9話
「あー、寝ちゃったか。」
寝ぼけた頭でいつの間にか寝てしまったことを理解した。ま、とりあえず今日やることはだいたい決まってるし、行動するか。
「とりあえず朝ごはん食べよ」
下へ降りて食堂へ顔を出す。
「おはようございます」
「あら、おはようございます。朝食をお召し上がりになりますか?」
アンナさんが食堂で配膳や片付けなどを行なっていた。
「はい、お願いします」
「わかりました、座って少しお待ちください」
すぐ運ばれてきた朝食を食べて宿を出る。
奴隷商と魔道具屋どちらから先に行こう。てか、どっちも場所がわからん。
宿に戻ってアンナさんに場所を聞こうとしたが、奴隷商の場所をアンナさんに聞くのがなんとなく恥ずかしくて聞きづらかったので、魔道具屋の場所を聞き、先に魔道具屋に行くことにした。
「アンナさんに聞いた通り歩いてきたからこの辺のはずなんだが……お、あった」
アンナさんに聞いた魔道具屋は看板に星のマークのような絵が描かれた店だった。この店は魔道具の買取などもしているらしい。
「いらっしゃい」
中に入るとカウンターのようなところにいたおばあさんが声を発した。
「あの、魔道具の買取りをお願いしたいのですが」
「はいはい、ここに出してくださいな」
盗賊の持っていた魔道具をカウンターに出すとおばあさんが、ひとつひとつを査定し始めたので、しばらく待つ。
「うん、これといって珍しいもんはないけど、どれも需要はあるもんだね。買取価格はそんな高くならないけど、全部買い取るよ」
「ありがとうございます。ところで、スキルのオーブって売ってますか?」
「ん?スキルのオーブかい?あるけど、今は在庫がほとんどないから、剣術とか体術みたいなもんがいくつかあるくらいだね」
んー、便利そうなスキルがあればいいと思ったけどないか……残念。
「そうですか。ちなみになにも入ってないオーブとかは売ってますか?」
「空のオーブかい?あるよ。あれはスキルだけでなくて、錬金術師が付与魔法で耐性系の魔法を付与したり、火魔法や水魔法を付与して魔法スキルのない人がオーブを通して魔法を使ったりできるからね。まあ、初級魔法程度しか使えないって話だけど、使えないよりはいいのかもしれない。つまりオーブも魔道具になるってことで、オーブを作ってる人もいるからね。空のオーブも売っているのさ」
「じゃぁ、その買取価格分のオーブ貰えますか?」
「あんた、付与魔法使えるのかい?」
「いやぁ、僕が使えるわけじゃないけど、友達が試したいことがあるらしくて」
「なるほど、そうかい。買取価格分なら15個くらい買えるけど、それでいいかい?」
「はい、それでお願いします」
よし、空のオーブも手に入った。しかもオーブは意外と使い道が豊富なようだ。いい情報を手に入れた。オーブ自体は結構簡単に手に入りそうだしよかったよかった。
「そーいえば、スキルのオーブ自体どうやって手に入るのですか?」
「なんだ、知らないのかい?スキルのオーブはダンジョンで手に入るんだよ。冒険者がダンジョンで手に入れたスキルのオーブを売ってそれが市場に流れているのさ。スキルのオーブはそんなに珍しいものでも無いし、中身もだいたいはよく手に入るスキルばかりだからね。珍しいスキルの入ったオーブなんかがあれば高値で取り引きされてるよ」
なるほど。ダンジョンか。ダンジョンがあるのか。これは一度は行かなければならないのではないのだろうか。よし、行こう。
「勉強になりました」
「かまわんかまわん。また欲しい物があったら買いに来ておくれ」
いらない魔道具を売り、空のオーブを15個受け取った。ついでに奴隷商の場所も聴いて店を出た。
「さて、次は奴隷を買いに行こう。奴隷と言えばやっぱりケモ耳だ!!」
ケモ耳。異世界に来てケモ耳をモフらずしてどうするというのか。地球に生きる人類にとって異世界行ったらやってみたいことランキングトップ3は固い。はず。とにかく俺はケモ耳を欲しているのである。
「ケモ耳でこの世界について常識程度に知識がある女の子くらいならいるだろう」
一人つぶやきながら、奴隷商に向かう。
「お、ここだここ……よし!」
気合を入れて中に入る……つもりだったが、扉の前で護衛のような屈強そうな男に止められた。
「坊主、お前が来るような店じゃねえぞ。帰った帰った」
しっしっと手を払われる。
「そんなつれないこと言わないでくださいよ、にぃさん。今日仕事終わりにこれで一杯やってください」
ということで、大銀貨5枚を護衛に握らせてみた。
「お、おぅ……おぉ!?」
戸惑ったり驚いたり忙しそうな人だ。
「それで、中に案内してもらえますか?」
「……わかった、中へどうぞ」
対応まで柔らかくなった。この世界のチップの相場とか全然わからないし、多めに渡せば入れてくれるかなあと思って渡したけど、さすがに渡しすぎたかもしれない。懐は痛まないが。
中へ入って応接間的な部屋へ通され、座って待つように言われた。
「店主呼んでくるから少し待っててくれ」
ここはドムルさんの店だし、ドムルさんが店主だよな? ってことはドムルさんきてくれるのかな?
