物を!


しかも、その原料となる木の実は割とどこにでもあり、ものすごく安価で売っている。


大きい木の実だが、味は薄く、旨味もない。でも食べれる。買っても安いし、買わなくとも森に入れば簡単に手に入る。


それほど身近で見落としがちな木の実である。スープにいれても、焼いても、食べられる。生で食べることはあまりないらしいが。貧しい家庭がお腹を膨らますために買うような物だ。


だが、重要なのはその木の実の皮だ。皮はものすごく分厚くて硬い。剥くのも大変なので、店で売る時にはすでに皮が剥かれた状態で売っていることがほとんどだ。そしてその皮はなんの用途もないので捨てられていた。


しかし、その皮にこそ砂糖と同じ成分が含まれていたのだ。


調味料の原料などになり得るのではないかと、試行錯誤の一環としてその木の実を調べた結果がこの朗報である。さすがマーヤ。女性陣の努力と執念に乾杯だ。


その発見の後は、マーヤとリーシャ主体で砂糖作りの方法も確立され、シガのように不純物が混ざり、汚れたような色の砂糖ではなく、真っ白で綺麗な上白糖のようなものが出来上がった。


今はまだ試作ができたところだが、味も見た目もいい砂糖の完成に大いに喜んだものだ。これからはこの砂糖を作ることができるので、もはやシガを買うことなどないだろう。


「それで、そのタマスタさんがなんでこんなところに?」


「それはナイヤを娶りたいからだ」


答えたのは険しい顔をしたミルビさんだった。


どうやら、街中でたまたま買い物をしているナイヤさんを見かけたタマナシがナイヤさんを娶るために何度もここへ足を運んでいるらしい。


それだけ聞けば純愛のように思えるが、どう見てもあの顔は下心しかない。

それに教会を破綻させようと、数多くの嫌がらせも受けている。


「奴が、本気でナイヤを嫁に欲しいというのであれば私だって協力したかもしれない……でも娶ると言っても何人目かもわからぬ側室だ。それに飽きればすぐ捨てる。それがタマスタのやり方なんだ」


おぉ……よっぽどの性欲の持ち主のようだ。


「タマスタ様のせいで、届くはずの食料が届かなかったり、小火騒ぎで水を無駄に使ってしまったり……私が強情なばっかりに生活がどんどん苦しくなってみんなに迷惑を……」


「シスター!そんなわけないだろ!みんなだってシスターの幸せを願ってるんだ!あんなやつのところに行かせやしない!」


ナイヤの言葉の途中でリックが叫ぶ。


「……ふぅ。ごめんなさい。すこし弱気になっていたわ。ありがとうリック」


リックの言葉でナイヤさんの顔にすこし力が戻った。


「今は領主様に仕えるミルビがここに出入りすることで抑止力になってくれていますから、無理矢理何かされることもありませんし、嫌がらせ程度のことで済んでます。なんとか生活もできていますし、アテーゼ様がきっと守ってくださいます」


信仰だけで何かできるわけではないだろうが、それに縋ってでも生活しなければならないとわかっているような、そんな顔だ。


領主に仕えるミルビがいるから流石に大胆な手を使って力づくで、とはいかないんだな。それがさっきのタマナシの発言につながるわけか。


領主の騎士に手を出したとなればさすがの貴族でも沙汰無しとはいかないということだろう。


「……そうですか」


これも何かの縁か……。


「ここでアテーゼ教の教会に出会えたのもなにかのお導きがあってのことです。これからは少しですが、スミスカンパニーがこの教会を支援致しましょう」


もしかしたらじいちゃんが導いてくれたのかもしれないしな。

アテーゼ様はじいちゃんの親族なのかもしれないし、俺に関係ないとも思えない。


「……え?そ、それは本当ですか?」


「もちろん、全て与えるだけではありません。自分達で自活できるような支援をする予定です」


子どもがいるなら畑を作って野菜を育てさせたり、自分達で料理をすればシスターも助かり、子供達も自分達の力で生きていく力をつけられる。


それと、なにか商売ができればアテーゼ様の信者が見込めない現状、教会の経営に多少なりとも余裕が生まれるはずだ。スミスカンパニーとしてそういう支援すれば良い。


「……ありがとうございます」


ナイヤさんは俺に深々と頭を下げる。


「まぁ詳しい話とかはまた近いうちにすることにしましょう」


今急いですることもないだろう。

少しずつ話を進めていけばいい。それに、この教会も流石に老朽化が進みすぎだ。いっそのこと建て替えるか、場所を移して新築した方がいいだろう。


子供達にとってもここは環境がいいとは言えない。だが、スラムだからこそ救いを求める子供もいる。新しい土地に建てるのならここからもう少しだけ治安のいい方へ寄せたくらいの場所が理想だ。


しばらくはラスタの分裂体と誰か1人護衛に置いてタマナシの動向を気にしつつ、その間に新たな教会を建て、そこに少し畑を耕し、子供達の居住棟や作業場、倉庫などを作る。これだけ街外れになればそれくらいの土地も見つかるだろう。


「では、今日のところはこの辺で」


「はい、またお待ちしております」


翌日、ある程度の食料をマジックバックに詰め、護衛として1人連れて、再び教会を訪問した。


教会の建て直しの件など、そこまでしてもらうのは悪いと言われたが、教会が崩壊した方が危険だということで納得してもらい、そのまま土地も買って帰ってきた。治安が良いとまではいかなかったが、街の喧騒から少し外れたところに広めの土地を確保できたので良いだろう。ま、その辺はロシャスがやってくれたのだが。


「教会の建て直しはミルビさんが領主様に報告してくれるとのことです」


「教会ともなると、流石に勝手には出来ないか」


だが、ミルビ曰く、もともとあった教会の移転と建て替えなのでそこまで審査が厳しいわけでもなく、書類さえ提出しとけば大丈夫とのことだ。


「あとは建て直しをなるべく内密に進めたいよね」


「内密にですか?」


「タマナシに目をつけられるとややこしいだろ?」


邪魔されたらめんどくさい。


まぁ、彼がこのスラム一帯について関心を持っていれば教会が建つにつれいずれはバレることだが。


「今のところはタマナシの耳に入ることはないでしょう」


……ロシャスさんまでタマナシ呼びしてますがな。


「たしかにな。ま、とりあえずこのまま進めようか。建築も親方に話通してもらって、親方の弟子の人にやってもらえばなんとかなりそうだしな」


最悪、親方連れてきて親方に作ってもらえばいいだろう。老人に無理させるのかって?最近あの人めちゃくちゃ元気だからね。よくうちに遊びくるようになったよ、我が家のアイドルを愛でに。そして風呂入ってフランク達と一杯やって帰って行く。


こうして、ロドル村の店の準備、新たな仲間のレベルアップ、そして、教会の建設を進めることになった。なんだか、結局みんなを忙しくしてしまって申し訳ないなぁ。


「タロー様、お茶のお代わりいかがですか?」


「ん?あぁ、もらおうかな」


と、思いつつもゆったりした日々を過ごす男こそ、タローであった。











読んでいただきありがとうございます。



本日投稿2話目です




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