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75話









謁見の間を出た後、シャリオンの父、元国王の部屋へと向かうと、そこには微弱だが息をする元国王がベッドに横になっており、その側には女性が付き添っていた。


元国王はすでに亡くなったものと思っていたが、どうやらその女性……シャリオンとリリスの母、第2妃が治癒魔法を毎日かけることで命を繋いでいたらしい。しかし、それもすでに限界に来ていたようで、元国王は息を引き取る寸前であった。


第2妃もげっそりとし、体力の限界であることが見るだけでわかる状態だ。一年も毎日身を削り、治癒魔法をかけ続ければこの現状も納得がいく。


「父上!母上!」


「……シャリオン、あなた帰ってきたのね。ほら、最後に顔を見せてあげて。」


そう言って元国王の側へと招き寄せる。

彼女は治癒魔法を使えたが為に自分の身を犠牲にし、この一年、魔法をかけ続けたのだろう。それでも回復しないところを見ると、強力な毒を飲まされたようだ。


「少々失礼。」


シャリオンと第2妃に声をかけ、元国王の様子を伺う。

毒は全身に回り、もういつ息を引き取ってもおかしくない状態だ。しかし、毒の種類は強力ではあるものの、そこまで珍しいものではなかった。毒にはそれ専用の薬を調合し、与えないと回復しない種類もあるが、そのような珍しい毒でない限り、治すのはいたって簡単である。

ただし、治癒魔法のレベルが高い、もしくは解毒用の薬の質が良ければである。


「シャリオン様、この万能解毒薬と体力を回復するポーション。お売りすることができますが、いかがいたしますか?」


マジックバックから万能解毒薬と上級体力回復ポーションを取り出す。万能解毒薬はその名の通り、多くの毒に効果のある解毒薬で、もちろん質も良い。効果は高いだろう。


「効果は保証しますよ。」


シャリオンはすぐさま購入を決断し、父親に解毒薬とポーション、母親にもポーションを与える。

解毒薬を飲んだ元国王を見ると、その効果は速効性があり、絶大。すぐに全身の毒が消えていく。ポーションも少しではあるが飲むことができていたので、呼吸も落ち着き、顔色も良くなっていく。


「う、うそ。こんな一瞬で……。」


第2妃はその効果に驚き、シャリオンはただ、その様子を静かに見つめ、俺に頭を下げた。

これで安静にしていればそのうち目を覚ますことだろう。ポーションはもう数本渡しておいたので、また後日飲めば体力も回復し、体調も整うはずだ。ポーションで体力や体調は回復するが精神的な疲れはゆっくりと休むことが肝要である。


「我々はこれで一度失礼いたします。請求は後日、また訪問させていただきます。」


久々の再会。家族水入らずを邪魔するのも気がひけるので帰る事にした。


屋敷に帰ってから、リリス様とメイドのシシリーにジェフを護衛につけて王城へ送り返す。

ここから先はグラーツ王国の者達で考えることである。リリス様のこれからがどうなるかわからない現在、会える時に家族に会っておくに越したことはない。

ましてや、予定通り話が進めば、ジャニスは明日公開処刑される。彼に会うことができるのは今日で最後かもしれないのだから。




▽▽▽▽▽



数日後、俺は再び、グラーツ王国を訪れていた。

あ、ちなみに店も再開し、クランスミスはすでに通常営業である。


「タローさん、城まで来ていただいてすみません。」


ここは謁見の間ではなく、応接室のようなところだ。


「シズカさんも、来ていただきありがとうございます。」


ちなみに、今日はシズカさんと2人で来ている。

前回屋敷に帰る際、請求の話をしに来る際にシズカさんも連れて来てほしいと言われたので連れて来た。


「いえいえ、依頼を完遂する為ですから。」


「……お招きいただきありがとうございます?」


シズカさんはなぜここに自分がいるのかわかっていないようで、少々困惑気味である。

今のシズカさんはもちろん勇者装備ではなく、綺麗めな衣装を身に纏っている。

俺はいつも通り黒スラックス白シャツにベストの商人の時の格好だ。


「あれからのことを少し話しましょう。」


そう言って、ジャニスと対面した日から今日までの数日間にあった出来事を話し始めた。


内容としては、予定通りジャニスとヤナスが公開処刑されたこと、国王がシャリオンとなったこと、そして元国王が目を覚ましたことなどである。

ジャニスの公開処刑とシャリオンが正式に王位を継いだことに街は少し騒ぎにはなったようだ。まぁ、騒ぎといってもジャニスが王位についたときから苦しめられていた者達が喜び騒いだというくらいらしい。


