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80話




「よっこいしょ。」


「おや、タロー様お戻りになられたのですか?」


なられたのですかっておい。


「こういうのって騎士の仕事な気がする。」


そう言って女騎士を見ると、彼女は幸せそうにヨダレを垂らして寝ている。


「今日は無理でしょう。大目に見てやってはいかかですかな?」


「いや、別に気にしてないよ。」


あの騒ぎでも目を覚まさないのだから幸せな騎士だ。よほど疲れていたのかもしれない。あと、満腹の幸福感かな。


「それで、広場へは?」


「え?広場?行くわけないさ。」


「左様ですか。」


そうですよね。みたいな顔で納得してる。ロシャスは最初から行くわけないと思ってたな。


「左様ですとも。勝手に決めて勝手に出てっただけだろ?俺なんも返事してないし。」


彼らは勝手に盛り上がって勝手に広場へ向かったのだ。俺には関係ない。広場の場所もわからんし。


「ではそろそろ参りましょうか。」


「あぁそうだね、帰ろう。」


「お、おまえ結構いい度胸してるな。」


マスターの顔が引きつっている。


「そうですか?酒飲んで気が大きくなるのは結構。ただ、人に迷惑かけるのはよくないですからね。」


「あぁ、こちらとしても助かったが……本当にいいのか?目をつけられるぞ?」


おぉ、心配してくれていたのか。


「大丈夫ですよ。きっと顔を合わせることもない……とも言えないかもしれないですね。またここに来たいですし。まぁでも酔っ払ってあまり覚えていないでしょ。」


きっと。たぶん。おそらく。


「また来てくれるのはありがたい。この酔いつぶれたバカ騎士もちゃんとした時に礼を言いたいだろうしな。」


親指で騎士を指しながらバカ騎士とのたまうマスター。

この若い女騎士は平民に好かれているのかもしれない。いや、好かれているのだろう。だからマスターもここまでよくしてくれているのだ。


「それじゃあ、ごちそうさまでした。また。」


マスターに金を払い、店を後にする。


とりあえず今日のところはゲートで家に帰った。


この街のことをもう少し色々知ってみたいが、いかんせん広く、店も多く、人も多い。

人混みに長くいるのはつらいので、田舎に拠点を作ってそこから通うくらいにしたいところだ。


実はその田舎にひとつ候補がある。え、ゲートで来ればいいって?それはそうだけど、田舎のマイホームも欲しいじゃん?

今日、さっきの店でマスターと話していた時、この商業都市の元の街のことを聞いたのだ。

はるか昔、商業都市はもう少し南にあったらしい。しかし、その街は大森林に隣接して発展したため、だんだんと大森林に侵食され始め、街が森に取り込まれ始めた。そこで、当時の領主は、港からも近く、南からの商人も通過しやすい今の場所に街を移し、商業の中心としてさらなる発展を遂げさせたという。


では、元商業都市であったその街は今どうなっているのかというと、街の1/3ほどはすでに森となってしまったが、街ではなくなり村として残っているようだ。大森林に隣接する村として今でも少なくない人が生活をしている。

商業都市より物価は安く生活しやすい環境ではあるものの、常に大森林から入り込む魔物を警戒しないといけないという感じらしい。そのため、街の時代からある冒険者ギルドなどもそのまま健在で、冒険者を中心に魔物の警戒、あとは魔物避けの魔道具などで対処しているようだ。

しかし、すぐ近く……馬車で1日もかからない場所にある商業都市の方が魅力的なことは変わらず、その村の冒険者も少なくなり、今では商業都市の冒険者ギルドに依頼を出して、その依頼を受けた冒険者が村に滞在するという形が多くなってるらしい。商人もわざわざ商業都市の手前で休むことはなく、そこを通過し、商業都市へ入る者が圧倒的に多い。

でも、商業都市に入るには遅くなり過ぎた者や依頼で来た冒険者はその村には泊まるし、一応は大規模な村という感じではあるようだ。


その話を聞いてかなり興味をそそられた俺は早速明日そこを目指すことにしている。




▽▽▽▽▽




「ここかぁ。」


目の前には割と大きな規模の村がある。元街なだけあって、よくある村とは違い、建物も多いし、気持ち程度の城壁もある。たしかに奥の方は森林が見えているので本当に取り込まれつつあるのだろう。


