74話
少し早いですが、書き上げられたので投稿します。
「では、お二人にここに来ていただいた経緯を簡単に話すことにしましょう。」
食事の途中だったところに帰宅した俺たち4人は、マーヤとメイに追加の料理を作ってもらうことになった。申し訳ない。
リリス様からすれば、色々と気になることもあると思うが、一旦食事にしようということになり、話は食後になった。
そして現在、食後のお茶の時間である。
「なにから話しましょうか……。」
メイドのシシリーは真剣に俺の話を聞こうと顔をこちらに向けている。
リリス様も一応顔はこちらに向いているが、目線がチラチラと違う方を気にしている。
その視線の先はもちろんジェフ……正確にはジェフとその膝に乗り楽しそうにしているオルガである。
「……まずは一番気になっているだろうことから話すことにしましょう。」
もちろん一番気になると言われれば、リリスもシシリーも俺たちが現れた理由とかジェフがいる理由とか色々と考えていることだろう。
しかし、俺にはわかる。
彼女が今、落ち着きをなくしているのは、食事中からジェフのことをパパと呼ぶオルガとそのジェフとの関係であることが。
と、いうよりチラチラ見過ぎで誰でもわかっていそうである。
「……なぜ、ジェフがパパと呼ばれているか。いや、オルガはジェフと誰の子なのか。」
そう投げかけると、リリスはガバッと体ごとこちらに寄るように一気に話に興味を示した。
「わ、若っ!?」
そしてジェフは焦ったように声を上げる。
「その子は実は……。」
リリス様がごくんと唾を飲み込む音が聞こえた。
「……ジェフが通いつめている娼館の女の子とジェフとの間にできた子供……。」
「……娼館の…娼館の娘……」
といいながらリリス様はスッと立ち上がり、フラフラとどこかへ歩いて行こうとする。
その顔に生気は感じられない。
「リ、リリス様!!」
それを見たシシリーがすぐさま立ち上がり、リリスを引き止める。
「と、言うのは冗談です。」
すると、今度はふにゃふにゃと脱力し、その場にへたり込んでしまった。
しかし、顔にはあからさまに安堵の表情浮かんでいる。
話の内容的ににわかに信じられるような話ではいし、誰でもわかるジョークのつもりだったが、リリス様にとってはかなり一大事だったようだ。
……少々やりすぎたかもしれない。申し訳ない。
「その子はオルマの妹です。ジェフは親のいないオルガの父代わりってところですね。」
ガクンっとリリス様がコケた。
呆気ない事実に今度はコケている。
……なんだか感情の表現が豊かな人である。
「……父の代わり……そ、そうでしたか。」
「ほう」と息を吐き、かなりホッとしている様子だ。
その様子にみんなから小さな笑みがこぼれる。
「安心していただけましたか?」
「い、いえ。べつに最初からなにも疑問には思っておりませんでしたので。」
頬を染め恥ずかしそうにソッポを向きながらこたえるその姿は微笑ましいものである。
「それでは、本題に入りましょう。」
シシリーがリリス様をもとのソファまで誘導し、着席したので話を本題へと移す。
俺は学園都市でシャリオン様に出会った経緯からリリス様の無事を聞き、今に至るまでの経緯を話した。
「……と、いうわけです。」
「そうでしたか……。私たちの国の揉め事に巻き込んでしまったようですね。」
申し訳なさそうに目を伏せる。
「巻き込まれにいったようなもんですし、ジェフがいましたから。関係ないことではありませんので。」
「……それでも申し訳ございません。そしてありがとう。」
それから、明日シャリオン様に会ってもらうことなどを軽く話して、今日は休んでもらうことにした。
その夜、リリス様にこっそりとジェフに対する気持ちを聞いてみた。
彼女曰く、ジェフが護衛としてリリス様と行動を共にしていた時に、襲われた魔物から身を呈して守ってくれたジェフは彼女の中で英雄であり尊敬の眼差しを向ける相手となったようだ。それがいつからか恋へと変わり、かけがいのない存在になったと、そういうことらしい。
