85話
……ついに魔王の出現か。しかも俺の家が完成するというこのタイミングで。
ま、俺にはあまり関係ない。
「魔王の出現が確認……ですか。確認されたのはいつですか?」
「確認されたのは昨日の昼頃よ。」
つまり確認されて割とすぐにアンドレさんを使いに出したってことか。
「俺が使いとして来たのは勇者シズカに連絡を入れるとともに、迎えに行くついでだったから、すぐにタローの家には来れたんだ。」
あぁ、シズカさんはその辺の宿暮らし?借家?今はどうしてるのかわからないけど、城を出て王都の街で暮らしているもんな。
「それでなぜ俺に?」
「タローには一応伝えた方がいいと……ではなくて知っておいて欲しかったの。」
なぜだ。俺はなるべく関わりたくないというのに。
「いざという時は力を貸して欲しい、そういうことなんだ。」
と、アンドレさん。
「いやいや、俺たちに魔王を討伐する力なんてないですよ。」
「そんなわけあるか。オルマ1人でも勇者より強いってのに。」
あぁ、そういえばアンドレさんには戦力の桁が違うことはバレてんだった。
「タロー、こんな話知っているかしら?」
「……いえ、知りませんね。」
「……まだ話してないわよ。」
ですよね。
「フレンテ王国の隣にあるのが、学園都市を中心に栄える国、ガラ。そのガラに隣接するグラーツ王国。そのグラーツ王国はここ最近、2度王が代わったわ。」
うわー、よりにもよってよく知ってる話だ。
「1度目は前王の長男が、病に倒れた王に代わり王位を継いだの。でも、その長男が行った政策は民にとってはとても厳しいものだったと聞いているわ。」
うん、実際厳しそうだったな。
「そこでその現状を打破するために立ち上がったのが王位継承権第2位だった次男の第二王子。そしてそれが今の王、シャリオン王よ。」
よく知った名前だなあ。近所にその姉らしき女性が住んでるし。
「その王位をかけた争いに、ほとんど味方がいなかったシャリオン王は怪しい傭兵を雇ったようなの。その傭兵は黒い外套に狐のお面をした少数精鋭。でも実力は一国の戦力にも匹敵するって話よ。」
……おおう。そこまで情報が流れてるのか。
「そしてその王位奪還の際、シャリオン王が雇った傭兵に加えて、新王を支えたのが勇者シズカ。」
まぁ、その名前が上がるのは予定通りというか、計画通りだ。
シャリオン様には、何か聞かれた際、狐のお面の集団より勇者シズカの力添えのおかげでって広めて欲しいと伝えてあるし。
「この活躍でシズカは勇者としての地位を取り戻し、確固たるものとしたわ。他の4人とは別行動だし、各国の上層部にしか活躍を知らされてはいないけど、名前と実力があることは国のお偉いさんには知られているはず。各国がそれを信じる信じないはわからないけど。」
ほう、それは朗報じゃないか。シズカさんがちゃんと勇者として認められて俺としても嬉しい限りだ。
「4人の勇者にも伝える機会があれば伝えるって言ってたけど、あの4人は兄達とその取り巻きの貴族に囲われているし、それはそれでうまくやれてるようだから、シズカのことはわざわざ知らせないかもしれないわね。」
知名度的にも信頼性的にも他の4人には圧倒的に劣ってる。だが、それはそれで都合がいい。目立たなくて済むしね。それに4人にはわざわざ知らせない方が無難だろう。シズカさんをやっかんだりして絡んできたらめんどくさいだけだ。
「それと、私思い出したの。以前ここの店で見かけた女性……ジェフと結婚したあの人をどこで見かけたのか。」
え?
「あれってリリス様よね?グラーツ王国の王女の。」
おお!?
……ついにわかってしまったか。
「以前の彼女の国を訪れたときに私会ったことがあるの。女性同士だったから、グラーツ王国での案内とかも彼女が付いてくれたわ。まだお互い幼かったこともあって、すっかり大人になったリリス様を見たときにはすぐ思い出せなかったけど。」
あぁ、これはやばい。
「リリス様がここにいてジェフと結婚。そして関わりがなかったはずのグラーツ王国でなぜか勇者として活躍したシズカ。少数で一国にも匹敵する力を有する謎の集団。」
……バレたか?
