59話
「あ、あのー?」
あ、忘れるところだった。
「……少年。名前は?あ、俺はタローだ。このお姉さんはリーシャ。」
「オルマでず。」
「オルマは何才?親は?」
「11歳……親はいない。」
詳しく話を聞くと、妹は8歳で、両親は数年前に突然いなくなったようだ。
顔は親にやられたらしい。
「おれがだめな子だがら……お父ざんも、お母ざんも怒る。」
躾としてやられたってところか。
「で、でも我慢ずればすぐ優しくなるがら……。ポーションで痛くないようにしでくれる。」
低級のポーションを少量使って痛みだけ和らげ、中途半端に傷を治すからこんな状態なんだな。
それにしても自分の子供にここまでの仕打ちをする必要があったのだろうか。
突然両親がいなくなってからは今日みたいに、荷運びしたり、盗みを働いたりしながらなんとか妹と2人生きてきたようだ。
話を聞いてるリーシャは目に涙を浮かべている。
「よく生きてた。頑張ったんだな。」
「で、でも最近は妹が病気で……動けなくて。薬を買うだめにお金を稼がなぐちゃならない。」
なんだと……。それは一大事だ。
「オルマはお母さんとお父さんが帰ってくると思っているのか?」
その問いに、オルマは肯定も否定もしない。
「君は賢い。本当はわかっているんだろう?その怪我だって自分が悪いせいじゃないことも、もう2人とも帰ってこないことも。」
今度も頷かない。ただ、悔しそうな認めたくないようなそんな顔をするだけだ。
「妹は大事か?」
「うん。」
それはそうだよな。妹のために頑張っているのだから。
「ここでまた提案なんだけど、1つはここで俺たちに出会ったことを忘れて普通に帰って普通に暮らす。帰りに森を抜けるまで案内してくれれば報酬も出す。」
オルマ少年は驚いたように顔を上げる。
ただ、やっぱり俺たちのことを誰かに話されるのはなんとか避けたい。
約束と言ってちゃんと守ってくれればそれはそれでいいのだが、人は人の知らないことをついつい教えたくなってしまうものだ。
まぁ、大した情報は知られてはいないとは思うが。
「もう一つは、俺の奴隷となることだ。そうすれば妹の病気も治すし、オルマに妹を守る力も与えよう。」
本音としては俺はこのオルマと妹を保護したいと思っている。あまりにも理不尽に虐げられ苦しい生活をしている現状を知ってしまった今、ほっておくことはしたくない。
しかし、それをすると俺の力……出来ることを知ってしまう。
知ってしまったからには奴隷となってもらい、情報の規制をしたいのだ。
そばに保護し、情報を規制するには奴隷にするのが手っ取り早い……いや、ただただ、俺が人を信じきれないだけなのだろう。
さらに驚いた顔になるオルマだが、すぐに悩み始める。
「……ごごの森でタローざんだちに案内はいりまぜんよね?」
呟くように言葉を漏らし、さらに考え込む。
きっと、一つ目の提案は情けをかけられていると理解しているのだろう。
1人で妹を守りながら生きてきただけあり、かなり賢いと思う。
「奴隷にじでください。妹を守りだい。」
覚悟を決めたようだ。
奴隷になることは彼なりに俺への誠意なのだろう。
決意し、信念を持ったいい表情をしている。
決めてくれたならあとは簡単な話だ。
「では、奴隷契約をしよう。」
オルマは目が点になっているが、構わず奴隷契約を行う。
本来はドマルさんのところで行うべきだろうが、実験も兼ねてやってみることにした。
魔法の行使を始めると、オルマの左の肩に紋様が浮かび上がる。
「……え?」
まだ理解が追いついてない様子のオルマをほっとき、完成した奴隷紋を見る。
「ふむ、ドマルさんの紋様と少し違う気がする。」
「確かに少し違いますね。」
もしかしたら、奴隷契約を行う人によって紋様が変わるのだろうか?
