71話
「ヴォルフ卿のおっしゃっていることが事実であれば、まだまともな貴族も残っているということですか?」
一通り現状の話を聞いたところ、ヴォルフ卿の見解では今が国を取り戻すギリギリのタイミングだという。
というのも、まともな貴族たちは、増税などの民の負担を自分の財産から捻出し肩代わりして現状をやり過ごしているらしい。
それがもつのも次の税金徴収までだろうというのがヴォルフ卿の見解だ。
どこか頭の片隅に、シャリオン様が国に戻るまでの辛抱という考えもあったのかもしれない。
そういう人がいるというなら、国が立ち直ることは出来るだろう。
「おる。国王が代わり、反発するものは粛正され、リリス様が囚われたと聞いて、急ぎ領地に籠った者達だ。」
「下手に反感買わず、民を守る為に尽力することに専念したのですね。」
「あぁ、そういうことだ。」
なるほど。正しい判断だな。
「そしてリリス様は他国との繋がりを持つために利用すると。だから生かされていたわけですね。」
「あぁ。嫁がせる気でいるらしい。しかも嫁ぎ先がドクダケ公国だ。」
「「なっ!!」」
シャリオン様とジェフから驚きの声があがる。
「あのー、ドクダケ公国とは……?」
名前からしていい印象ないけど。
「お主、ドクダケ公国を知らぬのか?」
「はい……少し前までは田舎で細々と暮らしていましたので……。」
ちょっと怪しむような目で見られた。
もう少し真面目にロシャス先生に色々と教えておいてもらうんだったなぁ。
「……そうか。まぁよい。ドクダケ公国とはここより少し南にある国だ。ヨキダケ王国から独立した国なのだが……はっきり言ってあまりいい話を聞かない国だ。」
「……大公が横暴でな、自分の思い通りにならないと我慢ならんタイプの人間なのだ。」
ヴォルフ卿の説明にシャリオン様が追加情報をくれる。
「しかもタチが悪いことに軍はなかなかの猛者揃い。それも荒くれ者が多い。というよりも、そういう者たちを金で集めているのだろう。」
本当にタチ悪いじゃないか。
自分の腕が買われ、ある程度好き放題できるとなれば、地球で言うところのヤンキーのような奴らは多く集まりそうだ。
実力至上主義な部分があるこの世界にはもってこいのやり方かもしれない。
ある意味うまくやってるよな、そこの大公さん。
「つまり、リリス様を嫁がせてそこの後ろ盾を得るのが狙いということですね。」
「そういうことだろう。」
リリス様が大公に気に入られているのならそれくらいのことは簡単に話が通りそうだな。
「ヴォルフ殿、これから我は王都へと向かう。騎士たちを我に貸してはいただけぬか?」
「殿下、それはあまりにも無謀。私の私兵を総動員したところで、王都の騎士たちを突破することはできませぬ。」
「しかし、急がなければ姉上の身が……。」
悔しそうな顔で下を向くシャリオン様。
ジェフも何とも言えない表情だ。
「流石に数が違いますよね。……ではこういうのはどうでしょうか?」
俺はみんなにある考えを提案する。
「うむ……それならなんとか……いけるかもしれませんな。しかし、本当に勇者殿がいるのか?」
「えぇ、正真正銘の勇者です。別室に皆と一緒に居ますのであとでお会いになってみてください。」
1つはシャリオン様とシズカさんに旗頭となってもらいヴォルフ卿の騎士と一緒にこの周辺の街や村を周って、打倒ジャニスを宣言してもらう。
これで少しは協力してくれる貴族も増えるだろう。
2つ目は途中からヴォルフ卿の騎士を何組か他の領地の貴族へと遣わせる。
ヴォルフ卿からこちらに協力してくれそうな貴族を聞き、そこへと向かってもらうつもりだ。
そこで協力を得られればそれでよし、得られなくとも協力しなかったという事実があればそれでいい。
それら、協力勢力と合流しつつ、ここと王都の間にある平原で陣を張る。
これはヴォルフ卿の提案だが、王都に多数の兵士ごと乗り込むわけにもいかないし、王都の住民を巻き込む恐れもあるので妥当な案だと思われる。
うまくいけば王都を挟んだ向こう側の領地から挟み撃ちということもできるだろう。
あとは向こうの出方次第だが、平原まで兵を連れてジャニス本人が出てくればそこで決着。
城にこもるようであれば、シャリオン様と他複数人で城に潜入。
兵もジャニスも出てこなかったら城へ攻め入る。
