60話
ギルドを出て、オルマの案内にしたがい、オルマの住む家を目指す。
方角的には庶民が多く住む居住区の方だろうか。……居住区と呼ばれているかわからないが。
ちなみに王都では、貴族が多く住む区画、庶民が多く住む区画と別れている。
門の近くに庶民、真ん中に商店が多く立ち並び、門から一番離れたところに城がある。
その城の手前には多くの貴族が住む区画があるといったところだ。
門から中心街の商店がたくさん立ち並び賑わうところまでは大通りになっていて、その周辺にも多くの商店が立ち並ぶ。
俺の住む屋敷は中心街から西に外れた区画にあり、貴族の住む区画からも庶民の住む区画から同じくらいの距離にある。
まぁ、俺もこの王都をちゃんと歩いたことがないから、だいたいのことしかわからないが。
もう少し王都についてちゃんと知った方がいいかもしれないなぁ。
「ここです。」
俺が王都についての考えを巡らせている間にオルマの住む家に着いたようだ。
場所的には門と俺の屋敷を直線で繋いだ真ん中くらいの位置だろう。
庶民が多く住む家が立ち並び、小さな商店もチラホラとみられる場所だ。
目の前に示されたオルマの家は、そのあたりに立ち並ぶ家となんら変わらない、いたって普通の家であった。
「こんな場所に住んでいたのか。」
悪い意味ではない。
11歳の少年と8歳の少女が2人で住むにはあまりにも立派というべきか、普通過ぎると言うべきか。
俺の想像していた、スラムのような場所でひっそりと住んでいるという状況ではなかったようだ。
オルマが開けてくれた扉をくぐり、中へと入る。家の中はそれなりに綺麗に片付けられていて、通されたのは小さな部屋だ。
「オルガ!ただいま!」
「おにいちゃん、おかえ……。おにいちゃん?」
部屋の隅にあるベットの方から声をあげたのが妹だろう。
そちらに目をやると、ベットから上半身を起こした少女がこちらに顔を向け、困惑の表情を見せていた。
「オルマ、顔治ってるから戸惑っているんじゃないか?」
オルガに会ってから治すべきだったか。
「オルガ、お兄ちゃんだよ。タロー様が顔治してくれたんだ。」
オルマは、オルガの元へと行き、説明をする。
「そっか。よかったね、おにいちゃん!」
案外すんなりと納得したようだ。笑顔でオルマを出迎える。
声も態度も変わっていなければわかるかもしれないな。
それに兄妹なのだ、雰囲気というものでわかるのかもしれない。
それにしても、オルガか……オルじいと名前が一文字しか違わない。ほぼ一緒だ。さすがにオルじいと間違えることはないだろうが、えらいこっちゃ。
「タロー様、妹のオルガです。」
「はじめまして、オルガ。俺はタローです。オルマ、オルガの2人は僕と一緒に暮らしてもらうことにしたんだけど、大丈夫?」
「……はい、よろしくお願いします。おにいちゃんを治してくれてありがとう。」
頬もこけ、かなり痩せ細ってはいるが、心のこもった笑顔でのお礼だった。不安はあるだろうけど、兄であるオルマも一緒であれば大丈夫だろう。
「そ、それで、タロー様、オルガの病気は…。」
「ただの栄養失調だ。ちゃんと食べて休めば治る。屋敷へと連れて帰ろう。」
それを聞いたオルマはホッとした表情を浮かべる。
鑑定を使って見てみたが、とくにこれといった病気は見つからなかった。
ちゃんと食べてしっかり休めば良くなるだろ。
「2人とも俺の屋敷で住んでもらうことになるけど、ここの家はどうしよう?」
「ここは父が買ったものだと思いますので、そのままでも大丈夫だと思います。」
なるほど、家を買ってあったからずっと、2人で住めていたわけか。
借家とかだったら家賃やらなんやらで追い出されているところだろう。
家を買い、それを売らずに放置できる人か……もしかしたらオルマの親はそれなりに経済力のある人かもしれない。
「では、帰ろう。」
そういってオルガを抱き抱えようとしたら、リーシャに止められた。
どうやらリーシャが運んでくれるようだ。
せっかくなので、リーシャに任せるとしよう。オルガも幼いとはいえ、女の子だしな。
オルマたちの必要なものだけを持って家を出る。