今でもこれからも変わらずあの人だけが自分の愛する人とまで言ってのけた。
今日の態度を見ればわかることだが、恥ずかしがりながらも直接話を聞けてよかった。
ジェフも言わずもがなリリス様のことが好きだしな。彼女のことになると周りが見えなくなる節があるほど。
人様の恋にあまり他人が首を突っ込むのは良くないとは思いながらも、この2人にはうまいこと結ばれて欲しいと思ってしまう。
▽▽▽▽▽
翌日平原へと顔を出すと、すでに戦いが終わり、多くのものが捕縛されている姿が見られた。
「サリナ。」
馬車のゲートから顔を出すと、馬車の近くにサリナがいたので声をかける。
「タ、タロー様!?」
「悪いんだけど、シャリオン様呼んできてくれる?できたら1人で。」
「すぐ呼んで参ります。」
すぐさま走り出し、人の集まっているところへと向かっていった。
しばらくして、シャリオン様が馬車の近くまでやってくる。
こちらはすでにジェフとリリス様を呼んでいた。
「タローさん、来ていたのですか。」
「戦いは無事終わったようで何よりです。」
「無事もなにも言葉にならないものでしたよ。」
少し引き攣るような笑顔でそう答えるシャリオン様。
「それで……何か用でしたか?」
そのタイミングで馬車の中に声をかけ、リリス様とジェフが出てくる。
「姉様!!」
「シャリオン!久しぶりね。」
「久しぶりね、じゃないですよ!姉様が無事で何よりです。国がこんな状況の時に帰りが遅くなり申し訳ございません。」
深々と頭を下げるシャリオン様。
「いいのよ。あなたのせいじゃない。それにちゃんと国の為に駆けつけてくれたじゃない。」
頭をさげているシャリオン様の肩に手を置き、優しい顔で見つめる。
「ありがとう、姉様。」
それから、簡単にお互い今までの話をしたところで、今後の予定へ移る。
「これから我々はそのまま王都へ向かいます。明日の朝には王都に入れるはずです。」
「城の地下には捕虜となった人々がいますので、その人たちの確認と保護もお願いします。今は安全を確保しておりますので、地下へ行く際は案内の者をつけます。」
地下に囚われてる人々に関してはロシャスとオルマをつければ大丈夫だろう。
「そうでしたか。そんなことまでありがとうございます。あとは姉上のことですが……。」
そう、これが一番の問題である。
こればかりはドクダケ公国とのやりとりがどうなっているか聞くまでは判断のしようがない。
「明日は連れて行かない方がよろしいのではないですか?」
「うむ、我もそう思っていました。兄上に公国との話を聞いてから判断した方がいいかと。最悪、国には戻らず、このまま消えたことにした方が姉上にとってはいいかもしれません。」
シャリオン様もほぼ同じ考えのようだ。
「ではリリス様はこちらでお預かりしておきます。」
「ここは信頼の置ける者に任せ、明日は少数で王都へ入る予定です。このまま冒険者たちを連れて行ってもよいですか?」
「はい、構いません。ジェフも連れて行ってください。」
国のけじめを見てくるのも彼の中でのけじめにもつながることだろう。
あと、地下の案内の為にロシャスとオルマをつけて……あ、あれ?仕事がないの俺だけ?い、いや、いやいやいや、そんなことはないはずだ。うん……俺もついていくことにしよう。
リリス様を屋敷へと送りとどけ、俺はもう一度みんなと合流した。
シャリオン様はリリス様と再会できた驚きが大きく、リリス様が突然ここに現れたことに疑問を持たれなくて済んだのはラッキーであった。
▽▽▽▽▽
「ん?なに?うむ……そうか。では丁重にここへと案内してくれ。」
「ジャニス、なにかあったの?」
グラーツ王国王城の国宝陛下執務室に、シャリオンが王都へ入ったと門兵から騎士へ、騎士から執事、そしてジャニスの耳元へ、王だけに報告が入った。
