68話
「……はぁ。」
「何度目のため息だよ。」
「だって……タロー様が近くにいない。」
私……ライエとトーマ、ジェフさんの3人が護衛についているのはシャリオン様。
もともとジェフさんがいた国の王子らしいけど、その国のゴタゴタの掃除の手伝いをするらしくて、この人の護衛につくことが今回の任務。
学園都市から王子が向かう王都への道のりはそれなりに長く、その間ほとんどタロー様の顔が見れないというのだからため息が出ても仕方がないんじゃないかしら。
「……ジェフさんだけで十分だと思うのですけど。」
「念には念を入れてって言ってただろ?」
トーマの言うことはわかってはいるけど、タロー様の近くに残っている仲間もいるのに。
護衛についた翌日からはリーシャちゃんとシロちゃんとクロちゃんも追加されている。
「先日の報告で戦力過剰を伝えていたのになぁ。」
リーシャちゃんたちが来たことで、もはや魔物を察知しても私たちが動く前にシロちゃんとクロちゃんが対処しちゃう。
だから、日に一度の報告でこれ以上の戦力は必要ない、むしろ多すぎるくらいだと伝えた。
ロシャス様がそばにいるとは言っても、タロー様の身に何かあっては困るし、過剰と言えば、誰かを手元に戻すかもしれないと思ったのに、
「じゃ、国境越えるまでは今の人数でよろしく。」
と言われた。
信頼してくれているのはわかるが、私が守りたいのはタロー様だけなのだ。
「ライエ、そんなにしょんぼりするなよ。国境を越えれば合流するって言ってたじゃないか。」
しょぼーんとするライエを見て、トーマは声をかけるがまったく復活する様子はない。
任務はちゃんとこなすからいいんだが、しょぼんを纏うライエを敏感に感じ取るトーマはそんなライエを励ますべく、声をかけ続けている。
「明後日には国境を越えられるからそれまでの我慢だよ。」
相変わらず、ライエはずーんと顔も肩も落としているが道のりは続いていく。
▽▽▽▽▽
「ジェフよ、此度は誠に感謝している。」
「いえ、感謝をするなら若……タロー様に。それにまだ国境も超えておりません。感謝するには早いかと。」
「それもそうであるな。しかし、ここまでの道のりで魔物などによる襲撃もなく、出される料理は絶品。こんなに快適な旅はなかなか味わえぬぞ。我を狙う者もおらぬかもしれぬな。なにかの間違いだったのかもしれない。」
国境までの道のりは、すでに終わりが見えており、襲撃の情報はなにかの間違いだったのではないかと思われるほど順調であった。
魔物も姿を見せる前に処理され、料理もリーシャとライエが調理するので絶品であるのは間違いない。
「はは、リーシャちゃんたちの料理はうまいですらね。ですが、油断は禁物ですよ。」
「あぁ、もちろんだ。」
そう、もうすぐそこまで国境が見えているとはいえ、まだ1日半以上はかかるのだ。むしろここからが1番危険だろう。
今回の旅、最初こそシャリオン様付きの騎士がシャリオン様の乗る馬車の護衛をしていたが、すぐにジェフを一番身近、馬車の中へと入れ、狐のお面の2人を馬車の護衛に回し、他の騎士は馬よりも前を護衛させると指示を出した。
今周りを信じることができない中で1番信用しているのはジェフであり、そのジェフが親しく話すお面の2人は信用できると考えた結果であった。
「ジェフさん、敵襲です。」
夜、野営を始め、見張り役の騎士とトーマ以外は皆が寝静まったかと思われたその時、トーマの索敵に20人近い人が近づいている反応があった。
「わかった。他の騎士たちは?」
「どうやら、反応があった20人ほどの方へ近づいています。」
「そうか、予想通りだったってことだな。」
つまり、入れ替えで派遣された騎士たちはもともと、今の国王、シャリオン様の兄であるジャニスの息のかかった者たちだったのだ。
近づいている者たちと合流するつもりなのだろう。
「そうすると、全部で何人だ?」
「だいたい30人くらいですかね。」
「……なんだ、何かあったのか?」
その時、シャリオン様も外の異様な雰囲気に目を覚まし、テントから顔を出した。
「どうやら襲撃のようです。シャリオン様はジェフさんの近くを離れないようにお願いします。」
トーマの報告に驚く。
「な、なんだと!ここで襲撃か……人数は?」
「だいたい30人ほどでしょう。」
「くっ、そんなにいるのか。」
「そうですね……シャリオン様はジェフさんの近くを離れずに移動、あとは1人で十分でしょう。」
「なっ。我が国のことに巻き込んでしまったというのに、1人を犠牲にし、時間稼ぎをしてる間に逃げることなどできぬ!!」
トーマとジェフは一瞬ポカンとして、言葉が出なかったが、シャリオン様の発言の意味を理解すると笑いが込み上げてきた。
「ははは、殿下、違います。30人相手ならば1人で対処できるということです。」
