72話
「ジガル殿、今回の先陣は私に任せていただけないか?」
「いえいえ、この私の兵が適任でしょう。」
平原に集まったジャニスに与する貴族とその兵たちは相手の数が予想以上に少ないことから、手柄を立てようと躍起になり、この軍の総大将であるジガルへとより良い位置での出陣を強請りに来ていた。
「報告!シャリオン様と思われる男が陣の前へと進んでいる模様。人数は3人。ジガル様、如何いたしますか?」
「私が出よう。」
ジガルは自分の右腕2人を連れ、平原の中央へと向かう。
そこにはすでに中央に来ていたシャリオン、ヴォルフ、そしてお面をした黒づくめの者が立って待っていた。
「ジガルであったか。兄上はこちらに来ていないのだな?」
「シャリオン殿下、お久しぶりでございます。無事な帰還お喜び申しあげると言いたいところですがなんとも……。ジャニス様は城にて待っておられます。」
「そうか、お主とは戦いたくはないが、お主の性質上そうはいかぬわけだな。」
「……。申し訳ございません。私が仕えるのはグラーツ王国ですから。」
「今のグラーツになにも不満がないと?」
「……。」
シャリオンの言葉に対して口を結び、なにも語らないジガル。
「すまぬ、お前には酷な問いかけであったな。」
シャリオンはジガルがこの国を愛し、この国のために戦う戦士だと理解していた。故に、今の現状、国と国王、共に尊ぶべき存在の狭間で揺れる心を理解していた。
「決着は今回のことで着く。その後にも変わらぬ国への忠誠を頼むことにしよう。」
「……承知いたしました。」
それだけ言葉を交わし、お互い自陣へと戻って行く。
そして、自陣へと戻れば戦いの火蓋が切って落とされることになる。
「殿下、今回の戦い、タロー殿の言う通りここでの争いとなりましたが、この兵力差では厳しいかと……。」
「……そうであるな。しかし、やらねばならぬ。我の元へ集まってくれた者たちは無駄な死とならぬようにするのがせめてもの我の仕事か……。非力で申し訳ない。」
「……!シャリオン様に非などありませぬ!タロー殿の考えが浅かった。そして我々の考えも甘かった、それだけです。国のために戦う。これほど貴族の誉れはありませんぞ。」
「ちょっと失礼。あなた今タロー様を侮辱なさったのですか?」
シャリオンを挟んで反対側のお面をした者から声が上がる。
「侮辱?あの者の言う通り動いてこの現状。彼の采配に間違いがあったのは事実であろう。それとも違うと申すか?」
「まったくもって違います。」
「……ヴォルフ、やめろ。彼は多大な貢献をしてくれた。悪く言う義理はないぞ。」
「……申し訳ございません。」
「お主も……お主は我の護衛として途中からついてくれた者だな?食事を用意してくれた……。」
お面をしていても声は変わらない。その声から、シャリオンはリーシャと判断したのだろう。
「はい、その通りでございます。」
「そのお面をすると誰が誰だか分からぬからなあ。タローさんはここにはおらぬのか?」
「タロー様はここにはおりません。別行動をしております。」
「……そうか。」
「……おらぬのか!自分で立てた作戦を見届けず逃げ帰ったか!」
「ヴォルフよ、やめよと申したぞ。」
「タロー様は我々を信頼してここを任せてくれたのです。あなたの言うようなお方ではありません。訂正してくださいませ。」
ヴォルフとリーシャは睨み合う。
「……すまぬ、お主の言う事はわかるが、この戦力差の打開作が思いつかぬ現状、ヴォルフの気持ちもわかってくれ。」
シャリオン殿下が互いを落ち着かせようと尽力するが、その言葉はリーシャに届くことはない。
「シャリオン様はなぜ我々がここにいるのかわかっておられないようですね。貴方達は後ろで見ていればよいのです。あとは我々が終わらせてきましょう。」
それだけ言うと、リーシャは仲間の元へと戻って行った。
「あんな素性の知れぬ者たちをなぜ迎え入れているのですか。」