「とりあえずは情報収集と散策だな。」


村に入る時に身分証明を確認するなどのこともなく普通に入れた。


村へ入り、様子を眺めながら歩く。

この村にはかなりの数の老人が住んでいるようである。あちらこちらにおじいさんおばあさんの姿が見て取れる。まぁ、元気に出歩き、楽しそうに談笑しているので、まだまだ若いと言い張るかもしれないが。

もちろん若い住人もいるし、子供もいる。それなりの雑貨屋のような商店や、居酒屋や食堂のような店もいくつか店を開けていた。


少し奥まで行くと森が迫って来る。奥へ奥へと進めば進むほど、森が深くなって行く様子を見れば本当に飲み込まれているのがわかる。


しかし、大森林は空気も澄んでいて、静かでものすごく心地がいい。環境的にはものすごくいい場所だ。

奥へ行き過ぎたら戻れなくなりそうなので、引き返して村に戻ることにした。


「お、ここは冒険者ギルドだな。」


冒険者ギルドのマークのある建物を見つけたので中へ入ってみた。


「……おぉ。」


今まで見たどこの冒険者ギルドよりも人が少なく、熱気がない。よく言えば静かだ。

王都やラビオスの冒険者ギルドは常に熱気に満ち、活気がある。飲食コーナーでは昼間から酒を飲む冒険者がいたり、ある程度高ランクの冒険者らしき人もギルド内で見かけたりしたが、ここのギルドはそんなイメージと打って変わって、ちょっと寂しさを感じさせる、そんな雰囲気だ。冒険者もいることにはいるが、まだ若い者が多い。きっとランクもさほど高くはないだろう。


とりあえずギルド内の様子を観察しながら依頼ボードを見たりしてみる。


ゴブリン討伐薬草採取簡単な依頼から少し高ランクの依頼まで結構な依頼が出ていた。


「大森林は思いの外、魔物が多いのかもしれないなぁ。」


「あ、あのー。」


「え?あ、はい。って俺?」


声をかけられたかなぁと思って後ろを振り向くとギルドの制服を着た女性が立っていた。


「あ、あの、もしかしたら王都や他の都市からきた高ランクの冒険者様ではないでしょうか?」


「いえ、違いますよ。Eランクですし。」


俺のどこを見てそんな勘違いをしたのだろうか。


「そ、そうですか……勘違いしてしまってすみません。」


頭を下げる女性職員。


「何かあったのですか?」


「あ、いえ……。」


少し悩むそぶりをしたが、彼女は話し始めた。


「実は最近大森林にトレントが増えていまして……。」


顔を伏せながら語る。


「それにドレイントレントの目撃情報もありますので、低ランクの冒険者はなるべく奥へ行かないように指示が出ています。それと、森林の不安定な状態が続くのは困るので高ランクの冒険者の雇うか検討されているところです。」


