65話
「まず、こちらの話をする前に、ジェフ、君のことを聞きたい。」
「わ、私ですか?」
おぉ、ジェフもちゃんと目上の人には私というのだな。
……あ、あれ?俺の時は?
俺の時は最初から俺のこと若旦那だったし、自分のこと俺って言ってた気がする……。
ま、まぁ、いいか。
うん、俺的にはそんなに畏まられるのは好きじゃないしな、うん。
「あぁ、君がそこにいるタローさんのもとで仕える事になるまでの経緯を聞きたい。」
国を出る前からの話を頼む……と。
これは俺も初めて聞く話だ。
興味がないといえば嘘になるだろう。
「……、わかりました。」
そういって今までに見せたことのないような深刻な……考え込むような仕草を見せるが、膝の上に座ってウトウトしているオルガを見ると、その真剣さもぶち壊しである。
「その前にオルガを。お腹が膨れて眠いみたいだ。」
俺がオルガを横にさせようと提案すると、ウトウトしているオルガを見て、いつものようなジェフの表情に戻り、優しい父の顔をする。
まだまだ幼い彼女からすれば、つまらぬ大人の話など眠くなるだけだよな。
オルガを部屋に設置されているソファへ寝かせ、再び席に着く。
「まず、私が国を出る前、先ほどのシャリオン様が言っていたように突然王位が第1王子へと移りました。」
それは本当に突然なことで、急に病に伏した父に代わり王位を継いだと、それだけ宣言し、戴冠式なども行われることなく、民に知らされるだけで終わったとのことだ。
「それに加え、弱くなった国力、魔王出現に備え、力を蓄えるために税金の大幅な値上げ、徴兵の強化などが行われました。」
「第1王子に変わった瞬間そんなことを行なったのか?」
俺の質問にただ頷くジェフ。
「もちろん、民も含め多くの者が反発しましたが、反発する者を容赦なく処刑する事でその勢いを押さえつけていました。」
所謂恐怖政治のようなもんだな。
反対すれば殺される。
それだけでかなりの反対勢力の抑制になるだろう。
「それでは国がもたぬではないか。民、貴族両方あっての国だというのに。」
悔しそうに唇を噛みしめるシャリオン様。その現状を知らずに過ごしていた自分が悔やまれるのだろう。
「最後まで抵抗を続けていたのがリリス様です。」
一応王族だもんな、発言力は大いにあるだろう。
「でも、そのリリス様を後押ししていた貴族や騎士達も次々に投獄、処刑、追放、奴隷落ちへと……。」
「もしかして、ジェフもその時に?」
「はい、その通りです。」
「ジェフ、君も国外へ追放されたのか?」
「いえ、私は現国王であるジャニス様の騎士たちとの戦いに敗れ、奴隷へと落とされました。」
現国王……つまりシャリオン様の兄ということか。
「逃げる事だってできただろう?」
「……殿下、それはできるわけがありません。後ろにはリリス様がいたのです。」
「姉様を守っていたのか……。」
「ジャニス様の母に当たる元国王の第1妃であるヤナス様の命令でリリス様を捉えに来た騎士たちからリリス様を逃がすために動いていたのですが、追い詰められ最後には……。」
「戦い、敗れたと……。」
ジェフは悔しそうに頷くだけである。
「私の記憶はここまでです。最後に俺の倒れる姿をみて涙を流しながら囚われるリリス様の姿が頭から離れない。それだけがこの人生の後悔です。」
すでにリリス様も処刑されてしまったのだろうと……と消え入るような声で呟く。
「そのあとは運良く買われた奴隷商人がドマル様だったので、生きながらえたというところです。」
あぁ、たしかに。
ドマルさんに買われていなかったらそのまま死んでいただろうな。
あの傷だ。ほっとくだけで死ぬのにわざわざ買って手当てをする人なんてドマルさんくらいだろう。
まぁ、奴隷に落とされる働き盛りの騎士達をまとめて買った中にたまたまジェフもいたと言うだけかもしれないが、それでも手当てしてくれてあったのだからやっぱりドマルさんの優しさが感じられる。
「ジェフ、ひとつ勘違いをしている……と、俺は思うんだ。」
「え?若、ど、どこですか?」
「リリス様とジェフって公にはできなかったかもしれないが、恋仲だったのだろう?」
その言葉にジェフは柄にもなく顔を赤くしてそっぽを向く。
「えぇ、そうですよ。よくわかりましたね、タローさん。2人の仲については城でも王都でも知らぬ者はいないほどでしたがね。たぶん知られていないと思っていたのはジェフだけです。」
代わりに答えたのはシャリオン様だ。
まぁ話の流れというか、会話を聞いていればわかるだろう。
てか、その状態って全く公にできない仲ではないじゃないか。
ほら、ジェフが顔を真っ赤にしながら、顎が外れるほどビックリしてる。
……本当に知られていないと思っていたのだな。
それを受け入れている王族関係者と民もなかなか懐が深いようだ。
普通だったらどっかの貴族とか他国の王族とかに嫁いだりするもんだろうに。
「リリス様は、ジェフが自分の体を傷つけながらも最後まで守ってくれた事に感謝しているはずだ。負けた事に失望なんかしてやいないさ。ただただ自分のために傷ついている事が悲しかったんだろう。」
そういうと、ジェフは目を見開き驚く。
「我もそう思うな。姉様はそんなに薄情なお人ではない。」
ジェフの想い人がそんな事で失望するような人であるならオラびっくりだ。
「それにこんな話をしていてなんだが、話を聞けば聞くほど最悪なこの状況でジェフ、君にとってはひとつ朗報がある。」
「な、何ですか?」
「……姉様は生きている。城の一角に囚われてはいるが、生きている事は確かなはずだ。」
「殿下!そ、それは本当ですか!?」
おぉ、今日1番の食いつきだ。
自分が一度失ってしまったと思っていたものがまだ失われていないとわかったのだからその反応も当たり前か。
「あぁ、本当だ。ではここからは我の得た情報を話そう。」
シャリオン様はひとつ頷き、話始める。
「この話は城に戻った我の最も信頼している者からの情報だ。」
「そんな話を私が聞いてもよろしいのですか?」
俺は全くの部外者なのだがいいのだろうか。
「構わん。我はジェフを信頼している。ジェフはタローさんを信頼している。違うか?」
「若はこの世で最も信頼の置ける方の1人です。」
「で、あれば我が信頼しても問題なかろう?」
えぇー。
それでいいの?