「迎え入れているというよりも我が個人的にやっとっているのだがな。ただ、実力は折り紙つきだ。我が襲われたときもたった1人であっという間に斬り伏せてしまったのだから。」
「……それはその者が強かっただけで、他の者は分からぬではありませんか。」
「それは……そうであるな。」
不安な気持ちを抑え込み、威厳を持ち直して自陣へと戻るシャリオン。
その顔は、決意と不安、その両方が浮かんでるように思えた。
「シャリオン様、少しよろしいですか?」
そんなシャリオンの元へやってきたのはシズカさんだ。
「おぉ、シズカ殿!話?構わぬよ。それよりも、こんなに戦力差があるとは思わなかった。巻き込んでしまって申し訳ない。」
シズカが話を始めるより先に、シャリオンは頭を下げる。
「えっ?……いやいや、大丈夫ですから!!」
「シズカ殿は魔王討伐という使命もある。ここで命落とす前に逃げてくれぬか?」
その言葉にどこかふわふわしたおいいつも朗らかなシズカの顔に怒りが張り付いた。
「シャリオン様、今そんなこと言うべきではないでしょ?それにあなたはタロー君を、そしてついてきてくれた貴族と兵たちを信頼しているはずです。負けを認めるような発言はしないでください。」
「……そ、そうであるな。」
「あなたは何のためにここにいるのですか?」
「く、国を取り戻すためだ。民の平穏を取り戻すためだ。」
「なら、最後まで諦めてはいけない。みんなを奮い立たせたその責任を果たしてください。」
「あ、あぁ……。」
異様な圧力をシズカから感じ、自分の心の弱さ、そして決意の甘さをむざむざと感じさせられていた。
「それに、タロー君があなたを助けると言ったのだから大丈夫です。たぶんこの戦力差も彼の想定の範囲内ですよ。」
「……そなたもタローさんを心から信頼しているのだな。先程の彼女も忠誠……それどころではないな。親愛のようなものを感じている節であった。」
「あ、そうだ。シャリオン様、リーシャちゃん怒らせましたか?こっちに戻ってきたときすごい怒ってて怖かったんですから!」
話がリーシャのこととなり、思い出したかのようにシズカは話す。
「……リーシャというのは先程隣にいてくれた女性か?」
「そうです!それでこの争いは私たちが終わらせますってみんなに言って聞かないんですから。」
「し、しかし、この人数を相手に……。」
「あはは、大丈夫ですよ。みんな強いですから。死人は出さないようにしますって言ってたから心配せずに、任せてもらえませんか?それを聞きにきたんです。」
「いや、だが……。」
「私が一番目立つから、私を中心でいくことになりますし、ここは私を信頼して任せてもらえませんか?」
シズカに見つめられ、顔を少し赤くするシャリオン。
「お、お主を最前線に出すなど……。」
シズカに好意を抱きつつあるシャリオンは、そんな彼女を一番前線へ出すことに躊躇いを持つ。
しかし、ジガルを相手に対抗できるのは彼女くらいではないだろうかと思っているのも事実であった。
「私を信じてくれないのですか……?」
シズカは全く意識していなかったが、上目遣いでこの言葉は反則級である。
「わ、わかった。信じよう。だが、怪我をする前に降伏するか戻ってくるかしてくれ。」
シャリオンも完敗である。
「そんな、さっきも言いましたでしょ?シャリオン様が始まる前から降伏なんて考えてはダメです。ただ信じて待ってくれればいいですから。それにたぶん私は何もしないですしね。それでは許可ありがとうございました!」
お礼を述べ、お面の集団の元へと戻るシズカをただただ惚けた顔で見送るシャリオン。
「殿下、よろしかったのですか?勇者ともなれば実力もあるでしょう。しかし、先陣を任せ、死んでしまったら我が国の責任は多大なものとなるかと。」
「……信じるしかないのだ。」
まだ少し赤い顔をしながらそう呟くシャリオンを見て、恋をした孫を見るように嬉しいような、されど、この戦いが不安なことに変わりはないという複雑な気持ちになるヴォルフ。
しかし、勇者を連れてきたのはタローであり、なにかあれば彼に責任を押し付ければ良いと考えているのであった。