ドレイントレントか。トレントの性質に加えて、枝に魔力や生命力を吸い取る能力があるトレント。

たしかに低ランクの冒険者が下手に手を出すべきではないか。


「ですが、村に金銭的余裕がないのも事実ですし……でも早く対処しないと被害が出る気がして……。」


そう語る彼女の顔には心底村を心配する気持ちが現れていた。


「それで、その……村では見かけない方だったので声をかけてしまいました。すみません。」


「なるほど。事がことですしね。気にしていませんよ。」


そう営業スマイルを浮かべて返事を返す。


「だ、誰か!ギルドマスターいないか!?誰でもいいからこいつを助けてくれ!!」


ギルド職員の女性と会話をしていると入口が勢いよく開けられ、若い冒険者らしき男が2人入ってくる。


「ど、どうしたの!?」


慌てて職員の女性は2人の方へと向かう。

冒険者の片方の男は全身から血を流し、ぐったりして顔色も良くない。

その男を支えながらここまで運んできた男の方は怪我をしてはいるが命に別状があるわけではなさそうである。


「た、たいへん!!マスター呼んできます!!」


彼女はその現状を理解するとすぐにギルドの2階へと駆け上がり、1人の初老に差し掛かる程の女性を連れて降りてきた。


「なにがあった!?」


その女性は声をかけつつ、2人の元へと駆け寄る。


「い、いつのまにかトレントに囲まれて……それで……。」


重症の男を担いできた男は座り込み、下を向きながらつぶやく。


「わかった。今はとりあえず治療だ。ポーションありったけ持ってきておくれ。」


先ほどの女性職員に指示を出し、重症の男の様子を伺う女性。


「マスター、今、在庫がこれだけしかありません……。」


どうやら2階から降りてきた女性はギルドマスターのようだ。

そして、女性職員が手にしているのはポーション。それも5本ほど。全て下級のように見える。


「ちっ。下級しかないのかい。まいったねぇ。この村には回復魔法使えるやつもいないし、薬師のばあさんは死んじまったし。」


一応この村にも薬師がいたんだな。


「とりあえずそれを傷にかけてやっておくれ。」


下級のポーションを順々に傷に直接かけて行く。しかし、傷はほとんど治癒していないように見える。


「やはり、下級じゃ間に合わない。ばあさんが死んですぐにベントレで買っておくべきだったか。」


もう打つ手がないというように一様に下を向き、悔しそうな顔をする。


「あのー、これ、買いますか?」


と、俺はそんな葬式ムードをぶっ壊す能天気な声で中級ポーションと上級ポーションを5本ほど出してギルドマスターに声をかける。


「あんたは……見ない顔だね。とりあえずこれは買わせてもらう。金は後で払う、それでもいいかい?」


怪我の状態からしても一刻の猶予もないだろう。


「えぇ、構いませんよ。」


まぁ、たぶんうちの中級ポーション2本も使えば傷は塞がるだろうしな。


ギルドマスターは中級ポーションを1本傷にかけ、もう1本を直接飲ませている。


うん、予想通り。2本で足りそうだ。


ひとまず傷もふさがり、男な状態も落ち着いたところでみなの顔にも安堵が広がる。重症の男性はまだ目をさましていないが、連れてきた男とともに奥へと連れていかれた。きっとベットでも置いてあるのだろう。とくに重症の男性はしっかり安静にしてないとだもんな。


「ふぅ……。助かったよ。私はこの村の冒険者ギルドのギルドマスターをしてるベギーだよ。」


「これはご丁寧にどうも。僕はタローです。一応商人です。」


「ほう、商人かい。ならあのポーションまだあるかい?あるならもう少し売って欲しいんだがね。」


あるのわかってるかのようなニヤついた顔だ。


「構いませんが、いつもこんなに在庫を置いてないのですか?」


「村の薬師のばあさんが死んじまってから数が足りないのさ。ここは近くに商業都市があるせいで行商人もほとんど来ない。買いに行くつもりだったんだが、森林の対応でちょいと忙しくしててさ。」


トレントの事か。


「トレントってそんなに活発なんですか?」


「なんだ、トレントの事知ってたのかい?」


「さっき、あの受付にいる方から聞きました。」


あの職員は受付業務もしているようである。今は受付カウンターで座って作業をしていた。よく働く人だ。


「そうかい。1週間ほど前から急に活発になりだしてね。ドレイントレントも生まれる始末。腕の立つ冒険者がいないこの村にとっては一大事だよ。それにいつもポーション作ってくれてた薬師のばあさんもつい数日前に亡くなったばかりだ。こんな忙しい時に死ななくてもいいのになぁ。」


その顔には悲しみが見て取れた。薬師のおばあさんは頼りにされていたのだろう。


「そうでしたか。ではポーションは定期的に届けましょう。」


このギルドマスターが森林に行けば片付きそうだけどな。この人かなり強そうだし。ま、何かあったときのために一番強い人が街を離れるわけにはいかないのかもしれないけど。


「こんな村に毎回届けに来るってのかい?」


届けるも何もゲートで来るだけだから簡単なお仕事。

それに可能なら住み込みたいところだし。ぜひあの森林に!!