まぁ、色々うまくいかなくても最終手段には力技という手もあるだろう。
「ではその手筈通りに。ジャニス様もこちらの動きに気づけば何かしら反応を示してくることでしょう。」
もう少し細かく計画を立て早速翌日から行動に移すことにした。
個人的に、あとはほんの少し必要な部分で武力面の助力をするだけで、シャリオン様とヴォルフ卿が主導で計画を進めればうまくいくだろうと思っている。
だからここからはなるべく手を出すことはしないつもりである。
▽▽▽▽▽
「私は勇者としてこの世界に召喚された!!勇者とは魔王を屠るだけの存在なのか?私は違うと思っている!!」
現在、この街の領主であるヴォルフ卿の働きかけのおかげで、この街の中心にある広場に街の住人や、騎士などが集まっている。
「なぜ魔王を討つのか?それはこの国、この世界の民を守るためだと思っている!!その民が、皆と同じ人間によって苦しめられるのは本末転倒ではないだろうか!」
そして、声を張り上げ、集まった人たちに堂々と演説をしているのがシズカさんである。
「だからこそ!だからこそ私は、立ち向かう!皆のために!皆も私も住みやすい世界にするために!!相手が魔王であろうと国王であろうと、平穏な生活を脅かす者をほっておくことはできない!」
俺は心底驚いている。
こんなに立派に堂々と演説を行っているのがあのシズカさんなのだから驚かない方が無理であろう。
「皆も一緒に立ち上がろう!この国を変えるべく立ち上がったシャリオン様と共に立ち上がろう!この国の平和を取り戻そう!!」
「「「「「うおーーー!!!」」」」」
住民と騎士から大きな声が上がる。
あのオドオドしていた勇者がこんなにも人に影響を与える存在となったのだ。
喜ばしい限りである。
あんなに声を張り上げ、言葉を投げかけ、訴えかけることができるようになるとは思わなかったが、人は良くも悪くも変われるもんだなぁ。
昨日の提案通り、街などで打倒ジャニスの宣言をすることをシズカさんに話し、その一環としてシャリオン様と一緒に演説してくれって言った時は顔を青ざめさせ、息をするのを忘れるほど必死に首を横に振っていたが、やればできるじゃないか。
いいこと言っているし、とても素晴らしい。
住民も騎士も息を吹き返したかのように、表情に活力がもどっている。
演説も終わったら、騎士たちを伴い、シャリオン様一向は街を出立して、町々を巡りながら平原を目指すことになる。
「すごいじゃないか。いい演説だった。」
演説を終え、広場の高台から降りてきたシズカさんに声をかける。
「は、恥ずかしかったー。」
顔赤くし、その顔を手で覆ってしまうシズカさん。
「堂々としていてよかった思うよ?」
「……タローくんと約束したから。守り救う為に力を使うと。それに、弱き者を守るのが勇者の役目だと思っているから。」
まだ、顔の赤みはひかないものの、こちらを見て微笑みながら語るその言葉には、決意と慈愛が感じられた。そしてその眼差しも真剣そのものである。
「……素敵な人だね。」
人としてものすごく美しく、尊敬できると心から思った。
シズカさんは、俺のその言葉に、何故か顔をさらに赤くし、俯く。
「が、がんばる。」
それだけ言い残し、自分のすべきことをする為に皆の元へと向かっていった。
シャリオン様一行は騎士と今回のことに参加を申し出てくれた冒険者たちを伴い、街を出た。これから数日かけ、街を巡り平原を目指す。
その一行にはお面をしたリーシャとシロとクロ、ライエ、フリック、トーマ、ミーシャ、ナタリー、アラン、サリナ、タニヤにラスタとラナとラナの引く馬車もついて行った。
そしてこちらに残ったのはロシャスとオルマ、そしてジェフである。
「では我々も参りましょうか。」
ロシャスに促され、俺たちも出発する。
「若、我々はどこへ?」
「先に城下町を目指す。」
城に囚われている者もいるという情報だから、先にそちらの情報を得て手を打つ予定だ。諜報はロシャスがいれば完璧だしな。
▽▽▽▽▽
「陛下、どうやらシャリオン様が貴族や騎士たちを集め、平原に集まりつつあるようです。」
グラーツ王国の王城にその報せが入ったのはシャリオンがすでに平原に陣を設け始めた頃であった。
「シャリオンは殺せと命じてあったはずですが?殺したと報告がないかと思えばよもや失敗していたとは。そして平原に騎士を集めるところまで誰も気づかないとは。ジガル、さっさと対処して来なさい。」