「ひとまずはこれで国が落ち着きます。お2人にはそのお礼を言わせていただきたい。ありがとう。」


一国の王が簡単に頭を下げていいものか俺にはわからないが、お礼を述べて深々と頭を下げるシャリオンに好感を持てるのは間違いないことである。


「わ、私は何もしていませんし!そんなお礼なんて……。」


「いやいや、シズカさん、勇者であるシズカさんが先頭に立つことに意味があったんだよ。みんなに勇気を与えたんだから立派な仕事をしたじゃないか。」


それが今回のシズカさんの一番の働きであろう。


「タローさんの言う通りです。あなたがいたからこそ、多くの者は再び立ち上がれたのです。白銀の勇者はこの国の英雄です。」


シャリオンの熱のこもった言葉に目を丸くして驚いている様子を見ると、本当に自覚なしにやっていたようだ。いや、まぁ、特に目的も述べずに付いてきてくれと言ったのは俺だけど。

それにしても、シャリオン様のシズカさんに対するお礼の言葉が俺に対するものよりもかなり熱があるのは気のせいだろうか。


「ま、よかったじゃないか、勇者として名前が広まるし!」


わははと、笑ってシズカさんを見ると、ジト目でこっちを見るシズカさんが怖くて、視線を逸らした。


「それで、リリス様のことは……?」


と、言うわけで何か言われる前に話題を変えてみました。


「え?あ、姉上のことですね。どうやら、ヤナス様がすでにドクダケ公国へ親書を出していたようで姉上はドクダケ公国に嫁ぐことになりそうです。」


おっと、すでにそこまで話が進んでいたか。


「しかし、すぐにグラーツ王国の王女が姿をくらまし、約束が果たせなくなったと使者を送りました。」


ん?


「相手がどう出て来るかわかりませんが、姉上には会ったこともなく、こちらが勝手に嫁がせてほしいと言っただけだったようなので、この国の騒動のことを知ればなんとかうやむやになるのではないかと。」


なるほど。


「実はこの案は兄上が提案してくれたのです。リリスは姿をくらましたと、塔からいなくなったと報告があった。それを利用してはと。」


あのジャニスがか。やはり亡くすには惜しい人材だったかもしれない。


「そういうわけで、タローさん、もう一つ依頼をお願いしたいのですが……。」


「リリス様の保護、もしくは他国への逃亡と生活支援ですか?」


「はい、その通りです。方法も場所もどれほどの手助けをするかそのあたりも全てお任せしますので、何卒お願いいたします。」


「グラーツ王国から逃亡し行方をくらましたことにすればよいのですね?」


「はい。」


「冒険者の紹介と彼らへの報酬、解毒薬とポーションの販売、リリス様の逃亡支援、全て一緒に請求させてもらいますが、よろしいですか?」


「は、はい、もちろんです。で、ですが、何卒猶予を。必ず全てお支払いいたしますので。」


両手をテーブルに着き、頭を下げる。

彼はクランスミスのみんなの優秀さにもポーションの貴重さにも気づいていた。故にどれほどの大金を請求されるのか恐怖していたのだ。


「では、それ全てを合わせまして……請求としてリリス様を頂けますか?」


「……へ??」


「報酬として、リリス様を貰い受けたいのです。」


「あ、姉上を?なぜ……いえ、しかし、それは……。」


「リリス様の生活も保証できると思いますし、貰うといっても僕がではないのですけどね。」


ニヤっと笑う。


「……あ、もしかして……ジェフですか?」


そういうことです、と頷く。

まぁつまり、グラーツ王国にはいられないのだし、ジェフとリリス様くっつけて他国で暮らせばいいじゃないかということである。


「でもそれではタローさんの報酬にはならないのでは……?」


「構いません。一国の王女、それを形だけは奴隷として貰い受けようというのですから破格の報酬ですし、ジェフが幸せになれるのであれば僕にとっては最高の報酬ですから。」


シャリオンはしばし俺を見定めるかのように見つめ、息を吐く。


「はぁ、わかりました。こちらとしてもプラスにしかならない話です。なんとなくタローさんには申し訳ない気がしないでもないですが、タローさんがそれで納得しているのならそれで構いません。よろしくお願いします。」