それにしても、屋敷に住む人数も増えたなぁ。いくら大きなあの屋敷といえど、そろそろ空き部屋はなくなるだろう。
「家を増やすか……地下の森に建物増やすか……。」
独り言を呟きながら家を目指す。
▽▽▽▽▽
「オルマとオルガがこれから一緒に暮らすからよろしく。」
夕食の時、皆が揃ったところでオルマとオルガを紹介する。
「オルガはメイたちと一緒に仕事してくれればいいと思う。」
メイは年も近いしね。妹のように可愛がってくれることだろう。
まだ8歳ではあるが、暇をするより色々と無理しない程度に仕事させれば今後彼女の人生に役立つこともあるはずだ。
「オルマは……ジェフが面倒見てくれないかな?」
「俺ですかい?構いませんけど……。」
「オルマには槍を覚えさせたいと思って渡してある。騎士の経験があるジェフなら多少は教えられるんじゃないかなあと。アンドレさんもよく来るしさ。」
「なるほど、槍ですか。得意ではないですが、それなりにならお任せください。アンドレのやつにも言っときます。」
それなりに扱い方を教わればいい。
あとは槍術のスキルと経験で自分でなんとかするだろう。
「オルマは基本的にジェフについて行動してくれ。」
「はい、わかりました!ジェフさん、よろしくお願いします!」
「おう!ところで、若。ダンジョンやセレブロにも連れて行っていいんですかい?」
「まずはダンジョンからだな。そのあたりはジェフに任せるから様子見てやってくれ。」
ジェフはしっかりと頷く。
戦闘狂というところは心配ではあるが、基本面倒見のいい男である。
任せておけば大丈夫だろう。
簡単に皆の自己紹介をしながら食事を続ける。
「おにいちゃん、ご飯美味しいね。」
「あぁ、本当においしいな。」
オルガは幸せそうな顔で夢中になって食事を続ける。
あれだけ食欲があればすぐに元気になるだろう。
オルマは初め、食卓に並べられた食事に驚きを隠せない様子だったが、皆が普通にそれを食べることで恐る恐るながら食事を始めた。
しかし、一口食べ、その食事のおいしさに口に運ぶ手を止められなくなったかのように食べはじめた。
「タロー様、こんなお食事を頂きありがとうございます。最初で最後かと思いますが、大変感謝いたしております。」
「え?これ普通なんだけど……。」
「……え?」
あー、あれか。オルマは曲がりなりにも奴隷だ。きっと今日は歓迎かなにかしてくれたと思ったのだろう。
「し、しかし、私は奴隷で……。」
「いや、みんな奴隷だし……。」
「……え?」
え?あれ?説明してなかったかなあ?
「みんな奴隷だよ。俺とオルガ以外は俺の奴隷だ。でも奴隷として扱う気もないし、みんな家族みたいなもんだ。」
オルマは立派な少年である。聡明で、自分のことをよく理解している。
だから自分の立ち位置がはっきりしたところで言葉遣いも態度もきちんとしたものにすぐに変えた。
そんなことができる11歳はちゃんとした教育を受けた貴族の子供達くらいのものだろう。
「ほ、ほんとうですか?」
ポカンと口を開けたまま、しばし思考停止していたオルマは復活したかと思えばまだ信じられないようすだ。
「本当、本当。だからオルマもあまり気負わずにね。」
ポンポンと肩を叩いて俺は風呂へと向かう。
あ、あとでラナとオルじいにも紹介しておかないとなぁ。
そんなことを考えながら湯につかるのであった。
▽▽▽▽▽
「あっという間に俺より強くなったかと思ったら今では全くかなわないぜ。一体どうなってんだ?」
「……努力とセンスですかね?」
苦笑いを浮かべながら、朝の鍛錬に来たアンドレさんとジェフとオルマの模擬戦を見ながら話している。
「……ったく。そんな訳あってたまるか。」
それはそうだろう。
アンドレさんこそ努力とセンスの人だろうしな。
「あははは。」
笑ってごまかすしかあるまい。
「まぁ、タローのところではこれが普通なんだろうな。」
いや、普通ではないだろう。
オルガなんて、ちゃんと可愛らしい一般的な少女として育っているし。
「……。」
まぁ、とりあえず黙秘である。
オルマとオルガが来てからすでに2ヶ月は経つだろうか?
