62話
「タロー様、王女様がお見えですよ。」
げ、また来たのか。
今日はなにをしに来たのか……。
大抵、お茶を飲みに来たのだろうな。
「お顔を直してからリビングへ。王女様は屋敷のリビングの方へお通ししておきますので。」
おっとおっと、化粧をな……ってんなわけないか。
いかんいかん、顔に出ちゃう癖は致命傷になりかねないな。
「マリア様、お待たせしました。」
「あら、タロー早いですね。今日は近くにいたのかしら?」
くーーっ!
ゲートのこと知らないのに知ってるかのような感じで話してくるもんなあ〜。
「それに、今日はちゃんとマリアと呼んでくれるのですね。」
「えぇ、さすがに突っ込まれ慣れましたので。」
うん、呼び方については上出来だろう。
「それで、今日は……?」
「お茶しに来たのですよ。」
ほらね。
ほらね。
もう一回言うよ?
ほらね。
まぁ、そろそろ来る頃かなとは思っていたが。
「お茶とお菓子はいつものように包んでおきます。」
「あら、わかっているじゃない。いつもありがとう。」
ニコッとお礼を言うマリア様。
くそう!あの笑顔は卑怯だ!
うちの女性陣にも劣らぬ笑顔である。
ま、ちゃんと代金は払ってくれてるからいいんだが。
もちろん、サービスもしている。
お世話になってるのも事実だからな。
頭が上がらないぜ!
「それで……そちらの方は?」
「こちらはシズカ・カミヤさん。」
シズカ・カミヤ?
“ かみや しずか ”か?
もしや、召喚された勇者?
「シ、シズカ・カミヤです。」
「はじめまして、私はスミスカンパニーを経営しているタローと申します。」
「……タロー?」
あ、名前が日本人過ぎたか?
スミスカンパニーも英語だしなぁ。
バレたか……?
「髪の毛も、瞳も黒くて、貴方達勇者様方と似ているでしょ?これでもこの世界の人ですけど、シズカさんも彼なら少しは話しやすいかと思って息抜きにつれてきたのです。」
おぉー!!俺より先にフォローするマリア様。さすがだ。
「そ、そうですね。見慣れているので、少し楽かもしれません。」
うむ、どうやらとりあえずは信じたようだ。
「お茶お持ちしました。」
「ん、ありがとうリーシャ。シズカさんもよかったら飲んでください。」
「き、綺麗……。」
リーシャを見たシズカさんが、驚きの声を上げる。
「そうなのです。このタローという男は周りに沢山の綺麗な女を連れているのですよ?全く困った男です。」
やれやれと、顔の横で手のひらを上に向け、首を振る。
「た、たしかに、店にいた人もみんな綺麗でした……。ハ、ハーレム。」
「ちょっと!違いますから!いや憧れる部分がないと言えば嘘になるかもしれませんけども!!」
恐ろしいことをぶっ込んできたな、この2人。
「男もいたでしょ?案内したのも男だったでしょ?」
憤慨である。
男女差別はしない主義だ!
女の子には優しくするけども!
「やはり、ハーレムをご希望なのですね……。」
マリア様、汚らわしいものを見るような目で見るのはやめてほしい。
「ま、それくらいの気概のある男の方がいいですわね!」
納得もしないでくれ!!
なんでだ……なんで俺はいじられてるのだ。
「ところで、」
「いじっただけかーい!」
「え?えぇ、そうですよ?」
えぇ、そうですよね。
はい、わかりましたとも。
思わずマリア様に突っ込んでしまった。
「お茶どうですか?このお菓子も美味しいですよ。」
マリア様はそんなのまったく気にした様子もなく、シズカさんにお茶とお菓子を勧めている。
「お、おいしいです。本当においしいです……。」
この世界にこんなおいしいものがあったなんて……と、呟きながら、初めてお菓子を食べた時のマリア様のように夢中になって食べている。
「アンドレさんは最近まったく護衛感ありませんね……。」
「ん?そうか?そもそもここにいて護衛いるのか?」
普通にソファに座り、お菓子を貪る筋肉男が護衛とは誰が信じるだろうか。
剣こそ持っているが、最近は甲冑も着てこない。
「本当に……ここまでダメな男だとは思いませんでした……。」
と、冷ややかな目でマリア様がアンドレさんを見るとさすがに冷や汗を少し垂らしながら目線をそらす。
「あ、オルマ!調子はどうだー?」
目線を逸らした先をたまたま通ったオルマを捕まえ、うまく話から逃れようとしている。
「あ、アンドレさん。調子は上々ですよ!というか、今朝も一緒に訓練したばっかじゃないですか。」
「オルマ、こっちへ来て一緒に少し休憩したらどう?急いでる?」
俺はオルマをこちらへ誘う。
アンドレさんはオルマに声をかけながら部屋から出ようとしていたがそうはさせない。
「いえ、急いではないです。せっかくなので少しだけ……。」
ぐぬぬと歯を噛み締めて俺を恨めしそうに見ているが俺はどこ吹く風である。
「この少年……なんとなく誰かの面影を感じますねぇ。じいや、そうは思わない?」
「えぇ、そう言われると何処かで見たことあるような顔立ちな気がしますねぇ。」
「タロー、この子は新しい奴隷?」
「えぇ、そうですよ。たまたま縁があって。」
「魔物に殺されそうなところを救っていただきました。」
オルマは自らそう発言する。
こいつは本当によくできた子だ。
「そう。」
マリア様はとくに詮索することもなく、少し考え込むような仕草でオルマの様子を見ている。
「こ、こんな小さいのにアンドレさんと訓練しているのですか?」
シズカさんは、とんでもないものを見たかのような表情でオルマを見つめる。
「そうだぞ!こう見えても俺より強い!」
「「「え?」」」
マリア様、じいや、シズカさんが一斉に驚きの声を上げる。
何言ってくれちゃってんの、この脳筋!!
