69話
「タロー様、お客様です。」
「……。」
「……タロー様。」
「寝てはないんだ。うん。」
「そうですか。では屋敷へお通ししてよろしいですか?」
「……ダメな気がする。」
「わかりました。それではお通ししておきます。」
シャリオン様の護衛組から、襲撃の報告と、明日には国境にたどり着くと言う報告を受け、俺は天気のいい日差しの下、自作の特製ハンモックを持ち出し、庭でのんびりと昼寝……もとい、考え事をしていたら、ロシャスから来客の知らせが届いた。
「俺は通していいとは言ってないんだけどなぁ。」
そんなことを呟きながら客の対応に向かったロシャスと別れ、リビングへと向かう。
リビングに入る時、すでにお茶を運ぶマーヤがいたので、俺の許可などただの伝言と変わらないという事実を改めて感じさせられたのである。
「それで、タロー。長い間店を休んでいるかと思えば庭で昼寝をしていらしたそうですねぇ。」
「いえ、そんなことあるわけないではないと思う所存でございますといいますか。」
リビングにはいったマリア様に責められるような視線を向けられ、こちらとしても訳のわからない言葉になったことはしかたのないことだと考えている。
ロシャスが密告者であることは間違いない。
「それでマリア様、本日はどのようなご用で?」
「お茶をしに来たついでに、在庫の切れた石鹸と茶葉などを買いに来たのです。」
「はい、なるほど。すぐに用意いたしましょう。」
うん、お茶がメインで買い物はついで。ここ重要。
「最近はアンドレもここで朝の訓練ができないと嘆いていましたよ?」
あ、そっか。ジェフいないからな。
「とは言っても、できなくなったと言いつつ、自分もラビオスへと向かいましたがね。」
「あー……勇者関連で?」
「えぇ、もうそろそろラビオスでのダンジョン訓練が始まる頃ですから。それに付き添う為に向かいました。」
なるほど、通りであの暑苦しい男がいないと思った。
今日の護衛には知らない男が2人ついていたが、2人ともマリア様に屋敷へ入る許可すらもらえず、屋敷の外で待機している。
……まぁ、許可するも何も俺の屋敷なのだが。
でもこればかりはマリア様が気を使ってくれていることで、素直に感謝する。
「彼らも順調に成長しているようでなによりですね。魔王が出ても何が来ても怖いものなし!」
「えぇ、まぁそうでしょうね。それで、最近シズカさんは……?」
「え?シズカ?元気ですよ?王城で会わないのですか?」
「あれ?知りませんの?彼女、街で家を借りてそこに住んでいるんですよ?最近は忙しく精力的に動いてるようですからね。あまり会う機会もなく。」
あら、そうだったのか。
ここに顔出すにも家を街に借りたほうが楽ではあるけど。
「じゃあ、ちょうどよかったですね。今いますので呼んできま……」
「タロー様ーーー!!」
シズカさんを呼んできましょうと言おうとしたところ、先に俺を呼ぶ声が遠くから聞こえた。
「ロシャスさんや、ちょっと様子を見てきてくれないか?」
「かしこまりました。」
今の声はミーシャだろう。
どうやら地下から呼んでいるから、微調整が終わり、確認してくれってことだろう。
「あ、やっぱり?ちょうどいいからここに連れてきて。」
戻ってきたロシャスの報告は予想した通りだった。
なにを微調整しているかというと、それはもう誰もが分かってはいると思うが、シズカさんのために拵えた装備である。
形はほとんどできていたが、今日シズカさんが来た時点で着てみて調整をしたら完成と言っていたのでそれが終わったということだ。
「あ、あのタローくん。」
「お、来た来た、早く中入って。」
リビングの入り口で顔だけ出し、恥ずかしそうにしているが、早く入ってと言ったところ、後ろからミーシャとナタリーに押されながら入ってきた。
「……シズカさんですよね?」
入ってきた鎧姿のシズカさんを見てマリア様も確認を取るような声を上げる。
「あ、マ、マリア様。あの……お久しぶりです。」
ペコリと軽く頭を下げるシズカさん。
マリア様も鎧で顔が見えなくてシズカさんかどうかわかなかったというわけではない。
鎧姿のシズカさんの圧倒的な存在感に驚いたのだろう。
「着心地は?」
「あ、着心地は良いです。動きも阻害しなくて軽くて違和感も全くありません。」
さすがミーシャとナタリー。
いい仕事をしてくれる。
見た目的に、全身鎧甲冑というものではなく、必要なところにミスリルに少量のオリハルコンなどを添加した白銀の鎧がカバーし、他のところはナタリーの作った、耐刃、耐魔法の同系色のインナーが覆う。
