82話
少し早いですが更新します。
「こいつぁすごいぞ!スーッと痛みが引いた!」
飛び跳ねるような足取りで興奮気味に奥から戻って来た棟梁が、腰に感じていた痛みが消えた喜びを口にした。
悲鳴に似た叫び声を聞いた時には不安になったが、鎮痛の効果は発揮したようである。
「まだ治ったわけではないですからあまり無理はしないでください。」
捻ったり回したりと動きながら痛みがないことを確認していた棟梁に告げる。
「3日もすれば完治するとは思いますけど、再発しないように気をつけてください。」
強い回復魔法を付与しているわけでもないし、表面的な怪我ではなく、内側に患った部位を徐々に回復させるような物なので、即効性があるわけではない。でも3日で治るなら早いほうだろう。今回は俺自らが回復魔法を付与した湿布を使用したが、薬草などの調合によって同じような効果が得られる湿布を作ることもできている。それならば回復魔法を使えない者でも薬師のスキルがあれば作れる。というよりも、薬師のスキルを持っていて、回復魔法も使え、さらに錬金のスキルなどで付与魔法も使えるからこそ作れたものであって、普通であれば薬草などで調合した方の湿布の作り方が常識的だ。しかし、治癒にかかる時間は倍ほどに伸びるだろう。それでも、どちらも鎮痛剤の役割としては即効性があるので、痛みが引くだけでも楽にはなるはずだ。
湿布のように体に貼り付ける形態としてこういう薬を作っている者がこの世界にいるかどうかはわからないが……。
「見たこともない薬だねえ。タローんとこの特製かい?」
ばっちゃんは上半身裸で腰に湿布を貼り付けている棟梁を見ながら聞いてくる。
「えぇ、そんなところです。」
実際、上級ポーションなら一瞬で完全に回復できるだろうけど、中級ポーションくらいでは治った気がしてもすぐ再発するはずだ。しかも上級ポーションはそれなりに高価な物。そんな高価な物は平民には手が出ないし、腰痛などのために使おうと思う者はなかなかいないと思われる。
腰は体を支える重要な部位なので、しっかりと治した方が後々の為になる。とりあえず、腰の為というわけではなく、たまたまではあったが、切り傷などと違ってじっくりしっかり治す必要があると思われる怪我や炎症の治療に対して使えるかな、と考えて作った湿布があってよかった。
「これなら城でも作れるわい!」
と、早速調子に乗る棟梁。
流石に城ほどの家はいらない。
「しまった……。」
と、思ったら突然頭を抱える棟梁。
「ど、どうしたんですか。」
絶望的な顔でこちらを伺う棟梁。
「なんだってんだい。」
そんな棟梁を呆れたように見るばっちゃん。
「人手が足りねぇ。」
詳しく話を聞くと、腰痛もひどくなり、歳も歳だったので、仕事から引退していた棟梁の弟子達は全てベントレで仕事をしているらしい。つまり、今この村で建築系の仕事ができるのは棟梁だけ、ということらしい。
久々の腰痛から解放され、やる気に満ち溢れはしたものの、人手がないことに今になって気づいたようだ。
「人手はこちらでなんとかします。棟梁は棟梁にしかできないことと、指示をしてくれればなんとかなりませんか?」
設計したり、細かい仕事したり。
力仕事なら余裕だし、切ったりも余裕。
指示出してくれればそれなりに働けると思う。
「それならなんとかなるか……。」
難しい顔ではあるものの、やってはくれそうな雰囲気だ。
てやんでい!職人じゃねえてめぇが手だすなぁ!とかいう感じでないところが救いである。
「あとは色々相談して決めましょう。無理そうならこの話はなしってことで構いません。棟梁も中途半端な家を建てるわけにもいかないでしょうし。」
「……そうじゃな。人が住めねぇ家は作れねぇ。無理なら人を呼び集めることができてから仕事させてもらう。」
お、俺の力じゃ無理だったとしても、最終的には弟子達集めてやってくれるようだ。やはりいい人である。
