66話
「お断り申す!!」
俺ははっきりと、そして堂々と、そう述べた。
まさか、断るとは思っていなかったのだろう。
シャリオン様は一瞬驚き、一瞬落胆、そしていたって冷静な表情へと戻る。
「わがままを言ってすまなかった。気にしないでくれ。」
柔和な表情でそう言ってお茶を一口飲むシャリオン様。
彼はこれからある意味死地へと乗り込むのだ。
無事、城へとたどり着ければ信頼の置ける者もいるかもしれないが、王都へ着くまでは周りは敵だらけ。王都へたどり着く事すら絶望的だろう。
「……。」
ジェフはなにも言葉を発しない。
奴隷の身である自分が何を言うこともできないのはわかっている。
むしろ、今の無理なお願いですら本当はできないはずだ。
タローの奴隷に対する常日頃のおおらかな態度がその行為をする自分自身を許したが、さすがにこれ以上の無理は言えない……主人の命令は絶対、それが奴隷というものだ。
「ところで、シャリオン様。私は商人であるので、優秀な冒険者に心当たりがあるのですが、雇いませんか?」
その言葉にジェフはガバっと頭をあげ、タロー見る。
「っ!!若……それは……。」
「ジェフ1人で行かせるわけにはいかないからね。いくら強くなったと言っても数の暴力は馬鹿にできない。」
いや、本当は今のジェフなら、騎士程度の者がどれだけ数がいようときっとなんとかなってしまうだろうが。
でも、念には念を。
人数がいた方が行動範囲も広くなり、作戦も練りやすくなる。
それに、今回の王位奪還には重要なことが2つあると考えている。
ひとつは、シャリオン様が王都に着くまでにいかに自分の味方を作れるかだ。
これに関して言えば、王族に逆らえないだけでジャニスに仕方なくしたがっている者も多くいると考えられることから、奪還作戦に希望を見出せればこちらに寝返る者も多くいるだろう。
苦しい圧政に従い続けるか、最後の希望にかけるかどちらかということになる。
ジャニスの政策に便乗し、甘い汁を吸っている者はあとでシャリオン様が沙汰を下せばいい。
ふたつ目はいかに人を殺さずに済ますかである。
ジャニスの政策によりかなり多くの優秀な貴族や騎士が処刑されていることを考えると、これ以上の無駄な死者を出すべきではない。
国力低下も考えられるし、徴兵された一般兵はただの平民だった者たちだ。
その者たちを殺めることはどう考えても国の為にならない。
国を良くしようと行動するのに、国の為にならないことをしては元も子もないわけだ。
この2つのことを考えるとジェフ1人で対応するには荷が重い……荷が重いといえばジェフの実力不足のように感じるが、そうではなく、ただ単に手が足りないという意味合いである。
「そ、それは一体どういう……。」
「護衛として冒険者を雇わないですか?と、そういう意味です。」
「や、雇いたいのはやまやまだが、騎士達と対等に渡り合える程の実力となればそれ相応のランクだろう?」
「えぇ、そうですね。全員が全員高ランクというわけではありませんが。」
あ、金の話か?
「雇う資金は後払いで結構です。色々と考えておきますので。」
「だが、現在の国のことを考えるとあまり大金は……。」
「えぇ、それを踏まえて色々考えさせてもらいますので大丈夫ですよ。シャリオン様の心配なさるようなことにはならないように善処いたします。」
ならないように善処する……気ではいる。が、この考えを伝えた時、シャリオン様がその話に対してどのような思いを抱くかはわからないなぁ。
ま、その時考えればいいか。
「……それでよいのか?」
「えぇ。商人としては失格かもしれませんが、今回は私用の取引ということで。」
商人としてはこんなにあやふやな契約など許されないだろう。
それにシャリオン様からしても、後でどれほどのものがの要求されるかわからないような取引をするのだ、本来ならばするべきではない。
「……わかった。それでお願いする。」
机に手をつき、頭を下げる。
この条件で取引を行うのだからシャリオン様も切羽詰まっているのだろう。
「こちらこそよろしくお願いします。」
俺は手を差し出し、握手を求める。
シャリオン様もそれに気づき、握手に応えてくれた。
未来の王に握手を求めるのは不敬だろうか?