ジェフが信頼してくれてるのは素直に嬉しいけど。
「と、言うことで話を続けるぞ。まず、ジェフの話を聞いた事で確信が得られたことは増税と徴兵だ。」
さっきジェフも言ってたもんな。
「目的は分からぬがその2つはかなり民を苦しめているようだ。処刑も多くしたことで騎士の数も減っている。それを誤魔化すためと補うための徴兵だろう。」
たしかに、減った分補う必要はあるだろうが……。
「それに増税は民をかなり苦しめる程のものらしく、加えて税の徴収の取り締まりもかなり強引なようだ。払えぬ村や町からは代わりに女を連れて行くらしい。」
「な、なんてことを。」
ジェフが取り乱す。
女がいなくなったら次世代の若者がいなくなる。
そしたら働き手が少なくなり、税収も減るというのがわからないのか。
「その女性たちは兄の元へと運ばれ、兄の夜伽の相手をする。気に入ればそのまま城に留まるようだが、気に入らなければ奴隷として金に換えられるようだ。」
あぁ、ただの道楽者か。
自分の欲望に忠実なだけだ。
目の前の快楽に溺れ、先のことなど何も考えていない。
そういう男なのだろう。
ほんとうに酷すぎる。
想像した以上の現状だ。
「逆らえば処刑、国を思って行動するには被害が出すぎる。誰かがいつ密告するかも分からぬ現状、誰を信用していいかも分からぬということだ。」
ただの独裁者じゃないか。
よくそんな奴にしたがっているな。
従わなければ殺されるのだから仕方ないのか……?
「でもそれって、やらなければやられるって思っての行動ってことですよね?ある意味、その国王を必ずや打倒すると思える存在が出てくれば寝返るものも多いのではないですか?」
「うむ、我もそう思っておる。そしてその旗頭になるつもりだ。」
でも一か八かの勝負にはなるだろう。
「うまくいけばまだ昔の国に戻れる。だが、うまくいかなければ我が死ぬだけだ。」
つまり、その旗頭、シャリオン様にどれだけ信頼があり、その人についていけば現状を変えられると思ってくれる人がいるかってところか。
「ジェフ、第2王子の民からの人気というか信頼というかそういうのはどうなんだ?シャリオン様がいる前で言いにくいかもしれないけど、それによって勝率が変わる。正直に答えてくれ。」
俺は目の前にいるシャリオン様についてジェフに聞くことにした。
「……殿下は昔から民からも騎士からも貴族からも信頼は厚い。そもそも学園都市から戻ったら王位を継ぐのは殿下だと噂されていたほどです。ただ、その者達がどれほど残っているかはわかりませんが。」
「第1王子は?」
「もとグラーツ王国の騎士としてこんなこと言ってはいけないかもしれませんが、ジャニス様は王の器ではありません。ヤナス様に甘やかされすぎ、自分の欲望に忠実な印象です。ただ、発言も行動も常に側にはヤナス様がいましたから、それがジャニス様の人柄を完全に表しているのか……それはわかりません。」
なにもかも自分の思い通りになると、ならなければおかしいと思っている発言や行動は多かった気がします……と続ける。
なるほど、そういう人か。だが、厄介なのはヤナスってお母さんの方かもしれないな。
「つまり、シャリオン様があと1年もすれば学園を卒業して国に戻るとわかった時点で自分が王位につけないと思ったのか。」
いや、今まで聞いた話だとジャニスはそこまで考えないか?