しばらくすると、ドムルさんが部屋へ入ってきた。
「いらっしゃいませ、タローさん。昨日ぶりですね」
この人は、こんな俺でも丁寧な対応である。ま、金持ってるのも知ってるしな。
「奴隷を1人買おうと思って……旅に出たいから常識程度の知識があって、身の回りの事ができる人が欲しいです」
「かしこまりました。ここへ何名か連れてまいりましょう。それとも、奴隷を見て回りますか?」
「あ、じゃあ、見て回ります。それで、できれば若い獣人の女の子がいいですねぇ」
「かしこまりました。それでは参りましょう」
ドムルさんが、お若いですなあみたいな顔したよ、今。わかるからな!
「ここからが奴隷の住まわせている部屋です。中は見えるようになってますので自由に見てください」
よし、鑑定さんの出番だ。
結構色んな種族がいるが、やはり獣人の割合は多いように思える。まだ10歳にも満たない少年少女も多くいたし、年寄りもいる。
「常識程度の知識があって身の回りの事ができるということであれば、15歳以上の子であれば大抵は大丈夫だと思います。料理が上手い下手のような多少の個人差はありますが。歳を取っている方はそれなりに知識も多いかと思います。ですが、旅をするということなので、体力的なことを考えると老人はやめておいた方がよろしいでしょう。金額的には特技や容姿、体に欠損があるなどで差はありますが、大方若い方が高く、年老いた方が安くなってます」
お…なんか、1人すげーのが混ざってるんだけど。
話を聞きながら見て回っていると異様な人がいることに気がついた。
「ドムルさん、あの人は?」
「あの人は満身創痍といった状態で倒れているのを見つけて、そのままにしておくのもなんなので、介抱したのですが、それを恩に感じたようで、行くところもないから奴隷として自らを売り、金で恩を返すと言って自ら奴隷となったかわったお人です。所作から、もしかしたらどこかで執事のような仕事をしていたのかもしれません。年の割には回復力が凄まじくて、怪我も深い傷などはなかったですし、特に後遺症などもありませんよ。知識の面でも問題ではないでしょう。ただ……」
「ただ……?」
「人族ですし、男ですし、若くもないです。」
わかっとるわ!!!
それにしても人族か…隠蔽されてるってことだよなあ。スキルにもあるし。
名前:ロシャス
性別:男
年齢:57
種族:人族(魔族)
職業:奴隷
レベル:27(58)
HP:1600(5000)
MP:500(8500)
STR:550(2300)
VIT:400(2000)
DEX:450(2200)
AGI:600(2250)
INT:650(2300)
スキル
体術(Lv8)Lv3、細剣術(Lv7)Lv3、(短剣術Lv3)、(棒術Lv5)、火魔法 (Lv6)Lv3、(土魔法Lv5)、(雷魔法 Lv7)、生活魔法 (Lv8)Lv6、(無詠唱 Lv7)、(隠蔽Lv7)、テイマー(Lv7)Lv3、(索敵Lv5)、(全耐性Lv6)
ね? やばくない? そもそも魔族やん。人族とほとんど変わらんけど、変身的なのしてるんかなあ? 俺の鑑定レベルが10だから隠蔽も見破れたみたいだな。
初老の白髪でまさに執事って感じの見た目だけど、スキのない佇まいに強さを感じる。
単身で勇者と渡り合えるレベルだよねこれ。こんな人が満身創痍とかなにがあったことやら。なんでこんなとこで奴隷なんかしてんのかなぁ。
こんなとこで会ってしまったのもなんかの運命なのか。ケモ耳が遠のく……。
「ドムルさん、この人ってなんで売れないんですか?」
「いやぁ、そもそもこの歳になると買い取りたいという人も少ないですし、価格設定が恩返しのためと言って年の割に結構高いんです」
「いくらですか?」
「大金貨3枚です。初老にしてはかなり高価です」
「2人で話してみてもいいですか?」
「えぇ、構いませんよ。先ほどの部屋を使ってください。では、戻りましょう。奴隷は従業員に連れて来させます」
待合室のような部屋に戻ると、ドムルさんはメイドにいってお茶を持って来させた。
「お茶でも飲んで少しお待ちください。もうすぐ来ると思いますので」
「はい、ありがとうございます」
コンコン
「店長、連れてきました」
従業員らしき男の声が聞こえた。
「入ってください」
従業員に連れられたロシャスが入ってきて、ドムルの横に控える。
「それでは私は別室で待ってますので、気がすむまで話してみてください」
「わかりました、ありがとうございます」
「終わりましたら、部屋の外に控えてるメイドに声かけていただければ戻ってまいりますので。それでは」
そう言ってドムルが部屋を出て行った。
「ロシャスさん、とりあえず座ってください」
「……なぜ名前を? ドムル様に聞いたのですか?」
ロシャスの雰囲気が鋭いものに変わる。
「いや、鑑定持ちだからさ。ロシャスが魔族ってこともわかってるよ」
「……っ!?」
おう。殺されそうなほど睨まれてる。こわっ!