シャリオンの言う通り、報酬としてリリスを受け取ることは、彼が依頼したリリスの逃亡援助を今までの依頼の報酬とするようなもので、グラーツ王国としては何も損にならない、むしろ得になることだ。


そのあと、引き渡しと、やりとりの確認を行い、明後日の夕方、平原にてリリス様の引き渡しを行うことになった。



▽▽▽▽▽



「タローさん、報酬のお渡しに参りました。」


平原、グラーツ王国側にシャリオン、ヴォルフ、リリス、ジェフ、そして護衛の騎士数名。


「わざわざ、国王様自らお越しいただきありがとうございます。」


向かい側に、俺とクランスミスのメンバー数名。


「今回の依頼の報酬お受け取りください。」


シャリオンはそう言ってリリスを前に推し進める。リリスにも話が通っているのだろう、特に抵抗なくこちらへと歩いてくる。


「わ、若!?報酬とはどういうことですか?なにが報酬なんですか?」


リリスとともに隣を歩いてきたジェフが慌てふためく。


「ん?今回の報酬はこのリリス様を貰うことにした。」


「え?な、なぜですか?リリス様はこの国の王女様ですよ?」


そりゃわかってる。ジェフにはリリス様が逃亡したことになっていることも話していないのだろう。


「王女を報酬として貰う、そして性奴隷にする、なにかおかしいか?俺も男だ、男の欲望を満たすにはこれほどの報酬はないだろ?」


俺の言っていることが一瞬では理解できていないジェフはただただ、目を見開くだけなので、言葉を続ける。


「俺も発散する相手が必要だしな。こんなに美人の王女をいただけるなら嬉しい限りじゃないか。なんならジェフにも回してやろうか?飽きたらまた売ればいい。一国の王女様、この美貌。生娘でなくともいい値段で売れるだろう。」


なぜかジェフよりも口をあんぐりと開けてワナワナと震えるライエが視界の片隅に映るがほっておく。


「あ、このリリスを使って娼館を経営するのもありかもしれないな。うん、飽きたらそれも考えよう。」


そう言った瞬間、ジェフは俺の顔面に向かって拳を振り下ろす。俺がその拳を受け止めた瞬間、ものすごい音と衝撃が発生した。


「なんだ、ジェフ。」


「若……見損なった。そんなこと考えてたのか?」


怒りに表情を染め、鋭い目つきで俺を睨むように見下ろす。


「リリスを見た時から俺はあれをどう辱めようか、それしか考えてなかったさ。何か文句あるのか?」


その言葉にただ、睨む目つきを鋭くするだけのジェフ。


「お前は俺の奴隷だ。奴隷が主人に向かってそんな殺意を向けてもいいのか?頭、痛いはずだろう?」


奴隷は主人に対する殺意を感じ取ると、頭痛を引き起こし、強制的に行動を取れなくする。ジェフにもその頭痛が起きているのだろう、頭には血管が浮き上がり、顔は赤くなる。


「……若のおかげでこんな頭痛には耐えられるステータスになっている。」


ま、まじか。


奴隷紋意味ないじゃないか。


いやまぁ、耐えられるんじゃないかなあとは思っていたけども。


「それで、その殺意の理由を聞こうか?」


ジェフに問うてみる。


「俺は若を尊敬していた……慕っていた……感謝もしている。それなのにこんなくだらないことをする人だとは思わなかった。」


「はぁ?俺がなにをしようが俺の勝手だろう?お前の理想通りの生き方をする必要があるのか?それにリリスは俺が得た報酬だ。お前はリリス守れなかった。目の前で奪われ、引き離された。大切な人を命をかけても守れない男にそんなこと言われる筋合いはないね。」