「タロー、あなたのところのみんな……スミスカンパニーがグラーツ王国で王位奪還の手助けをしたのね?」
「……まぁ……少しだけ?」
ここはさすがに隠し通せないな。まぁ、元々色々とバレ始めてたし時間の問題だっただろうな。
「やはりそうなのね。いえ、仕事としてやったのだから私は口出すつもりはなにもないし、素性を隠したのは流石だと思うわ。」
「その後のいざこざには巻き込まれたくないですしね。」
「シズカも勇者として認められたわけだし、文句をつけるつもりもない。」
ん?だったら何が言いたいのだろうか。
「魔王の討伐に力を貸して。」
だよね。
「でも勇者がいますよね?」
「勇者たちだけでは無理だと判断されたときだけでいいんだ。俺たち騎士団も出るが、魔王の力は未知数。」
つまり、どんな強敵かわからないから保険がほしいと。
最初から俺たちを利用するわけではなく、自分たちの力でなんとかならなかったことを想定して、その時のために……少しでも魔王の脅威から民を救う為に、王女と近衛騎士の隊長が自ら動き、わざわざ俺のところに来たってことか。
「わかりました、なんとかならなかった場合は手伝いましょう。」
でもさすがになんとかなると思うんだよなぁ。シズカさんはかなり強くなってるし、シズカさんのお仲間になった3人もすでに勇者を超える力をつけている。
予想よりもかなり早いペースで力をつけた3人は、先日買い物に来たときにはシズカさんの仲間として申し分ないと思えるステータスだった。
過去の勇者を優に超えるステータスだったので、そのステータスがバレた時の周りへの反応を説明し説得させた程だ。まぁ、シズカさんの近くにいてその影響で成長スピードが上がったことにして、それがバレたらシズカさんの周りにはたくさんの人が集まり迷惑をかけると説明したらすぐに納得したが。おかげで、わざわざ隠蔽スキルのオーブあげて、隠蔽するように言ったほどだ。
ちなみに特製のスキルのオーブでレベル10のまま獲得できると説明してある。実際はスキルの取得と同時に俺がスキルオペレーターでレベル10まで上げた隠蔽スキルをを与えたのだが。そして、かなり希少なオーブで、彼らに与えた3つしか発見されてないと言い、大金を請求した。払える額ではないので、お金の代わりにこのことを絶対に誰にも話さないことを約束させてある。ついでに他のスキルレベルも少しずついじって、スキルレベルを上げておいた。スキルとステータスの調和がなるべく取れるようにしたつもりだ。
そして、3人に与えた獲得経験値増加スキルの付与されたネックレスは回収し、新たにネックレスを与える。獲得経験値増加スキルをなくし、結界と全耐性だけが付与されたものだ。今度は無期限の効果と伝えてあるので常に身につけておいてくれるだろう。獲得経験値増加スキルは外したが、この世界の者が普通に成長しても、今の彼らに勝てない。これから成長がかなりスローペースになったところで彼らの力に追いつけるような成長をすることは不可能。よってすでに人外な彼らには獲得経験値増加スキルはいらないだろうという判断だ。あってもいいかもしれないが、そこまでお人好しではないため、外しておいた。あとは彼らの努力次第である。
「ありがとう、タロー。」
と、マリア様の言葉と共に、ひと心地ついたような顔でお礼を述べる3人。
「こちらもタローに頼むには理由があるんだ。」
他にも理由が……?
「勇者が弱いとか?」
「いや、すでにレベル60を超え、ステータスも騎士や冒険者を軽く超えるものになっている。」
さすが勇者、成長が早い。
勇者が勇者たる所以はその成長の速さなのではないだろうか。アンドレさんの話によると、なぜかレベル60を超えると急激に成長スピードが落ちるようだが。それでも一般的なレベル60よりはステータス値に補正がかかってるらしい。
ではなにが理由なのだろうか。
「魔王の出現は出現確認とともに大まかな発生場所が予知される。ちなみに出現の確認と言っても、それも予知だから、まだ数ヶ月先に魔王は出現すると思われる。」
「予知の範囲での出現確認って事ですね。」
「そういうことだ。」
毎回思うけど、その予知能力ってものすごいよね。
未来視みたいなもんなのかな?出現するところが見えるとか。それが確認されたから出現確認なのか?
