64話
途中小さな村や町などを経由し、隣国へと繋がる街道を進んだ。
道を進むと魔物が出ることもあるが、街道に出るような魔物は大した強さでもないので、ラナが軽く威圧するだけで逃げいく。
それに街道として多少整備されている道は、冒険者に魔物を討伐する依頼が出ているので定期的に周辺の魔物が狩られていて危険性も少ない。
だが、時に狂暴な魔物や群れをなした魔物が出てくることはあるので、商人などは護衛を連れて行くのが基本である。
国境も特に問題なく、ギルドカードを提示するだけで通行を許可され、ガラへと入国。
その後も何日か街道を進んで、やっと学園都市ガベサへと到着した。
やっとと言ってはいるが、ゲートを使い屋敷へと戻れるので、村や町に着けない時でも野営をすることもなく、とくに苦労することもない、かなり楽な旅ではある。
ガラの首都、学園都市ガベサについたのはちょうど昼頃だった。
「やっとついた。やっぱり国外となると遠いな。時間もちょうどいいしお昼にしよう。」
学園都市というのだから、きっと学生向けの安くてたくさん食べられるところがあるだろうと、期待に胸を膨らませる。
家で食べる料理は最高の一言に限るが、やはりたまには外で食べるのは悪くない。
屋台や、店で食べる料理はそれはそれでおいしいもんだ。
「お、うまい。」
とりあえず目についた料理店に入ったのだが、料金もそこそこ、味も悪くなかった。
「うまいですね。たまにはこういう料理も悪くない!」
ジェフも隣に座るオルガも満足そうだ。
店は学生と思われる年代の若者が多く、こういう光景を目にすると、学園都市と言われる理由の一端がわかる。まぁ、学生風の若者が多いとは言ってもそれだけではない。冒険者風の者たちも多く見受けられる。
「マリア様から話を聞いて、ここを目指したけど、やっぱり学生が多いな。」
「マリア様もこの都市に来ていたんですか?」
「いや、マリア様はここの都市の学園には通っていないらしい。お兄さんが通ってたって言ってたかな?」
マリア様曰く、ここ周辺の国家の中ではこの都市にある学園が1番の規模と質を誇るようだ。
隣国から王族も含めた貴族の子供達が留学して通うほどなのだから確かにその質は高いのだろう。
この国だけでなく、他国からも様々な人がここの学園へと入学してくるのだからこれだけ多くの学生がいることも理解ができる。
「ここにはどれくらいの滞在予定ですか?」
「うーん、一応すぐ来れるように、そして違和感なく来れるように拠点はどっかに欲しいよね。」
ゲートを使っていきなり現れるのだからどっかに家を買ってそこをゲートの拠点とするのが1番安全だ。
「でも、店を開くかどうかは保留かな。」
「そうなんですか?」
「学園都市だし、人口を考えるとそれなりに需要はありそうだけど、今はどちらかというとこの学園都市を楽しみたい!って感じ。」
ポカンと俺を見つめるジェフ。
だって学園だよ?同年代がいっぱいるのだから少しはこの都市を楽しみたいのだ。
「……ハハハ!さすがです、若!いっそのこと入学してみたらどうですか?」
「……ん、それもありかもしれない。」
たしかに入学もありだよな。
でも毎日通うのはめんどくさい気もする。
「若が学ぶことがあるかどうかはわからないですがね。」
「俺にとってはきっと学ぶことだらけだぞ?」
だって、この世界のことでは知らないことが多い。
むしろ、基礎から色々なことを学べるのだから願ったり叶ったりな気がする。
今はじいちゃん譲りのステータスとスキルで力技な部分も多い。剣技なんてスキル頼りだし、魔法だってスキルの力と、かなり独自のやり方で使っている。基礎なんてあってないようなもんだ。魔法について言えばロシャスに俺の使い方、魔法に対する考え方を説明し、実践させたらかなり驚かれたことがあった。だからたぶん、この国の魔法の基礎とは根本的に考え方とかが違うのかもしれない。
「そうなんですか?いや、さすが我が主人、どんなことにも貪欲なんですね!」
「おい、顔笑ってるからな!馬鹿にしてるの分かってるからな!」
くそう!こっちは真面目だってのによ!
