92話
いつも読んでいただきありがとうございます。
少し時間ができ、ちょっとだけですが話をまとめて書けたので複数話投稿する予定です。
これは本日投稿の1話目です。
「本当にボロボロだなぁ……」
教会の目の前まで来ると、ボロボロ具合がさらによくわかる。
「誰だ!!」
教会の前でボロさに感心していると、メイより少し下くらいだろうか?それくらいの歳の少年が俺の前に現れた。
「ふむ、誰かと聞くときは自分から名乗るのが礼儀というものだぞ、少年」
と、偉そうに語ってみる。
「だが、昨今の個人情報の取り扱いのことを考えれば、安易に自分の情報を教えるべきではないのもまた事実」
いったいこの世界で誰が個人情報を問題にするのだろうか。
そんな意味不明なことを語る俺をみながらポカンと口を開ける少年。
「とりあえず、あの女騎士さんの友達だから、中に入れてもらえないかな?もしくは女騎士さん呼んでもらえない?」
はて、あの女騎士さんの名前はなんと言っただろうか。
「ちょ、ちょっと待ってろ!」
叫ぶように言って、中へと走って行く少年。命令口調ではあるが、呼びに行ってくれるのだからいい奴だ。
しばらくすると、さっき中に入っていった女騎士と、シスター、そして騎士に隠れるように少年がついて出てきた。
「あ、あなたは!!」
「お久しぶりです」
とりあえず挨拶を交わす。
「ロシャスさん!」
と、思ったが彼女の視線はロシャスにしか向いていなかった。そして俺のお久しぶりは無視である。
「お久しぶりです、ミルビさん」
あぁ、そうそう、ミルビさんだ。よく覚えてたな、ロシャス。
「この前は食事奢ってもらったのにお礼もせずに申し訳ありませんでした。あんな恥ずかしい姿まで見せてしまって」
ガバッと頭を下げるミルビさん。
「いえいえ、構いませんよ。タロー様のご意思ですから」
おぉ……主人を立てるのか。さすがジェントルマン。
「あ!タローくんも久しぶり」
……軽いな。俺にはものすごく軽いなこの人。
「お久しぶりです」
再びのお久しぶりである。
「お二人はなんでこんなところに……?」
「ミルビ、立ったまま話を続けるの?お客人なら中に入ってもらいましょう?それに私の紹介もしてもらえないかしら?」
ミルビさんが質問をしようとしたところで、シスターが遮る。
「あ、ごめん。汚いところですけどよかったら中入ってください。あと、この隣にいるシスターは私の幼馴染のナイヤです」
「ついでみたいに紹介しないでよ。それに汚いって……ボロボロだけど、それなりに掃除してるのよ!」
怒るような顔でミルビさんに迫るナイヤさん。とても仲が良さそうはあるが、ナイヤさんはすごい迫力である。どこがって?それは胸元のボリュームというか重量感という……か……まぁ、ご想像にお任せします。
「申し遅れました。私はナイヤです。この教会でシスターをさせてもらっています。あまりおもてなしできませんが、よかったら中入ってお茶でも飲んでいってください」
「これはこれはご丁寧にありがとうございます。私はタロー、しがない商人です。お言葉に甘えさせて頂いて少しお邪魔いたします」
ナイヤさんの案内に従ってオンボロ教会へと足を踏み入れる。
ナイヤさんが掃除をしていると言っているだけあって、ボロボロなことに変わりはないが、中はそれなりに綺麗にしてあった。
「それで、お二人はどうしてこんなところに?」
「たまたま近くに家を買ったものですから。周辺の地理を少しは頭に入れておこうと思って歩いていたら、ミルビさんがこちらに入るのを見かけたので」
「こんな治安の悪いところに家を……?」
ナイヤさん……自分の勤める教会がある土地を治安が悪いとはっきりと言うのか……。
「まぁ、治安の面は問題ないと判断しました。どちらかといえばこの教会……?」
「教会です。古くて廃れていますが……」
おぉ、疑問形にしたのバレた。
「すみません」
ひとまず、ペコッと頭を下げて謝った。
「それで、教会というものの方がこのような治安の悪いところにあっては不便なのでは?」
こんなところにあっては誰もお祈りに来たりしなさそうだしな。お布施の期待はできそうにない。
「それはそうなんですが……今、この教会にシスターは私1人、ご覧の通り古くて、建物を修繕をするお金もありません。そんな教会が立地条件のいい土地に建て直しをするなんて夢のようなことなんです」
金……か。
まぁ、そうだよな。
これだけ古い教会がこんな場所で今でも教会として成り立っているってだけでも不思議なくらいだ。
お祈りに来る人もいないのだからお布施もないだろうし、ましてやこんな古くて、しかも治安の悪いスラムに建つ教会を貴族が保護してるとも思えない。
なんせ保護したところで利益がない。
「でも、ミルビが毎月お給料の半分もこの教会に寄付してくれているので、子供達と私はなんとかやっていけています」
「え?半分も?それに子供?」