ま、気にしないけど。
「それでは色々と準備を整えて明日また参りますので、朝、ここの門の前に集合ということでよろしいですか?」
「あぁ、それでかまわない。よろしく頼む。」
「とりあえず、今日はジェフを連れて行ってください。この都市にいる間、危険はないと思いますけど念の為に。」
取引したのであれば、何かあっては寝覚めが悪い。
念には念を入れておくことは重要だ。
店を出るとシャリオン様はジェフと、外で待っていた護衛を連れて去っていった。
さてさて、急ぎ準備を整える必要があるな。
しばらく店は休みにすることにしよう。
「……あれ?パパは?」
「オルガ起きたのか。ジェフは友達に会ったから少し話してくるって。明日の朝にはまた帰ってくるよ。」
「……わかった。」
俺の背中で寝ていたオルガは目を覚ましたときそばにジェフがいないことに気づくとあたりをキョロキョロしたが、説明をすると大人しく納得してくれた。
彼女にとって信用できる人が離れていくことは辛いことだろう。
ずっと帰ってこないのではないか、またいなくなってしまうのではないか、そんな不安が頭をよぎるのかもしれない。
だが、彼女はそのことをあまり態度に出すことはない。
賢いが故に、本当の父でないこともわかっているし、帰ってこないかもしれないということも仕方ないことだと理解している節がある。
だからわがままを言うこともなく、俺の説明に納得する。
でもそれだけ、内に不安や悲しみを溜め込むのだ。
体に良くないことこの上ない。
もっとのびのびと明るい少女として成長できるようにしなければなぁ。
とはいえ、今でも楽しそうに生活はしているし、とりあえずこの件に関しては時間が解決するのを待つしかないかもしれないが。
ジェフと別れたあと、この学園都市をゆっくり見て回る気にもならなかったし、準備もしなくてはならないと思い、人気のない路地裏からフレンテ王国の屋敷へと帰った。
「と、言うわけなんだ。」
「それはまた大事に手を貸すのですね。」
現在、一通りの経緯をロシャスに説明したところである。
「まぁ、ジェフの因縁……ってほどではないかもしれないけど、ケリをつけるいいチャンスでもあると思うし。」
「たしかにそれはそうですな。それにしても、その国王と国王の母親というのはなんとも……。」
「愚かな奴らだろ?それがうまくいくと思っているからタチが悪い。」
「いずれ崩壊するのが目に見えています。遅いか早いか……それだけの違いです。ただ、国の立ち直るには早い方がいいでしょうな。」
「ま、そういうことだ。みんなにも迷惑かけるかもしれないけど、ロシャス中心に頼むよ。」
「えぇ、お任せください。皆もジェフのためなら喜んで手を貸してくれるでしょう。」
ありがたい。いい奴らばかりで本当に助かる。
夕食の時にはジェフとこれからのことを伝え、店もしばらく休みにすることを伝える。
「アランはザンバラさん達にも明日からしばらく休業することを伝えておいて。休みの間はゆっくりしてくれって。あ、給料も先に渡しといてくれていいから。」
「わかりました。ザンバラさん達には手伝ってもらわなくてもいいのですか?」
「まぁ、なにがあるかわからないしね。クランメンバー以外は関わらないようにした方がいいかなって。」
その説明でアランは納得したようだ。
クランのみんなは実力がずば抜けているので、生きることを優先さえすれば、よっぽどのことがない限り心配はないと思うが、獲得経験値増加付与のアクセサリーのおかげで今までよりも強くなったとはいえ、ザンバラさんは一般人に変わりない。
みんなを巻き込んでおいてなんだが、ザンバラさん達まで巻き込むわけにはいかないだろう。
それに今回のことは国の問題に大きく関わることになる。
言ってしまえば謀反、反逆だ。