「その予想発生場所がフレンテ王国の隣国、マシバという国だ。その国の領内の森の奥へ奥へと入った場所、人が立ち入らない程の奥深いところでの出現という話だ。」
ほう。隣国であれば移動距離が短く済んで、準備に時間がかけられてラッキーじゃないか。
ちなみに、マシバというのはガラとは反対側の隣国らしい。
「そこに現れた魔王は人里に向かって進行を進める。」
「森の奥から人里へ向かうとなると、大体の位置はわかるけど、どこへ侵攻するかはわからないのですか。」
「あぁ、そういうことだな。だが、大まかな予測はつくし、なるべく森の奥での接触を果たせれば人里へ被害が出る前に侵攻を食い止められる。」
「それだと森の中での戦いになるから大変ではありますよね。しかも奥となると魔物もそれなりに高ランクのものが増えますし。」
「あぁ、そうなんだ。だからこちらも数を多く整えるしかない。それに加えて勇者の力を頼るしかないのだ。」
まぁそうなるよね。森から出てくるのを待てばそれだけ規模も大きくなり、被害が増えそうだし。
「隣国からの援軍も来る予定にはなっている。勇者もいる。だが、問題が1つ。魔王の発生が2回あるようなんだ。」
「え?2回?」
「あぁ、2回だ。」
「連続で?違う場所で?」
「恐らくは違う場所で同時に発生する。こんなことは今まで起きたことがないから、予測行動しかできない。そのため、もう一方の勇者とその周辺国家は、もう一方の予想発生場所へ向かうことになった。」
アンドレさんの話を纏めれば、本来はセレブロに隣接する人族の国の大半が協力して魔王討伐に当たれるところが、今回は2箇所で発生することを考慮して、戦力を二分しなくてはならなくなったから、わざわざ俺のところまできて最悪の事態に備えたいってことか。、
「魔王はどれ程強いのですか?」
「過去の例を考えれば勇者がいれば辛うじて勝てるだろうと思えるレベルだ。」
勇者たちで勝てるだろうレベルならなにも問題ない気がするけど……。
「だが、魔王もさることながら、魔王が引き連れてくる大量の魔物たちが厄介なのだ。」
あぁ、森の奥からくるからな。高ランクの魔物も引き連れてくる可能性もある。
たしか奥地にはドラゴン系の魔物とかもいたもんなあ〜。
「高ランクの魔物を始め、かなり多くの魔物を引き連れてくると思われる。それを対処しながら魔王を討伐しなくてはならないとなると、今回のように戦力を二分したのは厳しい選択なんだ。」
なるほど。高ランクの魔物も含めて引き連れて来るとなるとたしかに脅威だな。数の暴力は侮れないし。だからなるべく奥地での接触を狙うのか。引き連れる魔物が増えすぎる前に叩こうという魂胆だな。
それでも奥地へ行けば行くほど、魔物のランクも上がり、その魔物達との戦いも必至となる。つまり、奥地へ行けるのは勇者を始めとした高ランクの冒険者や、熟練の騎士達くらいなわけだ。
戦力を二分したということは奥地へ向かえる戦力をも二分したことになる。
それはたしかになかなか厳しいと戦いになりそうだ。
「森の中に1次防衛線、森を出たところに2次防衛線を張る。」
「つまり、勇者が敗れ1次防衛線を突破された場合、森を出て人里に被害が出ないよう、2次防衛線までで進行を食い止める援助をしろということですか?」
「あぁ。そこでなんとか食い止めたい。しかし、1次防衛線が突破された場合、そこの戦力で止められなかった魔物たちを2次防衛線で食い止めるのはほぼ不可能だ。それゆえ、タローに力を借りにきたんだ。」
なるほどね。まぁ、シズカさん達いるし、たぶん出番はないだろうけど。
「わかりました、留意しておきましょう。」
「魔王の動向についてはなるべく早くこの屋敷に連絡をするようにするわ。もしもの時はお願い。」
待機してるくらいなら構わないかな。
「それと、ポーション類の注文がしたい。」
「それは構いませんよ。こちらもそれは商売ですからね。」
ポーションなどの大量注文を受けて、話がひと段落する。