そういえばさっき出迎えてくれた?少年がいたな。ミルビさんの後ろに隠れていたかと思ったらいつのまにかいなくなってた。
「ここは私とナイヤの育った教会なんだ。お母様はもう亡くなってしまったが、その後をナイヤが継いで、私達を育ててくれたお母様のように孤児院も兼ねて孤児たちを養っている」
まぁ、ギリギリの生活なんだがね。
と、苦笑を浮かべるミルビさん。
ギリギリの経営で成り立ち、建て替えも引越しも修繕もできない教会。
そして、ひもじい生活をする女騎士。
ナイヤさんはミルビさんの給料の半分と言っているが、この前の様子を見るからに、もしかしたら彼女は給料の大半をこの教会に渡しているのかもしれないな。
「今子供は何人いるのですか?」
「11人です。まだ10歳にも満たない幼い子が大半です。ここを出れるほど成長した子達はみな冒険者やうまくいけば商人の下働きなどで働いているはずです」
おぉ、結構な人数がいるなぁ。これは生活がギリギリなのも頷ける。
ミルビがだらしなく寝ていたあの日のあの居酒屋のような店で助けた少年も同じように孤児として育った仲間とともに冒険者やその荷物持ちなどをして働いて、少ない金を稼いで生きているのだろう。
「ただいま〜」
ナイヤさんとミルビさんから話を聞いていると、教会の入り口の方から少年の声がした。
「……ん?」
少年は俺たち4人が話しているところへ顔を出すと俺の顔を見て動きを止めた。
ちなみに少年の後ろには最初にミルビ達を呼びにいってくれたあの少年も付いてきている。たぶん、この少年から俺たちの訪問を聞いて様子を見に来たのだろう。
それで、俺は何かしただろうか。
よく見るとどこかで見たことある気がするようなしないような。
「あ、あなたはこの前の……」
「この前……?」
この前なんかあったっけ?
「あの時は助けてくれてありがとうございました!あんな大金ももらってしまって」
と、勢いよく頭を下げる少年。
ここの教会の者をみな礼儀正しいようだ。先ほどのミルビさん同様、ものすごく深々と頭を下げている。
ところで、いつ助けたのだろうか……。
「人違いではないですか……?」
「え?あ、覚えていませんか?僕が冒険者の荷物持ちでドジ踏んで、報酬を貰えないって言われたから冒険者と揉めてた時に助けてくれた……あの……居酒屋の中で!」
あぁ!ちょうどさっき思い出していた少年はこの子だったか。顔までちゃんと覚えていなかったわ〜。
「あの時の少年でしたか。あれ?でもあの時、ミルビさんもあの店にいたのに……あ、寝てたんだったこの人」
「……え?え?なんのこと?」
「ロシャス、説明しといて」
「かしこまりました」
ミルビさんの相手はロシャスに任せて、少年とナイヤさんと話すことにした。
「そうかそうか、あの時の少年もここの孤児院の子だったのか」
「もしかして、リックを助けてくれて銀貨を持たせてくれた人ってタローさんなの?」
「そうだよ、ナイヤさん!冒険者にも負けないすごい人なんだ!」
おっと、その辺は内密にしていただきたいところである。
なんとなく話を誤魔化しながら、リックとナイヤさんの話を聞くと、このリックという少年は今のこの教会にいる孤児達の中の最年長らしい。たまに冒険者ギルドに赴き、荷物持ちなどで小金を稼ぎ、ナイヤさんの助けになろうと頑張っているようだ。
「あの時は本当に生活が苦しくて、リックが持ち帰ったお金のおかげでなんとかしのげたんです。あれがタローさんのおかげだったとは思いませんでした。ありがとうございました」
その時は子供達が風邪をひいて薬を買ってしまったため、生活がいつも以上に苦しくなったとのこと。
たまたま出会った少年を助けたことが多くの人を救えたようでなによりである。
「リックー!ごめん!リックが酷い目に遭っていたというのに!私は……!」
どうやらロシャスが説明を終えたようである。そしてリックの前で頭を下げるミルビさん。
「ミ、ミルビねえちゃんのせいじゃないし、助けてもらえたし……」
ちょっと顔を赤らめながら必死にミルビを宥めるリック少年。
はっは〜ん。どうやらこの少年の反応はそういうことのようである。
今この孤児院ではリックだけが外で働いている。と言っても冒険者登録して、Fランクのできる仕事をするだけだが、それでもだいぶ助かっていることだろう。
「リック、これからはなんかあったらすぐ私に言うんだぞ?」
「だ、大丈夫だから!俺だって鍛えてるし!」
ほう、鍛えているのか。そりゃ強くなりたいから冒険者になったようなもんだろうしな。憧れの女騎士に近づくために。
ミルビさんに好意?を寄せているのが見え見えなので、近づきたい、守りたい、同じように立派な仕事に就きたいとか、そんな感じだろう。
まぁ、好意を寄せている女に頼れと言われるのは、彼にしてみれば屈辱的で悔しいことでもあるかもしれないが。
そんな彼の腰には木剣がぶら下がっている。