「……母上シャリオンが王都に入ったようです。」
「なっ!なんですって!?それは捕らえられてということですわよね?」
ジガル率いる王国軍に捕らえられるか殺されてしまうとばかり思っていたヤナスはその報告に驚き隠せない。
「いえ、シャリオンたちのみです。今、謁見の間へ通すよう伝えました。僕は謁見の間へ向かいます。」
そう言ってジャニスは足早に部屋の出口へと向かう。
「ま、待って、私も、お母さんも行くわ!」
慌ててヤナスもその後を追うようについていくのであった。
▽▽▽▽▽
「兄上、お久しぶりでございます。」
「うむ、久しいな弟よ。」
王都に入ったシャリオン一行はそのまま王城へと向かう。
すんなりと通されたことに驚きは隠せなかったが、後に戻ることができるわけもなく、ここまで来たのであれば進むだけであった。
城に入ってから、連れてきた貴族2名をロシャス、オルマとともに地下に向かわせ、他の者は案内されるがまま謁見の間へと通された。
「で、シャリオンよ、なにをしにきた?いや、帰ってくるのは当たり前だとは思うが。」
玉座へと座るジャニス。その横にはヤナスが立っている。
それに向かい合うように立つのはシャリオン一行。クランスミスの皆は隠密で姿を隠しているが、ジェフとトーマだけは姿を見せたまま側に控えている。
その一行の先頭、皆の一歩前に立っているのがシャリオンであった。
「……兄上には申し訳ないとは思うのですが、その玉座……王の座を頂きたいと思っております。」
「……。あい、わかった。」
ジャニスのその返事に謁見の間の時間が一瞬止まる。
「……え?あ、兄上?」
「なっ、なっ!な、なにを言ってるのジャニス!!」
まさか、こんなにも簡単に承諾されるとは思ってもいなかったので、その場にいた一同が唖然としたが、その停止した時間からいち早く復活したシャリオンとヤナスが声を上げる。
「王は我に向いておらん。それはわかっていたことだ。だが母上の言う通りにしていればいいと思い従った。好きな女を呼び、好きに生きる。素晴らしいとさえ思ったよ。」
ジャニスの語っていることは、自分でなにも決めることができない子供の我儘のように取れる。
「しかし、そう好き勝手やってもうまくいかぬものなのだな。人の心が離れ、国が衰退し、我の意思も通らなくなる。そんなことにすら気づかなかった。この至らぬ頭では全てを理解できているかわからぬが、そんな我でも少しはわかるよ。無知は罪だ。」
「ジャニス、何を言っているの?お母さんの言う通りにしていれば立派な王になれるのよ?」
ジャニスの言葉を遮るようにヤナスが声をかけるが、ジャニスは一瞥しただけで、その言葉に耳を傾けることはなかった。
「なんと言って良いかわからぬが、このままでは国が立ち行かなくなるのはわかる。自分のしでかした事がいかに愚かだったか……今になって少しわかる……我は頭が悪い。だから本当にわかっているかわからぬがな。」
真剣な言葉を真剣な表情で聞くシャリオン。
「とにかく、あとはお前に任せても良いだろうか?混乱させるだけさせて、後は任せるなど都合がいいにも程があるだろう。不甲斐ない兄で申し訳ない。だが、我にはこれ以上国を豊かにする力も、そして民からの信頼もない。だから、シャリオン。この国をお主に任せたい。」
しっかりとした目つきでシャリオンを見つめ、シャリオンもそれを受け止めている。
「我にできることはこれくらいだ。我の力では国を富ませ、民を育むことができぬ。我が国のためにできることは我が愛しの弟に任せることだけだ。不甲斐ない兄と罵られようとも、蔑まされようとも、構わぬ。だが、これが我にできる精一杯だ。我を討つ、悪王を玉座から引き摺り下ろしたという、その名誉をうまく利用し、国を再び良いものへと変えていってくれ。」
ジャニスはシャリオンに向かって頭を下げる。