「少し休憩にしましょう。」
そう言って俺は席を立ち、ロシャスと共にキッチンへと向かい、昨晩リーシャ達の手伝いのもと完成させたプリンとゼリーを持って戻る。ロシャスにはお茶を頼んだ。
「よかったら食べてみてください。」
プリンとモモのような味の果物のゼリーをそれぞれ皿に取り分けじいやを含めた3人に差し出す。
「これは?」
口ではこれは?と聞きながらもすぐにでも食べたそうにするマリア様。
「プリンとゼリーという食べ物です。うちの新しい甘味なんですけど、味見してみてください。」
その言葉を合図に3人ともプリンを口へと運ぶ。
「ほう。これはまたなかなかの甘味ですな。タロー様のところへ来るといつも珍しい物がいただける。とくにこの焦げ茶色のソースは甘さの中に苦味もあって美味しいですなあ。」
お、意外にも一番最初に反応を示したのはじいやだ。
じいやはカラメルがお気に召したか。でも、砂糖の質……というか砂糖なのかよくわからない、ベントレで醤油と一緒に購入したあの物質から作ったカラメルは俺的にまだ納得いっていない。でも現状砂糖と思しきものはあれしかないので代用している。メープルシロップとかでもよかったが、やはりプリンにカラメルは欲しいところだ。
プリンの中に加える甘味などならその砂糖もどきでなんとか誤魔化せるが、カラメルは砂糖の味がモロに出るのでもう少し質の良い砂糖を作りたいなぁ〜。
しかし、砂糖もどきが見つかったことで、砂糖を入手、もしくは加工し、得る事ができる可能性が出てきたわけだからよかった。
「こちらのゼリー?なる物は甘さを感じさせながらもサッパリしてうまいですな。こちらの方がじい好みであります。」
と、再び口を開くじいや。
なかなか感想を述べない2人を見てみると、夢中になって食らいついている王女と騎士。この2人の甘味に対する執着が恐ろしい。
あの砂糖もどきが非常に高値だったことからもわかるが、この世界では甘い物は高級品だ。あの砂糖もどきは高値すぎてなかなか流通しないのだろう。だから一般的にはハチミツなどで代用されているわけだ。そのハチミツも決して安くはないので貴族など、一部のお金持ちの口にしか入る事がほとんどなのだろう。
「……おいしいわ。」
「……うまい。」
ひとしきり食べ、ようやく口を開いた2人。
「おいしかったならよかったです。」
「こんな独創的な料理よく思いつくわね。それに料理人の腕もかなりのものね。」
「えぇ、リーシャ達のおかげで毎日美味しいものを食べれています。」
「リーシャ?リーシャといえばあの犬の獣人よね?」
「そうですよ。まぁ、女性はみんな料理上手ですけど、リーシャが一番上手ですかね。」
いつも料理に手を抜かないし、色々なアイディアを出して美味しいものを作ってくれる。
「そうなの……作っているのはあの子だったのね。てっきり専門の料理人がいるかと思っていたわ。」
「うちは女性陣が交替で料理作りますから、みんな上手ですけどね。」
メイの料理ですら一流料理人のフルコースを超える旨さだろう。
しかもマーヤのおかげでメイもなかなか主婦として優秀だ。
「そうなの……1人くらい王城の料理人としてきてくれないかしら。」
「……えぇ、嫌です〜。」
誰も渡したくない。王城なんて大変そうだし。
「そこまで嫌がらなくてもいいじゃない。」
「あ、いや、まぁ、なんかすんません。城で働きたいって言われれば喜んで送り出すんですけどね。」
スミスカンパニーの仲間の誰かが王城で働く事が希望なのであればそれを叶えることは吝かではない。それこそマリア様に頼んで働けるように取り計らってもらうことだろう。
「まぁ、いいわ。ここに来れば美味しいものを食べれることはわかったし。」
……え。それもそれで……。
本当に喫茶店感覚になりつつあるな、俺の家……。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回更新は9月16日(日)の予定です。