「まあまあ、そんな怒らないでよ。その雰囲気からすると人族と魔族って仲良くない感じなの?」
「あなた様はそんなこともご存知ないので?」
「それがまったくの無知なんだよねぇ。それで、知識を補うために奴隷を買おうと思って来たわけだし。あと、心の平穏のためにもケモ耳を欲していた」
ロシャスの目つきが痛い人を見る目に変わったのを俺は見逃さなかった。
「私の隠蔽を見破るほどの持ち主には思えませんが」
「まあ、そこは隠れた実力的な。でも鑑定のことも話しちゃったし、やっぱりロシャス買うしかないかぁ。すっかり失念してた」
「魔族とわかっていながら買うと?」
「俺にとって種族なんて大した意味はないしね。ロシャスが嫌ならやめておくけど、俺のことは話さないでくれよな?」
「……私はいまや戻るところもなく、満身創痍の状態を助けて頂いたドムル様に恩を返すためだけにここにいます。恩を返すにも魔族とバレれば側にいるだけで迷惑がかかるだけですので、それならば奴隷として売られて少しでも商人として儲けていただければと思い、買われるのを待っていただけの身です。そんな私を魔族とわかっていながら買おうとはなかなか面白そうなお方だ。それにどれほどの実力をお持ちなのかわかりませんが、鑑定だけで考えても相当な実力をお持ちのようだ」
「買いかぶりすぎだよ。それにしても、そこまでして人族であるドムルさんに恩を返そうとするなんて、律儀なんだね。魔族と人族は仲良くないんだろ?」
「えぇ、敵対してると言っていいでしょう。はるか昔のことですが、生まれながらにして強大な力を持つ魔族を人族が恐れて迫害したことが始まりと言われています。それが長い間魔族に受け継がれてきた歴史で、人族に対していい感情を持たない理由です。しかし、現状はそこまで大きな争いがあるわけでもなく、各々の領土で生活をしているだけです。魔族は人族からの迫害、人族は力を持つ魔族からの報復を恐れ、お互いが疑心暗鬼になり今でも敵対している状態が続いているのでしょう」
「ふーん、そんなもんなんだなあ。でもそれならなんで律儀に恩なんか返そうとしてるんだ?」
「恩を返すのは当たり前のことですから。そこには種族など関係ないと思っています」
お、こいついいやっちゃ。
そんなことを思っていたらロシャスは言葉を続けた。
「しかし、そんな考えを持つことですら魔族としては爪弾きにされる理由となり得るのです。私はあるお方に仕える家の当主でしたが、種族など大した意味をなさないと理想のようなことを息子に語ってしまったがために、私は息子を筆頭として魔族の先鋭に命を狙われ、命からがら逃げてきたところをドムル様に助けていただいたと、そんなこところです」
発言の自由なんてあったもんじゃないのなあ。好きなこと言っただけで殺されかねないとは。こわいもんだ。
「そっか、それで満身創痍で倒れてたって話につながるわけだ。」
「はい。魔族はもともと人族と容姿はそんなに変わりませんし、ある程度力のある魔族であれば、魔族の特徴である尖った耳と赤い目を隠し人族と同じような容姿にすることができます。それで、人族の住む領土を目指していたのです」
「お、つまり今もその特徴は隠しているってことか」
「はい。この通りです」
ロシャスが本来の自分の姿に戻る。言ってた通り耳が少し尖り、黒目の部分が赤くなった。素直にカッコいい。
「なるほど、それが魔族の特徴か。カッコいいな!」
「……ははは、あなたは本当に変わっているようだ。魔族を少しも恐れはしないのですね」
「いやぁ、恐れるって言われてもなあ。ロシャスが強いのはわかってるけど、敵対するとかそんな感情まったく感じないしな。殺そうと思えばとっくに捻り潰されてるだろうし」
ロシャスは拍子抜けたような顔をして、ふっと笑い、先程と変わらぬ澄ました顔に戻った。耳と目も人族と同じように戻っている。
