77話
「シズカ様、ここは?」
「ここは友達の家。中に入ろう。」
シズカはフレンテ王国の王都にある、タローの家を訪ねていた。
いつもなら1人で来るのだが、今日の彼女の後ろには3人の少年少女が付いてきている。年の頃はシズカと同じ程の冒険者と見受けられる格好をした2人、それともう少し年下と思える少年、こちらも冒険者と思える格好であった。
「あら、シズカ。こんな時間に来るなんて珍しいわね。」
屋敷の玄関で出迎えてくれたのはライエであった。
「ライエちゃん、タローくんいる?」
「タロー様ならリビングのソファで寝てるわよ?」
3人組は驚いた。勇者であるシズカと仲良さげに話す獣人の女。それも名前を呼び捨てにする程の関係であることに。
シズカはそれが当たり前のように家の中を進み、リビングと思われる部屋へと入る。
そして、そこで寝ていた青年を起こすために声をかけた。
「タローくん!タローくーん!起きてー!」
「……ん?あれ?もう朝?」
「まだ昼前よ?」
「……そうか、それならもう一眠り……ってシズカさん?どうしたの?」
寝惚け眼の男は、特に目立った特徴もなく、ただの冴えない青年として彼らの目には映る。
「シズカ、お茶持ってきたわよ。」
「わっ、ありがとう!」
「ライエー、俺にもお茶くれ〜。」
「もちろん持ってきてますよ、タロー様。」
この3人のやりとりを唖然と見ていた3人であるが、その中の1人、金髪を短く刈り上げた気位の高そうな青年が現状を理解し始めたのか声を上げる。
「お、おまえら!!勇者であるシズカ様になんて口の利き方だ!!敬うべき相手を間違えるな!!」
彼は顔を赤くし、興奮気味にそう捲したてる。
彼の目には獣人である女がシズカに軽々しく話しかけることや、その女がシズカよりも丁寧に対応する男が存在することが許せなかったのだろう。そしてその男もシズカの存在を見受けてなお、ソファに寝そべったままであるのだから、そのことがさらに彼の怒りを買ったのだ。
「お、おおう?」
何を言ってるのかわからず、タローは目を丸くし疑問の声をあげる。タローからしてみたら、今の今までそこに3人組がいることすら気づいていなかったのだ。
「……捻り潰されたいの?」
冷たい目で3人組を睨みつけるライエ。
ゴン!!
ライエが声を発したと同時に2つの鈍い音がリビングに響き渡る。
「ライエ、可愛い子がそんな物騒なこと言ってはいけません。」
1つはライエの頭上に現れた御盆のようなタライのような物がライエの頭に落っこちた音である。これはタローがタライをイメージしてマジックバックの中に持っていた金属をライエの頭上に一瞬にして錬成しただけのことである。地球にいた頃、お笑いでよく見たタライのように、硬すぎない材料を選び薄く加工しているのでダメージはないはずだ。
その衝撃に頭を抑えながらも、頬を赤く染め、ニヤけるライエを見て、材料の選択を間違えたか……と、真剣に頭を悩ませるタロー。
そしてもう1つは、声をあげた青年にシズカがゲンコツを落とした音であった。
こちらは本当に痛そうである。
「シ、シズカ様なにを……。」
「なにをじゃない!友達になんて失礼なことを言うの!」
真剣な目で怒り心頭のシズカの顔を見て、自分が本当に失言をしたことを理解した青年。
「シズカさんや、そちらはお友達かい?」
その質問に、シズカはこの3人組と出会った時のこと、そしてどうしてここに連れてきたのかを話すことにした。
▽▽▽▽▽
「……ふぅ。」
その日シズカは冒険者ギルドの依頼にあった、オークの討伐に来ていた。
「やっぱり少し、オークの数が多い気がするわね。」
討伐依頼達成の条件である数以上のオークを討伐してなお、森を歩き回るオークを見て、少し違和感を覚えるシズカ。
グラーツ王国でシャリオンの手助けをし、その仕事がひと段落ついた頃のことだ。
今のシズカは王女であるマリアが後ろ盾にいることが王国で周知されていた。マリアの才能を妬み、王位継承権絡みで、自分の推す第一王子や第二王子の邪魔だと考える貴族が多い中、落ちこぼれ勇者と言われているシズカの後ろ盾になった事は彼らにとって喜ばしいことであり、関心を持つことではなかった。
冒険者ギルドでは、ランクに関係なく、シズカに依頼を受けれるように便宜を図ってほしいとマリア王女から通達があったため、シズカはどんな依頼でも受けることができる状態であった。
王女から直々の通達があったとはいえ、実力のわからない者がランク問わずに仕事をこなせるのか、冒険者ギルドも初めは不安をぬぐいきれなかったが、その不安もすぐに払拭されることとなる。
冒険者ギルドとして、高ランクで難しいと思われる依頼、ランク問わず人気のない依頼などを率先してこなしてくれるシズカはありがたい存在であり、いつしかフレンテ王国王都ナリスの冒険者ギルド職員からの信頼は厚いものとなっていた。
