83話
夜は宿の部屋からいつも通りゲートで屋敷へと戻り風呂に入って寝て、翌日の朝、屋敷からゲートで宿へと戻る。
「おはようさん、その子達があんたの仲間かい?」
棟梁と冒険者ギルドで待ち合わせをしていたためギルドへ顔を出すと、バーカウンターのようになっているギルドの酒場にばっちゃんが座っていた。
「あ、ばっちゃんおはようございます。そうです、今日手の空いていた仲間を連れて来ました。」
連れて来たのはシロとクロとジーナとトーマだ。他のみんなは家のことと畑のこと、その他諸々仕事をしている。
もちろん王都の店は休業した。負担をかけるわけにもいかないしな。客には悪いが、スミスカンパニーのみんなに過剰労働させるわけにはいかない。
とはいってもオレの個人的な用事の為に休ませてるのだが……。
お客の皆様ごめんなさい。
俺は宿の部屋へ戻る前、村の外、少し離れたところへゲートで馬車ごと4人を連れて来ていた。それから宿に戻り、宿を出て、村の入り口で合流したことにしてある。4人はもともと商業都市から遅れてこの村へ来る予定になっていたことにしておけば不都合はないだろう。
「「「ばっちゃんさんおはよー!」」」
「ばっちゃん殿、おはようございます。」
「……ペギーだよ。」
女子組3人の息の合った挨拶とトーマの挨拶に呆れたように自己紹介をするばっちゃん。
「タローの家族と聞いて、多少は予想していたが……いきなりばっちゃんとはねぇ。」
あぁ、そこか。4人とも獣人だからそのことを言われるのかと思った。
首を横へ振って呆れている。
「あ、そういえば。」
どうせならトレント討伐しとくか。
そのうちやるつもりだったが、トーマはAランクだし、周知しといてもらうには都合がいい。
「カレンさーん!」
「はーい。おはようタローさん。どうしたの?」
受付で仕事をしていたカレンさんに声をかけながら受付カウンターへ向かう。
今日も冒険者ギルドは閑散としている……というか長閑である。
「実は、この男Aランクでしてね、トレントの討伐依頼受けさせようかと思うんですけど。」
と、トーマを紹介する。
「……ッ!!マ、マスター!!」
「なんだってんだい。」
やれやれといった様子でこちらへ歩いてくるばっちゃん。
カウンターに着くなり、カレンさんからトーマのこととトレント討伐のことを伝えられる。
「……それは本当かい?本当にAランクなのかい?」
「トーマ見せてあげて。」
トーマはポケットから出すフリをして、クランスミスのメンバーの証であるスミスの指輪から冒険者カードを取り出し二人へ差し出す。
実はスミスの指輪には時間停止無限収納の機能を追加してある。つまり指輪型マジックバックだ。
みんなには基本的に忍刀のようなものを護身用に持たせているが、常に持ち歩くわけにもいかないし、彼らが本来使う、自分専用の武器……俺なら黒刀、リーシャなら先端の方に向けて太くなっているシミターのような刀が2本、ジェフなら大剣2本、オルマなら槍、など好んで使う武器や、ポーションなどの薬品各種、エリクサー、ある程度のお金と食料などを携帯させている。それだけ持っていれば手ぶらで行動している時に万が一何かあっても大丈夫だろう。
指輪ならあまり邪魔にならないし、常に身につけておけるので便利だと思い、この様な仕様にした。何かあってからでは遅いので備えあれば憂いなしである。
まぁ、普段は普通のマジックバック使っているので、基本的には専用武器を持ち歩く為と非常用というのが目的だ。
「……本当にAランクのようだね。それならトレントの討伐頼めるかい?いや、さすがに1人では大変か……。」
「いえ、1人で問題ありません。」
トーマは表情を変えることなく淡々と答える。
「……そうかい。なら頼むよ。ただ無理はしなくていいからね。」
と、いうことで冒険者ギルドからの依頼を受けた……トーマが。
「タロー、おはよう!」
「棟梁おはようございます。」
受付でカレンさんから現在の大森林のトレントの状況などをトーマが聞いているのを後ろから眺めていると、いつの間にかやって来た元気な棟梁に声をかけられた。