その顔には悔しさの様な、哀しみのような、複雑な表情が浮かび、目には潤みさえも見受けられた。
「ジャ、ジャニスーーー!!いい加減になさい!!」
ヤナスはワナワナと震えていたかと思えば、ついに堪忍袋の緒が切れたのか、ものすごい形相でジャニスへと向かっていく。
「……なっ!なんなの!なんなのあなたは!!」
まぁ、こんな大切な……兄弟の話を邪魔させるわけにもいかないので、俺は走り出したヤナスを捕らえておく。
「……兄上。もう一度、もう一度……今度は2人で、我々2人力を合わせ、一緒に国を立て直してはみませんか?」
「……シャリオンよ、それは有難い申し出だが、民はそれを認めてはくれぬよ。それは我にもわかる。だから我に責任を取らせてくれ。」
「……。」
そんな返答になにも言うことができないシャリオン。
「さっきも言ったであろう?我はすでに多くの者からの信頼を失い、希望を失わせたのだ。民も我を恨みの対象としか見てはくれぬ。我が王城にいるだけで、王家と民の心の距離は離れていく。それは国の衰退を意味するのだ。我が最後にできるのは、我が討ち取られることで得られる希望だ。この国は変わる、また住みやすい国へと変わるのだというな。その希望の中心となり国を纏めていくのがお主の役目だ、シャリオン。」
そう言ってヤナスの方へと向き直るジャニス。
「母上。私と一緒に責任を取ってください。母上が私のためにこのようなことをしたことはわかっております。しかし、これではダメだったようです。ですから、私と一緒に。」
そう言って頭を下げる。
ヤナスはそのジャニスを見て諦めがついたのか、膝から崩れ落ち、その顔からは表情が抜け落ちていた。
「シャリオンよ、責任は全て我々2人が取る。この我と母上ヤナスの2人の首でことを納めてくれ。……頼んだぞ。」
「……もう、なにを言ってその意思はかわらないのですか?」
「……。」
シャリオンの問いに無言で頷くジャニス。表情は少し晴れやかともいえるものであった。
「……わかりました。」
シャリオンも決意したようだ。
寂しさが感じられる顔ではあるが、それを必死で繕うようなそんな決意の顔である。
「2人を捕らえよ。明日公開処刑とする。」
その言葉に、シャリオンについてきた騎士が2人を捕らえ、どこかへと運んでいった。きっと牢かどこかに向かったのだろう。
ジャニスはヤナス……自分の母親の言うがままに従い生きてきたのだろう。まるでヤナスの着せ替え人形のように、自分の可愛い息子がいつまでも自分のためだけの人形であるかのようにヤナスの意思だけで育てられたのだ。
先ほどのジャニスの様子を見る限り、俺には彼の一般的な評価が当てはまるようには思えなかった。母親の理想の息子であろうとしたがために自分を見失った、意思を失ってしまった、心優しい青年に見えた。
きっと適切な教育を受け、交友を持ち、様々な経験を積んでいれば、大陸のどこの国にも引けを取らない統率者として名を馳せただろう。国王としての立場についたとしても、優秀な部下……宰相やジガルのような軍の統一者、そしてシャリオンのように頼りになる肉親。彼を中心に国はうまく回ったことだろう。
とはいっても、母親は変えられない。母親から与えられる甘えた生活に溺れていたのも彼の意思でもあり、周りを見ず、母親の言うことだけを聞いていたのも彼の意思だ。心優しい彼は、理想の息子であろうとしてしまったがために母親の言う通りに育ってしまった。彼は最後に今までのそんな人生から生まれたツケを理解し、責任を取ろうというのだからあっぱれである。
「……少し、時間をくれ。」
シャリオンのその言葉で一度その場は解散する。
と、いっても謁見の間にシャリオンが1人残っただけであり、10分もしないうちにそのシャリオンも外へと出てきたのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回更新は8月8日(水)の予定です。