そこにミスリルをベースにしたオリハルコンやアダマンタイトなどによる白銀のロングソードとシールド。
これら全ては意匠も凝らされていて派手過ぎず、可憐なものに仕上がっている。
まさに白銀の戦姫と言った様相だ。
「こ、この装備はなんですか?」
マリア様がものすごい目力で俺に迫る。
「え、あ、あの、シズカさんに勇者として相応しい装備をと思って作らせていただいたのですが……。」
「これを作ったですって!?じいや!」
「ほほほ、貴重な材料をふんだんに使っておられるようで、私の目では査定できないほどですなぁ……。」
値段の想像がつきませぬ。と、じいやは少々力なく答えた。
「ただ、国宝級の装備であることは間違いないでしょう。」
「それほどですか……。」
「あはは、なんかまずかったかなあ?」
あはは、苦笑いが止まらない。
「まず、この装備を作るに当たって使用した材料を手に入れられること、そしてそれらを加工してここまでの傑作に仕上げること。どちらも大陸随一のことだということは確かです。」
ま、それは想定していた範囲内。
「ですが、シズカさん、とてもお似合いですよ。もう立派な勇者にしか見えません。」
ニコッとシズカさんに笑いかけるマリア様。
こういう懐の深さを感じさせるところがこの王女様の魅力だと思うし、王としての威厳のようなものを感じる部分である。
「実際実力もかなりのものですから、その辺もご心配なさらずに。」
今俺が言った通り、シズカさんの実力はすでに過去の勇者をゆうに超えている。
今期の勇者4人がかりでも負けることはないだろう。
「そう、それならよかったわ。」
ホッとした表情のマリア様は心のどこかで心配していたのだろう。
「と、いうことでこの装備一式購入していただけませんかね?マリア様。」
ニヤッとマリア様を見て商談に移る。
「……なにを企んでいるの?」
俺の笑顔に顔を引きつらせながら少し体をひくマリア様。
「ミーシャ、ナタリー性能の説明を。」
俺はとりあえずこの装備一式の性能を後ろで立っていたナタリーとミーシャに説明してもらうことにした。
「はい。ではまず、私ナタリーが担当したインナーです。これはそれ自身が鎧のようなもので、シルクモス、デーモンスパイダー、それらから取れる糸を魔力を込めながら加工し、耐刃、耐魔法に優れております。そしてなにより、この生地は体温を快適な温度に保ってくれるようになっていますので、どんなに動いても汗を掻くほど暑くはならず、物凄く寒いところでもそれほど寒さを感じることはないでしょう。」
……ぶっ壊れた性能であった。
「続きまして、私ミーシャが担当した部分ですが、色調、意匠に関しては、勇者シズカさんに相応しい物となるよう、白銀に繊細な意匠を施しています。そして、インナーも高性能のため、鎧部分は全身鎧甲冑ではなく、部分的な鎧とし、材質はミスリルをベースに強度を高めるため少量のオリハルコンを添加、魔力を込めて加工、そして軽量化の魔法を付与していますのでほとんど重さを感じることはなく、動きに支障はないと思われます。そして、ロングソードは細身の刀身、シールドは持ち運びに負担にならない大きさで、こちらも勇者に相応しい意匠を施しています。材質はミスリルをベースに先ほどと同じように強度を高めるためにオリハルコン、そしてアダマンタイトを添加しています。ロングソードは斬れ味が落ちることがないほどの強度と耐性を持ち、杖と同じように魔法を放つときの触媒としても使えます。シズカさんの得意魔法である火魔法を付与してありますので、魔法剣としての使用も可能です。そして、シールドに関しては魔力を通し、任意で発動する結界魔法を付与してあります。結界を発生させれば一定時間、シールドから後ろ10メートルほどを結界で守ることができます。大体の性能はこの程度です。」
……さらにぶっ壊れ性能であった。
スミスカンパニーのみんなは鎧なんてつけないからミーシャは久々の防具の仕事にかなり気合い入っていたがここまで性能詰め込んでくるとは思わなかった。
うむ、でも、俺は満足する性能だ。
シズカさんはなにがなんだかわからないといった表情しているし、マリア様はすでに内容が耳に入っているかわからないほど呆けている。
「と、いうわけでどうでしょう?購入しては……」
「買えるわけないじゃない!!一体いくらするのよ、こんな装備!!」
おぉ、マリア様が初めて叫んだ気がする。
なかなか貴重な物を見れた。
「……いくらでしょう?」
俺にもわからない。