いつか、ジェフには仕返しをしてやると誓うのであった。
「ところで学園は何歳から何歳まで通えるんだっけ?」
「10歳から18歳までですね。試験さえ受かれば編入もできるはずです。」
つまり俺にも本当に入学のチャンスはあるわけだ。
それにしてもさすがは元騎士、こういう知識はちゃんと知っている。
「突然申し訳ない。人違いであったらすまないのだが、貴殿はジェフ殿ではないだろうか?」
食事をしながらこの都市や学園についてたわいもない話を続けていると、ジェフの後ろから近づいて来た青年にジェフが声をかけられる。
青年は護衛のような男を2人連れ、ジェフの元へとやって来た。
「ん?いかにも、俺はジェフだが……あ、あなたは!?」
ん?ジェフにジェフではないかと声をかけてくるあたり、知り合いだとは思ったが、予想以上にジェフの反応が大きい。
「やはり、ジェフでしたか!久しぶりです!」
答えながら振り向いたジェフにやはりと声をかけた青年が言った瞬間、ジェフは座ってた椅子から降り、地面に膝をついて頭を下げる。
「お久しぶりです、殿下。お元気なようでなによりです。」
ジェフは、戸惑いと久しぶりに会えた喜びの半分半分といった表情を見せる。
それにしてもジェフが膝つき、頭を下げる相手といえば、ジェフの騎士時代に仕えていた相手としか思えないよね。
しかも今殿下っていったからね、うん、あまり巻き込まれないように、知らん顔しておこう。
と、俺が知らん顔を決め込んだ瞬間、ハッと何かに気がついたように、こちらに顔を向け焦ったように俺に向けてまた頭を下げる。
「申し訳ございません、タロー様。」
「え、なにが?それにタロー様ってジェフらしくもない。」
なぜ、突然ジェフは謝ったのだろうか。それにいつものように若とは呼ばない。
「殿下、申し訳ございませんが、今はこちらにおられるタロー様が我が主人、忠誠を誓っている方です。」
殿下に仕えていたこの身ですが、今はタロー様へと忠誠を誓っていますので、これにて失礼します。とそう言って立ち上がり、俺の側で再び膝をつき頭を下げる。
「そっか、そういうことか。」
ジェフは昔のように、今来た青年に頭を下げたが、本来は忠誠を誓っている自分の主人の前でするべき態度ではなかったということだろう。
「気にしてないから普通にしなよ、ジェフ。」
「いや、ですが、若……。」
「オルガもいるしさ。」
オルガは目の前のことについていけずにただ、現状を見ていただけだが、自分が父と慕う人が慌てふためく様子に少し心配の表情である。
オルガを手招きし、ジェフを座らせ、オルガをジェフの膝へと座らせる。
オルガはとりあえず満足そうな表情なので大丈夫だろう。
「ところで、殿下?よかったら一緒に食事でもどうですか?ジェフとも久々に会ったようですし。」
俺は座ったまま未だに現状に理解できずに混乱している青年に声をかける。
「え、あ、うむ、そうだな、そうしよう……」
そう言って納得しかけた殿下だが、その言葉の途中で護衛らしき男から声が上がる。
「貴様、無礼であろう!この方を誰と心得る!態度を改めよ!」
「……いや、誰か知らないし。初めて会いましたから。」
え?なに?どんな態度をご所望なの?
「……貴様、まずは椅子から降りて頭を下げるべきだ!殿下に向かってその態度はなんだ!」
あぁ、椅子に座ってるのが悪いの?
でも、食事中だし。
「よせ、やめよ。」
と、馬鹿なことを考えていると、腰の剣に手をかけた護衛を殿下さんが止めた。
「ジェフもだよ。」
俺と護衛のやりとりに初めこそオロオロとしていたジェフだが、護衛が剣に手をかけようとした瞬間、ジェフも刀に手をかけていた。
「申し訳ない、若。」
「いや、なんか珍しくオロオロするジェフ見れたからいいけどさ。」
ハハハ、面目無いと笑うジェフ。
少しはいつものジェフに戻ってきただろうか。
「こちらも申し訳ない。食事一緒してもよいだろうか。」
「えぇ、もちろんですよ。」
護衛のことを謝罪しながら殿下さんが尋ねてきたので快諾する。
護衛は憎たらしそうに見てくるが、殿下に外で待機しろと言われ、外へ出て行く。
護衛がそばを離れるのはどうかと思ったが、ジェフがいるからと無理矢理押し通したみたいだ。
「ジェフ、本当にこの方に仕えているのですね。」
「はい、忠誠を誓っております。」
さっきの態度を見て、ジェフの言葉が本当だと実感したように殿下は席に着くなり、そうジェフに声をかけた。
ジェフもいつもよりしっかりとした話し方である。
そういうところを見ると本当に騎士だったんだと思うな。
「申し遅れました、私はグラーツ王国第2王子、シャリオン・グラーツです。」
おー、やっぱり王族さんでしたよね。それも第2王子か。
「私はしがない商人のタローです。」
商人と聞いて、少し目を見開き、驚いた表情をするシャリオン様。
「いや、これは失礼。ジェフが仕えるほどの方が商人とは思わなくて。」
「いえいえ、構いませんよ。」
「それに若くして商人、しかもジェフを従えるほど……有能な方のようだ。」
「買い被りすぎです。たまたま……そう、色々と運が良かっただけです。」
事実、じいちゃんにもらったスキルとステータス、そしてマリア様を救ったことによる資本の入手、それからジェフを含め、ロシャスやリーシャたちとの出会い。すべて運が良かっただけだ。
「なるほど、度胸も才能もあり、そして謙虚な方のようだ。」
本当に買い被りすぎなんだよーーー!
「ところでジェフ、君はいつのまに騎士をやめてタローさんのところへ?」
「……1年ほど前でしょうか。」
「もちろんお姉様はしっているのですよね?てっきり僕はジェフをお兄さんと呼ぶ日が来ると思っていたが。」
おぉ?これはもしや、ジェフの色恋の話か?