射殺すかのような鋭い視線をアンドレさんに向ける。
それを感じ取ったアンドレさんは、あっ、いっけね!てへぺろみたいな顔してる。
可愛くないから。
可愛くないからな!
「タロー、それは本当なの?」
「……本当ですよ。どこかの戦闘民族出身なのかもしれませんね!」
ふむ。我ながらいい言い訳だ。
「さっき、魔物に殺されそうだったと言っていなかったかしら?」
わーお、いきなりアウトな言い訳してた。全然いい言い訳じゃねぇー。
「……あははは。」
うん、こういうときは笑ってごまかすに限る!
呆れた顔のマリア様に見られながらも笑い続ける。
「まぁ、なにか特別な訓練をした、そういうことにしておきましょう。」
「あ、あの……わ、私も鍛えてもらえませんか!」
マリア様が落とし所を決め、この話は落ち着くかと思ったその時、突然、勇者シズカさんからの懇願である。
だが、顔は真剣そのものだ。
「理由をお聞きしても?」
「……私には勇者としての力がありません。名ばかりの勇者です。」
少し考えながら、俯きながら、でもしっかりと話はじめる。
「で、でも、この世界の……私が憧れた世界の役に立ちたい。こんな私でも良くしてくれるマリア様や、国の人々を守りたい。守りたいんです。」
憧れた世界か……。
きっと彼女も地球にいた頃、本やアニメの世界に想いを馳せていたのだろう。
その気持ちはよくわかる。
「今日マリア様に連れ出してもらってこの世界の人々の姿を初めてちゃんと見たかもしれません。憧れた世界は想像の世界ではなく、ちゃんとした現実で、そこにいる人々はその日その日をちゃんと生きている。それを今更実感したんです。」
必死に訴えるかのように彼女は続ける。
「私はこの世界を、この世界の人々を、守るために勇者として召喚されたはずでした。ですが実際は力がありません。だけどこの世界を守りたい。そう思ったんです。だから少しでも……少しでも力が欲しいんです。」
彼女の表情は真剣そのものだ。
アンドレさんから多少は話を聞いていたが、力がないことを認め、それでもなお力を求め足掻き続ける。
並大抵の精神力ではないだろう。
それも、見ず知らずのこの世界のためにだ……いや、この世界だからこそなのかな?
「死んでしまうかもしれないのですよ?」
「待っていても、魔王に襲撃されれば死んでしまうかもしれませんから。」
眼鏡越しで分かりづらいのではっきりとは言えないが、少し微笑むようなそんな仕草だ。
勇者としての使命感もあるだろうが、自分の憧れたこの世界を守りたいっていう気持ちが強いのかな。
「条件があります。」
「……はい。」
「まず、ここでのことは一切他言無用です。何を知っても何を見ても一切外部に漏らしてはなりません。」
「……守ります。」
「あとは、ちゃんと魔王討伐を成し遂げ、虐げられている人々を救い、己の自己満足のために力を振るわない。誰かを救い、守るために力を使うと誓ってください。」
「はい、必ず。」
……もう決意した顔だ。
まぁ、勇者なら多少過剰な力を持ってても疑われにくいし、何かあった時に勇者の名前借りられるのは都合がいいかもしれない。
「では、これからは毎日ここに通うようにしましょう。それで構いませんか?」
一応、マリア様にも確認を取る。
シズカさんは頷き、マリア様も静かに頷く。
「それともう一つ。」
話が終わったと思っていたところにもう一つ条件を出す俺を2人は怪訝な目で見つめる。
「リーシャ!」
「はい、何かご用ですか?」
うお、早いな。
「シズカさんの髪の毛切ってあげて。」
「かしこまりました。」
シズカさんは「えっ」と一瞬固まるが、俺的にはこれは譲れない。
せっかく自分から変わろうとしているのなら、まずは見た目からだ。
見た目が変化すれば気持ちも変化することもあるだろうし、心機一転するのに都合がいいだろう。
だから、いつから伸ばしてるからわからない彼女の重く暗いイメージを持たせる長い黒髪をバッサリと。
そして、眼鏡からの解放だ。
どうせ戦うのならメガネは無い方がいいし、印象もガラッと変わるはずだ。