大切な者……この世界では、大切な者は奪われたらそれで終わりだ。今回たまたまリリス様が生きていたから奪い返すチャンスがあったものの、こんなことは滅多にない。それに、実際多くの者は命を落としているのだ。王女、そしてジェフは生きているだけで幸せ、そして2人が結ばれ幸せになることを恨みに思う者すらいるはずである。

大切ななにかを奪われないよう力をつけ、理不尽に屈せぬ力をつけ、守りたい者を何が何でも守る力持つ。この世界で大切な人を守りたかったら誰にも、何にも負けぬよう、自分が強くなるしかない。


「俺はあんたに忠誠を尽くしていた……だが、それも今、この時までだ。」


「そりゃ嬉しいね。そんな殺意を向けてくる奴隷こっちから願い下げだ。」


ロシャスに声をかけ、シャリオンたちグラーツ王国の者達を目の届かぬところまで避難させ、視界を覆う結界を張ってもらう。


「ジェフ、お前は今日ここで俺の奴隷から解放する。どうせならまたリリスを守ってみるか?俺に奪われないように。」


ジェフは今まで感じていた頭痛がなくなったことで、本当に奴隷から解放されたことを理解した。


「さぁ、しっかり守れ。俺を殺さない限り、守れないぞ?」


挑発をすると、ジェフは自分のマジックバックから大剣を2本取り出す。

ジェフの戦闘スタイルは大剣と盾であったが、ステータスが常人のそれを大きく上回るので大剣を片手で棒切れのように扱っていた。それを見て、大剣2本にしてみたら?と、冗談半分で提案してみたところ、それが思いのほか性に合ったらしく、それ以降はそのスタイルで戦いに身を投じていた。


「今度はしっかり守れるか、試してみな。」


俺も、自分の刀をマジックバックから取り出し、ジェフを挑発する。

そしてジェフは地を蹴り、2本の大剣を上段から振り下ろす。

それを刀で受け止めた瞬間、再び俺とジェフを中心に衝撃が走り、地面が陥没する。


(……やべ、これ地形変わるわ。)


俺はジェフの攻撃を受けたり、流したりしながらそんなことを考えていた。


ジェフの大剣もかなりの業物であるが、材質的に俺の刀には劣る。俺は刀の切れ味を落とすため、刃を魔力でコーティングしながら戦う。


ジェフが剣で受けれるような攻撃を繰り返し、ついに、大剣がそれを握るジェフの手から解放され宙を舞う。俺の刀による斬撃によって痺れたのか、ジェフはもう一本の大剣も手放した。


それからは単なる殴り合いであった。

と言っても、殴られるのは痛そうなので、俺は全て避けるか防ぐかしているのだが。


それからジェフの猛攻をある程度受けたところで、俺は予定通り、バックステップの途中で躓くフリをし、バランスを崩す。ジェフも流石に戦い慣れているのでそのチャンスを見逃さず、今日一番の鋭い拳を俺の顔面目掛けて繰り出した。


(よし、これで上手く殴られて、俺が負けたことにしよう。)


そう思い、うまく衝撃を受け流そうと思って構えていたが、いつまでたっても衝撃がこないのでおかしいなぁと思って見ると、そこにはロシャスがジェフの拳を受け止め、立っていた。


「ジェフ、そこまでです。」


「……ロシャスさん邪魔しないでください。」


あ、あれぇ?ロシャスさん?計画は?


「タロー様、わかっていてもさすがに主人が殴られるのは容認できませんよ。」


ロシャスの目がマジである。こわ。


「ど、どう言うことですか……。」


ジェフは状況が理解できずに、困惑している。


「ジェフ、あなたが忠誠を誓った人はそんなに非道なことをする方なのですか?リリス様を前にして頭に血が上っているのかもしれませんが、よく考えなさい。」


「いや、で、でも……。」


「……ロシャスそこまででいいよ。」


そういうと、ロシャスは掴んでいたジェフの手を離し、下がってくれた。


「ジェフ、お前は今日ここで俺の奴隷ではなくなった。これからは勝手に生きろ。」


ロシャスの登場に困惑していたジェフはその言葉にさらなる困惑を積み重ねる。


「リリス様はたまたま生きていた。だから今お前の隣にいる。だけど、本来ならばこんなことは奇跡に近いんだ。一度自分の手からすり抜けた命は二度と帰ってこない。大切な人を再び守れることに感謝しろ。そして二度と奪われるな。死ぬまで守り切れ。」


今のお前ならそれができるだろ?