「図面も大まかに完成した。腰も万全!もう少し設計を煮詰めたら早速作業に取り掛かろう!」
年の割に元気で、やる気満々である。
というか、腰の調子が良くなって元気になった感じである。
棟梁と設計の確認をしてから早速大森林へと向かう。
「こんなでけぇ風呂を作れなんて言うのは貴族くらいだぞ?それに外にまで作るとは変わったこと考えるのぉ、タローは。」
馬車に揺られながら、図面を確認していた棟梁が呟いた。
馬車はラナがひいている。
「今はお金の余裕がありますし、お風呂は好きですから。それに外で入るのも気持ちがいいんですよ。」
お金はマリア様を奴隷解放した時と、いつぞやの貴族と揉めた時の決闘の対価、あとはみんなが店や冒険者として稼いでくれる分でかなり余裕がある。
露天風呂の気持ち良さを知れば棟梁だって虜になるはずだ。お湯が温泉でないのは残念だが、普通のお湯でも問題ない。何かの効能が欲しければそれ用の入浴剤を作るという手もあるし、薬草湯だってできるのだ。
むしろ年寄りの多いこの村では薬草などで効能のある大浴場を作ればかなり人気が出ると思う。
「そんなもんかねぇ〜。家に風呂なんてないのが当たり前だからな。そんな発想はなかなかできねぇ。タローは意外といいとこの出なのか?」
「いえいえ、ただ単に仲間のおかげで商売がうまくいった平凡な商人です。」
1人ではここまで自由もできないだろうしな。
家が完成した暁には、棟梁を風呂へ誘うのもありかもしれない。
「さて、早速作業を始めようか。」
建設予定地へ着くと、棟梁は早速作業を開始しようとする。
予め、千年樹が硬すぎて普通の道具では作業できないことも伝え、必要な物はミーシャに作ってもらってある。それに切ったり持ったりはこちらがやることにしたので、俺たちは棟梁の指示通りに動くだけだ。
「タロー様、戻りました。」
「おかえり、おつかれさん。」
作業を始めて30分ほどでトーマとシロ、クロが戻ってきた。
彼らは先に大森林に入り、トレントの討伐へ向かっていたのだ。
「えれぇ早いじゃないか。トレント見つからなかったか?」
戻ってきたトーマたちを見て棟梁が尋ねる。
「いえ、既に討伐を終えました。普通のトレントも増えていましたが、目につく限りは討伐しておいたので、危険は去ったと思われます。」
さすがトーマとシロクロだ。仕事が早い。
「おいおい……それは本当か?Aランクってのはこんなにすげぇのか。」
いや、ただこの3人がものすごいだけであろう。
ドレイントレントと普通のトレント。3人の相手をするには弱すぎる。
棟梁は驚きはしたものの、仕事をする手を止めることなく、その驚きも一瞬顔を上げただけで、すぐに作業を再開してた。
彼にとっては、村で討伐に苦労していたトレントがあっという間に討伐されたことなど、目の前にある久々のやりがいを感じる大仕事に比べれば大した問題ではないのだろう。
「棟梁さん、これは?」
「それこっちにお願いできるか?」
「はーい!」
「ジーナちゃんはええ子やなぁ。可愛くて素直でいい女になるぞぉ。」
頬をだらしなく垂らし、微笑む棟梁。作業を開始し、棟梁の指示通りに俺が切った木を軽々と持ち上げる小柄で可愛らしいジーナを見て、棟梁は腰を抜かした。しかしそれはマジックアイテムのおかげだと納得してもらっている。
あ、ちなみに腰は抜かしたが、腰痛の再発はしていない。
今は可愛らしいく働き者のジーナを孫のように可愛がるただの爺に成り下がった。
「タロー様、我々も手伝います。」
「休憩しててもいいよ?まぁ、少し休憩したら棟梁の指示を仰いでくれ。」
トーマは真面目なので、休憩しろと言われれば休憩する男だが、座った瞬間立ち上がり、棟梁の元へと向かっていった。それで休憩は終わりらしい。
「トーマも少しはシロとクロを見習ってダラけたらいいのに。」
シロとクロはといえば、ちゃっかりマイティーセットみたいな物を取り出しておやつタイムしてのんびりしている。
なんともマイペースな2人だ。
「おーい、タロー。ここの作りなんだが……。」