▽▽▽▽▽
そして、ついに戦いが始まる。
ジャニス側は結局ジガルが中心となり、先陣を切る。
騎馬を中心に歩兵と共に数で押す作戦のようだ。その集団が全軍進行を始めた。
対するシャリオン側は、白銀の鎧に身を包み馬に跨った女を中心にお面の集団が前に出るだけで、他は陣の前に待機しているだけであった。
「ジガル様、これは一体どういうことでしょうか。」
「……わからぬ。先程も殿下が連れていた者だが……。」
副団長の男に問いかけられたジガルは正体の分からぬ存在に、背中に汗が流れるのを感じていた。本能的に恐怖を感じていたのかもしれない。
「あれはシャリオン様の雇った精鋭かもしれませんね。しかし真ん中の騎馬の女性とお面が10人しかおりませぬ。数で圧倒しましょう。」
その提案に頷く。
実際、実力も分からぬ状態ではそれしか方法がない。それにグラーツ側は手柄を欲する貴族たちも騎馬し、兵と共に進軍している。どの貴族も自らの手で手柄を立てようと躍起になっているので、あれこれ考え作戦を立てるより、単純に全軍で突撃して数で圧倒した方がまとまりのないこの軍で、被害を最小限にし、尚且つ早急にこの戦いを終わらせることができると判断したのだった。
「リーシャちゃん、本当に私はここにいるだけでいいの?」
「うん、ラナちゃんに乗って待っててくれればいいわ。タロー様を信頼できない者たちに嫌でもタロー様を信頼させる。」
(こ、こわー。タローくんのことになると目の色変わるんだからぁ〜)
と、そんなリーシャに圧倒されつつ、呑気に考えながらラナに乗っているシズカであった。
そんな風に呑気に確認をしていると、ついに相手が声を上げ、駆け出しこちらへ向かってくる。
「みんな、作戦通りに!」
それを合図にリーシャ、クロを残し、他の者も駆け出す。
そしてリーシャとクロは同時に土魔法のグランドクラックを大規模に展開、相手の陣地全体の地面が揺れ、隆起し、陥没し、兵はみなそれに足を取られる。
「な、なんだ!?足場に注意!気をつけろ!!」
それにいち早く気づいたジガルであったが、その声虚しく、馬に乗る者は身を放り出され、歩兵の者達も多くは地面に手を着く。
そこに突如大雨が降ってくる。
「ちっ、今度はなんだ。」
その雨の量に誰もが驚く。
なぜなら、先程の地面の異常によって少し窪んだ自陣が浅い池の様になるほどの水が一瞬で溜まったのだから。
これは走りながら、クランスミスの水魔法が使える者達が放った、馬鹿みたいな威力のウォーターボールを空中でぶつけあい、雨として降らしていたものだった。
「ぐわっ!」
「ぎゃっ!!!」
自陣の中で時折声が上がるが、視界が塞がれるほどの雨に何が起きているのか理解が及ばない。
「アババババババ!」
今度はその水を伝い、電気が流れる。
これもクランスミスの者が放った雷魔法である。
そして、ジャニス側の兵たちは静まり返る。
「うひゃー、これは怖い。」
絶対にみんなを怒らせないようにしようと、心に誓うシズカであった。
「な、なにが!」
なにが起きたのかまったくわからないシャリオン側はただ唖然とするしかなかった。
そんなシャリオンとヴォルフの前にドンドンと何かが落ちてきたかと思えば、目の前には全身を濡らし、膝をかかえ呻き声をあげる相手側の貴族たちが転がっていた。
そしてそれを連れてきたであろうお面の者達も集まっていた。
「こ、これはいったい……。」
ヴォルフもなにがなんだかわからずそんな声を上げるのが精一杯であった。
「シャリオン様、終わりましたよー!」
そこへシズカが駆け寄ってくる。
「し、シズカ殿!一体なにが起きたのだ!」
シズカは今の一瞬の間に起きた事を説明する。
「まず、土魔法で相手側の地面全体を陥没させて、そこに水魔法を放って、その間に貴族っぽい人を歩けないように膝を砕いて連れ出して、連れ出したところに雷魔法で相手をみんな気絶させました。」