「なんだと?」
「相手はこちらにいた騎士10名ほどと、盗賊と思われる者たちが20名ほどです。たいして相手にはなりません。」
「そ、それは本当か……?」
「えぇ、本当です。ただ、一応は向こうの言い分とやらを聞いておけと言われていますので、申し訳ございませんがシャリオン様にもお話いただければと。」
トーマが言うのはタローに言われたことだ。
シャリオン様の味方についてはいるが、向こうの言っていることが正しい可能性もある。
それに、なにか情報がつかめる可能性もある。
タロー自ら情報を集めたわけではないので、情報の真偽は未だに掴めていないと考えているからこそ、得られる情報は多い方がいいという判断だ。
「そ、そうか。わかった。」
では参りましょうとジェフに言われ、すでに準備が整い待っていたライエ、リーシャ、そしてもう2人仮面をした小柄な者を加えて歩き出す。
「おや?起きておられましたか殿下。」
暗闇の中を照らし揺らめく無数の松明の明かりに近づく。
「お主は護衛騎士の隊長であるのに騎士全員連れ、どこへ行っていたのだ?我はそれが心配で探しに来たのだが。」
「少し盗賊を狩りにね。しかし、盗賊ではなく、我ら同志であったので連れて帰って来た次第。」
「そうか、それではその後ろの者たちも我が国の騎士であると……そういうことか。」
盗賊を雇ったのだと思っていたが、どうやら盗賊を装った騎士のようだ。
「あぁ、俺たちはこの任務を果たし、国へ帰れば高い地位と報酬が約束されているんだ。」
「それで、その任務とやらを聞いても良いか?」
「聞かない方がいいと思うぜ?知らずに死んだ方が身のためだ……おっと、こりゃ言っちまったようなもんか!」
ハハハっと騎士たちから笑いが溢れる。
嘆かわしいことだ。
地位と報酬のために簡単に王族を手にかけようとするのだから。
その忠誠はただの金のつながり、金がなければ忠誠もない、彼らが捧げる忠誠はお金や地位などの権力に対するものだったのだ。
もし、今回の任務が成功したとしても、その報酬が本当に支払われるかすらわからないというのに。
「そうか、お主たちは本当に騎士としての誇りを失ってしててしまったのだな。」
「誇りがあっても金がなきゃなにもできないだろ?」
「お主が忠誠を誓うのは金ということなのだな。もうここにいる皆は国を思ってはくれていないのか?」
その言葉に騎士たちは1人もかけることなく笑い出す。
「くくく、国のために今こうしてここにいるのだろう。国を思ってあなたを討ちに来たのですよ、殿下。」
笑いを堪えながら隊長の男はそう口にした。
「国を思って我を討ちに来た……そうか。今からでも遅くない、まだ間に合う。本当に良き国のために力をふるってくれる者はいないのか?」
その言葉に笑い声はさらに大きくなる。
「殿下、彼らはもうジャニスの政策に魅入られてしまったようです。もともとこういう奴らなのでしょう。」
ジェフが気を使い、シャリオン様に声をかける。
ここにいる騎士たちは国の繁栄を心から望んでいたのではないのだろう。
ただ、自らが自由に振る舞う権力と金を求めるために騎士になった、そういうことなのだ。
そして、それを認め、大金を与えてくれる今の国王が彼らにとっても最も都合のいい雇い主なのだ。
「さて、それでは殿下、そのお首いただきましょう。」
「それはできぬ。」
「ははは、まさかそのお面をつけた訳の分からない冒険者数人ごときで、この人数の騎士に抵抗する気ですか?」
「その通りなのだが……。」
シャリオンは未だに自信がなかった。
ジェフを含め、この冒険者たちのことは信頼しているが、いかんせん相手が多い。それに彼らはただの素人ではなく、護衛騎士としての訓練をしてきた者たちだ。それなりの戦闘経験だってある。それが30名もいるとなれば、ジェフとお面の者たちがなぜここまで余裕の態度でいられるのかわからない。
「もうよろしいでしょうか?私はさっさと掃除を済ませ、国境を越えたいのですが。」
話が長くてさも不満だと言葉の端々に感じられる棘のある言い方であった。
突如その発言をした彼女も学園都市からジェフと一緒に来てくれた1人だが、なぜかいつもしょんぼりしていた。
「掃除だと?お前は現状の把握ができてないようだなぁ?」
隊長の男が青筋を浮かべながらその女に対峙する。
それをみたジェフは手で顔を覆い、またかと呟きながら天を仰いでいる。
「ジェ、ジェフ、あの子が前に出たが、大丈夫なのだろうか。」
今までは騎士と距離を置き話していたが、彼女はそのちょうど真ん中くらいに出てきた。そこに隊長である男も近寄ってきている。
「あー、いや、はい。まぁ、大丈夫でしょう。殿下と騎士たちの話が長くてイライラしてましたから。いつか途中で話の腰を折ると思っていましたが、意外と我慢した方ですよ。」