答えたのはジャニスではなく、その母のヤナスであった。
「……相手の兵力の規模が分からぬままでは対処しようにも……。」
ジガルと呼ばれたこの男はこの国最強の騎士、王国に忠誠を誓ったグラーツ王国王国騎士団総団長である。
「国最強のあなたがいれば、どれだけの数が相手であろうとなんとかなるでしょう?なんとかしなさい。」
国に忠誠を誓ったものの、今代の国王ジャニスとその母ヤナスのやり方には疑問が残らないと言えば嘘になる。
ただ、自分の愛する国のため、その思いだけで従っているというのが現状である。
「……承知いたしました。では王都の騎士と、他の貴族の私兵をお借りしたく。」
「えぇ、構わないわ。近衛を何人か残しておいてくれれば、他は全部連れて行きなさい。そして、今度こそ完全に潰して来なさい。これから先、反抗する貴族も現れないようにしてきなさい。」
その命令を遂行するため、ジガルは急ぎ各所へ連絡、準備を整え出兵するのであった。
今回の争いにてヤナスから、成果を上げた貴族への褒美が約束されたこともあり、ジャニスに与する貴族たちはこぞって兵を出してくれたのが救いであった。
今、ジャニス側の最大兵力が集まることになる。そうでなければジガルは、今回の出兵を躊躇ったことだろう。その理由は単純に相手の兵力がどれほどかわからないこと、いくらこちらの精鋭を集めても相手の兵数が数倍であれば勝ち目はない。
しかし、ジガルの予測では、シャリオン側に与する貴族の私兵を掻き集め、現在、この国にいる冒険者が多少協力したとしても、今回集められたジガル率いる兵力の半分にも満たないだろうというのがジガルの予想であった。
実際その予想通り、シャリオンが声を上げ、集められた騎士や貴族の私兵はジガル率いるジャニス側の兵力の3分の1程度であった。
▽▽▽▽▽
「おー、やっと騎士たちが動いたか。それにしても案外遅かったね。」
城下町へと着き、宿をとって城の様子を伺っていた俺たちは、兵が平原に向かっていくのを見送っていた。
「シャリオン様は殺されたもんだと思っていたでしょうし、その報告が来るのが遅れているくらいだと思っていたのでしょうな。」
と、いうのがロシャスの見解である。
「部下を信頼していると言えば聞こえはいいがそういうことじゃないだろうな。
ま、俺たちは俺たちのやることをやろう。」
「では、確認です。リリス様が囚われているのは城のはじにある塔の最上階。王女様付きのメイドと2人のようですな。」
ほんと、テンプレな場所に囚われている。
「そして、他にも囚われた者が城の地下にまとめて集められていますね。その数約100名。」
いったいどれだけ集めれば気がすむのだろうか。
「先程出て行った兵を見る限り、騎士たちは最小限の近衛が城にいるだけであとは使用人達ですな。」
「じゃあ、ロシャスとオルマは2人で地下へ行き、囚われている者たちにシャリオン様が助けに来てくれることを伝えて、地下全体に結界を張る。」
「連れ出すわけではないのですか?」
「オルマくん、100人も連れ出したらバレちゃうし、大変だろう?」
「でも、ゲートを使えば……。」
「……。なるほど、その手があったか。でもゲートの存在がバレるのはよろしくないからそれはなし。それにシャリオン様が助けに来た方がシャリオン様の信頼度的にもいいと思わないか?」
「たしかに。それはありますね。」
オルマは頭が柔らかい。柔軟な発想で最善の方法を導いていたようだ。
まぁでもゲートは最終手段だ。
「2人が結界を張ればここの騎士でも魔法兵団たちでも手も足も出ないだろう。何日かかるかわからないけど、1週間程度そこで我慢して貰えばいいから、その分の食料も置いてくればいい。足りなさそうならまた行けばいいだけだしな。まあ細かいことはロシャスの判断に任せるよ。」
「かしこまりました。」
「で、オレとジェフはリリス様のところへ向かう。こっちは2人だけだから連れ出そう。」
「……ありがとうございます。」
ジェフが頭を下げる。
「お礼するなら全てが終わってからだ。」
ジェフが頭を下げることでもないしな。
「では、早速行くとしよう。」
俺たちは隠密全開でお面をして城へ向かう。
いつも読んでいただきありがとうございます!
次回更新は7月29日(日)の予定です。