「んじゃ、早速家を建てる場所を見に行こうかね。」
と、ばっちゃん。
「なんだ、場所はもう決まってるのか。」
「はい、村長にどこでもいいと言われたので土地だけは確保して来ました。」
森林の中にだが。
さっそく2人を連れ、家の建設予定地へと向かう。
「……おい、こんなところになぜ道がある。」
「……私は何も知らないよ。タローに聞いておくれ。」
森林の中へと続く道の入り口で、2人がコソコソと話していたがとりあえず歩みを進める。
「……タロー、本当に森林の中に住む気なのか?」
ばっちゃんが、後ろから声をかけてきた。
「はい、住みます、決定事項です。」
これは曲げられない。こんなに空気の澄んで静かな心地のいいところはなかなかない。
ばっちゃんもこの一言以外は声を上げずに、棟梁も一言も発せずに後ろをついてきた。
「ここです。」
「おい、なんでこんなところが拓けてるんだ。」
「私は知らないよ、タローに聞いておくれ。」
さっきと同じような会話をしながら2人は説明をしろと視線を向けて来る。
「……土地を確保しました。」
「……そんなことわかっちゃいるんだがねえ。こんな拓けたところは森林の中になかったはずだが。」
と、ばっちゃん。
そりゃ今日木を切って地面をならしたからな。
「ここまでの道もなかったはずじゃぞ。」
と、棟梁。
そりゃ今日木を切って道を作ってきたからね。歩きやすいと思うんだけどな。道といっても小さめの馬車が通れる幅程度の道だが。
「両方とも、運が良かったんでしょうかねぇ。」
と、のたまえば、ジト目を向けられる。
「……。それでここに建てることはわかったが、これだけの広さがありゃそれなりの大きさの家が建てれるぞ?どれくらいの家を建てるつもりなんだ?住むのはタローだけか?」
聞いても仕方ないと思ったのか、早速仕事の話をしてきた。さすが棟梁。こういう人は好きだなぁ。
「15人〜20人くらいは住めた方がいいです。」
全員がこっちの家に住めなくてもいいだろう。地下の森には簡単に行き来できるようにするので、王都の屋敷との行き来も楽だ。というより、家を増築するようなイメージで俺は家を建てるつもりだ。
……地下の森に家を建てるのもありっちゃありだなぁ。スミスカンパニーのみんなが住む分にはその方が楽かもしれない。ただ、家を建てるとなるとやっぱり棟梁みたいな専門家の意見と知識が欲しいところだ。
「そんなにたくさんの人が住むのかい?」
「えぇ、家族……のような仲間がいますから。」
もはやみんな家族だよなぁ。
俺だけがこんなこと思ってたら悲しいけど。それでも俺にとってみんなは大切さな家族だ。
「あとは風呂をこだわりたいのと、離れのような小さめの建物も欲しいですね。」
風呂はこだわる。と言っても檜風呂と岩風呂を作りたいだけだが。
檜は内湯、岩は露店にしたい。ここは空気も澄んでいるし、明かりもない。風呂に入りながら眺める夜空はきっと綺麗だろう。
離れのような家は、薬師の小さな店でもやるつもりだ。その店の半分くらいは喫茶店のような店にするのもありだな。村では薬屋メインの商人兼喫茶店の家的な認識でいてもらえればいいと思う。
森の中にひっそりと佇む緑に囲まれた喫茶店……。なんて素敵なんだろう。
「そうなると、家はあの辺りだな。それで離れはこの辺で、母屋と繋がっていれば楽だから……。」
棟梁の方を見ると早速色々な構想を練り始めていた。
「よし、とりあえず明日までに簡単な設計図を書いておく。それを見てまた詳しく煮詰めるってことでどうじゃ?」
明日か。仕事が早い爺さんだな。
「わかりました、それでお願いします。」
明日数人手伝える人を連れてくればいいだろう。最悪、王都の店は休業だな。これは仕方ないことだ、うん。
「それで、家を建てる材質はどうする?木造でこの大きさとなるとそれなりにいい木が必要じゃ。仕入れるのにちと時間がかかるかもしれんぞ?」
「あ、それはこれを使って欲しいんですけど。」