その後も棟梁と相談を重ねながら作業を進める。このペースで行けば通常の家を建てるよりもはるかに早い時間で家が建つことだろう。
▽▽▽▽▽
夕方、日が落ちる前に1日の作業を終え、村へと戻る。
「それじゃあ、また明日頼むぞ。ジーナちゃんもシロちゃんもクロちゃんもお疲れ!」
笑顔で3人娘に手を振って去っていく。棟梁としての威厳を全く感じない、ただの可愛い娘が好きな爺である。そして3人も笑顔で手を振り返している。
棟梁にとってこの3人はすでにアイドルの様な存在になっているようだ。
トーマとオレにはお疲れなしだし。とんだ差別である。
「とりあえず先に冒険者ギルド行くか。」
棟梁が去って行くのを見送り、5人で冒険者ギルドへ向かう。
「カレンさん、ばっちゃんいますか?」
ギルドへ入ると、未だに仕事をしていたカレンさんに声をかけた。この人は本当に働き者だ。過労で倒れない様にしてほしいものだな。
「タローさん、おかえりなさい。今呼んでくるね。」
いつものように2階へとばっちゃんを呼びに行くカレンさん。
「帰ったのかい、タロー。家の方はどうだい?」
階段を降りてきながら声をかけてくるばっちゃん。
「おかげさまで順調です。それでトレントの事なんですけど。」
「あぁ、流石に1人じゃ厳しかったかい?いや、なに、無理はしなくていいんだ、とりあえずどんな様子だったかを報告してくれるとありがたいねぇ。」
あぁ、討伐したとは思わなかったか。
その言葉を聞いて、トーマがトレントの討伐証明部位を取り出し差し出す。
「……これは。」
「マ、マスター、これはトレントの。」
「……あ、あぁ、そうだ。それにこの特徴があるのはドレイントレントの物だ。もう討伐してきたって言うのかい?」
トーマを見てそう尋ねるばっちゃん。
「はい、討伐してまいりました。他にも普通のトレントも討伐しておきましたので、森林は今までの様な状態に戻ったのではないかと思います。」
「なっ……そこまで。Aランクでもさすがに手こずるかと思ったが……それにトレントもかなり増えているはずだ。そんな簡単な話ではないと思うのだが……。」
そうなの?トレントだろ?ドレイントレントを中心にトレントが増えているとは言ったけど、Aランクが手こずるほどだったのか。
トーマの顔を見るとトーマもそれ程とは思っていなかったのか、あまりわかっていない顔だ。
「その顔を見る限り対して手こずりもしなかったようだね。」
まさにその通りだと思われる。
「まぁ、ばっちゃんはあまり納得してないかもしれないけど、とりあえずトレントの脅威が去ったのならよかったんじゃないですか?」
「納得してないわけじゃないさね。ただ、ランク以上の実力なんだろうと思っただけさ。」
呆れた様に首を振るばっちゃん。
「タローの言う通り、トレントの脅威が去ったのは助かった。お礼を言わせてくれ。」
ばっちゃんとカレンさんが頭を下げる。
「いえ、俺はやるべき事をやっただけですので。」
と、トーマ。
だが、彼もお礼を言われて悪い気はしないのだろう。尻尾が小刻みに動いている。表情も若干緩んでるし。
「タロー、あんたにも感謝してるよ。」
「え?俺ですか?俺は家作ってただけですけど。」
「あんたが来なきゃトーマだって来なかったろ?私はなるべくこの村から出るわけにいかないし、高ランクの冒険者を雇うにも金やら体面やらで悩んでたところだった。」
「そうですよ、タローさん。これで村の若い冒険者のみんなも仕事に復帰できます。」
そんなもんか。
「わかりました、感謝の気持ち受け取ります。」
トーマの様な獣人も差別なく接してくれるし、感謝もしてくれる。2人ともいい人たちだ。
その後は、ギルドを出て、宿でみんなの分の部屋も取って屋敷へと戻った。宿のおばちゃんも何の抵抗もなくみんなに部屋を提供してくれた。
これから家が建つまでしばらくは、この宿と屋敷とを行き来することになるだろう。
ま、普通よりも早い期間で家が建つだろうからそんなに長くはないだろうが。
いつも読んでいただいきありがとうございます。
次回更新は9月9日(日)の予定です。