「冒険者として働くにも武器がないとこれから大変だろう?」
予測ではあるが、彼は冒険者ではなくどちらかといえば騎士になりたいタイプだろう。もちろんミルビさんの影響を受けて。
まぁ、どちらにしても武器の取り扱いに慣れることは大切……というより、必須である。そのことを考えれば、木剣でもいいかもしれないが、冒険者として外に出るということは魔物と遭遇する可能性もある。その点を考慮すると、刃のついた剣の方がいいはずだ。
俺はマジックバックから小剣を取り出し、彼に差し出す。
「よかったら使うといい」
「……え?」
リックは突然のことに目を丸くしたまま、ナイヤさんの顔を見る。
「せっかくの申し出だし、ありがたくもらいなさい。でも、扱いには十分気をつけるのよ?」
「はい!ありがとうタローさん!」
リックは小剣を受け取り、胸元へ抱き寄せながら目を輝かせる。
彼は手に入れた小剣を早速振ってみたくなったのか、ミルビさんを連れ、表へ向かっていった。その後をもう1人の少年もついていった。
「勝手なことをして申し訳ありません」
「いえ、いいのです。彼にもそろそろ本物の剣を使わせてあげたいと思っていたのも事実です。ミルビから最低限の扱いはできていると聞いていましたし」
そうか、たまにミルビさんに鍛えてもらっていたんだな。それなら少しは安心だ。
「でも本当に頂いてよろしいのですか?」
「えぇ、構いませんよ。ただの小剣ですし、余り物ですから」
リックにあげたのは特別な小剣ではなく、本当にその辺で簡単に手に入るようなものだ。
いくつかの剣を念のためマジックバックにストックしてあったものの1つである。
ただ、ミーシャが手入れをしてくれてあるので、その点は完璧な物だが。
「そういえばこの教会はなんの神を崇拝しているのですか?」
宗派と言うのかわからないが、崇拝する対象はいるはずだよな。
「ここは慈愛の女神アテーゼ様を崇める宗派です。今では廃れ、忘れ去られつつある宗派ですが……」
だから、こんなところに教会があるのか。
「各地の教会などもほとんどなくなってしまったと思います。それでも私はこの教会のお母様、そしてこの教会の主神である慈愛の女神様を崇め、感謝し続けます。お母様と女神様おかげで私もミルビも救われたのですから」
そうか、孤児としてここで育って今の生活があるのはこの教会とその元シスターのおかげだもんな。
「そうですか。いい心がけですね」
おっと、なんか偉そうだったな、今の発言。
「タローさんはどこかの宗派に?」
「いえ、とくには。まぁ、強いて崇めている神を上げるのであれば全能の神でしょうか」
「え?全能の神?それはまた珍しい……」
おや?何かおかしなこと言ったのか?もしやじいちゃんはこの世界では認知されていない?
「あ、すみません。全能の神は教会や宗派としては存在していません。それに全能の神を知っている方は今ではもういないと思っていたほどです」
俺が首を傾げたからか、ナイヤさんは慌てて説明してくれた。
「それなのに、ナイヤさんはご存知なのですか?」
「はい。慈愛の女神アテーゼは全能の神に連なる者と言われていましたので」
……なんと。じいちゃん、アテーゼさんとお知り合いなのか?というか身内?え?てことはもしかしたら俺の身内でもあるのか?
「先程言いましたように、全能の神は宗派も教会もありません。そして今ではアテーゼ教の聖職者しか知らぬ神となってしまったと思っておりました。そのアテーゼ教も廃れた現在、まさか全能の神を崇める方に出会えるとは思いませんでした」
大丈夫だろうか、じいちゃん。
そもそも、全能の神はアテーゼ教に伝わる神話のような話に出てくるだけで、崇拝対象として世に出てきたことがないらしい。
ちなみにその神話で、じいちゃんこと、全能の神はいつもプラプラ遊び歩き、アテーゼにちょっかいをかけたりするような存在だった。
いたずら好きで不真面目な印象だが、その心は誰よりも優しく、慈しみ、強いものだったらしい。
そんな全能の神にちょっかいかけられつつも優しさに包まれながら育ったアテーゼが慈愛の女神として成長した……と、そういう話だ。
「そんな神だったとは知りませんでした。貴重なお話を聞けてよかったです」
まさかじいちゃんの話が少しでも聞けるとは思わなかった。
まぁ、まんまじいちゃんの印象だったが。
「いえ、こちらこそ全能の神を慕う方とお話ができて嬉しかったです」
ナイヤさんの笑顔は慈愛の女神を名乗れるんじゃないかというほどの優しさに溢れた笑顔である。
「タロー様、外が騒がしいようです」
話がひと段落ついたところで、ロシャスが外の気配に異常を感じたようだ。
「誰か来たのかな?そろそろお暇しようか」
誰か来たみたいだし、長々と話し込んでしまったので、この辺で帰ることにする。
俺はナイヤさんの後ろについて、ロシャスとともに外へと向かう。
読んでいただきありがとうございました。
本日投稿1話目