オレはマジックバックから千年樹を取り出す。
「「……。」」
おっと、2人とも目を見開いて沈黙してしまった。
「こ、これは……百年樹か……?いや、でも違う気も……。」
棟梁は出された大木を触りながら呟く。
「いい木じゃないですか?これなら大丈夫かと思うんですが……。」
「あ、あぁ。大丈夫だろう。かなりいい木だ。わしも初めて見たが……。」
そりゃそうだろうとも。
「これでも一応商人ですから。色々といい物は手に入れておくことにしてるので。」
「……呆れた。木のことも大概だけどねぇ、あんた、そのマジックバックはおいそれと外で使うんじゃないよ。」
今まで沈黙を守っていたばっちゃんが口を開いたと思えばマジックバックのことだった。
「……あ。」
ちょっと迂闊だったか。みんなにはあれほど注意しろって言っておきながら俺がやっちまった。
たしかにこんな小さなバックからこれほどの巨木を2本も取り出せば、その辺で見つかるマジックバックに比べて、容量の上限が飛び抜けて高いことは明白だろう。
「……内緒でお願いします。」
とりあえず2人には頭を下げてお願いしておいた。
「まぁ、あんたには魔物避けのことで世話になる約束だしね。それでチャラにしてやるさ。」
気のいいばっちゃんだ。
あとで、お礼にハーブティーでも分けておこう。カレンさんも喜ぶだろう。
あ、今度はフルーツティでも作ってみようかなあ。
棟梁が木の性能を確かめ、だいたいの建設予定の概要を立てたところで村へと戻る。
緑に囲まれたいい家ができそうだ。今から期待に胸が膨らむ。
「こんにちは、また一部屋お借りできますか?」
「あら、あんたはこないだの!また来てくれてありがとさん!この前と同じ部屋でいいかい?」
村へ戻って俺は村唯一の宿へ来ていた。
「はい、大丈夫です。とりあえず一泊お願いします。」
「はいよ!」
ここの店主はふくよかな体をした明るく元気なおばちゃんだ。基本的にはこのおばちゃんが一人で経営しているようだ。それなりの大きさの宿ではあるが、泊まる人が少ないため一人でも大丈夫らしい。
それでも大所帯の商隊や、冒険者のパーティーが何組か重なった時など、忙しい時は近所のおばちゃん達が手伝ってくれるので、なんとかやっていけるとのこと。これだけ大きな宿で、村唯一となれば、村民以外の人の来るタイミングが重なってしまったらかなりの忙しさになるだろう。
おばちゃんに前金を払い、部屋へと上がる。
おばちゃんは元気印で優しい人。料理もそれなりにおいしい。時間になれば村人が食事だけしに来ることもあるほどだ。
そしてなにより、かなりの年数経つだろう古い建物で、この大きさの宿を一人でこれほど清潔に保っていることがものすごく好感が持てて、気に入っている。
「明日は、家の設計図の確認だな。他にも準備が色々必要か。」
木材はあるものの、他の物は何も手に入れていない。いや、正確には、さまざまな道具や材料はあるし、作れる。しかし、持っていない物や、すぐに作れない可能性もあるので、必要な物は棟梁に確認しなければならないだろう。
家で使う灯りや、台所の火など、その他様々な道具は魔法具として売っているが、俺が王都の家で使っているのはさらに使いやすいように改良を施した物が多い。新しく作った家にも買ってある物を改良したり一から作り上げて設置する予定だ。今度は冷蔵庫っぽい物を作ろうかなぁ〜。
大体のものはエネルギーとして魔石が必要だったり魔力を流す必要があったりする。だが、魔石はゴブリンのような弱い魔物の物でも大丈夫だし、家には大量の在庫がある。
兎にも角にも棟梁と色々相談してからだな。
「さて、明日は誰が手伝いに来てくれるかなぁ。」
みんな忙しくしてるので少しだけ不安なタローであった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回更新は9月5日水曜日の予定です。