言っていることはわかる。ただ、その規模がおかしい。こんな大規模な魔法を見たことも聞いたこともない。何十人…いや、百人以上もの魔法使いが同時に広範囲に同じ魔法を使ったのならできるかもしれないが、あの人数で進軍して来る兵の全範囲にあの威力の魔法を展開するなど、想像もできないことだった。
だが、勇者なら……と思っていたシャリオンとヴォルフにさらなる驚きを与える発言をシズカがした。
「たぶん誰も死んでないと思いますけど、こちらの兵士たちで確認と捕縛をお願いします。あ、私もラナちゃんに乗ってただけでなにもしていないので手伝いましょうか?」
誰も死んでいない……相手を誰も殺さなかったというのだ。しかもそれを行なったのは勇者であるシズカではなく、お面をした者達だということ。
「……あはは。」
シャリオンはもはや笑うことしかできなかった。
そして思い出した。先陣を任せて欲しいと言いにきたシズカさんが言っていた言葉……「あはは、大丈夫ですよ。みんな強いですから。死人は出さないようにしますって言ってたから心配せずに、任せてもらえませんか?それを聞きにきたんです。」と言ったのを。
死人は出さない……それはてっきり自分達のことかと思っていたが、相手のことだったのだ。そしてそれを難なく成し遂げる者達……シャリオンはとんでもない者達を側に連れ、危うく敵対するところだったことに気づき、冷や汗が額を流れるのを感じた。
「む、1人立っている。」
シズカの隣に立つ、お面の者が何かに気づき相手側を見た。
それにつられ、シャリオンも相手の方を向くと、そこには大剣を杖のようにしてこちらへ向かうジガルの存在が見て取れた。
「彼と話がしたい。我が向かおう。ヴォルフ、この者達を捕縛。そして向こうの兵の捕縛と確認をする準備を進めておいてくれ。」
足元に転がる貴族の捕縛と次の行動の準備をヴォルフに任せ、シャリオンはお面の者を連れジガルの元へと向かう。
「ジガル。」
「……で、殿下。どうやら我々の完敗のようですね。」
「我も驚いているが、そのようだ。これから我は城へ向かう。お主はしばし休んでおれ。」
「殺しはしないのですか?」
「お主のような優秀な者を殺してしまっては国が立ち直らぬ。それに国を取り戻すまで我は逆賊だ。処刑するとか粛清するとかそんなことは逆賊には関係ない。」
「……殿下らしいですな。我は体が痺れてまだちゃんと動くことはできなさそうです。言われた通り休ませていただきます。」
「うむ、そうしておれ。それにしてもよく動けたな。」
「……威力が調整されていたのでしょう。レベルが高い者は動けないまでも気を失ってない者もいます。動けたのは我ぐらいのようですが。そんな我でも歩くので精一杯ですがな。体が痺れていうことを聞きませぬ。」
その言葉にシャリオンはさらに驚いた。
ジガルが気づいたこともだが、あの規模の魔法の威力をそこまで精密に調整されていたことに。
これはタローが常日頃、冒険者として活動するときや、セレブロの探索をする際に、魔法を使うときには魔力を繊細に感じコントロールしろと口が酸っぱくなるほど言っていた成果であった。
魔法の威力、強度、方向性はすべて込められる魔力の量、イメージ、形で変わるのだと。
それに加えて、ステータスが高いことが魔力のコントロールを助け、緻密な魔法を放つまでに至っている。
「殿下はかなり優秀な部下を手に入れたようだ。」
ジガルは強き者を称え、そしてその者たちを見つけ出したシャリオンを称えたつもりだった。
「……違うのだ。彼らは冒険者。たまたまある商人に紹介されて雇っただけだ。」
その言葉に今度はジガルが驚いた。
そしてシャリオンはお面の彼らがただタローの知り合いの冒険者だと思っていたが、今までの態度を見る限り、そんな程度の関係ではないと気づかされる。そしてこの者達を従えるタローの存在が彼の中で敵対してはいけない相手だと思わせるのに十分であった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回更新は8月1日(水)の予定です。