「私はあなたに買われたら楽に暮らせるような気がいたします」
「いやあ、正直辛いと思うよ?常識知らないし。金はちょっと手に入ったからしばらくは大丈夫だと思うけどさ」
「いえいえ、そういうことではなく、気持ち的にということです」
「そお?まあそう言ってくれるとありがたいけど。どお?オレに買われてくれる?」
「こちらからもお願いいたします。そもそもあなた様が買うと申し上げれば私に拒否権などないのですよ、奴隷であり、商品なんですから」
「そういうことは言いっこなしだ。ところで、ロシャスを買うのは、もう決定したんだけど、人族の常識とかこの領土の地理的なことってわかる?」
「えぇ、多少はわかると思います。一応魔族では人族の情報収集をしておりましたので」
なんと。魔族でもわかる人族の常識。
てか、今の話からするとロシャスって魔族の中でもかなり上の権力者だったんじゃないか?
ま、そんなこといっか。情報があるならありがたいし、奴隷買いに来た目的を達成できてる。また必要になったら情報収集したり奴隷買えばいいな。
「よし。じゃあ、ロシャスを買うことをドムルさんに伝えて契約を済ましてしまおう」
扉の外のメイドに声をかけ、ドムルさんを呼んでもらう。
ドムルさんにロシャスを買うことを告げると、驚いたような安堵したような顔を見せた。
「本当によろしいのですか?」
言外にケモミミっ娘じゃないですよ?と言われてるような気がしてならない。
「はい、話も合いましたし」
「そうですか。私としてと怪我を治療しただけですし、売れるかわからぬまま長いことここで生活するよりも、はやく外で生活をして欲しかったので嬉しいですよ」
好々爺のような人のいい笑みを浮かべていた。
「値段も大金貨3枚で大丈夫ですか?」
ドムルがほんとうにいいのかと確認して来る。
「はい、大丈夫です」
「そうですか、それならば奴隷契約をしてしまいましょう」
ロシャスの肩甲骨あたりに奴隷紋を入れるためにそこへ俺の血を一滴垂らし、呪文を唱えると紋様が浮かんできた。奴隷契約をするためには主人となる人の血が一滴必要なようだ。紋様が肩甲骨あたりにしたのはただ単に目立たない方がいいと思っただけである。
「これで契約は完了です」
「では、お金を支払います。受け取ってください」
大金貨5枚を出す。余分の2枚はロシャスの恩を返したいという気持ちにプラスしてみただけだ。
「タローさん、2枚多いですよ?」
「それはロシャスの気持ちだと思って受け取っておいてください。」
そういうと、ロシャスも驚いた顔をした。
「ご主人様ありがとうございます」
素直にお礼を述べてきた。
「ご主人様……恥ずかしすぎる。が、悪くない」
顔がニヤけてしまう。ロシャスにご主人様と言われてこの有様である。獣人の女の子を買ったらどうなっていただろうか。
「ありがたく受け取っておきます」
ドムルさんも素直に受け取ってくれるようだ。
「よし、とりあえず行こうか。ロシャスの服とかも買わなきゃだしな」
「おっと、忘れておりました」
ドムルさんは少々お待ちくださいと、席を外し、その手に杖を持って戻ってきた。
「ロシャスを介抱したときにボロボロだった服は捨ててしまいましたが、この杖だけは取っておきました。必要であれば持っていかれますか?」
杖を差し出し、それをロシャスのが受け取る。
「これは……私の。ドムル様、ありがとうございます」
ロシャスは深々と頭を下げてお礼を述べている。どうやら大切なもののようだ。
「これは私が長年愛用してきたものです。ご主人様、これを頂いてもよろしいでしょうか」
「ん、ロシャスの物なんだろ?これからも大切に使ったらいいさ」
「ありがとうございます。」
それから少し雑談をして奴隷商を出た。
2018.9.29 編集