しかもお姉様ってことは姫さんだよね?
ニヤニヤと嬉しそうに話すシャリオン様と違い、ジェフの顔色はよくない。
「ジェフはグラーツ王国ではどんな男だったのですか?」
ジェフが口をつぐみ、言葉が出ず顔色がよくないので、少し話題を逸らして、とりあえずは過去のジェフについてシャリオン様に聞いてみることにした。
「え?あぁ、彼はとても優秀な騎士として有名でした。若くしてその才覚を表し、将来は王国騎士団の団長となるのではと言われていたほどです。」
ほう、そんなに優秀だったのか。
たしかに出会った当初からステータス的には強い方だっただろう。
「殿下はここの学園に?」
「シャリオンでよいですよ、タローさん。」
おぉ、名前で呼ぶ許可頂きました!
「それはありがたい。それではシャリオン様と。」
「えぇ、それでお願いします。それで学園でしたね……3年ほど前からですかね?ここに留学しているのです。」
「ほう、やはりこの学園に通っておられたのですか。」
「えぇ、ですが、最近少し我が祖国の様子がおかしい……いえ、なんでもありません。とにかく、卒業も確定したところなので、明日にでも国へ戻ろうかと思っていたところなのです。」
「殿下、国の様子がおかしいと?」
シャリオン様が口にした国の様子がおかしいと言うのを聞き逃さなかったジェフが問う。
祖国のことだ、そりゃ心配ではあるか。
「1年半程前か…突然病に伏した父に代わり、兄が王位を継いだという知らせが届いた。」
突然……。
「私はすぐに国に帰ろうと思ったが、手紙には心配することなく、しっかりと学業を修めてから帰ってこいと、書かれていたし、手紙とともに来た新たな護衛騎士に止められ、卒業することを優先したのだ。」
「護衛はすべて入れ替わったのですか?」
俺はふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「あぁ、身の回りの世話をするものがすべて入れ替えられた。」
総入れ替えか。
「少し不思議に思ったこともあって、何度か姉宛で手紙を出してはいるのだが一向に返事もない。」
「リリス様は……リリス様は無事なのですか?」
それにいち早く反応したのがジェフだ。
リリス様というのがシャリオン様の姉で姫である人なのだろう。
「……。ここから話すことは外に漏らすことないように願いたいのだが……。」
シャリオン様の表情が深刻なものへと変わった。
「では、席を変えましょう。個室のあるところの方が良いでしょう?」
「……あぁ、そうだな。お茶をするということで店を変えよう。」
あそこまで真剣な表情になる話だ、このような大衆のところで話すわけにはいかないだろう。
それにジェフにも関係してくることだ。
話を聞いておいた方がいい気がする。
一旦店を出てシャリオン様がよく行くという少し高級そうな店へと入る。
「すまないが、奥の個室を使わせていただけるか?」
「はい、もちろんです。」
にこやかに返事をしたこの店の人とはすでに顔見知りのようで、すんなりと奥の個室の使用許可をもらい、適当なお茶などを注文して部屋へと入る。
「2人には部屋の外で待機を命じる。店の者が食事を運び入れた後は一切人を近づけぬように。」
「で、ですが!」
「従えぬか?」
「い、いえ……。」
「そうか、それでは頼むぞ。」
おぉ、これが王族というやつか。
家臣に有無を言わさぬ覇気のようなものを感じた。カッコいいなぁ〜。
席に着き、しばらくするとお茶が運ばれて来た。
「では、先ほどの続きを話そう。」
店員が部屋の外に出るのを確認したあと、シャリオン様は続きを話そうとするが、それを俺が止める。
「外の護衛はシャリオン様の信の置ける者ですか?」
一瞬キョトンとしたあと、真面目な顔をしてシャリオン様は答える。
「国の騎士だ、信じれると言いたいところだが、心から信頼してるかと言われれば出来ていないと言わざるを得ないかもしれぬ。我の信頼する者は皆国に返されたからな。」
やはりか。今、彼の周りにいる者たちは誰かの息がかかっている可能性があるってことだな。
「そうですか……それでは、サイレント。」
俺は防音の魔法をかける。
これで外に声が漏れる心配はないだろう。
「今のは……?」
「風魔法の応用のようなものです。この部屋の外に音が漏れないようにしただけですので、ご心配なく。」
「そんなことが可能なのか?」
「え?えぇ、商人として密談は必須ですから。」
え?これって一般的じゃないのかな?
部屋の少し内側で空気が振動しないようにするだけなんだけど。
密談なんてしたことないからそれこそ、その辺は適当に答えただけだけど。
「殿下、心配はいりません。信用してください。」
ジェフがフォローしてくれる。
「ハハハ、タローさんは相当に優秀な方のようだ。」
今度は愉快そうに笑うシャリオン様。
「それでは、外に漏れる心配も無くなったところで、話の続きをしようか。」
笑っていた顔から一転、スッと真剣な表情に戻り、話の続きを始めるのであった。