それに関わっていたとなればあとあとどこかで問題が生じる可能性もあるし、国というものに縛られたくないので、シャリオン様の国の勢力として考えられたくないと思っている。
だから、冒険者として紹介し、ただの雇われ傭兵のような立ち位置で、素性は明かさないでおくつもりである。
そのためにも俺は急いで、必要な物の準備に取り掛かる。
まず1つは外套である。
みんなにはナタリー作のデーモンスパイダーの糸などを貴重な素材をふんだんに使って作られた真っ黒の外套を渡してある。
流石にシルクモスの生糸は数が足りなくてつかっていないが防刃、耐魔法などかなりの性能を持っている。
これは前々から渡してあるので今回はそれを常に身につけてもらうこととしている。
もうひとつは認識阻害を付与したマスク、というよりもお面だろうか?そんな物を作る予定だ。
デザインとしては日本人っぽく、お狐様のお面のようにしようと思ってる。
理由は特にないが、あまり凶悪な感じもよくないだろうし、ベネチアンマスク風の物もあまり好みではなかったというだけである。
ライエを特別視してるとかではないし、この世界において日本風のお狐様のお面はライエなど狐の獣人と同類として認識されるような物ではないと思われる。
このお面に隠蔽をかけることによって、それを装着している人を「その人」として認識されづらくしている。
前に、隠蔽の付与で姿を認知されない……透明人間のようなイメージを期待して作った外套があったが、その時透明人間化は失敗し、得た成果がこの認識阻害である。
「ミーシャ、こういう感じで作って欲しいんだけど。」
お狐様のお面を簡単にだが、1つ作り、ミーシャに見せる。
「これは見たことのないデザインですねえ……わかりました、人数分作ればいいんですよね?」
「うん、俺も手伝うから人数分お願いします。」
とりあえずお面作りはミーシャに手伝ってもらい、人数分の製作を急ぐ。
と言っても、明日の朝からシャリオン様の護衛に着く人数の分が明日の朝までにあれば、あとは順番に作っていけば問題ない。
「明日からは引き続きジェフ、それからトーマとライエを護衛につけるから頼むね。」
トーマとライエにはジェフに加えてシャリオン様の道中の護衛頼む。
「あ、ラスタを連れて行ってゲートでこっちに定期的に報告に帰ってきてくれ。」
「騎士達に動きがありそうならこちらの人数を増やすのですか?」
ライエからの質問だ。
「それもあるけど、たぶん襲われても3人がいればなんとかなるだろう。それよりも、報告に帰ってきた時にお面が出来た人から向こうに一緒に行って、影からついて行ってもらおうかと思って。」
俺がシャリオン様についていくわけではないので、ラスタがこちらにゲートを開かない限り、3人と合流することが難しい。
だからラスタのゲートを利用して定期的に報告に来てもらうことで、準備が整った者から向こうに送っておこうという考えだ。
「襲撃は国境を越える前と予測している。だから国境を越えるまでは3人にしっかりとシャリオン様を守ってもらいたい。」
国境を超えるまでは報告のたびに1人か2人くらいずつしか護衛の増員ができないが、たぶん余裕で守ってくれるだろう。
「わかりました。」
トーマもライエもビシッと立って頷く。
だが、ライエはどこか不満げである。
「ライエはなんか嫌なことあるの?」
「……私はタロー様をお守りしたいのです。」
「……。」
ポカンとしてしまった。
なにか嫌なことがあるのかと思って聞いてみたらこれである。
「あはは、そういうことだったのか。ま、少しの間だし頼むよ。」
ちょっとそっぽを向いて頷く。
不貞腐れているというわけではないし、シャリオン様の護衛は仕事として受け入れしっかりとこなすつもりだが、ちょっと不満だ、というようなことらしい。
なんとも可愛らしい不満であった。