むしろ自分が王になって当たり前だと思っているかもしれない。
んー、でもその思考もヤナスの誘導の可能性もあるか。
「もしかしたら、王位をシャリオン様に継がせる話が出たのかもしれないな。それを聞いたヤナスが自分の息子を王とするため、シャリオン様が帰る前に王に毒を盛って急ぎ王位をジャニスに継がせた、と考える方が自然か。」
候補がその場に1人しかいなくて、それが第1王子なら、急に倒れた王に変わってという火急の状況であれば、多少強引でも無理矢理王位を継承させることは可能だろう。
第1妃ならある程度の権力はありそうだしな。
その話を聞いて2人は違った反応を見せる。
「若、流石に王族を呼び捨てには……。」
と、ジェフは変なところが気になった様子。
「いやいや、構わんだろ。俺は尊敬すべき人以外に敬称つけるなんてできないよ。敬称つけるつけない以前に敬意を表することすらできないね。」
まったくもって自分勝手なやつである。
「ハハハ、そこまで言うか。なかなか豪気ではないか。な、ジェフよ。」
「……あはは、まぁ若はいつもこんな感じなんです。」
ジェフさんや、そんなこと思っていたのかい?
「それにしても、タローさんのその予測、当たっていると思いますよ。城に帰った者の手紙にも同じようなことが書かれていました。」
これがシャリオン様の反応だ。
「まぁ、なんとなく察しのつきやすい話ですしね。」
たぶん、誰もが予測する展開だろう。
「そして、その地位を完全なものとするために、明日から国へ帰る道中でシャリオン様は盗賊か魔物に襲われ、抵抗の末、力及ばず死亡と。」
ジェフもシャリオン様も驚きの顔を見せる。
「ほう、素晴らしい推測ですね。その通りです。」
シャリオン様は俺の推測を肯定した。
「殿下、それは本当ですか?」
ジェフがあわててシャリオン様に尋ねる。
「あぁ、確かな情報だ。そもそも、この情報を届けるために、危険を冒してまで手紙を届けてくれたのだからな。」
手紙はシャリオン様の信頼している者……どうやら、幼い頃からシャリオン様付きだった執事のようだが、その人のテイムしている鳥系の魔物がシャリオン様に直接届けてくれたようだ。
「今、話した内容に加え、姉様が囚われていること、それに元国王……父上が部屋に囚われていることが記されていた。」
「それでは国王様も生きておられるのですか?」
「姉様は生きている姿を確認できたようだが、父上はわからぬ。先ほどの予測通り、父上は毒を盛られたようだ。毒を盛られ倒れたあと、部屋に入ったきり一度も姿を見せてはいないし、世話も全て母上がしているので、生きているか死んでいるかすら誰にもわからぬ。」
ジャニスの母は第1妃、シャリオン様とリリス様の母が第2妃で、今現在父親である元国王の世話をしている人だ。
「我はなんとか父上と姉上を助け出し、国を取り戻りたいと考えている。」
「で、ですが、殿下の身も……。」
「わかっておる。だから、タローさん、自分勝手なお願いかと思うが、我が国に帰るまで、道中の護衛としてジェフを雇わせてもらえないだろうか。」
シャリオン様の顔は真剣そのものだった。
「若、どうか俺からもお願いします。」
ジェフまで頭を下げ、懇願してくる。
そりゃ、行きたいよな。
それにリリス様が生きているとわかった現状、ジェフが行けば道中の護衛だけとはならないだろう。
だから、俺の答えは決まっている。
「お断り申す!!」
いつも読んでいただきありがとうございます。
この場をお借りして、感想のご指摘について少し自分なりの考えを述べさせてもらいたいと思います。ご意見いただいた内容は、主人公が殺人を簡単に犯すことにたいする違和感についてでした。
描き始めた当初は悪に対する殺人という行為にそれほど罪悪感を抱かない人間、いろいろと深く考えない楽観的な人間という程度で考えていましたが、それでも少し納得いかない部分はありました。殺人に対する考えとして、人を殺すということに罪悪感を抱き苦悩するか、スキルなどの影響で感情や精神的な平静を保てるようになっているのか、どちらかにしよかとも思いましたが、その心的表現などをうまく表現できない気がして、当初の書き方になっています。その時の主人公はおじいちゃんのおかげで、異世界に馴染んだ考え、精神になっていること、最初に述べたように悪に対する殺人に罪悪感を抱かない、あまり深く物事を考えない楽観的な性格、などを背景にしています。これから少しずつ楽観的だけではない、本来の主人公の性格についても表現していこうと思っていたのですが、人間的に、基本的にはニコニコしていて楽観的ではあるが、非道なことに対してはどこまでも残虐になれる、自分の守りたいもののためならどんな悪にでもなる、やられたら3倍返し的な人間でもある、と考えています。
でも、ご指摘いただいた通り、最初の盗賊を殺したときの表現などについてはまだ納得いっていない部分もあります。これから主人公の性格について深く考える上で、もしかしたら編集する可能性もありますし、そのままにする可能性もあります。すみません。
文章力と表現力を鍛えながらみなさまに読んでいただき不快にならず楽しんでもらえるようにしていきます。
表現力が乏しいのでこれからもうまいこと性格や様々なことを表現できるかわかりませんが、ご指摘やアドバイスを参考に少しずつ精進していきますので、これからもよろしくお願いします。
長々と申し訳ありませんでした。読んでいただきありがとうございます。