そうだとしたらこの紋様を国に登録することで正式な奴隷商人として働けることになるのかもしれない。
「今度からはちゃんとドマルさんのところでやってもらった方が良さそうだな。」
そうそう奴隷紋の確認が行われることはないだろうが、どこかで奴隷紋を見られることがあればややこしいことになる可能性もある。
不正奴隷などは奴隷契約を行える者がいれば案外簡単に作られてしまうのかもしれないな。
確認さえなければ奴隷として存在するだけで違いはわからないのだから。
そんなことを考えながら、今度は治癒魔法を最大限オルマに対してかける。
「ほう、立派な顔立ちだ。」
「本当ですねぇ。」
顔の欠損も皮膚も他の至る所にある傷痕もすべて回復したオルマの顔はそれは立派なものだった。
「な、なにが……?」
奴隷契約に続き、突然自分が光に包まれたことで何が起きたかわからないオルマはただただ、唖然としているだけだ。
「顔、治したよ。」
それだけ言うと、手で顔をペタペタと触り、今までなかった鼻があることに驚きを隠せないように、何度も何度も確かめる。
「こ、こんなことが……。タロー様は一体……。」
「俺は俺だ。これからよろしく頼むよ、オルマ。」
「……はい!よろしくお願いします!」
驚き覚めやらぬと言った感じだったが、俺の言葉にすぐにキリッとした表情に変わり、俺に向かって頭を下げる。
この世界の11歳は皆こうなのだろうか……立派である。
「とりあえず冒険者ギルドに寄って、妹のところへ戻ろうか。」
そう言って、俺たちは王都へと向かう。
途中、俺のやっているスミスカンパニーの話、仲間の事を話しながら、スキルを与えられる事、俺たちのことについては他言無用なことなどを言い聞かせる。
「……せっかくだし、やってみた方が早いか。」
スキルのことなど、言ったところで分かりづらいだろう。
そう思って、今のうちに槍術や剣術、魔法、全耐性、獲得経験値増加スキルなどを与える。
もちろん隠蔽スキルで隠蔽させることも忘れない。
槍術を与えたのは、ただ単にまだ体の小さいオルマが、体の大きな相手に対するリーチの不足分を補うのにいいかと思ったのと、弁慶を想像してお遊びで作った薙刀があったからと言うだけである。
……後者がほとんどの理由だ。
実際、体が小さくても素早い動きで相手の懐に入ってしまえばいいわけだからな。
ただ、盗賊を倒した時に奪った槍術を見て思いつきで作った武器を使ってみて欲しかっただけである。
「じゃぁ、これをあげるからとりあえず森を抜けるまではオルマが戦ってみるといい。」
「こ、こんないい武器をもらってもいいのでしょうか?」
「うん、いいよ。」
まだ、レベルも低いので、うまく振り回せはしないが、持つことはできるので戦ってるうちに扱えるようになるだろう。
それから、森を歩いている間に出会うゴブリンたちはオルマが戦っている。
はじめのうちは相手の数が多いとリーシャの助けを借りていたが、森を抜ける頃には何匹相手でも一人で戦えるようになっていたし、薙刀もちゃんと扱えるようになっていた。
「す、すごい。こんなに戦えたことありません!」
興奮するように目を輝かせるオルマ。
薙刀に関して言えば、槍術スキルLv10があるのでどのように動かせばいいかわかるはずだ。ステータスが上がってくればさらに上手く扱えるようになるだろう。
王都についたとき、門でオルマのことをどう説明しようか迷ったが、オルマは自身の冒険者カードを持っていたので何事もなく通過できた。
よく考えれば、今までも出たり入ったりとしていたのだから当たり前か。
「ゴブリン討伐依頼達成の報告お願いします。」
ギルドに着き、俺は指定量のゴブリン討伐証明部位を出しながら、受付嬢にお願いする。
「かしこまりました。確認しますので少々お待ちください。」
受付嬢は討伐証明部位を持って、後ろへと下り、すぐに戻ってくる。
俺も美人に慣れたもんだなぁ。
美人耐性スキルが存在するのではないかと思うほどである。
……毎日美人に囲まれていれば慣れるもんかな。
「確認とれました。こちらが報酬です。それと、タロー様とリーシャ様はEランクへとランクアップ可能ですが、どういたしますか?」
ふむ……ランクアップか。
Fランクのままでもいいが、どうせならランクアップしとくか。
「Eランクへのランクアップは試験とかないのですよね?」
「はい、試験があるのはDランクからです。」
「それではランクアップお願いします。リーシャもランクアップする?」