彼も立派に強くなって今ではセレブロでの探索も普通にこなせる。
オルガに関しては奴隷契約もしていないし、普通の少女として育っている。
今は兄との幸せなひと時にのびのびと成長していけばいいだろう。
「ところで、もうすぐ王都で勇者のパレードがあるぞ。」
「パレード?今頃ですか?」
「あぁ、あの4人も戦えるようになって来たからな。王国内に勇者の存在を広めると共に外の魔物とも戦い、さらなるレベルアップを目指す。」
あぁ、俺もそろそろ行商に出たい。
なんだかんだであまり外へと旅できてないからなぁ。
「なるほど、やっと魔物と戦うということですか。」
「今まではゴブリンや、王都近くのダンジョンの低階層にしか挑んでいなかったからな。」
「王国内を回って帰って来た頃には魔王と戦えるようになっていると…?」
「王国内の宣伝に魔物との戦いの日々。それなりにレベルアップはするだろう。だが、最終的にはラビオスのダンジョンで経験を積むことになるだろうな。」
あぁ、やっぱそうだよね。
あのダンジョンの最高到達階数レベルには到達しないと勇者召喚した意味ないもんな。
他の冒険者で間に合ってしまう。
あそこのダンジョンはかなり高レベルだ。
90階層にもなると、セレブロに入ってすぐ程度のレベルの魔物になる。だからこそ未だにたどり着いた者がいないのだろうが……。
この前最高到達階数がひとつ上がっただけでもビックニュースになったようだし。
それもひとつのパーティーだけでなく、クランで協力し、パーティーをいくつか揃えた状態で攻略しているようだ。
そんなところで鍛えるとなればかなりの鍛錬にはなるだろう。
「ところで4人?5人では?」
「……4人だ。もう1人はどうも伸び悩んでいるというかなんというか。はじめから4人とは違い勇者としての格がないというか……。」
「他の一般兵と変わらない……?」
「あぁ、そうだな。他の一般兵と変わらない。成長も一般兵と変わらないんだ。」
「では、4人には同行しないと?」
「うむ、マリア様がな、その1人に目をかけている。4人とは一緒にしない方が良いだろうと判断した。」
「今その人は?」
「他の一般兵と一緒になって訓練しているよ。必死さは伝わるんだがなぁ。勇者として召喚されてしまったが故に周りからの反応も冷たい。その中でよく頑張っていると思う。」
そうか。1人だけ外れたか。
4人と1人がどんな関係だっかは知らないが、あまり仲良くはない雰囲気だったし1人の方がよかったかもしれない。
きっと、マリア様もそれを見越して判断したのだろう。
その判断に賛成だ。
「しかし、その……言葉は悪いですが、役立たずの勇者として周りから疎まれているわけですよね?それを擁護したらマリア様の立場も悪くなるのでは?」
「そうなんだよなぁ〜。マリア様はいい方なんだが、そういうところから、第一王子派や第二王子派につつかれるんだ。」
「まぁ、そればっかりはしかたないですね。その残りの1人の勇者が他の4人に負けない活躍をする事を願うまでです。」
マリア様の事だ、そういうのはほっとけないタチなのだろう。
まぁ、あの人ならきっとうまくやると思う。
「アンドレさんはすでに勇者と戦ったのですか?」
「一応な。訓練の範囲内でだが。まぁまだまだあの4人が束になっても負けることはない。」
「ほう、さすがですね。」
4人の勇者に負けないのだからさすがと言えるだろう。
「それなのに、オルマ1人に歯が立たない。タローのところで勇者やってくれよ。」
「……あははは。」
ジト目で見られてもどうしようもないってやつだ。
オルマは妹を守り抜くために力を持ったのだから。
「タロー様、おはようございます!」
模擬戦を終えたオルマが俺の存在に気付き、こちらへ駆けてくる。
「おつかれ、オルマ。朝から大変だね。」
「いえ、もう慣れましたから。」
ジェフとアンドレに付き合い、毎日朝早くから訓練訓練。
えらいもんだ。
「よし!今度は俺とだ!」
「よーし、気合い入れ直すぜ!」
お馬鹿な戦闘狂2人は朝から元気にバチバチやりはじめたので、ほっといてオルマとともに屋敷へ戻り、朝食を食べることにしたのである。