「えぇ、届けますよ。冒険者の方も購入するでしょうしね。」


「ありがたいねぇ。さっきのポーションもかなり効果が良さそうだったけど、いつも同じ薬師から買ってるのかい?」


お、ちゃんと気づいたか。


「これうちで作ってるんです。これでも薬師もできますので。」


まぁ、最近はラスタに任せっぱなしだけど。


「ほんとかい!!そりゃすごい商人もいたもんだねぇ。」


目をまん丸くして驚き顔である。


「まぁ、たくさんは売りませんから。一応今は薬をメインに商売してますし。」


「あれだけ良質なポーションが作れるんだ。他の薬も良い品質だろう。」


「そう思ってくれるならありがたいですね。ところで、この村に住むにはどうしたらいいですか?」


「……は?」


ん?なんか変なこと聞いたか?あ、まぁギルドマスターに聞くことでもないか。


「あ、申し訳ございません。この村には拠点を構えたいので、村長とか紹介してくれたらありがたいんですが……。」


「いやいや、あんた、話変わりすぎだ。」


おう、たしかに突然聞いたけど。


「で、こんな村に住むって?本気かい?」


呆れ顔で尋ねられた。


「えぇ、できたら森林の方に住みたいのですが。」


そこでさらに呆れたような顔でこちらを見て来る。


「魔物がいるんだよ?そんなところ住むってのかい?」


「この村からそこまで離れたところには住みませんし、大概の魔物なら問題ありません。強力な魔物避けありますので大丈夫かと。」


「呆れた……あんたみたいなバカがいるとは。」


おいおい、バカとは……否定しきれない部分ではあるが。

だけど、街の喧騒から離れ、空気の綺麗な森の中でひっそり暮らすとか最高だろ?……だよね?


むしろそれくらいの環境の方がいいのだ。オレはのんびりしたいのだから。


「まぁ、この村に薬師が住んでくれるっていうならありがたいことではある。村長も喜んで迎えてくれるだろうよ。それに、そんな強力な魔物避けがあるなら、村と森林の間にも設置してくれると助かるんだがねぇ……。」


そこんとこどうなんだい?って顔で見てきやがるぜ。


「えぇえぇ、構いませんよ。構いませんともそれくらい。」


「よし!すぐ村長のところへ行こう!」


え?


え?


「ちょっ!」


言うなり、俺の手を引いてギルドを出た。




▽▽▽▽▽




「爺さんいるかい?」


「……なんだ、ペギーのばばあか。」


「……じじいに言われたかないね。」


手を引き連れて行かれるがまま引きづられて、到着した家の扉を開けるなりこのやり取りである。


2人ともそんなにじいさんばあさんってほどの歳でもないだろに。


あ、まぁでもばばあはギルドマスターの年齢でも相応しい言葉かも。よし、ギルドババアと呼ぼう。


「それで何の用だ。」


「あぁ、こいつをこの村に住まわせて欲しいんだ。」


「あい、わかった。用が済んだならささっと帰りやがれ。」


「言われなくても帰るよ、くそじじい。」


って、え?今のでオッケーなの?住んでいいの?てか、仲良いの?仲良しなの?


「って事で、タロー。どこに住んでもらってもいいよ。大森林の中なんてバカな事考えないで、その辺の空き家にしときな。家を建てるなら大工の爺さん紹介してやるから。」


「え?えぇ、わかりました、ありがとうございました。」


話がすんなり進みすぎて俺がついていけてないのだが。

てか、大工も爺さんかい。


ギルドマスターはさっさと手を振って帰っていった。


……ポーションまだ売ってないのだが……さっきの分の金も……。


まぁいいか。とりあえず今日はこの村の宿に泊まることにしよう。




▽▽▽▽▽




「……ふぅ。家帰るか。」


村を歩く人に宿の場所を聞き、一部屋借りた。

なんとこの村の宿はここ1つしかないらしい。まぁ、結構な規模の大きさだしそれなりの人数は泊まれる。宿の女将もいいおばちゃんだったし、古くはあるがよく手入れされているなかなかいい宿である。


部屋に入って、ベッドに寝転んで寝心地を確かめてからゲートで家に帰る。

みんなにこの村のことを報告しなくては。

それに商業都市にも小さい家を買ってゲートの拠点としておきたい。あそこはこれから通うことが増えるだろうし。


あ、ちなみに今日は1人で来ていた。みんな忙しいようだ。うん。








いつも読んでいただきありがとうございます。


次回更新は8月29日(水)の予定です。

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