そして今日も、オークの討伐という依頼ではあるが、そのオークの数が異常に増えているという情報があり、オークの集落ができている恐れがあるため、調査をしてほしいということを仲の良くなった受付嬢から頼まれ、シズカは森へと来ていたのだ。
「こっちの方にオークが集中していそうかなぁ。」
索敵を使い、オークが密集している方へと歩みを進めていたとき、自分の向かう先の方で戦闘音が聞こえてきた。そして……
「きゃー!!」
ついには女の子の叫び声があがった。
それを聞き取ったシズカはすぐさま声のする方へと向かう。
すると、そこには10匹ほどのオークと3匹のハイオーク、そしてオークメイジとオークナイトが1匹ずつ、計15匹のオークに囲まれながらも戦う、自分と同じくらいの年齢の青年と幼い少年が居た。そして、少女が1人、1匹のハイオークに担がれその群から離れていくところであった。
「くそっ!待てっ!!」
青年は果敢にオークに切り掛かり、道を開こうとするが、数に押されうまく進めていない。
幼い少年は弓使いらしく、矢を担いでいるが、足元には折れた弓が転がり、手にはナイフが握られている。
近接戦闘では弓はうまく使えない。そして攻撃を受ける中で相棒である弓は折れてしまったのだろう。
「ぐっ!くそっ!」
技量ではオークに遅れを取ることはない程度のものと見受けられるが、いかんせんオークの数が多く、中にはハイオークもオークナイトもいる。そして少し離れたところからは魔法を放つオークメイジ。
2人でこの包囲を突破するにはいささか実力不足であった。
満身創痍ではあるが動けないほどではない2人を助けるか、連れ去られた少女の方を優先するか、迷った末、シズカは少年2人の方を優先することにした。
「ファイヤーアロー!」
突如現れた火矢に2人は驚くが、さらに驚いたのはその威力であった。
ファイヤーアロー自体は火魔法を使える者が行使するのは珍しいことではない。同時に1〜3本、威力もゴブリンに当たれば殺せる程度が普通だ。
しかし、今、目の前に飛んできたファイヤーアローは自分たちを囲む全てのオークに命中するようにコントロールされ、威力もハイオークの命を刈り取るほどであった。
そして現れる黒髪の女性。目にも留まらぬ速さで、まだ息のあるオークナイトとオークメイジにトドメをさし、自分たちの元へと駆け寄る。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう。あなたは……あ、カラナが!仲間が1人連れ去られて!」
「わかっているわ。これを飲んで後を追ってきて!」
そう言って彼女に差し出されたポーションを受け取る。それはどう見ても上級ポーションと思えるものであった。
彼女はポーションを渡し、すぐさま女を連れ去ったオークを追うように走り去る。
青年と少年も受け取ったポーションを飲み干し、後を追うように走る。
シズカは連れ去られた少女がオークが集まる集落まで連れて行かれると考えた。故に、その少女を追うことを後にし、集落までの道案内に利用したのである。
2人の少年が、助けてくれた少女を追うように森をかけていると、途中から森の中に戦闘音が響き渡る。すでに女性の姿は見失っていたが、その音が示すのは先程の女性がオークとやりあっている現場だろうと、その音を頼りに走り続ける2人。
そしてたどり着いた場所はオークの集落……だったと思われる場所である。
既に、地面には血の水たまりができ、100匹はいるであろうオーク。その全てが地面に倒れ、一際目立つ大きなオークが倒れている隣には先程の女性が立っていた。
「リュトス!!ヤーク!!」
「カラナ!!」
オークの集落と思われる場所に入る手前に、自分たちの仲間である、カラナは身を潜めていた。
「カラナ、大丈夫か?」
「えぇ、あの人に助けてもらったから。」
オークの集落を1人で壊滅させる黒髪の女性……。
「ま、まさか、彼女は……」
「彼女は?」
「勇者シズカ……。」
カラナの問いに答えたヤークという幼い少年の呟きとも取れる言葉に、2人は固まる。
しかし、勇者であるのなら目の前で見せつけられた強さにも納得がいく。
「おーい、大丈夫だったー?」
シズカは無傷で何事もなかったように3人の元へと駆け寄る。
「助けていただきありがとうございました!」
リュトスが頭を下げ、それに合わせて2人も頭を下げた。
「無事なら良かった〜。」
そう言葉を交わす目の前の女性は、オークを殲滅する実力があるとは思えない、いたって普通の少女にしか見えなかった。
「あ、あの、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「私はシズカ。よろしくね。」