俺はマジックバックから金の入った袋と白銀の指輪を2つジェフへと投げ渡す。


「こ、これは……?」


「餞別だ。リリス様はこの国を出なければならない。お前が守って他国で幸せになれ。指輪は2つで1つ。お互いの危機を知らせてくれる。気に入らなければ捨ててくれ。」


【親愛の指輪】

身につけた2人が離れていても、お互いの危機を知らせ、感覚的に相手の場所を教えてくれる機能がある。結界、全耐性が付与されている。


まぁ、身につけるかどうかは2人次第だけど、ジェフの1度目の後悔を繰り返さないために、きっと役に立つだろう。


あ、ちなみにこれ俺が作った。

2人に結婚指輪みたいな物を贈ろうと思って2つで1つの物を作ってみたところ、こんなものができた。結界や全耐性は付与したけど、危機を知らせるってやつは予想外の効果だ。ジェフのことを考え、2人を思って作ったとはいえ、凄まじい効果である。

それに合うように鑑定結果にはアイテムの名前が自動でつけられていたし、その名前に相応しい効果だった。


……ファンタジーって不思議。


「ロシャスあと任せてもいいかな?少し疲れた。」


「お任せください。」


華麗に頭を下げるロシャスとリーシャにラスタを預け、後のことを任せる。


ちょっと変わってしまった地形を適当に直して、しばらく結界の中に放置しているシャリオン様たちを王都へ返すだけの簡単なお仕事……。


……ロシャスさん、面倒なこと頼んでもほんっっっとにごめん。


きっとシャリオン様たちに、色々聞かれて大変だろう。

だが、ロシャスならうまくやってくれるはずだ!!


「ま、待ってくれ!!」


俺がゲートを開き、この地に来ていた他のメンバーと共に帰ろうとすると、後ろからジェフに呼び止められるが、聞こえぬフリをしてさっさとゲートへ入る。


「……やべ、別れって辛いね。」


涙止まんねぇ。

だから後ろは振り返らない。ジェフの呼びかけにも答えない。


この目から溢れ出る大量の汗が恥ずかしいから。


「普通に2人を送り出せばよかったのに、なぜあんな憎まれ役を?」


ゲートをくぐりながらトーマはそんなことを聞いてきた。


「……奴隷を解放してもジェフならいつまでも俺に忠義とか言ってそうだったし、俺なんかよりも慈しみ、愛情を向ける相手がいるのだからそっちのことだけ考えてればいいと思ってね。それに、まともに別れを告げたらなんか寂しくてうまく話せそうにない気がして。」


我ながら情けないもんだ。

この世界に来て短くない時を共に過ごし、家族のように接して来た奴との別れは楽ではない。べつに死に別れってわけではないし、会おうと思えば会えるのかもしれないけど、こんな別れ方したらそれもなかなかできないし、オレが近くにいては結局ジェフが自由になれない気もする。

あの馬鹿みたいに笑う声も、若って呼んでくれることもなくなるかと思うと寂しい。あぁ寂しい。


やべーほんと涙が止まらねえよ。


くそう。


「あとはもう2度と大切な人を失わないようにしろって言いたかっただけだな。」


そんな言葉にとくに言葉を返すことなく、トーマは黙って聞いてくれていた。


さて、こんな姿……びちょびちょのぐちゃぐちゃな顔面で仕事できないとはいえ、めんどくさいことをロシャスに頼んでしまったわけだ。あとで埋め合わせしなければ。


あー、でも今日はもう休ませてもらおう。


そう思って、家についてすぐ、部屋へと直行しベットに倒れるようにして、眠ることにした。











いつも読んでいただきありがとうございます。


次回更新は8月12日(日)の予定です。


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