「はい、お願いします。」
ニコッと返事を返してくれたので、リーシャもランクアップしておく。
「それでは一度、お二人のカードをお借りしますね。もう少しお待ちください。」
冒険者ギルドに登録してからどれくらいがたったのだろうか。やっとのランクアップである。
「……だから!ゴブリンが異常に多いって言ってるだろ?確認した方がいいって!」
「……はぁ、そうですか。ですが貴方達の情報だけで調査隊を出すわけにはいきませんしねぇ……せめてゴブリンの巣の確認をしてきていただけませんか?」
なにやら大声を上げていると思って見てみれば、オルマと一緒にいた二人組である。
ゴブリンの大量発生を警戒し、報告しているようだ。
冒険者としてはとても理想的な行動だが、職員の対応を見る限りあまり信用されている冒険者ではない雰囲気だ。
日頃の行いがよくないのだろう。
オルマは俺たちの陰に隠れ悔しそうな顔をしている。
「お待たせしました。ランクアップおめでとうございます。」
ギルドカードを差し出しながら、祝いの言葉を述べてくれた受付嬢にあの二人について聞いてみる。
「ありがとうございます。ところであちらで声を荒げているお二人は?」
「あぁ……どうやらゴブリンが大量に発生しているから調査しろとのことです。一番はじめにそのような兆候などの報告をしてくれた方には報酬が出ますので。しかし、あまり確信の持てないことに調査隊を出すわけにはいきませんからね。調査隊を出すにもそれなりのお金がかかりますから。」
なるほど、報酬が出るのか。だからあんなに必死に訴えてるんだな。
まぁ、今回はあの報告は正解であり間違いだ。
ゴブリン大量発生は事実だがゴブリンの巣はすでに壊滅し、事実ではなくなっている。
「なるほど。ですが、少しでも怪しいなら調査すべきでは?」
「えぇ、本来ならそうなんですがね。しかし、報告してるのがあの2人となるとちょっと…。」
「信頼がないと?」
「はっきり言ってしまえばそうなります。」
やはりそうなのか。
「たとえ、その報告が間違っていても調査隊を出すことに関して出資はギルドが行うのであの2人には何の不利益もありません。しかし、報告が本当であれば報告に対する報酬を得て、2人は利益を受けることができるのです。」
なるほど。違っていても損はしないが当たってれば金がもらえてラッキーということか。どちらにしろ損はないからチャンスに賭けたって感じか。
「僕たちはあのお二人と同じ場所に行きましたが、ゴブリン大量発生の傾向は全くありませんでしたよ?たまたま多くのゴブリンに囲まれただけではないですか?」
「え?あの2人と同じところへ?」
「はい、森でお2人を見かけましたので。」
そういうと、受付嬢は2人の対応をしている受付嬢の方へと駆けて行った。
受付嬢と受付嬢はなにやら話すと俺の方をチラリと見て、改めて2人に対応を始めた……と思ったら冒険者2人組がこちらに向かって歩いてきた。
「おい!テメェ適当なこと言ってんじゃねえぞ!」
「そうだ!Eランク成り立てのルーキーがホラ吹いて街が危機に晒されたらどうすんだ!」
おいおい、受付嬢よ。
もう少し個人情報の保護をお願いしたいのだが……。
「はぁ。貴方達こそ何の根拠を持ってそんなこと言っているのですか?」
「ゴブリンが大量にいたからに決まってんだろ!!」
「ところで、お2人はもう1人少年と一緒ではありませんでしたか?おや?その剣は少年が持っていた物と似ているようですが。」
その言葉を聞いた2人は驚きに目を見開いたと同時に、少し焦りを伴った表情へと変わる。
「もしや、大量のゴブリンに囲まれたからと言ってその少年から身ぐるみ剥いで囮にしたのですか?足を折り、腹に蹴りを入れて。いやでも、さすがにそこまでやったら最後は魔物にやられたとしても人殺しですよね!」
ニヤリと2人へと迫る。
「……ちゃんと最後まで見てましたよ。」
と、耳元で囁く。
「ま、まあいい。俺たちの勘違いかもしれねぇしな!」
「あ、あぁそうだな!」
2人はそれだけ言って冷や汗をダラダラと流しながら足早に去って行った。
「ふぅ、ちょっとだけすっきりした。」
自己満である。
「タロー様、あれだけでいいのですか?」
「まぁ、いいだろう。いつ言われるかわからずにビクビクしながら生きるってのは意外と辛いもんだ。」
周りの目を気にしながら生活するのって辛いよね。
「さて、オルマの家に行こう。案内してくれる?」
「はい!」
オルマに声をかけ、冒険者ギルドを出る。