眼鏡が嫌いなわけじゃない、むしろ好きだ。だけど戦闘には必要ないし、眼鏡ありきで生きてきた彼女にとっては気持ちも一新するだろう。
とりあえず庭に出て、散髪の準備。
どうやらマリア様たちも見学していくつもりらしい。
ちなみに俺の髪を切るのもリーシャがやってくれるのだが、なかなか器用で綺麗なカットをしてくれる。
リーシャに散髪を頼むとともに、俺もシズカさんのそばへ行き、眼鏡を取り上げる。
「フルキュア。」
取り上げつつ、彼女の目に異常状態を完全に治す高度治癒魔法をかける。
「え?えっ!?え!!見える!見える!!」
視力低下を異常状態と考え、キュアの上位であるフルキュアをかけてみたがうまくいったようだ。
「タ、タロー今のは?」
さすがに今の魔法には王女様も反応した。
シズカさんは眼鏡なしで見える景色に目を奪われている。
今の彼女には眼鏡かけてたときよりももっとよく周囲の景色が見えているはずだ。
「治癒魔法ですよ?」
「そんなのわかっています!そんな高度な治癒魔法なぜ使えるのですか!」
「……治癒魔法が得意なもので。」
あはは。
まぁ、オルマのこともあるし、マリア様はもう色々と感づいてる節があるから、あまり隠さなくてもいいかなあと思い始めている。
それにシズカさんを受け入れてる時点で戦闘力を上げる方法があると言っているようなもんだ。
そして本当に強くなればそれが確信となる。
もはやマリア様にはそこまで無理に隠しても意味のない段階まできている気がした。
「そんな……今のは教会でも司教クラスしか使えないと言われているのに……。それに無詠唱……。」
おっと、そんなに高度なのか?
まぁたしかに、魔力の込め方や込める量、人によって効果に差はあると思うが、だいたいの異常状態であれば今の魔法で治るだろうけども。
「オルマといい、あなたといい。驚かされてばかりですわ。こんなこと世間に知られれば大騒ぎです。」
「マリア様ならいいかなあと。それにマリア様ならそんなことしないでしょ?」
うん、彼女はそんなことするような人間ではない。
……はずだ。
違ったら全力で遠くへ逃げよう。
むしろセレブロで生活しよ。
「し、しませんけども!」
信用されていることに少し照れたのか、そっぽ向くような感じでツーンと返事をしてくる。
そのあとも、マリア様とかるく会話を交わしていたらシズカさんのカットが終わったようだ。
リーシャは仕事が早いなぁ。
リーシャに声をかけられそちらを見るとそこには別人のようになった女性がいた。
「おぉ…。」
驚いた、これほどまでに印象が変わるか。
「これはまた…。」
じいやも感嘆の声を上げる。
「綺麗ですわ。見違えましたよ、シズカさん。」
マリア様の言う通りだ。
本当に見違えた。
表情を隠していた前髪と眼鏡はなくなり、長く暗かった印象の髪もさっぱりと軽くなって肩より少し上の位置で揃えられたショートヘア。
それに驚いたのは彼女の素顔だ。
とても美しい顔立ちをしている。
隠れていつも下を向いていたからわからなかったが、本来の彼女の素顔は美しいものだった。
今はよく見えることもあり、まっすぐ前を向き、前髪も表情を隠すことがなく、彼女自身も心なしか自信を持った明るい表情になっている気がする。
「うん、見た目もガラッと変わったことだし、気持ちも切り替えて明日から頑張ってください。」
「はい!」
うん、いい表情だ。
明日から真の勇者になってもらうべく頑張ってもらおう。
さて、俺は俺でシズカさん用のアクセサリーを作ることにしよう。
奴隷ではないので、ステータスをいじることはなるべくしたくないので獲得経験値増加スキルを付与したアクセサリーを身につけて訓練してもらうつもりだ。
魔法スキルや耐性スキルはオーブから取得させて得意な物をメインで使ってもらい、スキルレベルを上げてけばいいだろう。色々な魔法などに手を出すより、一つ二つ得意なものを作り、そのスキルを多く使って熟練ポイントを稼ぐ方が効率がいいし、強い魔物と戦えばその分たくさんスキルの使用をしてスキルレベルも上がりやすくなるだろう。
バレない程度に熟練ポイントでいじったスキルをいじることもできるしな。
さて、勇者改造計画の始まりだ。