その満面の笑みに顔を赤らめ惚けながも再び頭を下げるリュトス。
「勇者シズカ様です……よね?」
カラナは、確信を得るように質問を投げかける。
「んーー、そう呼ばれてることもあるかなぁ。」
あはは、と少し恥ずかしそうにしながらも肯定をするこの黒髪の女性は、先程予想したように、勇者シズカであった。
パレードに姿を見せるわけでもなく、他の勇者とは行動を別にする勇者。
当初は誰もが彼女の存在を注目していなかったが、5人目の勇者には第3王女であるマリアの後ろ盾があるという噂と、冒険者ギルドで高ランク依頼をこなす黒髪の女性の存在。王都の冒険者ギルドで有名になりつつあるシズカのことを知っている者は多かったがその正体が勇者であると連想している者は少ない。勇者として知らされているのは冒険者ギルドの職員だけで、一般の者たちからは単なる高ランク冒険者として認識されていることが多い。勘のいい者はその実力と噂を関連付け、察している者もいるが、あえてそこに触れるような者はいなかった。なにより、単独行動が多く、彼女が人と話しているのを見かけることが少なかったのだ。
「私、カラナです。」
「僕はヤーク……です。」
「お、俺はリュトスだ!です!」
お互いが自己紹介を終えたところで、シズカはオークをバックへと収納し始める。
もちろん、そのバックはスミスカンパニー特製のマジックバック。時間停止に解体機能の付いたものだ。
オーク回収の手伝いをして貰いながら、3人組の冒険者のことを聞いてみると、彼らはCランクになったばかりの冒険者。それなりの実力者ではあった。登録した時から息が合い、共に切磋琢磨してきたらしい。リュトスは20歳の青年、カラナは19歳、ヤークは13歳。小柄で幼さの残る13歳でCランクに上り詰める実力はかなりの物だろう。3人とも3年前の同時期にたまたま同じ冒険者ギルドで登録したことがきっかけで仲良くなったようである。
リュトスは、とある貴族の4男らしいが、家督が継げるわけでもなく、上に3人も兄がいるので、冒険者に憧れ、家も国も捨ててこの国に来たようだ。
長剣と盾を使いこなす、その剣技はなかなかのものであった。
「ヤークは3年でCランクになるなんてすごいね。」
「そ、そんなことないです。」
3人でパーティーを組んでいたこともあり、依頼はこなしやすくランクも上げやすかったとヤークは言うが、実力がなければ上がることない。天才と言える実力の持ち主であることは間違いないだろう。幼い頃から村の弓の名手である父親に狩りの手伝いをさせられ、鍛えられたようだ。10歳で冒険者ギルドに登録できるということで、武者修行と世間を知るために村を出された少年。弓をメインにナイフや小剣も使える万能。
「ぜ、全部入っちゃったわ……。」
「これは特製のマジックバックだから。」
あはは、と誤魔化すように笑うシズカとそんな会話を交わしていたカラナは、ダンジョン都市で、年の離れた兄が冒険者として活躍する姿に憧れ、自分も冒険者の道へ。1人立ちするために、ダンジョン都市のラビオスではなく、王都へ来て活動するようになったとのことだ。メインは魔法。近接戦闘はそこまで得意ではないらしい。
「さ、さすが勇者が持つ物はアイテムも格が違いますね。」
集落のオークに加え、自分たちが襲われたオーク全てを収納してしまったマジックバックの容量の多さに驚きを隠せなかったが、勇者の装備と思えば納得いくものでもあった。
その後ギルドにオークの集落ができていたこと、集落はオークジェネラルが筆頭だったこと、その集落は潰してきたことなどを報告し、ギルドを出る。
ギルドを出たあとは、お礼をしたいと言う3人に誘われ、一緒に食事をすることになった。
▽▽▽▽▽
「……え?」
ギルドからほど近い、冒険者に人気の飲み屋のような店に入り、ひとまず、お腹を満たしたところで、リュトスから考えてもいなかった言葉が聞こえた。
「ですから、従者にしていただきたいのです!」
再び耳に届く言葉は、先程聞いた言葉と変わってはいなかった。
「……じゅ、従者??」
シズカは1人で活動することも多かったが、だいたいはクランスミスの誰か……特に、ライエやリーシャと行動を共にすることが多かった。ライエとリーシャと行動することが多いのはただ単に年が近く、女同士だったということで仲が良かったのだ。
そんな彼女は、他に仲間……というものを考えたことがない。
従者という言葉を聞いてびっくりするとともに、自分がクランスミスのみんな以外に仲のいい人が少ないことに気付かされたのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回更新は8月19日(日)の予定です。