そもそも相場がわからないし。
「とりあえずは白金貨1枚程度でいいです。マリア様が購入したという事実が欲しいだけですし。」
「な、なにを言っているの?白金貨1枚?これが?そんな馬鹿げた安さで売る気なの?」
マリア様が御乱心である。言葉が乱暴になってきた。
「えぇ、そもそも売るつもりはなかったですし。そのままシズカさんに装備してもらう予定でしたから。」
そう、これはたまたま今日マリア様がきたから思いついただけのことである。
「それをなぜわざわざ私に買わせるの?それにそんな安い値段で売ったら作った2人に申し訳ないと思わないの?」
後ろを振り返りナタリーとミーシャを見るが2人とも首を傾げている。
……この2人からすればやりたいことやらしてくれてありがとうくらいにしか思っていなさそうだ。
「たしかに、技術者の最高の技術を安売りするのはよくないと思います。それは技術者に対する冒涜でしょう。」
「それなら!」
「ですが、今回に関して言えば、これは技術者から商人である俺が買って俺が商人として客に売る。その販売価格が白金貨1枚というだけです。卸値はちゃんと適正な価格で私が2人に支払うということでいいのではないでしょうか?」
「そ、それはそうなのだけど。」
「マリア様が買って、シズカさんに与えた。その事実が大切なだけです。そうすればマリア様はシズカさんの最大の後ろ盾です。これからシズカさんは必ずや世界で活躍することとなるでしょう。その後ろ盾がマリア様といえば色々と有利に働くのでは?」
「タロー様の言う通りですな。」
じいやがすぐさま肯定する。
「そ、そんなずるいやり方……。」
あぁ、マリア様変なところ偏屈というか真面目なタイプだもんな。
と、いうより誠実な人なのだろう。
「別にずるくないでしょ?だってちゃんとお金出して買ってるし、その売ってもらった相手がたまたま大安売りしてくれただけです。その商人と繋がりを持っていることもあなたの強みなのでは?」
俺の言葉に納得いかずとも納得せざるを得ないといった感情を滲ませた表情を見せる。
「それとも、私があなたを贔屓にするのはご迷惑でしたか?」
「……その言葉はずるい。」
すこしそっぽを向きながら呟く。
「対等でいたいと思っているのに、あなたは私に一方的に利益しかもたらさないのですね、タロー。」
「そんなことありませんよ、たまたまです。」
「そこはもちろんですよとか言うべきではないかしら?」
ツーンとした態度で満更でもない顔をしながら文句を言ってくるマリア様。
あれ?そうなの?そう言うべきなの?
おかしいなぁ。
「兎にも角にも、買う買わないはどちらでもいいのです。シズカさんの物となることには変わりはありませんから。たまたまマリア様の顔を見て思いついたから提案しただけですので。」
「その提案乗ることにします。じいや、払って。」
「それではこちらをお受け取りください。」
じいやはすぐさま白金貨を取り出し差し出してくる。
「たしかに受け取りました。商談成立です。」
マリア様は一方的な利益を与えられていると言うが、実際マリア様がいなかったらここまで色々と活動できていなかっただろう。
今回の件もマリア様が前面に立つことで俺の存在が薄くなる。
まぁ手に入れた経緯はマリア様に問い合わせが来るかもしれないけど、それは商人がどこかから手に入れてきたで済むだろう。
結局は持ちつ持たれつなのだ。
「と、いうことで、早速明日から勇者シズカさんを少々お借りします。」
「え?この装備は?え?明日?」
シズカさんの理解がまだ追いついていないが、とりあえず話を進める。
「明日からですか?何かあるのですか?」
「ちょっと遠出を。」
「……またなにか悪巧みをしている顔です。」
な、なんて無礼な!こんなに純朴な顔を見て悪巧みをしているなんて心外ですわ!
「タロー様、言い訳できない顔でございます。」
と、いうことらしいので認めることします。
ロシャスに言われてしまえば仕方ないと思うのです。
「……まぁ、ほどほどにしてくださいね。」
マリア様はどこか諦めたような顔でお茶を口に含む。
ちょっと国のお片づけ手伝うだけなのになぁ。
シズカさんにとっても勇者としての第一歩としていいと思うのだが。
ま、いいか。一応許可ももらったし。
俺もお茶とお菓子を食べながらしばらくマリア様との会話を楽しみ、明日に備えることとした。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回更新は7月20日(金)の予定です。