思っていたのと違う返答が来て、頭にはクエスチョンマークが浮かぶシャリオンであるが、ジェフも大丈夫と言っているので、とりあえず様子を見ることにした。
「それで……掃除してもよろしいでしょうか?」
今度はこちらを向いて質問を投げかける。
掃除とは言うが相手は騎士だ、本当に大丈夫かと疑問に思いつつも、騎士たちを討たなければこちらが殺される。それに先にも進めない。
だからシャリオンはその質問に首を縦に振り答える。
「あ、危ない!!」
ちょうど、首を縦に振り肯定したとき、彼女の後ろから迫っていた騎士の隊長は剣を抜き振りかぶって少女に迫っていた。
しかし、次の瞬間シャリオンは目を疑う。
少女の姿が掻き消えたと思ったとき、すでに隊長は両腕、両足を切り落とされ、瞬間、何が起きたのか訳がわからないのか、落ちた腕と切れて先がない肩口を交互に見ながらキョトンとしている。そして数秒ののち、痛みと現状を把握して絶叫する。
「う、うわー!いてぇー!う、腕がー!!」
衝撃が大きすぎたのか、足が落とされていることにはまだ気づいてないのかもしれない。
隊長のそんな様子を唖然と眺めている間に、後ろの騎士たちの方でも騒ぎが起きていた。
「うわ!な、なんだ!逃げろ!ぐっ!」
騒ぎの方へと目をやると、すでに10人以上の騎士の首が落とされ、逃げようとする者も彼女の放つ雷魔法に体を貫かれ動かなくなる。
もはやそれはただの殺戮……彼女の言うようにゴミの掃除をしているだけであった。
「あはは……。な、なんなのだこれは。彼女はSランク冒険者なのか?」
「いえ、違いますよ。」
そんな独り言のようなつぶやきにジェフはにこやかに答えた。
確かAランクになったばっかだったような気がするしなぁと、ぼんやり考えながら。
その惨劇はあっという間に終わりを迎え、息をしている騎士は隊長ただ1人となり、その隊長はもう1人の少女によってヒールをかけられ、命が繋がっている状況であった。
1人で30人を簡単に屠る実力。いつの間にか増えた3人。
シャリオンにはこのお面の集団がとてつもない謎の集団に思えた。
「隊長、あなたは最初から我の監視でついていたのですよね?」
「……。」
痛みに顔を歪めながらも口開けることはない。
ヒールを施したのはリーシャであるが、そのヒールも止血程度のものしかかけていないので、痛みもそこまで引いてはいないのだろう。
「ここへきての黙秘か。先程まではあんなにもよく喋ってれていたのに。」
「……俺は何も悪いことはしていない。努力し、騎士になり、騎士として当然のことをしてきただけだ。」
「それは民が苦しむことだとしてもか?」
「努力しないのが悪い。騎士として民から金をもらうことも女をもらうことも当然のことだろ?命を張って民を守るのだから、それくらいは提供してもバチは当たらない。」
「努力して得た金、努力して育てた娘……そう言うことは考えないのか?騎士になることが努力の全てではないだろう。騎士になることが偉くなることだと勘違いしているのだな。そもそも、騎士としての対価は払われているはずだ。それに加えて騎士としての努めすら忘れてしまったと言うのか?」
「……。」
「どんなに偉い人がだとしても、人は人からなにか奪う権利も傲慢に振る舞うことも誰からも許されてはおらぬと思うのだがなぁ。」
かと言ってこの様な者を野放しにしてきたのは我ら王族の罪か。と呟きながら悲しい顔をする。
「ジェフよ、その腰の物貸してはくれぬか?」
ジェフは護身用のため、腰に携帯していた刀をシャリオン様へと渡す。
「多く守るべき民を虐げてきた罪は重い。この者を打ち首とする。」
もうなんの言葉も発しない隊長に向かい、シャリオン様は刀を振り上げる。
「これまでの騎士としての務めご苦労であった。」
それだけ言って刀を振り下ろし、首を断つ。
ジェフは悔しそうな顔をするシャリオン様から刀を受け取り鞘に納める。
「我の行うことはなかなか大変なことかもしれぬな。」
「改革を行うのはいつでも大変な事です。ですが、よりよい国の為に動くことは王族の努めでもあり、民の為でもあります。そんな王を民は慕うのでしょう。」
「……そうであるな。ジェフも言う様になったではないか。」
「ははは、若の影響を受けているのかもしれません。」
「……よい主人を持ったのだな。む、もう朝日が見えてきたか。仕方ない、このまま出発にしよう。」
「えぇ、そうしましょう。」
シャリオン一行はそのまま出発の準備を整え、国境を目指す。
そして、翌日の昼には何事もなく国境を越えることができたのであった。
いつもお読み頂きありがとうございます。更新遅くなり申し訳ございません。
次回更新は7月17日(火)の予定です。